信仰はどのように継承されるか ―― 創価学会にみる次世代育成

創価学会はいわずと知れた日本最大にして、独自の支持政党・公明党を生み出し、国政・地政におけるキャスティング・ボートを握るまでに育てた特異な教団である。

 

しかし、本書『信仰はどのように継承されるか』の主眼は創価学会自体の解明にはない。本書の目的は、親から子へ、先行世代から後継世代へと教団の価値観、組織の行動様式が、そのときどきの社会状況に応じて再編されながら受け継がれていくプロセスをみることである。創価学会はその一事例として取り上げたにすぎず、創価学会に関する政治的な側面からの新たな資料や観点については提示できてはいない。創価学会に関する研究書ということでその点を期待される読者諸氏には物足りないものとなっているかもしれない。

 

本書の分析のもとになっている資料は、大学の卒業論文のためにはじめて訪れて以来、15年もの長いあいだお世話になってきた、北海道札幌市に住んでいる数多くの創価学会員の皆さんからのご協力の賜物として得られたものである。筆者と創価学会との出会いは、公明党を生み出した政治的な宗教集団としてではなくて、まず、一人ひとりの創価学会員とのおつき合いからはじまっている。卒業論文の課題について「宗教における女性の地位について調べてみたい」との希望を述べたところ、指導教官に「具体的な教団を調査しないとだめだ」と薦められた調査先が、たまたま創価学会だったのである。この間、さまざまな会合や会館や個人のお宅にお邪魔して、創価学会の活動の片鱗を見せていただいてきた。

 

会合に参加させてもらいながら、聞き取り調査を受けてくれる人を探し、お話を聞いてきた。彼らの口から語られる「体験談」は「家族」とのかかわりを中心に語られることが少なくない。彼らの多くは、創価学会員の親を持つ娘であり、息子であり、また、子どもを育てる母親であり、父親であった。家族のなかに生じるさまざまな問題が乗り越えるべき苦難としてとらえられ、その苦難を乗り越える原動力として信心が位置付けられていた。もちろん、その信心の具体的な中身は人によって微妙に差異がある。

 

とはいえ、御本尊様に向かって「南無妙法蓮華経」と唱えることで、あるいは創価学会の信仰を広める(折伏する)ことで、あるいは何があっても信心から離れないことで、苦難が解決されたり、功徳が得られるという論理は共通している。「信じる」ということは、必ずどこかで根拠なく飛躍しなければ到達できないと思われる結論である。率直にいって筆者にとっては信じがたい。ただし、創価学会に入ったきっかけは「親が信心していたから」「祖母が信心していたから」という二世信者については、そのような論理のもとで育てられてきた以上、信じてしまっても仕方がないことかもしれないとも考えていた。

 

だが、あるときエホバの証人の親に育てられたが、親の信仰に疑問を抱いて離れた経験を持つ人びとに出会った。彼らの抱える事情は一人ひとり違っているが、親と教団から受けた影響に少なからず苦しみ、それをなんとかして乗り越えようとしていた。

 

当時、創価学会の現役信者を対象に調査していて、親からの信仰を子どもが受け継ぐというプロセスにさしたる疑問を感じていなかった筆者にとっては衝撃の出会いであった。そして、その後しばらくエホバの証人を脱会した人たちへのインタビュー調査をさせていただくことになる。

 

エホバの証人と創価学会はさまざまな点で異なる教団だが、個人的信仰だけでなく組織的な活動を重視する点など類似点も多くある。元エホバの証人との出会いで、子どもは親の信仰を素直に受け継ぐわけではないという視点が明確になってきた。創価学会員の人にもよくよく聞いてみれば、いま信仰を継承している人々も、教団から離れた経験を持つ人は少なくなかったのだ。何かを求めているとき、身近にある宗教として創価学会が再発見されるという側面があったのである。

 

近年、宗教社会学理論のなかでは、宗教選択の説明に関して、合理的選択理論が一定の影響力を持ってきた。非常に単純化していえば、個人がどのような信仰を持つかという点において、自由に自己選択ができるということを前提にした理論である。現代は個人化した社会だといわれる。個人化した社会では、宗教のみならず、自己選択の余地がないとみなされがちな家族すら自己選択できる対象と考えられるようになってきた。しかし、本当にそうだろうか。たしかに、子どもは親からの信仰を必ず受け継がなければならないわけではないという社会的合意はありそうである。けれども、実際に何か宗教的選択をするときには、その人の育ってきた環境にあった宗教的要素が大いに影響を与えるのではないだろうか。

 

本書は、個人化社会、自己選択・自己責任が宣揚される時代において、個人の選択というのはそれほど単純なものではないことを示そうとしたひとつの試みでもあった。実際には、そこまで踏み込んだ議論はできていないかもしれないが。

 

創価学会それ自体の解明は目的ではないと冒頭に述べたが、日本社会において重要な位置を占める団体であることには違いない。創価学会という教団を問い直すためには、他の教団と比較した特徴を示す取り組みが必要だろう。今後は、既成仏教やキリスト教を含めた他教団の信仰継承・次世代育成のプロセスに関する知見を得たうえで、信仰の継承・次世代育成戦略という観点からの複数教団の比較を試みてみたいと考えている。また、本書では創価学会を脱会した二世信者への聞き取りも十分にできていない。この点も補充していく必要がある。何かを語るにはあまりにも資料が足りない感もあるが、今後さらに調査を進める第一歩として本書を位置づけたいと思っている。

 

 

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