2016.10.22

告発だけではダメ? 貧困問題の解決方法

『貧困の現場から社会を変える』著者、稲葉剛氏インタビュー

社会 #貧困の現場から社会を変える

貧困の現場に長年携わり、その改革に力を尽くしてきた稲葉剛氏。その経験をまとめ、社会を変えることを呼びかける本『貧困の現場から社会を変える』を上梓されました。なぜ、いま貧困問題なのか。刊行の背景や現在の貧困問題に関してお伺いしました。(インタビュアー / NPO法人POSSE渡辺寛人)

出版の経緯

渡辺 日本の貧困問題について考えたい、取り組みたいと思ったときに、入門的に学べる文献は、実は意外にもあまり多くありません。そこで、稲葉さんにそうした本を書いてもらいたいということで、堀之内出版とブラック企業対策プロジェクトから企画のご相談をさせていただいたのが、本書を出版することになったそもそものきっかけです。

そして、書くだけではもったいないから講座にしようということで、2014年7月から「稲葉剛のソーシャルワーク入門講座」として全6回の公開イベントを開催、その内容を収録することになり、2016年9月に本書が刊行されました。最初にこの企画を持ち込まれた時はどう思いましたか?

稲葉 まあ半分、ブラック企業対策プロジェクトの藤田孝典さんにそそのかれるような感じで始まって。6回も違うテーマで話すのは大変かなっていうのが最初の印象でした(笑)。

「ソーシャルワーク入門講座」というタイトルで話をするということで、自分のしてきた二十余年間の活動を振り返るきっかけになるかなと。ホームレス支援に始まり、その時々の必要に応じて活動を広げてきたということを、改めてソーシャルワークという視点から振り返るというのも面白いかなというふうに思って引き受けたということです。

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貧困バッシングの高まり

渡辺 今回ご自身の実践を振り返りもお書き頂いていますが、そのうえでいまの貧困問題の状況をどのように見られているのでしょうか。

稲葉 「はじめに」でも書きましたが、2006年が、国内の貧困が再発見されるきっかけになった年だと思っています。きっかけは、竹中平蔵(当時)大臣が新聞のインタビューで、「社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはない」と言ったことに憤りを感じた湯浅誠が、「反貧困」をスローガンにした社会運動を構想したのが最初です。

当初は貧困問題の可視化を当面の目標として運動を始めて、それが年越し派遣村の成功とか社会的に大きなインパクトを与えたということもあり、貧困問題自体は可視化されました。さすがに10年経って、いまでは日本国内に貧困問題はないって言う人はいなくなったかなと(笑)。

ただ、生活に困窮している人が増えた分、互いに分断させられている状況があるのではないでしょうか。

たとえて言うなら、大型客船が沈没しかかっているのに、「沈んでいない!」と言い張っていた時代が終わり、いまは誰の目にも船が沈んでいることが明白になった状態です。ただ、大勢の乗客が海原に投げ出されていることへの怒りが、本来、責任を負うべき人に向かわず、先に救命ボートに乗っている人に向かっている。冷たい海で泳いでいるのがつらければ、「自分にもボートをよこせ」と言えばいいのですが、「あいつらはズルをしているから、ボートから降ろせ!」となってしまうのですね。

この間の動きでいうと、NHKの貧困高校生へのバッシングや、この前も人工透析の患者さんへのバッシングもありましたが、国の財政問題を口実に、「真に困窮している人」は救うけれど、そうは見えない人は切り捨ててもいいんだ、という風潮が強まっていますね。

渡辺 この本の中でもバッシングについては1章を割いて論じていますが、反貧困の取り組みを通じて貧困を可視化したときになされたバッシングと、現在のバッシングに違いを感じることはありますか。

稲葉 90年代からホームレス問題はずっとあったわけですが、路上生活者や日雇労働者への差別や偏見は根深く、「あの人たちは好きでやってる」とずっと自己責任で語られてきたところがありました。

年越し派遣村の時に潮目が変わりはしたのですが、例えば次の年の「公設年越し派遣村」において、国と東京都が年末年始に公的な施設をつくった時にも、「行政のお世話になって宿泊施設に入りながらもタバコを吸っている人がいる」といった点が叩かれたりしました。

根本的なところで貧困を見るまなざしが変わっていないと感じますね。貧困状態にある人に「清く正しく美しく」というイメージを求めて、生活保護にしても恩恵として与えるけど、権利としては認めず、美しいイメージを裏切るようなら取り上げても構わないという発想。根っこには日本社会の人権意識の希薄さがあると思うのですが、「貧困へのまなざし」はこの四半世紀で大きく変わっていないと感じますね。

稲葉剛氏
稲葉剛氏

貧困問題をめぐる言説に欠けているもの

渡辺 この本はタイトルのとおり、日本社会の貧困問題をどう変えていくかという問題意識で貫かれていますよね。支援者としての観点から、そのような問題意識で貧困問題を論じていく本は多くなかったと思います。また、貧困の実態だけではなく、その問題が引き起こされてくる社会的要因についてもわかりやすく説明がなされているので、すごく勉強になります。

他方で、僕がいまの貧困問題をめぐる言説を見ていて違和感を感じるのは、社会的な観点が非常に弱いことです。この間、「子どもの貧困」や「女性の貧困」に関する報道が増えてます。そこでは「絶対的な弱者」を提示して、貧困の酷さとか実態を告発していくというスタイルのものが多く、なぜそうした問題が起きてくるのか、社会的な観点が希薄なのです。

また、社会全体が貧困化しているという状況の中で「絶対的弱者」にだけフォーカスしていると、「俺らも頑張ってるんだ、なんであいつだけ、あんなものは貧困じゃない」というバッシングの心理が強く出てきてしまう。

もちろん知られてない問題もたくさんあるので告発していくことも重要なんですが、個人の問題にとどまらず社会的な観点で考えていくことが重要ですよね。

渡辺寛人氏
渡辺寛人氏

稲葉 例えば、私が力を入れている「住まいの貧困」の問題について言うと、年越し派遣村の時にも明らかになったように、不安定な雇用にある方が住まいも失いやすいという状況にあるのですが、その根本には雇用の問題と同時に住宅政策の失敗という問題があります。

それで住宅政策の歴史を調べていくと、戦後の日本では一貫して、中間層が持ち家を取得することを重視する政策が行われていて、その反面、民間の賃貸住宅で暮らしている人たちへの支援がほとんどなされてこなかったということがわかってきました。

都会では民間の賃貸に暮らしている人たちはかなりいるわけですけど、その人たちも、高い家賃を払う、家賃のために働いているような状態に疑問を抱いていない。それは、日本型雇用を前提にした住宅政策、家族政策のもとで、「住まいの確保は甲斐性である」という社会意識が形成されてきたからです。

実際には日本型雇用システムは崩壊していて、労働のあり方だけでなく、その土台の上にあった住宅のあり方、家族のあり方、さらに言えば、人々の生き方そのものも変わらざるをえないのだけど、政治家を含めた人々の意識がそこについていっていない。だから、アベノミクスで景気を回復すれば、大方の問題は解決するという幻想に乗っかってしまうんですね、

自立支援をどう考えるか

渡辺 個人ばかりにフォーカスしすぎて、制度や社会構造のあり方に目が向かない。社会のあり方を問わずに、「彼らは困ってるからなんとかこの社会に戻していこう、参加させていこう」という発想でおこなわれているのが現在の就労支援・自立支援だと思います。そうしたいまの自立支援のあり方についてはどうお考えですか。

稲葉 社会的包摂という言葉が一時期流行りました。ヨーロッパで使われてきたソーシャルインクルージョンという言葉は、社会的排除、エクスクルージョンに対するインクルージョンですから、彼ら・彼女らを排除している社会自体を問い直すという視点がもともとあったはずなんです。それが日本に入ってきたら、「自立支援」とイコールで使われるようになってしまい、しかもそれがいまや「一億総活躍」という言葉に置き換わってしまいました。

こうした流れの中で、生活困窮者自立支援制度も貧困を生み出す社会のあり方を問い直すことなく、個人に努力を求めて、社会に戻りなさい、いまの労働市場に戻りなさい、という方向性が主流になってしまっていて、戻る先にある雇用のあり方を問い直すという視点が欠落しています。

もちろん、生活困窮者自立支援法ができて、現場で悩みながら相談支援をされている方も多いのでしょうが、国の発想は、パーセンテージで就労自立率を上げるというところばかりに重点が置かれています。例えば瞬間的な自立率が上がったとしても、その人たちが3ヶ月後も定着して働けているのか、あるいはそこで働いている労働環境がどうなのか、というような視点が欠落しているのです。

貧困問題に「万能薬」はない

渡辺 現場の支援は当然必要ですが、その際、制度や社会の仕組みをどう変えていくかを考えていかなければなりません。そのための方法が、ソーシャルアクションです。6章の藤田孝典さんとの対談では、ここに焦点が当てられていますね。「貧困の現場から社会を変えていく」ためには、ソーシャルアクションがもっとも重要な実践になると思います。

稲葉 ソーシャルアクションの実践としては、生活困窮者の相談支援の現場で、一人に対して、例えば生活保護の申請に同行して窓口で水際作戦を突破するといった個々の支援というレベルと、そこから生活保護のあり方に対して政策提言をしたり、あるいは基準引き下げなどの制度改悪に反対したりという制度政策のレベルがありますよね。

またホームレス支援の分野で、私は「ハウジングファースト」(住まいを失った人への支援において安定した住まいの確保を最優先とする方策)を日本で実現するために、つくろい東京ファンドという団体で空き家活用の事業もおこなっていますが、いまの社会に足りない社会資源を、行政に対して求めると同時に、自分たちでつくっていくという活動もあると思います。

つまり、個々の相談支援だけでなく、一方でデモや集会、裁判支援などの社会運動をやりながら、他方でクラウドファンディングを通して資金を集め、独自の事業を展開しているわけです。社会を変えるために様々なアプローチを模索しているのですが、なかなかその全てをやっているという人はあまり見かけません。

ともすれば個別の相談支援だけに埋没して、「政治」に関わることを極端に嫌がったり、逆に制度・政策だけに着目して、現場を見ない政治的な批判になってしまいがちです。あるいは、「ソーシャルビジネス」で全部解決できると思い込んでしまい、自分たちの事業だけでは解決できない問題を見ようとしない人も最近は多いですね。そして、それぞれ自分とスタンスの違う人と対話をせず、毛嫌いしてしまう。

だから藤田さんとの対談の中でも、ソーシャルビジネス万能論やベーシックインカム万能論を批判しています。貧困問題はそんな単純に解決できないですよ。どうしてもいまの社会はシンプルに「これさえやれば全て上手くいく」みたいなものが流行りがちなところがありますが、様々なレベルでねばりづよく取り組みを広げていく必要があるということは強調したいと思います。

渡辺 この本でも、貧困の実態や、問題が引き起こされる構造、それに対して稲葉さんはどう取り組んできたのかが書かれていますが、「こうすれば貧困問題は解決する」という単一の答えが書いてあるわけではありませんよね。貧困問題を解決するためにはどうしたらいいのか、この問いをそれぞれの立場や事例において考えるためのヒントがこの本にはたくさん詰まっていると思います。

最後に読者の方へメッセージをおねがいします。

稲葉 社会福祉を勉強している方やソーシャルワーカーを目指している方だけではなくて、いまの貧困報道に関心を持っている方、引っかかってる方にも読んでいただけるとうれしいですね。

日々、ネットでニュースを追っていると、その時々のネタを消費して終わってしまい、貧困の背景にある問題を深く考えなくなってしまうところがあると思います。そこをちょっと立ち止まって考えたい方にはぜひ読んでいただければ。

渡辺 立ち止まって考えて、そこから一歩を踏み出すきっかけになれば、この本の意味がすごく出てきます。もやいもPOSSEも貧困の現場で支援活動をおこなっていますから、本書を読んで支援の現場に足を運んでもらえるといいですね。

プロフィール

稲葉剛一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事

1969年広島県生まれ。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。立教大学特任准教授。著書に『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために―野宿の人びととともに歩んだ20年』(エディマン、2014年)、『生活保護から考える』(岩波新書、2013年)、『ハウジングプア』(山吹書店、2009年)など。

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