グローバル人材とは誰か?――若者の海外経験の意味を問う

日本の若者は内向き?

 

「日本にはグローバル人材の育成が必要だ」と言われること、あるいは「日本の若者は内向き志向だから、グローバル人材の育成が必要だ」と言われることは、決して珍しいことではない。特に企業や経営者がそうした主張をし、それを受けて官庁がその育成を進めようとする動向は、しばしば報道されている。

 

しかし、そうした主張は本当に的を射たものなのだろうか。あるいは、そこで想定されている「内向き」や「グローバル人材」なる言葉の内容は、十分に検討されたものといえるのだろうか。

 

「内向き志向」と言われるとき、それは近年の若者の本質的な特徴であるかのように語られるが、実際にメディアの報道をみると、「内向き」と言われた後、それとは反対の動きもあるとする例も多々ある。例えば、「朝日新聞」は2012年1月29日付朝刊で「内向き、留学下降線」という記事を掲載しているが、同じ年の9月28日付朝刊では「脱・内向き? 留学増加の兆し」という記事を掲載していて、これだけをみると、本質的な特徴であるかのように語られた「内向き志向」が、1年もたたないうちに変わり始めたかのようであり、そもそも本当に本質的なことだったのか疑問を抱かせる。

 

また、1981年に始まったワーキング・ホリデー制度は、2008年までに30万人以上の若者を海外に送り出しているというが、例えばこの30万人以上の人たちの少なくない部分が日本に帰国しているのならば、日本には既に多くの「グローバル人材」がいるとはいえないのだろうか。その人たちを除いているのだとすれば、「グローバル人材」とは一体誰のことを指しているのか。

 

こう考えると、「内向き/外向き」論や「グローバル人材」論が、実はさまざまな暗黙の前提のうえにはじめて成り立っていることは明らかだろう。「グローバル人材が必要だ」という議論は、改めて検討することが必要なものなのである。

 

以上のような問題意識に基づいて、私たちは若者の海外経験についての共同研究をおこなった。まず、若者の海外経験をめぐるデータを集めるために、私たちは2つの調査を実施した。1つは、海外滞在経験が豊富な若者たちと、海外滞在経験がほとんどない若者たちのそれぞれに対して、海外経験の内容、仕事や人生に関する意識などをたずねるインターネット調査である。もう1つは、シドニー(オーストラリア)とバンクーバー(カナダ)にワーキング・ホリデー(以下、ワーホリと略記)や語学学習のために訪れた若者たちへのインタビュー調査である。

 

これらの調査結果の分析と、さらにメディアでの言説の分析なども加えながら、いまの日本社会で語られる「グローバル人材」の必要性や「海外経験」の重要性について再検討を加えた。以下、順に敷衍することにしよう。

 

 

日本での状況に規定される若者の海外経験――インターネット調査から

 

まず、久木元が担当した、海外滞在経験が豊富な若者たちと、海外滞在経験がほとんどない若者たちに対するインターネット調査とその分析である。具体的な調査の対象は、全国の25歳から39歳の未婚男女で、(1)「18歳以降に連続して1カ月以上の海外勤務経験(ワーホリやボランティアも含む)または留学経験がある人」1,236人と、(2)「18歳以降の通算の海外滞在日数が0日から5日の人」824人である。

 

18歳以降の海外滞在にしぼったのは、本人の意思で海外に滞在したかどうかに限定するためである。また(1)で「連続して1カ月以上」としたのは、短期間の旅行に複数回行ったというケースを除き、ある程度長期の滞在を経験した人にしぼるためである。

 

(1)への調査については、海外経験が豊富な若者たちが、その海外経験を通じて「主観的な成長実感」を得たのか、「仕事に関する前進実感」を得たのかに注目して分析した。海外経験を通じて「主観的な成長実感」を平均以上に得たが「仕事に関わる前進実感」は平均以下である人のあいだでは、「留学」は語学学校で、「仕事」はワーホリで、という人の割合が高い。

 

逆に、「主観的な成長実感」が平均以下で「仕事に関する前進実感」が平均以上という人のあいだでは、海外の大学で学んだ人や駐在員として滞在した人の割合が高い。両方が平均以上の人は、18歳以前も以降も海外滞在年数が長い傾向があり、いわゆる「グローバル人材」のイメージに近いかもしれないが、こうした人たちは長期の海外滞在経験者のなかでも限られた存在であることには留意すべきである。

 

大きくみて、駐在員や現地採用社員として働くことは「仕事に関する前進実感」につながりやすいが、ワーホリでは「主観的な成長実感」との関連がみられた。たとえ成長や前進の実感が何らかの形で強く得られているのだとしても、その実感はどのような形での海外滞在だったかによって規定されていて、それは結局、若者の海外経験も、もともとの日本社会の仕事やジェンダーをめぐる力学から自由ではないということを示している。

 

次に(2)への調査から、18歳以降の海外滞在経験がまったくない人たちについて分析してみると、海外に対する関心が全般的に希薄であることがわかった。ただ調査結果をみると、海外滞在経験がゼロの若者たちは、身近な知り合いに、海外経験が豊富な人(例えば、海外旅行に年1回以上行く人、海外に1年以上留学した経験がある人、海外で1年以上働いた経験がある人など)がいない傾向がみられた。

 

そもそも周囲にモデルたりうるような海外経験の持ち主がなく、そのため海外に関心をもつ機会自体に恵まれていない立場にあることがうかがえる。本質的に海外に無関心というよりも、海外への関心が展開するきっかけをもちにくい状況という環境的な背景があるなかで、結果的に(全員ではないにせよ)若者たちが「内向き」にみえる事態が生じている、というのが実情だと考えられる。

 

若者と海外経験の関係は、若者の意識だけで完結するものとみるべきではない。海外経験が豊富な若者たちも、海外経験が少ない若者たちも、ともに社会的な影響のなかにいるのであり、そのことを考慮したうえで、若者と海外経験の関わりを考えることが求められているといえるだろう。【次ページにつづく】

 

 

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