2010.08.21

高齢者の社会的つながり ―― 健康との関係

河野敏鑑 社会保障 / 医療経済 / 公共経済

社会 #医療#環境アセスメント#健康影響評価

不老長寿は始皇帝の時代から人類の夢でした。始皇帝の時代は、クルマも電気もパソコンもなく、医療技術も医療の体制も不十分でしたから、乳幼児の死亡率も高く、平均寿命は20歳代であったと推定されています。

社会的なつながりへの関心

現代では、医療技術の進展、上下水道の整備による衛生状態の改善、さらには医療保険といった制度面での対応もあり、物理的には長寿が達成され、始皇帝の時代以来の人類の夢は、80歳を超えるような平均寿命をもつ日本では達成されたかにもみえます。

しかし、人間とは社会のなかで生きる存在です。最近、100歳を越える高齢者が、じつは所在不明であったことがつぎつぎと明らかになっています。人が生活をしていれば、地域や家族と接点があると思うのが普通でしょうが、そうした絆が薄まりつつあるのは残念ながら現実のようです。

年金がそこそこあれば、金銭的には生きていけるのかもしれませんが、社会から切り離されて誰も自分の生死を知らないような生活が果たして健康的なのか、幸せなのかは多くの人が疑問に思うところでしょう。

じつは社会的なつながりに対して、公衆衛生などの分野では強い関心がもたれてきました。社会科学でない医学に近い分野の研究者が、社会的なつながりに関心をもつようになった背景には何があるのでしょうか。

信頼関係や格差と、健康との関係とは?

病気の原因にあるものとして、われわれが伝統的に考えてきたのは、伝染病の病原菌やウィルスなどの生物学的存在でした。たしかに現在でも、細菌やウィルスは健康上の脅威であることは間違いありませんが、現代の日本では細菌やウィルスを直接の要因として亡くなる人は少数です。

むしろ、メタボリックシンドロームやそれによる心筋梗塞や脳血管障害など、生活習慣などが健康上の脅威として浮かび上がっています。さらに、生活習慣の背後にあるものとして、社会的な要因、たとえば、所得、社会階層、経済格差、雇用不安や失業、そして人間関係、社会的なつながりなどが着目されるようになりました。

ここでは、高齢者に関して信頼関係や格差と、健康との関係に着目した研究として、Ichida et al. (2009)を紹介したいと思います。この研究では、知多半島における高齢者へのアンケート調査を用いて、地域ごとの他人への信頼感や所得格差、主観的な健康度を調査し、それぞれの関連を分析しました。

その結果、個人的な属性(所得)だけでなく、地域的な要因も健康状態に影響していることが分かりました。具体的には、他人への信頼感が高い地域ほど、主観的な健康感が高く、ジニ係数が低い(所得格差が小さい)地域ほど主観的な健康感が高いことが明らかにされ、ジニ係数と他人に対する信頼感にリニアな関係があることが示されました。

健康影響評価の実施を

信頼関係や人間関係が健康状態に影響を与えるとする研究は他にもありますが、では、こうした事実を踏まえた上で、どのようにして政策に取り組めばよいのでしょうか。

政策の評価を行う際に、公共事業などでは環境に与える影響を評価する環境アセスメント(Environmental Impact Assessment)が行われていますが、EUなどでは、直接、健康とは関連しないようにみえる政策についても、健康に与える影響を評価する健康影響評価(Health Impact Assessment)が行われています。

空港やダムなどの公共事業から、犯罪抑止・アルコール乱用防止に関する政策、都市計画や雇用政策などの分野においても、健康影響評価が行われています。

人びとの健康を意識した政策は、上下水道や予防接種など狭い意味での公衆衛生に関する政策だけではありません。たとえば、街づくりにおいても、高齢者のコミュニティーを意識するなどの工夫によって、格差などによる健康への影響などを緩和する政策が必要となるのです。

参考文献

藤野善久・松田晋哉(2007)「Health Impact Assessmentの基本的概念および日本での今後の取り組みに関する考察」公衆衛生学雑誌,54(2), pp.73-80.

Ichida, Y. et al. (2009) “Social capital, income inequality and self-rated health in Chita peninsula, Japan: a multilevel analysis of older people in 25 communities,” Social Science & Medicine, 69(4), pp.489-499.

プロフィール

河野敏鑑社会保障 / 医療経済 / 公共経済

1978年生。東京大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。富士通総研経済研究所上級研究員などを経て、現在、専修大学ネットワーク情報学部講師。専門は社会保障・医療経済・ジェロントロジー(超高齢社会)・公共経済。編著書に『会社と社会を幸せにする健康経営』(田中滋氏・川渕孝一氏と共編 勁草書房)。その他、「「負けないで」は不況だからヒットしたのか」等のエッセイや学術論文も執筆。

この執筆者の記事