「被害者萌え」では救われない――セックスワーク論再考

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「被害者萌え」

 

荻上 ご指摘はその通りだと思います。青山さんはタイと日本でのフィールドワークをもとに『「セックスワーカー」とは誰か』をご執筆されていますよね。その本の冒頭で、搾取なのか選択なのかという議論について触れていました。

 

そのうえで、実際のセックスワークというのは、「搾取か選択か」のどちらかに割り切れるものでもなく、両極の中にグラデーションがあるが分けたうえで議論されていました。その認識は今も変わらないですか。

 

青山 はい。世界共通ですし、確信を持っています。もちろん、特定の社会の経済状況や文化によって、その指標を変えるべきことはありますが、「搾取」と「選択」どちらかに決めようとすると理解できない、そのあいだのグラデーションの中に誰もが位置づけられることは確かでしょう。そして、同じ一人の人でも時間の流れでこのグラデーションの中を行き来するということも。

 

荻上 最近の調査でポジティブ層とネガティブ層の存在を可視化しましたが、『彼女たちの~』でも、貧困型売春と格差型売春のグラデーションについて触れました。そこには構造的なジレンマがありますね。

 

ポジティブ化していこうと市場が変わった時に、ネガティブ層はその市場から追い出されることになる。そうなれば、特定市場の外側に、福祉的な対応が必要、あるいは経済状況で雇用状況が改善する対策が必要となる。

 

そんな中で、ポジティブ言説に対するカウンターも必要だと僕は思っています。「選択に追いやられた」と認識している当事者が多い中、グラデーションの中から、声を出しにくい層をより不可視化する可能性もあるということをどう捉えていこうか、ということですね。

 

青山 それはよくある指摘ですよね。ポジティブ層がネガティブ層を追い出すとしても、彼女たちは彼女たちで優先すべき活動があるわけですから、追い出さないような包括的な改善方法を考えなさい、というのはまた押し付けすぎでしょう。

 

荻上 そう思います。当事者運動をしている人に「押し付ける」必要はありません。

 

青山 たとえば、そもそも貧困問題に対処するのは福祉の役割です。また、女性差別をなくすのは、より広い社会全体の問題です。そういう包括的な問題に取り組む責任までを当事者に押し付けるのは当事者中心主義の誤用、乱用ですね。

 

もうひとつ、いわゆる「語り」、言説、「声を出す、出さない」の問題だけに焦点化することにも注意が必要です。

 

援助交際の時もその傾向がありましたが、個人の語りや語られ方ばかりに注目するのではなく、その人の置かれた具体的な仕事の条件がどんなものか、それを良くするには何が必要かを、メディアなり研究者なりが伝え、世間一般も考えるようにしなければ。語りだけだと、ネガティブにせよポジティブにせよ、消費されて終りがちです。

 

その意味で、セックスワークに関してポジティブ層がやっていることには大きな意味があると思います。自分たちの状況が良いならばその共有をめざす、改善を求めることができるならば求めていく、いずれにしても全体の底上げにつながりますから。労働運動一般にも共通することでしょうが。

 

要 この根本には、支援や社会活動のゾーニング・分業問題があると考えています。人身売買被害者支援団体もある、SWASHみたいな現場支援の団体もある、転職支援の団体もある。「それぞれが得意分野で、個性を生かしてやるのが良いんじゃない」という話ってすっと通るじゃないですか。

 

SWASHは現場支援団体だからそれで頑張って、私たちは貧困問題や人身売買でやりますよ、と言われても、問題はつながっているわけです。課題ごとのゾーニング分業は難しいと思うんです。

 

荻上 うん、よく分かります。支援に関しては、本来はワンストップである必要があります。

 

要 「なんで、セックスワーカーを通して貧困問題や家族問題だけにクローズアップしちゃいけないの?」って聞かれるんですけど、「セックスワークの入口と出口だけに焦点を当てるのは、セックスワーカーのスティグマにつながるから」って説明してもなかなか伝わらないんですよ。

 

荻上 「だけに」という話については、他の労働についても同じ語りを当てはめるのかでチェックすれば、いろいろと浮き上がりますね。もちろん、全部他の労働と同様に置き換えられるのかというと、業界の独自性も出てきます。

 

権利の問題を考えるには、他の産業に代入してみて、もしあてはまらない言説なのであれば、偏見が手伝っている可能性がある。一つは「本来は特殊ではないが、特殊化されている現状を踏まえたうえで、いかに腑分けするか」というのが課題のように思います。

 

青山 この前あるメディアで、性暴力をなくす法律をつくりたいという話をするために性産業の中で性暴力に遭った人が多いという話を出してきて、いつの間にか「性産業は全体的に暴力的だからいけない」という話につなげていました。

 

でも、性風俗産業の中に暴力がある問題は、この産業だけが暴力的だからいけないという話ではまったくなく、性産業の中で暴力が振るわれやすい環境をこの社会がつくっているという話のはずです。

 

荻上 たぶん、風俗に対しては独特の観方というものがあって、「施しモード」のままでいられる語りなら、多くの人が話には乗れるというのはあるでしょう。でも、人権や権利の問題を指摘すると、多くの人たちのパラダイムを変えることになるし、認知的不協和を起こす方も出てくるでしょうね。

 

青山 「被害者萌え」ですよね。可哀想だから助けてあげなきゃという、実は、立場の弱い人を助けてあげる自分にドキドキしちゃう人たちがいっぱいいて、そういう人たちが満足するためには、「可哀相な被害者」はいなくなっては困る。

 

暴力に対する具体策を立てたり安全に働く権利を主張したりして、社会全体に問題を投げ返すと、被害者があまり可哀相とは呼べない積極的な行動者になる。そうすると、「助けてあげる」側も変化しなければならない。「被害者萌え」の人たちはそこまでは手を付けないです。

 

こういった救済パラダイムは、150年くらいほとんど変わってないんですよ。オーストラリアやニュージーランドやヨーロッパの一部では、それこそ当事者運動と当事者調査によって変わりつつありますが、まだ大きな流れは、19世紀後半から20世紀初めに起こった売春婦救済運動や「白人奴隷」問題と同じなんですよ。

 

 

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写真:青山氏

 

 

入口と出口と

 

荻上 セックスワークの議論の中に、社会保障の議論をどう組み込んでいくのか。そのあたりはどうでしょう。

 

青山 よく、セーフティネットが性風俗産業に負けたと言われています。でも、それは風俗の、ではなく、福祉の問題です。福祉が風俗に負けているのはなぜなのか考えるべきですよね。たとえば、拘束時間が短くてすむとか、大勢の人と一度に付き合わなくてすむ。もちろんバラ色じゃないけれども、こんなふうに仕事にフレキシビリティがあったらいい、しかも時間単価が高ければなおいい、と考える人がいて当然と思うんですよね。

 

そうでない仕事に疲れ果てて福祉のドアを叩こうとすれば、さらに融通が利かない対応が待っている。これで風俗をバッシングするのはいわゆる「スケープゴート化」、何がほんとうに悪いのかを隠す議論です。

 

荻上 セーフティネットが風俗に負けた、という言説には、風俗なんかに負けるべきではないという価値判断が入った言説の可能性がありますね。

 

青山 よくある話で、たとえば「精神的な問題を抱えた人が風俗に多いから風俗はダメ」と言うのも逆転した発想。精神的に問題を抱えた人が出来る仕事が他より風俗に多く存在する、ということですよね。それは果たしてダメなことなのでしょうか。

 

荻上 そうですね。しかし実際にワリキリをみていると、排除を受けやすい経歴の方と、ワリキリがマッチングしている。前提として、労働環境として、現場を改善していくという試みが必要でしょう。性労働の権利も広げなくてはならない。

 

その一方で、本人はミスマッチだと思っている層が、他のところに繋がりにくいという、セックスワークの外の問題も改善することも重要です。実際に「はやく辞めたい」と言っている人が存在している以上、二重の議論が求められますね。

 

ただご指摘のように、その中で「いま来たくない子たちが、来なくていいようにしよう」という話は慎重にしなければいけませんね。「こんなところにいてはいけないから」ではなく、「彼女たちが満足していないから」として、現状を考えないといけないなと。

 

青山 無理やり働いている人がいない環境がベストですよね。どんな仕事でも。使用者にとっても労働者にとっても、利用者にとっても。

 

荻上 この仕事につきたいという権利と、ここから出たいという権利。労働社会学における「ボイス(抗議)/イグジット(退出)」の概念ではないけれど、労働環境の改善と、市場の外側の改善、両方掬い取っていく社会運動をしていくべきだとおもいます。これ自体はセックスワークに限りませんね。

 

要 でも現在、出口の部分を具体的に想定している支援を見たことがありません。荻上さんはどのような出口を想定していますか。

 

荻上 そもそも僕は、「セックスワーカーに対してはこの出口を」「具体的なこの雇用を」というものを想定していません。

 

他の労働と同様に、他の福祉・雇用などのチョイスと比べた上で、その仕事を選び取れる環境について考えるため、貧困などの普遍的な対処がなされていないといけないという見方ですね。だからエコノミストと共に、マクロ経済動向や賃金と関係ありそうなデータに注目しています。

 

要 私は、セックスワーカーを減らしたい人たちは、セックスワーカーが前職に就いていた職業に目を向けたらいいと思います。

 

セックスワーカーの前職は、販売員、アパレル、看護師、介護、美容師、事務など一般的に女性が多く就く仕事が多いんです。そういう仕事をしている人たちの賃上げ闘争をオルグ支援したり、休暇を取りやすくしたり、残業をなくしたり、無理なく働けるようになる労働環境づくりに力を貸してあげてほしいです。

 

それは、セックスワークしなくて済むようにという意味じゃなくて、セックスワークのように効率的に稼げるとか勤務形態の柔軟性を目指そうということです。

 

もし仮に、セックスワーカーだけキャリア支援されるというなら、望まずにセックスワーカーになる人が増えるかもしれない。それって本末転倒ですよね。

 

荻上 本人たちというよりも、それを使ってビジネスにする人はいるかもしれませんね。そもそも、「セックスワーカーを減らす」ことそのものを目的とするのも誤りですし。

 

青山 昔からフェミニズムが問題にしてきた「女の仕事」っていうやつですよね。「女の仕事」は賃金が安くて価値が低く見られている。

 

いま要さんが言ったことは、「女の仕事」の条件を良くしろ、と、そうすれば現状ベターなセックスワークをしたくないのにしなくてすむ人も増えますよ、ということですね。

 

実際に、オーストラリアの事例をみていると、セックスワークとケア労働との差がなくなってきていると思います。人の面倒をみる仕事として、少なくとも実感として近いと思っている人はいっぱいいますよね。ケア労働と往復している人も多いようです。これは日本でも。

 

要 2013年にSWASHで、店舗型非ホンバン系風俗店で働くセックスワーカーの月収調査をしたのですが、平均34.1万円でした。同年の30代男性と同じくらいです。前職の月収平均は19.1万円でした。ちなみに、30代女性の平均月収は24.8万円というのが同年の国税庁発表のデータです。

 

風俗の他に女性が34万以上稼げる仕事なんてほとんどないと思うので、転職支援の難しさがあると思います。

 

青山 前のいわゆる「女の仕事」では、フルタイムで20万円を切っていたのが、性風俗産業で女でも「男並み」に稼げると言えますね。

 

要 この2013年の調査は店舗型ですし、かなり条件の良い方だと思います。ですが、15年前に調査した時、風俗嬢の平均月収は63万円でした。その時は、昼に調査をしていて、お店が紹介してくれる子も売れっ子が多かったこともあるかもしれませんが、34万円という値段はかなり低くなったと言えるでしょう。

 

荻上 その月額だと、ワリキリより高いですね。ワリキリだと、2015年で23万円です。ただ、例年より下がっていますね。他の労働よりまだインセンティブはあると思いますが。

 

不況が続いたことで、権利より貧困という議題にスポットが当たるようになった。僕は現状ではやはり、主にワリキリについては貧困に注目すること自体は重要だと思いますが、それでは今までやっていた権利の問題がおおわれてしまうのではという感覚はよく分かります。他の雇用に行けばゴール、みたいな設定にされてしまうのではないかと。【次ページに続く】

 

 

 

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