2012.03.02

「休眠口座基金」を貧困・被災地支援対策に

フローレンス代表・駒崎弘樹氏インタビュー

社会 #マイクロファイナンス#フローレンス#休眠口座

お金の出し入れが10年以上ない「休眠口座」の利用をめぐり、政府は金融機関の実態を調査する方針に入った。2000年代に入り、韓国や欧州で休眠預金に関する法の制定が相次ぐなか、日本でもいち早くその問題を指摘し、活用を訴え続けてきたのがNPO法人フローレンスの駒崎弘樹氏。昨年1月、駒崎氏は日本における休眠口座基金の設立と活用プランを政府に提案した。

それから数ヶ月が経ち、政府が休眠預金を東日本大震災の復興支援に使う検討に入ったが、銀行業界が「もともとは顧客のお金。国が使うのはおかしい」と反発。「政府は国民のお金に手をつけるのか」と、メディアも批判的な報道を行った。駒崎氏が、具体的にどのようなモデルを描き、それによってどのような社会的効果を生み出すことが可能と考えているのか。直接、話を伺った。(聞き手・構成/宮崎直子)

マイクロファイナンスを日本でも

―― 休眠口座の活用を提案されたきっかけは?

フローレンスは病児保育事業を通じて、子供の貧困対策に取り組んでいます。所得の低い一人親の方々に対して、病気になった子供を安価で預かるサービスを提供しています。親が貧困であれば子供に教育投資ができません。したがって貧困は世襲していきます。そのような人たちに対して様々な対策を考える中で、金融というものが、本当に弱い人々のために存在していないということを肌身で感じてきました。

2006年にグラミン銀行総裁のムハマド・ユヌス氏が、マイクロファイナンス(小額融資制度)を通じてバングラデシュの貧困層の救済に貢献したことでノーベル平和賞を受賞しました。世界的にもそうした経済モデルの構築が注目される中、日本では一部NPOバンクの方々が先進的に頑張られてきましたが、政府の支援政策もなく、まだ大きな社会インフラにはなっていません。困った人が小口でお金を借りようと思ったら、銀行ではなくまず消費者金融にいかざるを得ません。結果、多重債務に苦しむ人が後を絶ちません。

「休眠口座」を知るきっかけとなったのは、2009年に韓国で行われたNPOのシンポジウムでした。韓国では若年失業率が高く、当時は日本と同様に、若者の貧困問題が社会問題として取り沙汰されていました。両国の貧困対策について議論する中で、福祉支援を目的に活用されているという「休眠口座基金」について知り、日本でも直ちに取り組むべきだと思いました。帰国後すぐに調査を開始し、2011年1月から政府に報告書を矢継ぎ早に提案していきました。東日本大震災後は、復旧費用に当てるための新しいプランも4月に提出。それが、今ようやく動きはじめているといった状況です。

休眠口座基金の創設プラン

―― 休眠口座基金設立のモデルを簡単にご説明ください。

まずは休眠預金の「照会窓口」を作り、預金者の権利を保護したうえで、休眠預金の捜索を可能にすることです。日本では現在、休眠口座の対応は各銀行でばらばらに行っています。たとえば、合併される前の銀行に休眠口座をもっていて、そこからお金を引き出したいと思っても、今は何銀行で、どこの支店に行き、手続きにはどういった書類が必要なのか、一般国民はよくわかりませんよね。それを諸外国では「統合窓口」を作って対応しています。休眠口座について誰でも気軽に相談できるような窓口を作り、休眠口座を減らしていこうというのが第一段階です。

次に、休眠預金を統合的に管理・運営する「休眠預金管理財団」を、市民主体の第三者機関として設立することです。そこが休眠預金を包括的に管理します。

つまり「照会窓口」と「休眠預金管理財団」が連携して集約的に休眠預金の情報を管理し、いつでも返済できる体制を作っておくことがポイントです。休眠預金が金融機関の利益になるのではなく、「休眠預金管理財団」に管理権を移管する。ここが透明性を持って運用されているかどうかを、さらに金融庁が規制・監督するというスキームです。

(「日本版休眠口座基金 スキーム」)

―― 休眠預金の返還率はどのくらいですか。

諸外国の平均返還率は2割ですが、日本人は真面目なので4割になると銀行側はいっています。一年間で約850億円の休眠預金が発生し、そのうちの350億を返済していると銀行は発表しているので、だいたい4割だろうというわけです。しかし、何年にいくら返済しているというデータは一切公表されていませんので、350億という数値はおそらく過去最大の返還額だろうと思われます。銀行がこれまで益金計上していた闇の部分は、今後、政府が調査しようという段階にきています。

銀行のいう通り仮に4割返しているとすると、運用できるのは残りの6割。そのうちの3割は、不測の事態に対応できるようにバッファとしてとっておくと仮定すると、結果、返還用に7割、全体の3割(約250~300億)が社会のために活用できるという計算になります。

―― 休眠預金の活用はどのような方法で行いますか。

資金を「給付」するのではなく、「貸与」や「融資」という形で実行していきます。たとえば、「NPOバンク」に無利子で貸し付けます。NPOバンクとは、通常の銀行ではお金を貸さないような人たち(一人親、外国人出稼ぎ労働者、多重債務者等々)に対して融資活動を行う団体です。一人親であれば、子供の入学金が払えないといったときに、あなたは担保も何もないけれど50万貸してあげますよ、ただし、月1万ずつ5年で返済してくださいといった形で、銀行が貸さないようなリスクの高い、しかし非常に困っている人たちのために活動しています。音楽家の坂本龍一さんや桜井和寿さんらが立ち上げた、環境保全のための「ap bank」が有名ですね。

他にも「NPO中間支援組織」がNPOに、「大学」は学生に対して低利子長期貸付を行えます。こうして小さな金融の担い手になるような人たちに無利子で貸付を行い、さらにそれぞれの受益者に対して低利子で貸していけば、元本も減らず、困っている人たちにきちんとお金が届けられるという、日本版のマイクロファイナンスが成立します。

(「日本版休眠口座基金 アライアンスモデル」)

―― 毎年出る休眠預金の30%(約300億円)で、どれだけの社会的効果が生み出されますか。

今回の震災における生活再建の支援プランとして、いくつか提案をしています。たとえば、災害時緊急支援への活用について考えると、300億円あれば、生活ができなくなった人たちに対して、一時金として15万円を20万世帯に貸付することが可能です。義援金が配られたのも3.11から半年ぐらい経ってのことでした。コンビニでちょっとしたものを買うお金すらないといったときに、迅速に対応できるカジュアルな金融機関が存在しないわけです。

また、県外避難者の再就職支援にも当てられます。阪神淡路大震災の時に県外に避難した約5万人のうち、配偶者と未婚の子供を持つ世帯主は約11,650人でした。世帯主が転居先で賃貸住宅に入居し就職活動を1年間行う場合にかかる平均費用は、一人あたり約250万円。300億の休眠口座基金から貸付を行う場合、全ての世帯主に対し再スタートの支援をすることができます。そのぐらいすごいことができるのが、この300億円というお金なんですね。

さらに、長期的な復興支援を考えたとき、震災遺児の進学費用へも活用できます。阪神淡路大震災の事例を参考にすると、東日本大震災の震災遺児は約2,100人。学費を除いた大学4年間の総生活費は600~700万円です(東京都社会福祉事業団試算)。300億円休眠口座基金から貸付を行う場合、希望するすべての児童が金銭的不安なく進学が可能になります。また、毎年積み立てを行い、突然の災害に備えることも可能です。

(「震災復興基金への積み立て」)

要は生きるお金として使えるんです。今は銀行の利益金になったままで、それがまわりまわって大企業に貸されているかもしれないけれども、本当にお金を必要としている末端の立場の弱い人々のところまでは行き届いていない。その現状を真摯に私たちは見つめなければならないと思います。日本の至るところに存在する、本当に緊急にお金が必要な人たちに、迅速に流してあげられるような仕組みを、なぜ作れないのでしょう。

諸外国のケース

―― 海外の事例をご紹介いただけますか。

上記のようなスキームを整え、社会のために運用していこうと世界の中でも最も早く動いたのがアイルランドです。2003年に休眠預金基金を設立し、貧困対策や障害者の支援などに活用しています。また、生命保険に関しても同様に対処されています。イギリスも管理団体へ移管し、社会的組織への援助に使用しています。

韓国はアイルランドに倣って、2008年に休眠預金財団が始動しています。毎年、銀行・郵便局を合わせて約158億円の休眠預金が発生。それが銀行の利益になっていることに対して国民が運動を起こし、盧武鉉政権時に法制化されました。休眠預金は政府が監督する管理財団に寄付され、福祉事業者の支援などに活用されています。

(「アイルランド 休眠基金成立までの流れ」)

―― なぜ日本では対応が遅れているのでしょうか。

休眠預金については、これまでも定期的に国会では追求されています。しかし、国民に関心もないし、銀行も政治力をもっているので、うやむやにして逃れてきたというわけです。不況でどの国も銀行に対する風当たりが強くなっていて、海外では当たり前のように国民が声をあげ、政府もそれに応えています。

それを日本では「国が国民のお金に手をつけるなんて」といったとんでもない抵抗を、銀行とメディアが繰り広げていたわけです。

我々の提案スキームでは、休眠預金を没収しようということは一言もいっていません。休眠預金になったとしても、いつでも返しますという預金者の権利を保護しながら、残りの永久に使われないお金を、マイクロファイナンスで子供たちの奨学金や被災地での復興に利用していこうというアイデアなんです。

―― 今後の活動予定は。

有志と民間団体を作って、休眠口座の普及啓発に励みたいと思っています。全国銀行協会との公開討論、メディアや議員を囲んでの勉強会、休眠口座基金に関する調査・研究などを行い、専門家の人たちにつなげていきたいと考えています。政府は今後、金融機関の実態を明らかにし、民間の第三者機関でマイクロファイナンスとして運営していくというビジョンをはっきり説明していくことが必要です。私たちはすでに法案の私案も提出していますので、政府はこの政策を優先順位にあげ、法律を策定することに早急に着手すべきです。

銀行サイドには、扇情的なメッセージで抵抗するだけでなく、困窮している人々にも、きちんと貸し出せるような新たな「小さな金融」の仕組みを、一緒に考えていってほしいと思います。休眠口座に関しては、管理コストの削減や窓口コストの削減に繋がるアイデアも出てくるかも知れません。単に自分の利益が減るから反対する、では余りにも公益性に欠けます。全ての人々を包摂する、新しい金融の形を共に創っていく対話のテーブルについてくれるのを、待っています。

プロフィール

駒崎弘樹NPO法人フローレンス代表理事

NPO法人フローレンス代表理事。1979年東京都江東区生まれ。慶応大学総合政策学部卒業。「子どもが熱のときに預かってくれる場所がほとんどないという『病児保育問題』を解決し、子育てと仕事の両立が当然の社会を創ろう」と、05年4月に全国初の非施設型・共済型病児保育サービスを開始。2007年ニューズウィーク「世界を変える社会起業家100人」に選出。10年からは待機児童問題解決のための小規模保育サービス「おうち保育園」を開始。2011年内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議(座長:菅首相)」委員に就任。プライベートでは10年9月に1児(娘)の父に。経営者でありつつも2か月の育休を取得。著書に『「社会を変える」を仕事にする』『働き方革命』『社会を変えるお金の使い方―投票としての寄付・投資としての寄付』など。

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