放射線は「甘く見過ぎず」「怖がりすぎず」

「放射線は危なくない」キャンペーン?

 

3月17日の午前中、twitterのタイムライン上で、今回の福島第一原子力発電所の事故に対して、『「放射線は危なくない」キャンペーン』がネットワークメディア上ではじまっているのではないか、という発言を目にした。発言者が「キャンペーン」と評した言説がどの程度の規模なのかは分からないが、「危なくない」と発言している人たちの論拠のひとつに、被曝対策として「花粉対策」のアナロジーを用いるものがあるのではないかと考えた。

 

原発から飛散してくる、ごく少量の放射性物質の微粒子からの影響を避けるためには、花粉対策の鉄則である「吸い込まないようにする」「接触しないようにする」「室内に持ち込むな」を守ることが重要なのは間違いないし、このアナロジーが普及することで、今後広まりかねない放射性物質への対処法が周知できたことは間違いない。

 

だが、実際にわれわれの健康に与える脅威は、もちろん「花粉程度」のものではない。思えば、「この線量は東京ニューヨーク間の飛行機内で浴びる放射線の被曝量と同じ」たとか「X線撮影での線量と同じ」というような報道はみかけるようになったが、実際に生体内で何が起こっているのかをまとめているものは、新聞などではみかけなかった。そこで、今回は放射線がわたしたちの体に対してどういう作用を及ぼすのかをまとめてみよう。

 

 

放射線が人体に悪影響を与える理由

 

まず、放射線はなぜ人体に悪影響を与えるのだろうか。

 

まず確認事項として、今回の放射線の単位の確認をしておこう。Sv(シーベルト)は人体が放射線から生体が受ける影響の単位である。これが一時間あたりどのくらいの量かを示したものがSv/h(シーベルト毎時)で、テレビのニュースが「xシーベルトが観測されました」などと報じているものだ。また、mSv(ミリシーベルト)やμSv(マイクロシーベルト)といった言葉もお聴きだと思うが、mSvは0.001Sv、μSvは0.000001Svである。1メートルと1ミリメートルの関係を思い出していただくとよいだろう。

 

人間の体というのは60兆から100兆の細胞が寄せ集まった存在だ。つねに細胞を分裂させ、古くなった細胞を新しい細胞と入れ替える「新陳代謝」を繰り返しながら、わたしたちは生きている。この「新陳代謝」に重要な役割を果たしているのが、細胞の部品図であり、そして人体の設計図でもある遺伝子だ。そして、その設計図の集合である存在をゲノムという。

 

ひとたび細胞が放射線にさらされると、細胞内ではふたつの現象が起こる。ひとつは健康商品の宣伝でおなじみの「活性酸素」の量が通常よりも増えてしまうことだ。アンチエイジングの敵としても知られるように、過剰の活性酸素は細胞のさまざまな部分を傷つけてしまうことがあり、細胞膜などが大きく傷つけられれば細胞は死んでしまう。しかし、細胞自体が死んでしまえば、その傷が癒えたあとには大きな影響は残らない。人体にとって深刻なのはもうひとつの現象で、遺伝子やゲノムが大きく損傷を受けてしまう事態が起こることである。

 

遺伝子にはDNA(デオキシリボ核酸)という4種類の分子(アデニン<A>、グアニン<G>、チミン<T>、シトシン<C>)で構成された2本の鎖があり、向き合った分子はかならず「AとT」「CとG」がペアになって二重らせん構造をとっている(図1)。

 

 

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放射線はこの結びつきを切り離してしまう力をもっていて、遺伝子の配列を壊してしまうことがある。細胞をつくる部品図が欠損してしまえば、細胞が分裂するときに必要な、正しい部品をつくることはできない。結果的に不完全な部品がつくりだされ、おかしな細胞が出来上がることになる。これがどんどん増えていった結果が、いわゆる「がん」である。

 

事故後よく報道されているように、自然界の岩石などからは普通に放射線が出ており、1年間に浴びる量は世界の平均で2.4mSv程度であるといわれている。つまり、今回のような事故が起こらなくても、細胞はつねに放射線による影響をうけている。

 

また、摂取する食物のなかにもDNAに損傷を与えるものは少なくなく、前述の活性酸素もDNAを攻撃することが知られており、その割合はひとつの細胞ごとに1日100万個ものDNA損傷をつくり出している。それならば、どうして街中にがん患者が溢れていないのかといえば、それは細胞のなかに二重の安全装置が存在していることによる。

 

 

細胞にある二重の安全装置

 

まず、遺伝子の欠損がおこると、その部位を修復するような機構が働く。前述のとおり、二重らせんは「AとT」「CとG」というペアになっているので、片側が欠けてしまった場合でも、その部位が何なのかはすぐにわかり、欠損を埋めることができる(図2)。

 

 

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また、両方の結合が損傷を受けた場合でも、小規模なものならばそれすらも修復できるくらいタフなものだ。大抵の場合はこれで事はすみ、損傷が残ってしまうことはない。だが、DNA損傷が大きすぎたり、箇所が多すぎたりすると、修復が失敗してしまう場合がある。

 

こうしたときに、次の安全装置が作動する。DNA損傷の修復に失敗すると、その細胞の細胞分裂が停止し、次の細胞分裂に進んでしまう前に、細胞の自爆装置が起動するのだ。これが「細胞の自殺」と呼ばれるアポトーシスという現象だ。

 

DNAの修復とアポトーシスというふたつの安全装置によって、わたしたちの体はがんの脅威から守られている。だが、あまりにもDNAの損傷箇所が多くなると、DNAの修復システムやアポトーシスシステムという安全装置自体にもダメージが生じてしまい、遺伝子が変異した細胞がどんどん蓄積していくことになる。

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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