2016.07.04

参議院選、雇用・労働政策の向こう側――そもそも日本の労働社会をどうするのかという視点

常見陽平 労働社会学

社会 #18歳からの選挙入門#参議院選挙#雇用・労働政策

6月22日公示、7月10日投開票の第24回参議院議員選挙。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられてから最初の投票となります。シノドスでは「18歳からの選挙入門」と題して、今回初めて投票権を持つ高校生を対象に、経済、社会保障、教育、国際、労働など、さまざまな分野の専門家にポイントを解説していただく連載を始めました。本稿を参考に、改めて各党の公約・政策を検討いただければ幸いです。今回は、雇用・労働政策の視点から常見陽平さんにご寄稿をいただきました。(シノドス編集部)

「就職」ではなく「就社」

幼児A:「ぼくのお父さんは、しょうしゃというところではたらいています。ラーメンからロケットまでうっているそうです」

幼児B:「わたしのお父さんは、しょうけんがいしゃというところではたらいています。かぶのうりかいをしているのですが、いそがしすぎてたおれました」

ある幼稚園での、参観日での一コマです。子どもの隣に保護者が座り、紹介するという企画でした。幼児Aは「お父さんは結局、ラーメン屋さんなの?ロケット屋さんなの?」と同じクラスの子から質問が集中。幼児Bに関しては、その場で保護者の方は「やっぱり証券会社って忙しいんだ……」と憐れみの視点で見たそうで。クラスの子からは「お父さん、八百屋さんなの?野菜売り過ぎて倒れたの?」と質問が……。お世話になった方から聞いた本当の話です。

実はこの無邪気なやり取り、選挙に向けて雇用・労働政策を論じる際の大事な一歩なのではないかと思っています。日本の労働社会の特徴が端的にまとめられています。

「就職」という言葉がありますが、日本人は本当に「職」に就くのでしょうか。実は「就職」ではなく「就社」です。であるがゆえに、どのような「仕事」をしているのか説明し辛いのです。この、幼児たちの素朴な保護者紹介にそれが凝縮されています。

10代後半の皆さんにとっては、「雇用・労働に関する政策」と聞いてもピンと来ない人も多いことでしょう。というのも、約8割の人はその段階で就職していないからです。いまや高校卒業時の年齢で働いている人は、同学年で2割程度となっています。「働く」と言っても、アルバイト以外の経験がない方が多数派です。

保護者の方の仕事についても、皆さんはよく分からない人も多いことでしょう。前述したような理由で日本の仕事というものはわかりにくいのです(主に父親とのコミュニケーションが足りないというのも日本の家庭の問題ではありますが)。

だから、就活が迫った21歳の大学3年生ですら、親の仕事というものは理解し辛いわけです。大学はもちろん、高校などでもキャリア教育の取り組みは始まっていますが、とはいえ、「働く」ということはイメージしづらいことでしょう。

そのため、選挙における雇用・労働政策に関しては、10代の皆さんにとってはピンと来ないことが多いかもしれません。いや、みなさんをバカにしているわけでは決してありません。実際に働いてみないと分からないことも多いからです。

ここで、雇用・労働政策を考える上での前提についていくつか確認しておきたいことがあります。それは労使の関係、労働者と資本家の関係です。この2つの利害は必ずしも噛み合わないのです。ただ、労働力がなければ企業活動はほぼ成立しませんし、労働者も仕事がなければ生活が困難になってしまいます。これは、企業という組織が成立してからの永遠の課題なのです。

労働者は生活者でもあります。過酷な労働環境では生活に影響がありますし、ブラック企業に代表される労働者を使い潰すようなものには抗わなくてはなりません。一方で働きやすさを追求した結果、稼ぎが減り、生活できないというのも問題です。さらには、機械と人間がどう共存するのかというのも今後、考えなくてはならないテーマでしょう。

選挙の前に、雇用システムを根本的に問い直す

政策を論じる際の視点としては、それが、いつ、どの対象にどのように利くのか、メリットとリスクは何かという観点が大切です。そもそも、実行できるのかというのも大事な論点ですね。

この前提のもとで、やっと本題です。参議院選の雇用・労働政策の論点です。今回は「同一労働同一賃金」「最低賃金の値上げ(1000円〜1500円)」「長時間労働の抑制」「正規雇用の増加」「労働者派遣法の見直し」「ブラック企業対策」などが各党から政策として掲げられています。

今回、公開されている政策を読み比べた印象では、労働問題について網羅的に記述している共産党を除くと、正直なところ、各党の違いはわかりにくいものとなっています。例えば、「同一労働同一賃金」「長時間労働の抑制」「最低賃金の値上げ(時給1000円以上)」は自民党も民進党も、掲げている政策は似ています(言葉遣いや、どこまでやるか、どうやるかなどは違います)。

しかし、問うべき点は具体的な言葉の意味、達成プロセスではないでしょうか。先に結論から言ってしまうと、これらのことを実現するためには、付け焼き刃の対策ではなく、日本の雇用システムを根本的に問い直さなくてはならないからです。

例えば、ここ数ヶ月、議論が加熱してきた「同一労働同一賃金」について考えてみましょう。主に正規雇用と非正規雇用の格差是正のために、この政策が打ち出されています。要するに同じ仕事内容なのに、正規と非正規で賃金が違うのはおかしいという論理です。一見すると、非正規雇用を救うかのような政策のように見えますね。

しかし、そんなに単純な話でしょうか? 次のような点を疑ってみましょう。この「同一労働同一賃金」という言葉は、各党で同じ意味で使われているのでしょうか? 何を目的としたものなのでしょうか? 導入する手段やプロセスは明確でしょうか?

「人に仕事をつける社会」か、「仕事に人をつける社会」か?

そもそも「同一労働」という概念に疑問が残ります。A社内のB事業部のC課で同じ商品・サービスを営業している入社10年目のDさんと、入社5年目のEさんの仕事は、「同一労働」だと言い切れるでしょうか。簡単には判断できません。担当している顧客の特徴、営業目標の金額などにより異なります。同じ会社で同じ部署で同じミッションの営業職ですら、単純に同一労働とは言えません。

もちろん、これはまだ測定しやすい方でしょう。顧客の規模、営業目標の金額などは測定可能ではあります。しかし、このDさんとEさんが、さらに社内の他のミッションを抱えていたとしたら、どうなるでしょうか?Dさんが営業改革全社プロジェクトのメンバー、Eさんが新人5人をまとめて面倒見る教育担当だったとしたら、仕事をどう測定しますか?

さらに、やや意地悪ですが別の観点を入れてみましょう。Dさんはもうすぐ課長になりそうなポジションにあり、人望の厚さで課だけでなく、事業部全体のモチベーションを上げていました。「Dさんみたいになりたい!」と若手たちは燃えています。このような貢献も含めて人をどう評価するでしょう?

このように、人の仕事を測定するというのは簡単ではないのです。もちろん、測定しようという試みは常に行われています。社内でミッションのグレードを決めるやり方、業務の社内コストを設定して測定しようとするやり方です。実際、この手のやり方を導入している企業もあります。非正規雇用に関しては、例えば派遣スタッフなら担当業務は明確にし易いですし、業務ごとの時給の相場などもわかりやすいです。

ただ、労働というものは何でも明確に定義できるものではないです。これを業界内で統一しようとするならば難易度はさらに増すのは言うまでもありません。定義したところで、逆に働きづらくなってしまうという問題が起こるわけです。比較的業務の定義がされている派遣スタッフでも、派遣先の各社で独自の業務はあるわけで、「同一労働」だとは言い切れないのです。

ここでも日本の雇用・労働のわかりづらさが可視化されます。これが人に仕事をつける社会と、仕事に人をつける社会の違いです。何でもかんでも仕事をするというのが日本の働き方です。もともとは業務が定型化されていて責任の範囲も決まっており、指揮命令系統が明確なはずの非正規雇用者ですら、正規雇用者同様に、何でもかんでも任されているというのもまた現実です。

どのような労働社会を創りたいのか

政策を論じる際は、何にどう効果を発揮するのかということを理解しなくてはなりません。同一労働同一賃金は、正規と非正規の格差を是正するという論理から論じられていますが、それは正規と非正規に今まで通りの仕事が同じ量と難易度で存在するという前提で成り立っています。

同じ仕事で同じ賃金だったとしたならば、継続的に働いてくれて技能的にも習熟していく正規雇用者にシフトするシナリオもありえます(もちろん、雇用の安定した正規雇用を増やすという意味では効果がありますが)。この手の議論はよく若者の権利を守るための論理で展開されるわけですが、逆に非正規雇用者の仕事がなくなってしまい、若者の仕事を奪うことにもなりかねません。同じ仕事なら、熟練したベテランに任せたいという流れにもなりえるからです。

このような現実から考えると同一労働同一賃金を実現するための前途は多難だと言わざるを得ません。もっとも、この政策をめぐる議論を通じて現在の日本の労働者の権利、日本の働き方の問題が可視化されていくのは有益だと考えています。

つまり、組織に長年所属してその中で様々な仕事をしていく世界観と、会社ではなく仕事に就くという世界観のどちらに進むのかということです。さらには誰もが忙しく働くのか、そうではない働き方を作るのかという議論も必要です。

同一労働同一賃金の話が長くなってしまいましたが、最低賃金を上げる件についても、どのように実現するかというシナリオが大切でしょう。労働者が安い賃金で使い潰されるのも問題ですが、仕事がなくなってしまっては、意味がありません。人件費の高騰が機械の導入を促進する可能性もあります。

そもそも問われるのが、各政党がどのような労働社会を創りたいのかというビジョンです。各党の政策集やマニフェストを見ても、その世界観がいまいちボケているように感じます。いや、わざとボカしているのかもしれませんが。(もっとも、労働関連の雑誌などではより深い議論がされています。)

ただ、それぞれの政党が掲げていることが、簡単に実現できることなのか、生活者に寄り添っているようで実はアメとムチになっていないかということなどは、私たちは注意するべきです。美しい言葉に踊らされて、実は搾取されていたなんてことは避けたいですよね。

単純に進むはずのないことであるがゆえに、いざ当選した際に政策を立案し、実行しきる力があるかどうかということも問わないといけません。政策の言っていること自体は似ているがゆえに、問われるのは実行力か、あるいは応援したいと思うかどうかということです。

雇用・労働をめぐる政策について、新しく選挙権を得た若者に語りかけるという企画でしたが、まったく答えになっていないというトンデモ原稿になってしまいました。しかし、ここにある本質が現れていると思います。冒頭に示したように、労と使の関係、労働者は生活者でもあること、その政策が何にどう効くのかという視点。これです。

自分たちはどのような労働社会を生きたいのか、その政党や政治家はどのような労働社会を作りたいのか。この視点で考えてみましょう。

プロフィール

常見陽平労働社会学

千葉商科大学国際教養学部専任講師/いしかわUIターン応援団長。北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学、スポーツ社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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