2012.03.29

柏市で再生される「信頼」のかたち ―― 「農地を測る/農地を見せる」で何が変わるか

柳瀬徹 / ライター

社会

2月15日発行のα-Synodos vol.94と、3月15日発行のvol.96では、「ホットスポットとよばれた地域がつくる『安心』とは」と題して、千葉県柏市で行われている「安全・安心の柏産柏消」円卓会議の取り組みについて、事務局長の五十嵐泰正さん(筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授)にお話を伺いました。

原発事故により、それまでの関係性を失いつつあった柏市の消費者と農家、流通業者が、あらたな〈信頼〉を築くために始めようとしていることとは何か。それを探るべく円卓会議の模様と、本格的に始動した「農地計測」を取材しました。(取材・執筆/柳瀬徹)

「先送り」をしない会議

昨年7月の発足以来、毎月開催されてきた「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。2月末の会議の議題の中心は、やはり3月上旬に予定されていた農地計測だった。

とくに議論されたのは、どのように農地計測の結果を公開するかということだ。ひとつの品種ごとに作付けされている土壌を5地点で計測し、一番高い放射線量が検出された地点から作物を採取。それを高精度の測定器にかけて、その結果を公表することで農地の環境と、そこで栽培された野菜などの放射線量を明らかにする。さらにそのプロセスに市民ボランティアに参加してもらい、自らの手で測ることにより納得してもらうことと、原発事故対策だけではない営農への姿勢を肌で知ってもらうことを狙いとしている。

ただ、ここで問題となるのは五十嵐さんのインタビューにもあった「精度と検体数の反比例」の問題だ。検出限界値を低く設定すれば、それだけ検査に時間がかかるために、測定できる土壌や作物の数が限られてしまい参加農家のすべてをカバーできなくなる。

4月から国の食品基準値が、従来の500Bq(ベクレル)/kgから100Bq/kgまで引き下げられるが、円卓会議の設定した検出限界値は20Bq/ kgで、新基準はすでにクリアしている。しかし10Bq/kgを限界値とした測定方針を打ち出している団体などもある。

円卓会議の参加者には、人体への影響や測定機器の限界から考えても「10Bq/kg台の数値の高低には実質的な意味がない」という共通認識があった。しかしその方針が消費者に与える印象はどうなのか。たとえば「20Bq/kg以下」と「15Bq/kg(計測誤差あり)」と表示された場合では、どちらがより信用されるのか。すでにこれは科学だけでは回答できない領域の問いであり、誰もが納得しうる答えは存在しない。それでも、柏での答えは出さなければならない。それぞれの立場の利害を超えた議論が交わされ、20Bq/kgを下限値としたガイドラインが定まった。

農地計測に持ち出されるベルトールド社製ベクレルモニター、LB200。単一乾電池で駆動可能。メーカーが謳う検出限界は20Bq/kg。スペクトルは見ることができないので核種の判別はできない。
農地計測に持ち出されるベルトールド社製ベクレルモニター、LB200。単一乾電池で駆動可能。メーカーが謳う検出限界は20Bq/kg。スペクトルは見ることができないので核種の判別はできない。
高精度NaIシンチレーション検出器を搭載したγ(ガンマ)線スペクトルメータLB2045。より高精度の測定と、核種の判別が可能。(両機種ともベクミル柏店にて撮影)
高精度NaIシンチレーション検出器を搭載したγ(ガンマ)線スペクトルメータLB2045。より高精度の測定と、核種の判別が可能。(両機種ともベクミル柏店にて撮影)

そもそもこのような計測が可能なのは、円卓会議のメンバーであり、私財を投じて10月に日本初の放射能測定器レンタルスペース「ベクミル」を柏と東京・上野にオープンさせた高松素弘さんの存在が大きい。普段は店内に設置されているLB200を、農地へ持ち出すことを提案したのも高松さんだ。このアイデアがあればこそ、1つの計測グループが採取ごとにベクレルに土壌を運ぶ必要がなくなり、一日で複数の農地を計測することが可能となる。

高松さん自身は柏市内のIT企業経営者であり、放射線測定に関してはまったくの素人だった。しかし自身が子どもをもつ身として「食べられない食品ではなく、何が食べられるのかを知りたい」という思いから計測機器を購入。計測の難しさに直面しつつ試行錯誤を繰り返し、個人用に計測結果のデータベース(現在は公開されている。 ベクまる:http://Bq-maru.com/)を構築していった。その過程でツイッターなどを通じ、放射能問題に敏感な柏の市民(消費者)や生産者たちと知り合い、ついにはこのような施設を立ち上げるに至ったという。

円卓会議で議論する参加者。一番左がベクミルの高松社長。その右が五十嵐さん。流通業者、消費者、農家がそれぞれの立場から意見を交わす。
円卓会議で議論する参加者。一番左がベクミルの高松社長。その右が五十嵐さん。流通業者、消費者、農家がそれぞれの立場から意見を交わす。

会議の席上でも、参加者それぞれの切実なニーズを汲みつつも、ベクミル運営で培ってきた知見との整合性を冷静に指摘する高松さんの穏やかな声が、方針決定のベースになっているように感じられた。しかしそんな高松さんでさえ、ある雑誌では原発事故に乗じて荒稼ぎをしているかのような取り上げられ方をしている。

ベクミルのサービスはきわめて安価であり、かつ無料開放期間もあるなど採算度外視とも映る運営がなされている。ベクミルが火事場商売でないことはすぐにわかることだが、それでも便乗商売とみなす人もいる。そしてこの猜疑心は、柏の農作物へと注がれている視線そのものでもあり、円卓会議が直面している現実なのだ。そうであればこそ、究極的には結論の出しようのない問題であっても、先送りせずに結論を出し、走りだしてから修正を加えていく。円卓会議の取材でもっとも強い印象を受けたのは、全員に共有されたその姿勢だった。

農地を測る

円卓会議の決定を受け、3月上旬に五十嵐さんと高松さん、地元の主婦であり円卓会議事務局の亀岡浩美さん、さらに消費者代表1名のメンバーが測定に向かったのは手賀沼にほど近い農場「わが家のやおやさん 風の色」だった。

ブログ「風の色だより」
http://dogkorodayo.blog44.fc2.com/

千葉大学園芸学部別科卒の女性二人が営農する、宅配を主とした小さな農場ではあるが、作られている野菜の質はとても高いと地元のみならず定評がある。イベントなどに出品されるとまたたくまに品切れになることもしばしばなのだとか。

実際にはどのように農地を測定するのか。手順を追って見ていこう。

1. LB200を農場脇に停めた車の荷台に設置。単一電池で駆動可能など、携行用としても開発されているとはいえ、鉛の遮蔽板を含む機器の重量はそれなりのものだ。
1. LB200を農場脇に停めた車の荷台に設置。単一電池で駆動可能など、携行用としても開発されているとはいえ、鉛の遮蔽板を含む機器の重量はそれなりのものだ。
2. 計測器のなかに精製水を入れ、遮蔽板を抜けて水中に入ってきたγ線を計数する。それがこの場所のバックグラウンド値となり、土壌計測時にこの分を差し引く。この、いわゆる「校正」に要する約20分間を利用し、圃場の土壌採取を行う。
2. 計測器のなかに精製水を入れ、遮蔽板を抜けて水中に入ってきたγ線を計数する。それがこの場所のバックグラウンド値となり、土壌計測時にこの分を差し引く。この、いわゆる「校正」に要する約20分間を利用し、圃場の土壌採取を行う。
3. ひとつの品種の作付け範囲から、四隅と中央の土壌を採取。
3. ひとつの品種の作付け範囲から、四隅と中央の土壌を採取。
4. 採取地点を圃場マップ上に記録。
4. 採取地点を圃場マップ上に記録。
5. 計測に使用する土壌は各地点ごとに500g。乾燥させて水分を飛ばし質量を均一にすることが望ましいが、検査に一定の効率性を保つ観点からは現実的ではなく、今回はテストケースも兼ねて容器の大きさと重さで揃える。
5. 計測に使用する土壌は各地点ごとに500g。乾燥させて水分を飛ばし質量を均一にすることが望ましいが、検査に一定の効率性を保つ観点からは現実的ではなく、今回はテストケースも兼ねて容器の大きさと重さで揃える。
6. LB200で5つの土壌サンプルのすべてをスクリーニング計測。上の値が計測されたγ線の中央値で、下がσ(シグマ)値。σ値は「標準偏差」の値で、円卓会議のガイドラインではσが一定以下になったときに鳴るビープ音時点での中央値を、土壌の計測数値の相対的な大小を判断する上でのほぼ信頼できる数値とみなすことにしている。今回の測定により、1回ごとにほぼ5分前後で測定結果が得られることがわかった。同時に、ひとつの圃場測定に要する時間は1品目につきおおむね1時間以内であることも確認された。
6. LB200で5つの土壌サンプルのすべてをスクリーニング計測。上の値が計測されたγ線の中央値で、下がσ(シグマ)値。σ値は「標準偏差」の値で、円卓会議のガイドラインではσが一定以下になったときに鳴るビープ音時点での中央値を、土壌の計測数値の相対的な大小を判断する上でのほぼ信頼できる数値とみなすことにしている。今回の測定により、1回ごとにほぼ5分前後で測定結果が得られることがわかった。同時に、ひとつの圃場測定に要する時間は1品目につきおおむね1時間以内であることも確認された。
7. 今回採取された土壌でもっとも高い線量が計測された地点から、作物(今回の測定ではニンジン)を採取。
7. 今回採取された土壌でもっとも高い線量が計測された地点から、作物(今回の測定ではニンジン)を採取。
8. 洗浄し、皮をむいて食べる野菜の場合は皮もむき、ミキサーにかける。
8. 洗浄し、皮をむいて食べる野菜の場合は皮もむき、ミキサーにかける。
9. ミキサーで粉砕した検体をベクミル店内のLB2045で測定。結果はいずれも規定の検出限界値(20Bq/kg)以下だった。
9. ミキサーで粉砕した検体をベクミル店内のLB2045で測定。結果はいずれも規定の検出限界値(20Bq/kg)以下だった。

「ジモト野菜」の姿勢を示す


こうして消費者参加により測定された結果は、「My農家を作ろう! みんなで育てるジモト野菜サイト」(http://www.kyasai.jp/home)で公開される。このサイトでは計測結果だけでなく、各農家の営農への思いや、行われている安全対策なども読むことができる。五十嵐さんのインタビューでもあったように、このサイトにリンクしたQRコードを直売所などでPOPとして掲示し、消費者にアクセスしてもらうことを目指している。

参加者や事務局の亀岡さんは口を揃えて「畑に行くのは気持ちがいい!」という。取材当日はあいにくの小雨まじりで天候には恵まれなかったが、晴れていればたしかにいい気分転換になりそうだ。どのように自らの食べる物が作られているかを肌で知ることもでき、さらに、ちょっとした「おみやげ」もひょっとしたらあるかもしれない。「ジモト」の豊穣さを体験できるイベントだともいえるだろう。

ただし、これだけの取り組みを行っても、すべての消費者に理解されるものではないことは、円卓会議に関わる全員の共通認識だ。それでもここから理解と共感の輪が広がっていけば、原発事故被害の払拭をはるかに超えた信頼構築と、「柏ジモト野菜」のブランディングになっていくのかも知れない。少なくとも円卓会議はその地点を見据えている。

生産者と消費者が同じ地域に居住していること、意識の高い生産者が多かったこと、「新鮮な柏の野菜が食べたい」と思う住民の思い、そして五十嵐さんや高松さんの存在……柏以外ではなかなか揃わない条件が揃っていたことは無視できない。しかしアイデアや姿勢そのものはほかの地域の、ほかの問題解決のヒントにもなるのではないだろうか。今後もシノドスでは円卓会議の試みを継続的に追いかけ、そのつど報告していく。

参考記事
「ホットスポットとよばれた地域がつくる『安心』とは」五十嵐泰正さんインタビュー
α-Synodos vol.94 (前編)、α-Synodos vol.96 (後編)

https://synodos.jp/mail-magazine

佐野和美「そもそも【放射能を測る】ってどういうこと?」(シノドス・ジャーナル)
http://synodos-jp/science/1463

「信頼と安心感で風評打破、柏でMy農家プロジェクト 安全確認野菜、ネットで紹介」毎日新聞
http://bit.ly/H2Hb7l

「こんな店は存在しないほうがいい!?」放射能測定ショップ「ベクミル」を直撃!(日刊サイゾー)
http://www.cyzo.com/2012/01/post_9600.html

プロフィール

五十嵐泰正都市社会学 / 地域社会学

筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授。都市社会学/地域社会学。地元の柏や、学生時代からフィールドワークを進めてきた上野で、まちづくりに実践的に取り組むほか、原発事故後の福島県の農水産業をめぐるコミュニケーションにも関わる。他の編著に、『常磐線中心主義』(共編著、河出書房新社、2015)、『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』(共著、亜紀書房、2012)ほか、近刊に『上野新論』(せりか書房)。

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柳瀬徹編集者 / ライター

フリーランスの編集者・ライター。『脱貧困の経済学』『もうダマされないための「科学」講義』『「デモ」とは何か』『みんなで決めた「安心」のかたち』などの企画編集や、インタビュー、書評など。3児の父。起こし原稿の再構成がたぶん得意。

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