2010.09.08

消えゆく「新しい公共」と、台頭する新世代の社会起業家たち 

西田亮介 東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授

社会 #新しい公共#ソーシャルビジネス#友愛

鳩山前内閣において、「新しい公共」というコンセプトが話題になったことは記憶に新しい。「新しい公共」円卓会議のウェブサイト(http://www5.cao.go.jp/entaku/index.html)などにその軌跡は詳しいが、「国民一人一人が公を担う」という鳩山内閣の「友愛社会の実現」というビジョンを具体化したものだった。

政治的関心が下火になる「新しい公共」

実際、「有識者」だけではなく、社会問題の解決を事業によって実現する社会起業家たちも同会議に参加するなど、画期的な構想だった。

残念ながら、有識者のバックグラウンドがばらばらで利害関係が一致せず、議論が噛みあわなかったこと、伝統的な共同体や習慣を含めて「新しい公共」とまとめたこと、他の具体的な行政改革と連動させられなかったこと、そして何より「国民一人一人が公を担う」という主題が、国民ではなく政治の文脈から発せられるという根本的な矛盾を抱えていたことから、首相が代わるとともに、明らかに政治的関心は下火になった。

その後は、民間に引き継がれていくことになったが、表立ったアウトカムは目立たなくなっている(SYNODOS JOURNAL 拙稿「あたらしい『新しい公共』円卓会議」は、市民運動を越えられるか?」参照のこと。)。

もちろん、円高の進行や株価の下落といった経済情勢の悪化や、連動する雇用情勢の悪化といった目下の「緊急事態」に取りかからざるをえないという事情と、安定しない与党民主党の党内事情があることは理解できる。だが、菅内閣は、そのような目下の課題に翻弄されていて、短期的に目立った成果がみえにくい社会部門改革については、完全に後手に回っている印象を受ける。

だが、管内閣が掲げる経済と社会保障の両立を目指す「第3の道」の、本家本元にあたるイギリスのブレア内閣の「第3の道」では、経済対策と社会部門の刷新は有機的な形で提示されていた。

短期的な社会保障政策のみならず、社会起業家を含む起業家の育成やコミュニティ再生にも取り組んでいた。民間非営利部門やベンチャー企業のような、リスクの高い事業に飛び込む意欲がある者の取り組みを支援し、雇用の確保とセーフティネットの実現を両立しようとした。「結果の平等」から「機会の平等へのシフト」である。社会保障政策と産業政策が縦割りで別個に行われがちな日本の状況と異なり、政策パッケージとして一体化した取組みだったといえよう。

着実に根づきつつあるソーシャルビジネス

政策的にはすっかり冷え込んだ「新しい公共」をめぐる一連の取組みだが、社会起業家とソーシャルビジネスは着実に日本に根づきつつある。

日本で「社会起業家」という言葉が一般に流通するようになったのは、2000年前後のことである。当時、活動を始めた社会起業家は、NPO法人フローレンス(http://www.florence.or.jp/)の駒崎弘樹氏のように、活動と政策提言、社会的認知の向上の3つの課題に同時に取り組んできた先駆者だった。

彼らの活躍やメディアでの言説活動によって、社会起業家の認知は、まだ十分ではないものの、徐々に向上している。教育の面でも、大学院に社会起業家育成コースが設置され、国や地方自治体レベルの支援体制、とくにスタートアップ資金の提供などが整備されつつある。また、民間の支援団体がつなぐインフォーマルなネットワークも、社会起業家育成に大きな役割を果たしている。

もちろん、担当省庁や部署によっては、事業性に対する理解が乏しく、使い勝手が悪いなどさまざまな課題もあるが、着実に新しい社会起業家が登場し、彼らを支援する体制が形成されつつある。そのなかには、Coffret Project(http://coffretproject.com/)のように、後発発展諸国の女性たちに対するメークアップを、他のNGOの支援サービスを受講するインセンティブに利用するといった、これまでの社会起業家たちの事業になかったユニークな事業もある。

筆者は日本の社会起業家たちの起業家精神がどのように醸成され、起業にいたったのか、また、支援環境がどう利用されているのかについての調査研究を行なっている。そこで2005年以後に事業を興した新しい世代の社会起業家たちに、ソーシャルビジネスの存在を知ったきっかけを問うと、「先行する社会起業家(とくに駒崎弘樹氏と(株)マザーハウス(http://www.mother-house.jp/)の山口絵理子氏の名前が多い)の事業を知って」という答えを多々耳にする。

首都圏にかぎらず、地方でも社会起業家やソーシャルビジネスに関するセミナーが多く開催されてもいる。「新しい公共」への政策的関心は薄まりつつあるが、当事者たちの社会的認知は着実に進み、つぎの世代に問題意識が引き継がれている様が窺える。

社会や他のステイクホルダーとの協働も進んでいる。大学や高校と協働して、高校生向けに人間関係形成(「ナナメの人間関係」)を築く場づくりに取り組むNPO法人カタリバ(http://www.katariba.net/)や、起業や地元商店街と協力して、ソーシャルスキル教育のプログラムなどを提供するNPO法人「育て上げ」ネット(http://www.sodateage.net/)のように、オルタナティブ教育を提供しつつ、自らも雇用の源泉となっているケースもある。

ソーシャルビジネスをめぐる課題

もちろん、課題もある。産業政策の観点からいえば、スモールビジネス、とくにベンチャー企業は「小さく産んで、大きく育てる」ことが、イノベーションや雇用の確保を含めた社会的活力の源泉として重要だといわれている。

だが、ソーシャルビジネスにかぎったことではないが、市民セクターに対するリスクマネーの供給はいまだ十分とはいえない。リスクマネーどころか、社会起業家当事者のクレジットカードを持つことさえ難しいのが現状なのである(駒崎弘樹氏のブログ参照 http://komazaki.seesaa.net/article/159388671.html)。

市民セクターのあいだで、利用できる産業側の支援メニューについての理解が十分浸透していないといった側面もある。さらに、ハンズオン支援や販路開拓、ビジネスマッチングなど、手厚く存在する中小企業向けの支援メニューが、社会起業家らにとっても有益に思われるものの、法人格と制度の壁に阻まれ利用できない現状もある。

また、一部に、閉鎖的なヒエラルキーの存在が垣間見えることもある。一層の新規参入と、多様な背景をもつステイクホルダーの参入が必要なシーンにもかかわらず。既存の社会構造と同じ中央集権構造の縮小再生産では、日本にオルタナティブセクターの確立は期待できない。

このように、政策に翻弄され、いくつかの課題を抱えている日本のソーシャルビジネスと社会起業家だが、先行者の歴史をつぎ、新しい世代が生まれるという独自の生態系が確実に生じつつある。

より一層の質量の充実のためには、政策と産業との緊密な連携の推進、および周辺の社会的環境整備が欠かせない。民主党の代表選挙も控えている。縦割りではない、ひとつの有機的な政策パッケージをめぐった生産的な議論が行なわれるのを期待したい。

推薦図書

マイクロソフトの創業者で、いまは世界的な慈善団体ビル&メリンダ財団を運営するビル・ゲイツと、世界的に著名な投資家ウォーレン・バフェットが、企業活 動と社会貢献活動を結びつけ、本来業務として取り組むことで、社会を改良する可能性について議論する。彼らは、営利事業と非営利事業が不可分に結びついた 資本主義のあり方を「創造的資本主義」と呼ぶ。

もちろん、このような議論には、賛否両論があるわけだが、その双方の議論を収録しているユニークな構成の1冊。社会的貢献とビジネスのあり方を考えるうえ で、新しいアクターである社会起業家のみならず、既存の企業が取り組むビジネスを含めた資本主義の今後を考えるうえで必読の1冊だ。

プロフィール

西田亮介東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授

1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。専門は、地域社会論、非営利組織論、中小企業論、及び支援の実践。『中央公論』『週刊エコノミスト』『思想地図vol.2』等で積極的な言論活動も行う。

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