心の中にも安全な場所をつくるということ――前田正治インタビュー

東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、福島県が2011年から実施している県民健康調査の一環として、「こころの健康度・生活習慣に関する調査」が行われている。これは、主に避難指示が出た区域などの住民を対象に、住民の健康を「こころ」と「からだ」の両方の面から見守りながら、必要なケアを提供するための調査である。アンケート調査の結果、支援の必要があると判断された場合には、電話などにより支援が行われることもある。

 

調査の結果、地域の精神保健疫学調査において、うつ病や不安障害など、こころの健康状態を判定する尺度「K6」が13以上(重篤な心理的苦痛がある状態)とされたのは、2011年では14.6%、2015年においても日本人の平均の約2倍の7.1%になることがわかった。近年はこの数字の改善傾向も停滞しはじめている。

 

今回は、先進国の国民の健康に関わる最大の問題のひとつともいわれるうつ病、またPTSD(心的外傷後ストレス障害)なども含む「こころ」の側面から、震災と原発事故後の福島の住民の健康について考える。福島県立医科大学医学部・災害こころの医学講座で、2013年10月から主任を務める前田正治教授にお話を伺った。

 

 

「見える」災害と「見えない」災害

 

――震災や原子力災害によるストレスとは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

 

まず、「見える」「見えない」という軸で考えると、今回の震災と原発事故には大きく分けて2つの特徴があると言えます。

 

「見える」という特徴が顕著だったのが、地震とそれに伴う津波などの自然災害です。震災直後にはこれらのショッキングな映像が、テレビやインターネットなどを通じて拡散されました。このことは、実際の被災地からの距離にかかわらず、日本全体に大きな衝撃と不安を与えました。

 

これに類した現象として、ベトナム戦争の際に、戦場の様子がテレビで生中継されて世界中に大きな影響を及ぼしたことが知られています。ベトナム戦争が「Televized war(テレビ化された戦争)」だとすると、今回はインターネットも加わった「Televized disaster(テレビ化された災害)」だといえるのかもしれません。

 

一方、「見えない」という特徴が顕著だったのが、原子力災害、とりわけそれにともなう放射線の問題でした。放射線は目に見えません。見えないけれど「怖いものだ」というイメージだけはある。これがいわば「あいまいな恐怖」を生み出しました。この「あいまいな恐怖」が、地震や津波など自然災害の映像の拡散による衝撃が全国的に(世界的に)広がっていたこともあってか、あいまいなまま大きく広がってしまったという側面もあるのかもしれません。

 

原子力災害の持つ「あいまいさ」は放射線への恐怖や不安にとどまりません。たとえば津波に襲われた土地は、被災直後であれば誰が見てもここがそうだとわかりますし、復旧の状況もまた、見ればある程度はわかります。しかし原子力災害の場合、まず「どこが被災地なのか」という境界があいまいです。線量の高低も、その地点に実際に測定器を持ってこなければわかりません。また、たとえ線量そのものが十分に低くても、風評被害が起こればそこもまた被災地です。

 

原子力災害は人が起こした災害である上に、「どこからどこまでが被災地なのか」という線引きも、人がしなくてはならない場面が多くなります。

 

「なぜ私がこんな目に遭うのか」という理不尽さへの怒りが、自然ではなく人間に向かってしまう。そしてそういった怒りや悲しみが、たとえば不信感や恨みとして噴き出している場合もあると思います。

 

 

――人間関係が深くかかわる事件や事故によるトラウマは、とくに深刻化しやすいという専門家もいます。

 

「交通事故や犯罪被害によるPTSDの発症率は、自然災害そのものによるPTSDの発症率よりも高い」という研究が多くあります。自然災害が起こると、「みんなで力を合わせて前に進もう」という、コミュニティがもともと持っている力がうまく機能して、レジリエンス(心の回復力)が高まる場合が多くあります。しかし、たとえば交通事故などの人がからむ事故の場合にはこういった特徴がありませんので、PTSDの発症率は高くなります。そして、もっともPTSDの発症率が高いのは、戦争や犯罪被害に巻き込まれたケースです。

 

つまり、「人」という要素がからめばからむほど、PTSDの発症率は高まると考えられます。人がからむと、多かれ少なかれ、当事者が、他者を責める一方で自分をも責めてしまうんですね。他者への怒りと自責感は表裏一体ですから。見落とされやすいことですが、「持続する自責感」というのはPTSDの重要な症状のひとつでもあります。そしてこれは抑うつ症状にもつながります。

 

福島第一原発事故の後、「私が避難しなかったせいだ」とか逆に「私が避難したせいだ」とか、自分を強く責めてしまう例もよく見られますね。

 

 

――医療従事者や自治体職員など、自身も被災されながらも被災者の心身のケアをなさっている方々の心の健康について、以前前田先生が講演でおっしゃっていたことが印象に残りました。

 

被災地の医療従事者や被災自治体職員の心の健康問題は、今非常に深刻です。自治体職員の約18%がうつ病に罹患していることもわかっています。

 

ぼくがこの問題に気づいたきっかけは、被災地の医療従事者の状況を知ったことでした。たとえば、ある被災した病院が再開したときに、原発事故直後に避難した人としなかった人が同じ職場で働くことになりました。原発事故直後に避難したスタッフは、「逃げた」という言葉で自分を責めていました。一方で、避難しなかったスタッフもまた、人員も食料も極端に不足している中で大勢の患者さんのケアをするという大変な苦労を経験しています。スタッフの中には、家も家族も津波によって失ってやむなく避難した人もいました。そのスタッフさえも「私は逃げたのではないか」と自分を責めていましたね。

 

被災自治体職員の多くが、自分自身も被災者なんです。それでも、この人員不足の中、住民の不安や不満、怒りなどに日々対応し続けています。さらに、「住民がこれほどがんばっているのに、自分が辛いとは言えない」という思いから、自分自身の辛さを誰かに相談することすら難しいという状態にも陥りやすい。住民の目を気にして、休みをとることをためらってしまうような人も多いようです。

 

職業人としての責任感の強い人ほど、こういった状況が深刻化しやすいのかもしれません。しかし、自分のためだけではなく、住民の支援を長く続けるためにも、しっかり休んで心身のケアに努めてほしいと思います。

 

 

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前田氏

 

 

――「避難するかしないか」という葛藤でいえば、避難指示が出なかった地域から避難された方もまた苦しまれていますね。

 

とくに遠くの地域に個別で自主的に避難された方にとって、「もしかしてそこまで心配しなくても良かったのかもしれない」と思い直すことは苦しいことでしょう。避難先の地域コミュニティに溶け込んで日常生活が送れていればまだいいのですが、それがうまくいかずに孤立しがちな生活を送っているような場合は、ますます苦しいでしょうね。

 

「線量も十分に低いし、なんら心配なく故郷で生活できるのだ」ということを今理解したとしても、「今さら故郷に戻ったら、周囲にどんな目で見られるだろうか」という不安もあると聞きます。自主避難の場合、一人ひとりが判断するという部分が大きいので、それ自体が家族間の軋轢を生むこともあります。また、家族内でそれぞれが別の選択をするようなケースもあるでしょう。

 

もちろん、避難せずにとどまった場合も、事故の直後はもちろん、今でも多くの葛藤や不安を抱えて生活されている方もいます。とくに若い母親は「避難しないという選択が正しかったのだろうか」と不安になったり、何かのきっかけでそれが自責感になったりして苦しむケースもしばしばみられます。

 

こういったケースでは、周囲の人たちと思いを分かち合うなど、コミュニティの本来の自助的な機能をうまく働かせて、孤立感や自責感を最小限に食い止める対策が必要だと思います。【次ページにつづく】

 

 

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