宇宙飛行士の健康を管理する「宇宙医学」とは?

多くの人が固唾を飲んで見守った探査機・はやぶさの帰還。昨年11月に、国際宇宙ステーションから帰還した星出彰彦氏。あるいはテレビアニメや実写映画化され人気を博している漫画『宇宙兄弟』。宇宙の話題が身近なものとして感じるようになりつつも、実際に宇宙でなにが行われているのかは知られていないのではないだろうか。そこで、過去6度、日本人宇宙飛行士のフライトミッションにおける医学サポートを行った立花正一氏に、宇宙医学、宇宙飛行士はなにをしているかなど、宇宙飛行の現状についてお話をうかがった。(聞き手/出口優夏、構成/金子昂)

 

 

空の世界から宇宙の世界へ

 

―― 最初に立花さんが宇宙医学の研究をはじめられたきっかけをお聞かせください。

 

わたしは防衛医科大学出身です。防衛医大では卒業時に陸・海・空にわかれるのですが、卒業生の半分くらいは陸上自衛隊に行くんですよね。だから陸上自衛隊では変わったことはできない気がしたんです。海上自衛隊は制服がかっこいいんですけど、学生時代に見学に行ったら服装を整えるための時間がたいへんで(笑)。

 

太平洋戦争時代以前、日本には空軍がありませんでしたし、航空自衛隊には伝統に縛られない自由がある気がしてなんとなく航空自衛隊を選びました。そしたら初っ端な練習機に何度か乗せてもらって。「パイロットは日々こんなに楽しく飛んでいるんだ」って空の世界に魅せられ、パイロットたちの健康を管理する航空医学の勉強を始めました。それからずっと航空医学に携わっています。

 

アメリカに留学したとき、留学先が航空医学だけでなく、宇宙医学も教育していました。そのとき初めて宇宙医学の勉強を少ししました。1988年くらいかな、施設研修でNASAのジョンソン宇宙センター(ヒューストン)を訪問しました。そのとき、のちに日本人初の女性宇宙飛行士になる向井千秋さんがそこで訓練していたのですが、ばったり会いました。当時はNASAを訪れる日本人が珍しかった時代で、お互いに「なんでこんなところに?」って話になりました。

 

その後はずっと航空医学の研究を続けていましたが、いまお話したように宇宙医学を少しかじっていたこともあり、2003年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙医学研究開発室(現宇宙飛行士健康管理グループ)長として招かれ、本格的に宇宙とつき合うようになりました。これがわたしの宇宙医学に関わるようになった経緯です。

 

 

宇宙医学の課題とは?

 

―― 宇宙医学はどのようなことを研究されているのでしょうか?

 

無重力の宇宙では体を支える必要がないので下半身の筋肉が落ち、骨は細くなります。その対処法を考えることが宇宙医学の大きな課題のひとつですね。それから放射線。原発事故以降、「シーベルト」という言葉をよく耳にするようになりましたが、宇宙飛行士は大気圏外にでると、太陽が活発に活動しているときは1日に1ミリシーベルトほどの放射線を浴びます。国際宇宙ステーションは6ヶ月ほどの滞在ですから、180ミリシーベルトほど浴びることになるわけです。この問題も大きな研究課題です。

 

そして閉鎖環境への対処方法。長い間、宇宙船もしくは宇宙ステーションに滞在すると、南極の越冬隊の方々と同じような精神的ストレスを感じます。以上が、宇宙医学の今日的な主な課題です。

 

 

宇宙飛行士の身体検査・健康管理

 

―― いままでにいろいろなミッションに参加されていると思いますが、立花さんはどのようなかたちで関わっていらっしゃるのでしょうか。

 

宇宙飛行士はミッションに任命される前から、それぞれのメニューに従って毎日訓練しています。宇宙飛行士として選抜されるのは20代後半から30代前半。選抜時には厳しい身体検査を何回にも渡って実施します。選抜時には文句のない体でも、ミッションに任命されて打ち上がる頃には40代前後になっていて、身体的な問題がなにかしらでてしまう。わたしらはその問題を、ミッションに悪影響を及ぼさない程度に抑えるように早く見つけて対処するわけです。

 

また、たとえば宇宙に長期滞在するようなミッションの場合、その2年くらい前に宇宙飛行士を任命するので、無事にミッションに参加できるように、その間の身体検査や健康管理も継続的に行います。

 

幸いわたしが関わったJAXAの宇宙飛行士からは出ませんでしたが、アメリカやロシアでは、飛行士に心臓や脳に重大な問題が見つかり飛べなくなったケースもあります。そういった状態にならないようにする。ある意味では究極の予防医学・産業医学と言えるかもしれません。

 

以上が飛ぶ前の話。いよいよ飛び上がるとなると、わたしの過去の経験を話すと、わたしは健康管理責任者だったこともあって、打ち上げの一週間くらい前に発射台のあるフロリダ州ケネディ宇宙センターに現地入りしました。他に飛行士専属のフライトサージャン(いわば主治医)も派遣しているので、ケネディでその主治医と連絡を取りながら、一緒に打ち上げの前の最後の健康管理を行いました。

 

そしていざ打ち上がると、テキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センターに移動し、通信を介した遠隔医療を行いました。スペースシャトルの短期フライト(2週間程度)中は、ずっとヒューストンから支援し、帰還のときはまたケネディ宇宙センターに移動して、着陸を待ちました。帰還後の身体検査や健康管理を行うためです。

 

長期フライトミッション(4~6か月程度)となると、わたしがずっと現地にいるわけにもいきませんので、打ち上げ後は主治医をひとりヒューストンに残し日本に戻りました。宇宙センター内のミッションコントロール・ルームに詰める主治医は、スペースシャトルのような2週間くらいの短期ミッションは1日1回くらい、国際宇宙ステーションのような長期滞在の場合は1週間に1回ほど宇宙飛行士と交信します。なにか問題が発生したら、筑波宇宙センターに戻っているわたしのところに連絡がくる。長期ミッションの開始に備えて、筑波宇宙センター内にも、直接宇宙飛行士と交信できるテレビ会議システムを整備しました。

 

筑波宇宙センターからも、精神心理的な面談はこの装置を使って2週間に1回ほど交信を行って支援しました。わたしは精神科医でもあるので、宇宙飛行士の若田光一くんや野口聡一くんとのテレビ面談を、筑波から直接実施しました。

 

 

―― いままでに関わったミッションで、宇宙飛行士に精神的な問題を起きたことはありましたか?

 

いまのところ日本人の宇宙飛行士にはいません。ただソ連が打ち上げた宇宙ステーション・ミールの時代は、いろいろと問題が発生したと聞きますね。「シャトル・ミール計画」と言って、アメリカのスペースシャトルがミールにドッキングする計画があったのですが、アメリカ人の飛行士が大きなストレスを抱えていた事例があります。お客さん扱いをされて、「器材には絶対手を触れるな」と言われたことでストレスがたまってしまったんですね。これは『ドラゴンフライ』(ブライアン・バロウ著、筑摩書房から訳本あり)という本にも詳細が述べられています。

 

このような経験から、宇宙飛行士が宇宙に長期滞在するときにどのようなストレスを抱えるか研究が進みました。ですから現在の国際宇宙ステーションでは、5つの宇宙機関が共同で対処法を考え、精神心理面に関しても訓練が行われているので大きな問題は起こらなくなっています。ただ小さいのはありますよ。飛行士同士が口喧嘩して気まずくなったとか、地上のコントローラー(管制官)と気まずくなったとか。

 

 

地上と宇宙で薬の服薬量は変わらない?

 

―― 長期滞在の場合、体調を崩す宇宙飛行士もでてくるかと思います。宇宙と地上では、薬の服薬量に違いはあるのでしょうか?

 

いい指摘ですね。無重力状態で薬を飲んだ場合、地上と同じように薬が体を巡るのか(薬物動態)は、宇宙医学のひとつの研究課題なんです。ただ、いまのところは、地上と同じように効いているとされています。

 

いまでもいろいろと研究されているんですよ。たとえば、地上ではおじいちゃん、おばあちゃんが飲むことの多い骨粗鬆症の薬を若い ――といっても40代ですが―― 宇宙飛行士に飲んでもらって予防効果をみる研究が日米共同で行われています。じつはこの研究の参加者を募ったとき最初に手をあげてくれたのは若田光一くんなんですよね。最終的な結果はまだ発表されていませんが、中間段階ではいい成績がでています。

 

 

tachibana

 

 

 

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