2011.09.29

「千年に一度」と「リスクてんでんこ」

山口浩 ファィナンス / 経営学

社会 #東日本大震災#リスクマネジメント#防災

東日本大震災や、その際大きな被害をもたらした津波について、「千年に一度」の災害と形容されることがある。念頭におかれているのは、869年の貞観地震あたりだろうか。実際、東日本大震災の際の津波は、仙台平野の海岸線から5~5.5キロメートル以上のところまで達したそうだが、これは貞観地震の際の津波の規模を上回るものだったらしい。

「千年に一度に備えよ」という声

もちろん、この「千年に一度」という表現は、「だからこれだけの被害もしかたない」といった言い訳に直接つながるものではない。あちこちで、「いや本当は予想できたはずだ」といった言説を見かけるが、おそらくこの裏側には、「予想できたのだから、対策もあらかじめとれたはずだ」という意識があるのだろう。現在各所で語られている復興プランや防災計画なども、「最悪の事態を想定せよ」という考え方が根底にあるようだ。震災直後の時期に繰り返された「想定外」という言い訳への反発はよほど強かったのだろう。「千年に一度」レベルの比較的発生確率の低いリスクにも備えを、という声は今、非常に強くなっている。

「大津波「千年に一度」対策を」(朝日新聞2011年9月1日)

http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000331109010002

「最悪の事態」を想定すべきという点は、リスクマネジメントの観点からも適切だ。リスクマネジメントの分野では、リスクマネジメントのプロセスを4つの段階に分けてとらえる。(1)リスクの把握、(2)リスクの測定、(3)対応の決定、(4)検証、の4つであるが、このなかで、リスクの把握は、最初に行わなければならないステップだ。まず、どんなリスクにさらされているのかを把握しなければ、その後の段階に進むことはできない。存在するリスクをないものであるかのように扱えば、当然ながら対策をとることはできず、備えのないままリスクにさらされている状態となってしまう。

また、リスクが把握された以上、対応をとるのも当然のことだ。そしてその対策は、「うまくいかなかったとき」のことも考えておくことが求められよう。工学的発想からさまざまな「失敗」を研究する「失敗学」を提唱する畑村洋太郎氏は、「制御安全」「本質安全」という用語を使ってこれを説明している。精密な制御機構でコントロールすることによって安全を保とうとする「制御安全」ではなく、構造やしくみ自体を工夫して、万が一のときにも最低限の安全が確保されている「本質安全」をめざすべきという考え方だ。

「完璧な対策」はない

しかし、話はそこでは終わらない。問題は、それでは今回の震災において、なぜそれができなかったのか、にあるからだ。忘れてはならないことが2つある。1つはコストだ。いかに優れた対策であっても、コストがかかりすぎるものは、現実には採用できない。とくに、大地震のように稀にしか起きない現象については、わたしたち自身の知見がまだあまりにも不足していて、どこまで備えれば充分なのか、正確なことはまだよくわかっていないというのが実態だろう。となれば、いざというときに安全を確保するためにはかなりの余裕をもたせなければならないが、そうなるとコストはどんどん上昇していく。それで計画自体が遅れるのであれば、むしろある程度の対策を早くとった方がいい、という考え方もあるだろう。

つまり、今回の震災で有効に機能した防災施設が優れたものであって、うまくいかなかったものがダメだといった具合に、簡単に割り切ることはできないのだ。たとえば、岩手県下閉伊郡普代村で、かつて村長が周囲の批判を押し切って作ったという高さ15.5メートルの防潮堤と水門が、東日本大震災による津波から集落を守りきった話は、報道等によって一躍有名になった。

「巨大防波堤で死者ゼロ 岩手県普代村 村長の信念と消防士の献身が結実」(産経新聞2011年4月26日)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110426/dst11042620520043-n1.htm

隣の田野畑村にあった高さ8メートルの防潮堤は津波を抑えられず多くの被害者を出したとのことで、高さの差が命運を分けたかたちになっているが、だからといって、高さ15.5メートルが防潮堤の高さとして必要十分だと証明されたわけではないし、8メートルの防潮堤をつくった人びとに先見性がなかったということでもない。

震源の位置や潮の状態、地形やその他多くの事情によって、津波の被害は大きく左右される。ひとつ事情が違えば、15.5メートルでも不足だったり、防潮堤自体が破壊されてしまったりしていたかもしれない。極端な話、高さが100メートル、幅が1キロメートルもあって、どんな地震にも耐えるほど強固な構造だったとしたら、どんな地震でも津波の被害をほぼ完璧に防ぐことができるかもしれないが、当然ながら、コストを考えればそんなものはおよそ非現実的だし、もし無理につくったとしたら、それ自体が新たなリスク要因となるだろう。逆に、もし今回の震災の震源がちょっとずれていたら、場合によっては防潮堤の高さは8メートルで充分だったかもしれない。

重要なのは、地震のようなリスクへの対策には、「これなら完璧」といえるようなものが現実的には存在しないということだ。政府は、近い将来、高い確率で発生が予測されている首都直下型地震について、発生した際には、諸条件により、数千人から1万人以上に及ぶ死者、数十万人に及ぶ負傷者が出るであろうとしている。もちろんこれまでも、さまざまな防災対策が行われ、そして今後も行われるであろうが、この被害者数をゼロにすることは事実上不可能だろう。

もし死者数が1万人なら、東京の人口からすれば、約千人に1人の割合だ。リスクは地域的に偏りがあるから、場所によってはもっと高い確率になるだろう。首都直下型地震が起きれば、身近な人ではないかもしれないが、自分の知っている誰かは命を落とす。そのくらいの計算になろうか。いうまでもないが、この予想自体、「想定外」の事態によって覆される可能性はあるから、ひょっとしたらもっと多くなるかもしれない。死者の発生を防ぐための抜本的な対策は、技術的には可能かもしれないが、それを実際に、完璧に行うことは、現実的に不可能だ。この事実を、わたしたちは受け入れなければならない。

http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_syuto/syuto_top.html

これは、よくいわれる「人命より経済合理性を優先する」という類の話ではない。コストをかけるべき領域、守るべき人命は他にもたくさんある、ということだ。政府にとって、地震や津波から人びとを守るのが重要であるのと同様、感染症やテロから人びとを守ることも重要であり、教育や社会福祉も必須であり、経済を振興することもまた大事な課題だ。

そもそも、経済合理性と人命の重要性は、対立する概念ではない。もともと「経済」ということばは、経世済民、つまり「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」からきている。むしろ、より多くの人命を救うために、より多くの人の幸福を実現するためにこそ、政府は経済合理的に運営されなければならない。今後改善の余地はあるにしても、「死者1万人」は、現時点での経済合理性にもとづく1つの選択の結果であるといえる。

「過剰対策」もリスク

もちろん、現実的に可能で、かつある程度有効に機能する対策を立てることは、多くの場合可能だろう。要は、コストと有効性のバランスを考えなければならないということだ。ここでポイントとなるのは、どの水準をもって「バランスがとれている」と判断するかだ。しかし、人間があるリスクをどの程度重大なものと認識するかは、ときによって、また人によって異なる。これがもう1つの「忘れてはならないこと」だ。

震災の記憶がまだ生々しい今、わたしたちは、地震や津波のリスクに対して敏感になっている。大きな被害を受けた被災地の方々は、とくにそうだろう。もちろん、これ自体は悪いことではない。しかし同時に、この時期、地震や津波のリスクを他のリスクより大きくみるバイアス、このための対策を他のさまざまな課題より重要と考えてしまうバイアスをもちやすく、結果として対策がオーバースペックになってしまったり、またそのために他の課題がおろそかになってしまったりするおそれがあることを、意識しておかなければならない。

現在、関係各所で提唱、検討されている計画のなかには、町の大部分を人工地盤でかさ上げしたり、高台に移転させたりする、というものが少なからずある。津波の高さから高さ15メートルの人工地盤が必要だとして、それは技術的には可能とのことだが、まだそうしたものが作られた実績はない。町を移転させること自体は、災害やその他の理由でこれまでも行われたことがあるが、これほど大規模かつ広範な地域にわたるものはなかっただろう。

「津波に強い人工地盤を=大西隆・東大院教授-論客に聞く」(時事ドットコム)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201104/2011042200622

人工地盤にせよ移転にせよ、技術面に加え、そのためのコストやコミュニティに与える影響等の検討を、開発時点についてだけではなく、その後の期間も含め、慎重に行うべきだ。一刻も早い復興事業の着手が待たれるところではあるが、いくら復興だからといってコスト度外視の青天井で進められても困るし、拙速に進めて誰も住まないゴーストタウンをつくったのではそもそも防災にならない。いずれの場合も、結果として復興を阻害し、新たなリスク要因となる。完璧な防災都市を作っても、そこに住む人びとが幸せでなければ意味はないのだ。

忘却の法則

また、リスク要因に対する警戒感は、時間の経過とともに低くなっていく傾向がある。上記の畑村氏は、これを記憶の風化の問題と表現している。本稿末尾の「本日の一冊」にあげた同氏の著書には、東日本大震災の被災地で、かつての津波の到達地点に建てられた、被害を伝える石碑のすぐ下にも家が建てられている、との指摘がある。おそらく、津波で被害を受けた直後には、そこに家を建てようとする人は少なかったろう。時間が経過するうちに警戒感が薄れ、やがて忘れられて、家が続々と建てられていったものと思われる。

人の記憶は移ろいやすい。今は鮮明な、地震や津波に対する恐怖感、警戒感も、大地震のサイクルからみればごく短期間、おそらく「ほんの」数十年のうちに風化し忘れ去られていくだろう。上記の普代村は、1896年の明治三陸大津波で1,010人の死者・行方不明者を出し、1933年の津波でも約600人が死傷したという。それが15.5メートルの防潮堤や水門につながったわけだが、それでも1970~80年代にかけての建設にあたっては、「無駄遣いだ」との強い批判を受けたという。

「岩手県普代村の奇跡 3000人の村の堤防があの津波をはね返した」(ゲンダイネット2011年3月31日)

http://gendai.net/articles/view/syakai/129740

畑村氏は下掲書において、「3日、3月、3年、30年、60年、300年、1200年」という、いわば失敗・事故・災害の記憶が失われる際の「忘却の法則」とでもいうべき法則性があると記している。どんな事故や災害でも、個人は3日、3月、3年で忘れ、組織は30年、地域は60年で忘れ、社会は300年で忘れる。1200年もたつと、文化のレベルで起きたこと自体を知らない、という状態にまでいたる、というものだ。東日本大震災では、首都圏でも、地盤の液状化などによる被害が発生したが、こうした地域では、江戸時代に河川や沼地だったところを埋め立てているケースが多い。古い記録を調べればわかる場合も多いし、地元には知っている人もいようが、知らずに家を建てたり買ったりした人も少なからずいるはずだ。

ただ注意を呼びかけるだけでなく、都市計画に反映し、建築規制をかけるなど制度化しておけば、少なくとも当面の間、昔の人びとが建てた石碑より有効な手段として機能するかもしれない。しかし、制度も人が変えられるものである以上、磐石ではない。しばらくすれば、経済の足を引っ張る障害として、批判を浴びることになるだろう。そして批判は、その防災対策が徹底したものであればあるほど、風当たりの強いものになるはずだ。やがて規制は変更されてふたたび市街地が形成され、高台に移り住んだ人たちの一部も戻っていくだろう。無理もない。「千年に一度」の災害に備えるということは、いってみれば、その災害の直後のわずかな時期を除き、その後の900年以上の期間、それをなし崩しにしようとする風化の動きに耐えつづけるということでもある。容易なことではない。

今は「震災前」

被災地から遠く、直接大きな被害を受けた地域以外では、風化はもっと早い。東京のマスメディアの報道では、震災関連ニュースといってももはや関心は原発事故にしかないようですらある。文脈は違うが「震災後」という表現が、メディアを覆い尽くしている。冗談ではない。国の地震調査委員会は、首都圏でM7級の地震が今後30年以内に起きる確率を「70%」と予測しているが、東大地震研チームの最近の発表では、東日本大震災以後のデータで再計算するとその確率は98%に達するという。東海、東南海、南海地震などについても、東日本大震災の影響を指摘する声もある。

少なくとも首都圏、そして関東、東海地方から四国や九州まで含む太平洋岸等の地域では、今はまさしく「震災前」なのだ。優先順位はあるにせよ、東日本大震災後の復旧、復興対策に加え、「次の震災」前の対策を、関係する地域に対して行っていく必要がある。

「プレート地震:首都圏直下、急増 「M7級、30年で98%」--東大解析」(毎日新聞2011年9月17日)

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110917ddm003040079000c.html

しかしそれも、容易なことではない。現時点では「安全側に寄せた対策を」という声が強いが、それは今後、対策が結果として空振りに終わった場合にも批判されないといことを意味しない。実際には、事前の対策に対して、コストがかかりすぎるといった批判がつきまとうのが通例だ。

たとえば東海地震については、かねてより地震予知の研究が行われており、必要な場合には、大規模地震対策特別措置法にもとづき警戒宣言が発令されることになっている。しかし、発令した場合に生じうる大きな影響を考慮し、気象庁の地震防災対策強化地域判定会が実際に発令を行うべきかについて慎重な意見が、以前から、経済界などを中心に少なからず上がっていた。地震予知はもとより完成された技術ではないが、地震リスクへの対応において、本当に「安全側に寄せる」方針を貫くべきと考えている人ばかりではないのも事実だ。

この「迷い」は、対策を立てる側にも共有されている。実際、イタリアでは、2009年のラクイラ地震の発生を予知できなかった学者が過失致死罪で起訴され、科学界に大きな衝撃が走った。このような発想では、もし逆に、予知にもとづいて出した警戒宣言が空振りに終わった場合も、同様に経済に大混乱を引き起こしたとして訴えられることになるだろう。実際に裁判になるかどうかは別としても、地震対策の空振りや過剰が批判を受けるようなら、「安全側に寄せた対策」など机上の空論でしかない。

「地震予知の失敗で刑事責任は問えるか…伊で初公判」(ZAKZAK2011年9月11日)

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110921/dms1109211237014-n1.htm

震災復興に際して今後計画されるであろう高い堤防も高台移転も、同様に、ムダと考える人からの批判にさらされ、従わない人びとが出てくるのではないか。今はともかく、ほんの数年で空気が一変する可能性も否定できない。実際にそうなるかどうか、もちろん断言はできないが、そうした傾向があることは、これまでの歴史からみて否定することもできないし、何より、そうした傾向にはそれなりの合理性もあるということを忘れてはならない。

多様であっていい

しかし、ただ「もっと対策をとるべきだ」「人びとは愚かだ」などといいたいのではない。人によって意見が異なるのは当然のことだ。もちろん、社会として共通の防災対策に対する考え方があってしかるべきではあろうが、たとえば地域によって、あるいは個人レベルでも、多少のずれがあることは認めた方がいいように思う。今政府等で検討されているような、「減災」の考え方にもとづく対策が中心になるのはいいとしても、それ以外にも、コストをかけて高い堤防をつくる方向性、あるいは逆に、ある程度のリスク負担を承知の上で「身軽」な街づくりをめざす方向性も、あっていいのではないか。「正解」が事後的にしかわからないこの分野において、わたしたちが多様であることは、むしろ全体としてのわたしたちの生存確率を高めるのではないかと思われる。

地震リスクに対する備えがどの水準のものであろうが、一部では誰かが苦しみ、悲しみ、あるいは傷ついたり死んだりすることを、わたしたちは全体としては受け入れざるをえない。防災対策にかける費用をケチらないことや対策の空振りを容認することは、オーバースペックな対策や無駄遣いを批判することと表裏一体であり、どちらも寺田寅彦のいう「正しく恐れる」の一部といえる。誰か1人が正しいかどうかではなく、さまざまな意見を戦わせるなかで、全体として「どちらかといえば正しい」と思われる方向へ、少しずつ動かしていくことが求められるのだろう。

津波から身を守る教訓として有名になった「津波てんでんこ」ということばがあるが、それにならえば「リスクてんでんこ」ということになろうか。リスクとともに生きる覚悟を迫られるわたしたちには、そのくらいの自己決定権があってもいい。そうした差異を認めてはじめて、わたしたちは全体として、「正しく恐れる」ことができるようになるのではないだろうか。

推薦図書

本書は、基本的には2007年刊の畑村洋太郎著「だから失敗は起こる」(NHK出版)に、震災後の調査や考察を加えた、いってみれば「緊急出版」系の書籍だ。とはいえ、これだけの大災害を経験した後では、本書の指摘の重みはいや増すばかりであろう。このなかに、岩手県宮古市田老地区の、1953年につくられた古い防潮堤の事例が紹介されている。この防潮堤は、1933年の津波被害を教訓につくられたもので、津波に正面から対抗するのではなく、津波の力をうまく逃がすように設計されていた。東日本大震災の津波はこの防潮堤を越えていったから、町を津波そのものから守ことはできなかったわけだが、それでも人びとが避難するまでの時間を稼ぐことができたという点で有効に機能した。その後その外側に作られたもう1つの防潮堤が、津波を正面から受け止める構造になっていたためか、完全に破壊されてしまったのとは対照的な結果だ。

地震のような大きな災害の前に、わたしたちのできることはそう多くはない。しかし同時に、できることは必ず、それだけでも充分すぎるぐらいにたくさんあるということも事実だ。工学分野だけでなく、多くの人たちが、合理的な考え方にもとづいて行動するようになれば、日本はもっとよくなる。本書は、耐え難いほどの痛みの記憶とともに、そうした希望をも共有させてくれる。

プロフィール

山口浩ファィナンス / 経営学

1963年生まれ。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授。専門はファイナンス、経営学。コンテンツファイナンス、予測市場、仮想世界の経済等、金融・契約・情報の技術の新たな融合の可能性が目下の研究テーマ。著書に「リスクの正体!―賢いリスクとのつきあい方」(バジリコ)がある。

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