2011.03.18

地震保険制度を改革しよう

山口浩 ファィナンス / 経営学

社会 #東日本大震災#地震保険制度#被害者生活再建支援制度

2011年3月11日午後2時46分ごろ発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、マグニチュード9.0という、1900年以降では世界で4番めにあたる規模であったらしい。もちろん日本では観測史上最大であり、その後発生し、いまもつづく原発事故の問題も含め、文字通り「未曾有の国難」といっても過言ではない。

報道で伝えられた被害の大きさにはことばもないが、まずは亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞いを申しあげたい。また、当面の復旧のため、あるいは今後の復興へ向け、各所で奮闘しておられる方々もおられよう。頭が下がる思いだが、もちろん他人事などではない。今回の地震は被災規模も大きく、その範囲も広いが、社会や経済への直接間接の影響は当然ながらそれをこえて全国規模、かつ中長期的なものだ。皆がそれぞれできることで力を合わせたい。

いまはまだ非常時を抜けだしたとはとてもいえないが、やがて復興が中心的なテーマとなるときがこよう。そこで重要となる点がひとつある。こうした大規模災害への対策はもちろん国の責任だが、それらは基本的には非常時の対処やインフラの復旧であって、個人の財産に対する補償を直接その時点で国が行うことは、基本的にはできないということだ。

もちろん、被害者生活再建支援制度やその他類似の制度などによる支援金などもあるが、それらが目的とするのは文字通り生活再建の支援であって、財産補償ではない。端的にいえば、地震で失った家の再建や家財の調達は、そうした支援や融資など公的な支援を受けることはあったとしても、基本的には自己責任であり、まっていれば誰かが無料で建て直してくれたり買い揃えてくれたりする類のものではないということだ。

ふだんは忘れられる地震保険

その意味で重要なのがふだんからの備えであり、そのための主要なツールのひとつが地震保険だ。

地震保険は、あらかじめ保険料を支払って契約しておけば、地震や地震に起因する火災や津波などによって保険の対象となる家屋や家財などの資産に一定以上の損害を受けた場合に、保険金を支払ってくれる。支払われる保険金の額は、最高でも火災保険の保険金額(補償の限度額)の半額まで(建物は5,000万円、家財は1,000万円限度)という制約もあるが、上記の支援金などと比べて金額も大きく、地震後の生活再建には大きな助けとなろう。

とはいえ、地震保険はえてして、大きな地震が起きたときにしか話題にならず、しかも話題に上るときにはなんらかの批判的な色合いがつくことも少なくない。地震保険自体の保険料(契約時に支払う、いわば保険の代金)が高いとか、保障内容が充分ではないとかいう不満もあるが、「家の保険」としてしばしばいっしょくたにされる、家屋や家財の火災保険で、「地震もしくは噴火またはこれらによる津波」によって生じた火災などの損害が免責(保険金を支払わないこと)になっているということを知らない人がけっこういるという要素も大きい。

火災保険は、当然ながら、火災による損害を補償するものだが、地震によって発生した火災に対しては保険金を支払わない旨、約款に書かれている。しかしそのことを知らない人が必ずいて、地震のたびに「なぜ保険金を支払わない」といった批判が起きるのが常となっている。

そうした批判を受け、今の火災保険では、「地震・噴火またはこれらによる津波を原因とする火災で建物が半焼以上、または家財が全焼した場合」に、保険金額の5%を地震火災費用保険金として支払うしくみになったのだが、これもいわば見舞金のようなものであり、地震による損害に対する補償ではない。地震による家屋や家財の損害をカバーするために地震保険が必要であることは基本的に変わりない。

もちろんこのことは、損保業界が過去数十年にわたり幾度となく周知をはかってきていて、次第に効果をあげてきているのだが、残念ながらまだ充分ではないということなのだろう。法的には、阪神大震災に起因する火災の損害に対して火災保険金を支払えとの訴訟が起き、最高裁で敗訴が確定している(平成15年12月9日 第三小法廷判決)のだが、同様の批判が起きるおそれはいまでも充分ある。今回も起きるかもしれない。

ちなみに、今回の地震に関しては3月16日、「生命保険と損害保険の大手各社は、東日本大震災で被災した保険契約者には『地震や津波の際には保険金などを支払わないこともある』という条件があっても、保険金を全額支払うことにした」との報道があった。

しかしこれは、生保の場合は死亡保険などの特約の「災害入院給付金」や災害時に死亡保険金に上乗せされる保険金、損保の場合は医療保険の「傷害入院保険金」のような、人の身体に関する保険(保険業界が「第三分野」と呼ぶ、損保と生保の双方が商品を販売している領域)についての話であり、火災保険で地震による損害に対し、(地震火災費用保険金以外に)保険金を支払うというものではない。

・「被災者に災害保険金全額支払い決定 生保・損保大手」(朝日新聞2011年3月16日)

http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103160306.html

特殊な一部の例外を除き、いまの地震保険は意図的にはずさないかぎり、火災保険に付帯して販売されるしくみになっている(原則付帯方式、ネット業界風にいえばいわゆるオプトアウト方式だ)のだが、2009年度末時点の付帯率(火災保険契約のうち地震保険が付帯されている比率)は46.5%にとどまる。

つまり、約半分の契約者は、契約時に「地震保険はいらない」という明示的な選択をしているわけだ。世帯普及率(全世帯のうち地震保険を契約している世帯の比率)でいうと、同じく2009年度末で23.0%ということになる。

最近は関心の高まりもあって付帯率は上昇基調にあるし(後記)、さまざまな機関が提供する火災共済にも類似の地震への補償もあるので、それらの契約者を加えれば、世帯普及率はもっと高いはずだが、それでも充分な状況とはいえないだろう。ちなみに、今回の東日本大震災で大きな被害を受けた県の地震保険付帯率をみてみると、宮城県66.9%、岩手県42.2%、福島県39.0%、青森県46.1%、茨城県41.5%、秋田県47.8%。山形県39.9%、新潟県48.9%、長野県33.9%といった具合で、けっこうばらつきがある(表1)。

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もちろん誰も、地震など起きないと思っているわけでもないし、地震などこわくないと思っているわけでもなかろう。付帯率の低さの背景には、保険料が高いという人々の意識がある。損害保険料率算定会(現損害保険料率算出機構)が1999年に行った「地震保険に関する消費者意識の調査」では、地震保険契約者、非契約者とも、地震保険料に対して「高い」あるいは「やや高い」と回答した者が過半数を占めており、とくに非契約者ではそれが約7割に上る。

一橋大学と野村総合研究所が2008年に行った「地震保険に関する消費者意識調査」では、持ち家世帯のなかでも年間所得500万円以下の層は明らかに地震保険付帯率が低くなっていて、保険料の負担感は所得階層によって異なることがうかがえる。また、「近い将来、あなたが住んでいる地域で大地震が起こると思いますか」という問いに対して、「起こらない」と思う人ほど付帯率が低くなることも明らかとなっており、主観的なリスク認識の差も、地震保険への態度に影響していることがわかる。

地震保険は「お買い得」?

では客観的にみて保険料が高いかどうかというと、地震保険はいわゆる「ノーロスノープロフィット原則」によって運営されており、保険料も適正に決められているので高くはない、というのが教科書的な意味での「正解」なのだろうが、じつのところ、地震の発生間隔は人間の寿命と比べてはるかに長いので、人間の視点からみるかぎり、簡単には納得できない人がいたとしても不思議はない。

そもそも地震保険は、他の保険とはそのなりたちがまったくちがっている。普通の損害保険は、顧客から集めた保険料収入のなかから、保険金を支払えるような水準に保険料を設定する、いわば「独立採算」型で設計されているが、地震保険は、保険金を支払う際に不足があれば政府がバックアップするということが最初から前提となっている。

制度の骨格は「地震保険に関する法律」(通称「地震保険法」)によって決められているが、1回の地震による保険金支払いの最高限度額は、現時点で5兆5,000億円だ。これは関東大震災クラスの地震が起きた場合を想定し、地震保険の普及状況なども勘案して設定されたもので、毎年国会の議決で決められる。かりに5兆5,000億円の保険金支払いが必要となった場合、保険会社が負担するのはこのうち1兆1,987.5億円であり、残りの4兆3,012.5億円は政府が負担する。

もう少し詳しくみてみよう(図1)。損害保険会社が契約者と締結した地震保険契約は、地域の偏りなどによるリスクの集中を防ぐため、いったんすべて日本地震再保険㈱(損保業界が共同で設立した地震専門の再保険会社)が集約して再保険を引き受ける(地震保険再保険特約(A))。日本地震再保険はさらに、その一部を政府(地震保険超過損害額再保険契約)に対して、また損害保険会社各社に対し所定のシェアに応じて(地震保険再保険特約(B))、再々保険として引き受けてもらうかたちになっている。

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三者の支払保険金負担割合は、1回の地震に対する支払額の水準によって異なり、1,150億円までは日本地震再保険がすべて負担し、それを超えた分は支払 保険金の総額に応じて三者で分担される(図2)。たとえば支払いの総額が1兆円であれば、日本地震再保険が1,150億円、元の地震保険を引き受けた損害 保険会社と政府が残りを4,425億円ずつ負担することとなる。

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このような複雑なしくみになっているのは、地震リスクが他の保険リスクとは大きく異なるからだ。火災保険や自動車保険など通常の損害保険では、事故1件あたりの損害額は保険会社の資力と比べて小さく、事故は数多く発生する。

個々の事故のあいだに関連はなく、個別にほぼ一定の割合で発生するため、一定期間まとめれば、保険金の支払い額は比較的安定している。したがって、毎年度の支払保険金と保険会社の経費の和は、当該年度の保険料収入とその運用益でカバーでき、かついくばくかの利益を残すことができるわけだ。

しかし、地震保険が対象とする大地震は、そうしたリスクとはまったくちがい、1回の地震に起因する損害額がきわめて大きくなりうる一方で、その発生はそう頻繁ではない。大きな地震がなければ、保険金の支払いはほとんどないが、ひとたび発生すれば保険料収入をはるかに上回る保険金を支払わなければならない。

つまり、よくいう「大数の法則」が充分には機能していないわけだ。したがって、短期で帳尻を合わせることはできず、事業の収支は超長期でみなければならない。こうした事業を民間企業が独力で行うことは困難であり、だからこそ業界全体でまとまり、政府が深く関与するしくみとなっているのである。

こうした巨額の保険金支払いに備えるためには、保険金と経費を支払った残りを将来の支払いに備えて貯めておく必要がある。これが損保会社であれば危険準備金であり、政府では、昨年の第3回事業仕分けでも取り上げられた地震再保険特別会計のなかの地震再保険積立金だ。

しかし現時点では、制度が想定する限度額いっぱいまで積み立てられているわけではない。損保会社は最高1兆1,987.5億円の支払いが求められる可能性があるのに対して積立額は9,693億円、政府は最高4兆3,012.5億円必要とされるのに対して積立額は1兆2,599億円だ(2010年3月末時点)。合計して2兆2,985億円が現時点での「備え」ということになる。

現在の想定(表2参照)では、東海地震が起きてもカバーできるが、首都圏直下型地震には不足する程度、といったところだ。足りなければ別途資金を調達して支払わなければならない。

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とはいえ、現在の地震保険制度ができて以来、支払限度額が問題になるような大きな損害が発生したことはない。地震保険金の支払額がこれまでもっとも大きかったのは1995年の兵庫県南部地震、いわゆる阪神大震災だ(表3)。このときの支払額783億円には、政府からの再保険金62億円が含まれているが、政府から再保険金が支払われたのはこの1回のみである。

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そのあと地震保険の商品内容は改訂され、当時よりさらに充実しているから、同程度の地震でも保険金支払額が大きくなるはずだ。もちろん、今回のように、これまでの予想を上回る規模の地震が起きたりすることもありうるし、複数の地震が連続して起きたりすることも当然念頭に置いておかなければならない。

ちなみに今回の地震による地震保険金の支払額は、民間アナリストの現時点の予測によれば「最大3,000億円程度になる可能性がある」のだそうだが、もしそうだとすれば、阪神大震災のときの保険金支払額の約4倍にはなるものの、いまの危険準備金で充分まかなえる範囲内であるから、記事のいうとおり、損害保険会社の経営に与える影響は限定的なものとなろう。なお、損害保険との関連でいえば、今回の件では原子力保険の方も気になるところだが、これはまた別の保険の話になるので、ここでは扱わない。

・「東日本大震災による損保各社の業績影響、「限定的」との見方」(Reuters – 2011年3月16日)

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-19998820110314

・「国内損保の保険金負担「影響は限定的」-東日本大震でアナリスト(1)」(Bloomberg – 2011年3月16日)

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920018&sid=ayiWY9OGGxn8

地震保険の保険料は、想定される地震が発生した場合に生じるであろう、被害額に関するシミュレーションから算出されるリスクに応じた純保険料に、経費などをまかなうための付加保険料を加えて設定される。これは、この保険が利潤を目的とせず、収支均衡をめざしていること以外は、他の損害保険と同じだ。

しかし、少なくとも現在の準備金や積立金の状況では、大規模な地震が起きた場合には、政府のバックアップなしには保険としてのスキームが維持できないということも事実である。これは、政府が保険会社に対し、無償で信用補完を行っているとみることもできるから、その意味で、地震保険制度では、契約者が支払う保険料に見合う分以上の保険サービスが提供されているということにもなろう。そう解釈すれば、地震保険は「お買い得」といえるのかもしれない。

まあ、そこまでこむずかしく考えなくとも、地震で家や家財がなくなったら困るわけだし、少なくとも一般人には地震保険(ないし共済の類似商品)以外に利用できる手段はないわけなので、お買い得かどうかは別として、契約できるならすべき、といえばすむ話ではある。とくに、全国平均でみれば全体の約60%を占める持ち家の世帯では、いざというときに生活を守るという観点で、地震保険のメリットは決して小さくない、といえるだろう。

なぜ普及が遅れているのか

地震保険の普及が遅れる原因の根本は、もっと根深い。ここでひとつのカギになるのは、地域差だ。表1の都道府県別地震保険付帯率でみると、地震保険付帯率が50%を超えているのは、山梨、岐阜、静岡、愛知、三重、広島、徳島、香川、高知、福岡、宮崎、鹿児島といった県だが、これらは東海、東南海、南海地震といった、これから発生が予想される大地震で被害を受けそうな地域であったり、あるいは比較的最近大きな地震で被害を受けた地域であったりすることにご注意いただきたい(ちなみに阪神大震災で大きな被害を受けた兵庫県は付帯率がさほど高くないが、兵庫県では2005年から「兵庫県住宅再建共済制度」という独自の制度が運営されている)。

当然ながら、将来大地震の発生が予測されている地域では、地震保険の保険料も高い。にもかかわらず、付帯率が高いのである。保険料の高さは重要な要因ではあろうが、唯一の決定的要因というわけではないのだ。

阪神大震災のときに火災保険の地震免責条項が大きな問題となったのは、当該地域で地震保険の契約があまり多くなかったからでもあった。歴史的に地震の少ない地域であり、それゆえ地震保険は必要ない、と思われていたのだ。すなわち、地震リスクが高い、あるいは高いと考えられている地域で数多く契約され、逆に地震リスクが低い、あるいは低いと考えられている地域においてはあまり契約されないという状況があるということになる。

このような現象を、保険用語では「逆選択」という。逆選択は、これが蔓延すれば保険そのものが成り立たなくなるため、保険会社が最も警戒する状況のひとつである。皆がまんべんなく契約することを前提として成り立っている保険の収支が、そのうちリスクの高い一部の人だけが契約するのでは成り立たなくなるからだ。

地震保険は上記の通り他の保険とちがったなりたちであるため、逆選択のこの弊害は他の保険ほど表面化しにくいが、普及が進まなければ保険料収入も少なくなるのは当然の話だ。もちろん契約が増えれば支払保険金の額も増えるだろうが、相対的にリスクの低い層の人々が数多く契約すれば、その分だけ収支は改善する。逆に、相対的にリスクの高い層の人々が多い状況では、収支が悪化することは避けられない。つまり、保険会社の準備金や政府の積立金が必要額に対して不足している現状は、この逆選択に起因するものとみることもできる。

提案1:地震保険を強制保険にしよう

これを解消するひとつの方法が、地震保険を、自動車損害賠償責任保険、いわゆる自賠責保険と同じように、対象者全員に加入を義務付ける強制保険とすることだ。

じつは、現在の地震保険制度ができる以前、地震保険制度が日本で最初に検討された明治時代に想定されていたのは、ドイツの制度にならった国営の強制保険だった。この制度は政府内の意見の対立から実現せず、現在のような、地震を免責とする保険が販売されるようになったのだ。関東大震災後の昭和初期には、火災保険に地震保険を強制付帯させる制度も検討されたが、今度は保険業界からの反対論によってお蔵入りとなった。戦後も数度にわたって検討されたが、制度発足は新潟地震後の1966年まで待たねばならなかった。

制度がなかなか成立しなかったのは、要するに、巨額の保険金支払いに耐えられるしくみをどうやってつくるかという点で、合意ができなかったからだ。少なくとも、民間企業だけで成り立つ事業ではない。海外でも、アメリカ(カリフォルニア州)、ニュージーランド、トルコ、台湾、アイスランド、スペイン、ノルウェーなど、地震をカバーする保険制度をもつ国は少なくないが、それらの多くは政府や公社など、公的機関が直接間接に運営・関与する制度で、火災保険と同時に加入が強制され、あるいは火災保険に強制的に付帯されるものとなっている。

契約を強制されることの問題は、端的にいえばコスト負担をきらう契約者が少なくないということだが、着実に意識は変わり、そして何より人々の行動が変わり始めている。

地震保険の契約件数は、阪神・淡路大震災発生前の約400万件から2009年度末には4倍強の1200万件超まで増え、火災保険に対する付帯率もこの10年で13ポイント上昇するなど、着実に普及が進んできている(図3)。これまでも、地震保険制度は大きな地震のたびに整備が進んできた。現在すでに、地震保険付帯率は50%弱まで来ている。今回の地震で、関心はさらに高まるだろう。さらなる整備をすすめるべきときだ。

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強制といっても、全国民が契約しなければならないというものとはかぎらない。そもそも契約は世帯単位だから対象は世帯主だけであり、また借家住まいであれば、家屋の契約はもともと必要ない。

また、耐火性、耐震性がきわめて高い高性能な借家に住んでいる人の場合、地震保険が保険金支払条件として想定する、家のなかの家財全体の一定割合以上がこわれるような大きな損害(「タンスが壊れた」といったような特定の家財の損害ではなく、あくまで家全体の家財に対する割合)をこうむる事態は、そう簡単に起きることではないから、家財の地震保険も、全員に義務付ける必要があるとまではいえないだろう。被害が生じた場合の深刻さを考えれば、個人の家屋所有者のみに義務付けるだけでも充分目的は達するのではないか。

車検のようなしくみがない住宅について保険契約の義務付けを守らせるのはなかなか難しいが、税金を通じた誘導策は考えられる。たとえば、現在の地震保険料控除を拡張し、控除証明書を添付しなければ納税額がかえって増えてしまうようなペナルティを導入すれば、普及は一気に進むだろう。

また、多くの人が住宅を購入する際に利用する住宅ローンでは、金融機関が利用者に対し、団体信用生命保険とともに、火災保険の長期契約を義務付けているはずだ。ここに地震保険を付帯することを義務付ける方法も考えられる。

現在の地震保険は最長でも5年間だが、可能なら商品改訂を検討すべきだし、難しければ、上記の税制と組み合わせればよい。普及が遅れている低所得者層に対しては、別途支援措置を設けることも併せて検討すべきだ。

賃貸住宅も、少なくとも個人の所有者には地震保険契約を義務付けるべきだろう。これらは現在、地震保険料控除の対象ではないが、これを機に、上記のようなペナルティ条項とともにその対象とすることを検討すべきと考える。

保険料負担は家賃に反映せざるを得ないだろうが、地震保険で再建資金の少なくとも一部をカバーできれば、震災後の復興を早める効果をもつのではないか。総じて、テクニカルな問題はもちろんあるが、それによって実現される大きな状況の改善と比べれば、さほど大きなものとは思われない。

提案2:地震条項付き国債を発行しよう

むしろ気になるのは、政府の側だ。上記のとおり、地震保険は政府による再保険が前提となっているが、このための積立金を国が充分持っているわけではないことは上記のとおりだ。

しかも、保険金支払の上限とされる5兆5,000億円という金額はあくまで現在の契約状況にもとづいて決められたものだから、さらに普及が進めばこれも引き上げられ、現在より兆円の単位で大きな金額になるだろう。損害が発生した場合、積立金で足りない部分は一般会計から充当されるわけで、いかに国が「ディープ・ポケット」とはいえ、財政上大きなリスク要因となる。政府の側にもそれなりの備えが必要なのではないか。

その対策として、国債の一部に、一定以上の地震が起きた際に金利を減免したり、元金の償還を一部免除したりするようなしくみを入れることを提案したい。このような仕組みを組み込んだ債券を俗に「CAT(キャット)ボンド」という。「キャット」とは「惨事」を意味する「カタストロフィ(catastrophe)」を縮めたものだが、要するに国債の一部をCATボンドにしたらどうかということだ。

こうしたCATボンドは、発行者にとって、地震リスクを軽減するという意味で地震保険と似た機能をもつため、企業のリスクマネジメント手段の一環としてしばしば利用される。もともと地震保険は居住用建物や家財を対象としたものであって、企業などの事業用資産は対象にならない。

企業向けには火災保険に付帯する地震拡張担保特約というものもあるが、地震保険のような政府による再保険がないため、当然ながら保険会社にとってリスクが高く、あまり積極的には販売されていない。一方で、資本市場からは効果的なリスクマネジメントを求められるため、こうした資本市場を通じた手段が利用されるわけだ。

一般企業だけでなく、保険会社がこうした手段を利用することもありうるし、共済でもたとえばJA共済は、地震保険にあたる建物更生共済による地震リスクをカバーするため、2003年に続き2008年、こうした地震条項付きの債券を3億ドル発行している。

日本の地震リスクは国際的な再保険市場ではリスクが高いとして嫌われ者だが、金融市場は再保険市場とは比べものにならないくらい大きい。さすがに今回の地震で今後契約条件は厳しくなるだろうが、市況は変わっていくものであり、いまは難しくても、利用できるようになる時期がくるだろう。

いまはむしろ、国民に販売することを考えた方がいいかもしれない。CATボンドは、購入者が地震リスクを一部負担することになるため、その分だけ金利が高く設定されるのが普通だ。現在、個人向け国債は金利低下もあって販売額が減少しているから、利回りの高い国債として売り出す手はあるのではないか。また、未曾有の大災害からの復興を目的としたものと位置づければ、国民の理解も得やすいかもしれない。

こうしたCATボンドは、国だけでなく、地方自治体の起債においても活用の余地がある。地震によって受ける影響の度合いや、資金力の制約を考えれば、むしろこちらが「本命」かもしれない。国の主導で標準的な契約スキームを整備すれば、自治体にとっても投資家にとっても利用しやすくなるだろう。

「安心」と「応援」の交換

今回の地震はまさに悲劇としかいいようがないが、このままずっと悲嘆にくれているわけにはいかない。未曾有の苦難にあたっては、これまでとはちがったアプローチも必要だろう。この国土は地震から逃れることはできないが、地震によりよく備えることはできよう。各種報道によれば、今回の地震への対処は国際的には賞賛ものであるらしいが、まだまだ改善の余地はある。地震保険制度の改革は、日本のより力強い復興に資するものと考える。

CATボンドは、金融技術的には債券に地震デリバティブを組み合わせたものであり、業界用語でいうところのいわゆる「仕組み債」だ。リーマンショック以降、デリバティブに対しては風当たりが強い。ここ数十年、金融市場が混乱するたびにデリバティブが悪者にされ批判されてきており、実際必ずしも的外れではない部分もあるのでしかたないとは思う。しかし、包丁がそうであるように、問題が起きるのは、道具そのものよりその使われ方に問題があるからだ。

じつは保険も、金融技術的にはデリバティブとかなり似通った性格をもっている。本来デリバティブも、リスクヘッジのために考えられたしくみだ。それが単なるゼロサムゲームの投機に使われればそれだけの存在でしかない。しかし適切に使えば、リスクの平準化に役立つ。リスクとお金の交換は、そこに「気持ち」が込められれば、それは「安心」と「応援」の交換に変わるのだ。

谷川俊太郎に「愛する人のために」という詩がある。保険について書かれたもので、日本生命保険のCMに使われていたのでご存知の方も多いだろう。最後にその末尾の部分を引用しておく。

愛情をお金であがなうことはできません。

けれどお金に、

愛情をふきこむことはできます。

生命をふきこむことはできます。

もし愛する人のために、

お金が使われるなら。

http://www.nissay.co.jp/enjoy/cm/kaisya/tanikawa.html

推薦図書

地震を考えるとき、長期的な視点は欠かせない。本書は縄文時代から2007年の新潟中越沖地震まで、日本を襲った大地震について、地層の調査などから追いかけたものだ。このタイムスケールでみると、日本はひっきりなしに大地震に襲われてきたことが実感される。恐ろしいと感じる人もいよう。しかし一方で、この大災害の歴史は逆に、わたしたち日本人がいかなる大災害からも立ち直ってきたという歴史でもある。

なお、地震保険そのものの簡単な解説書がないかと思って検索したが見当たらなかったので、商業出版物ではないが、ウェブで公開されている資料をふたつほど挙げておく。

・財務省「地震保険制度の概要」

http://www.mof.go.jp/jouhou/seisaku/jisin.htm

・日本地震再保険株式会社「日本地震再保険の現状2010」

http://www.nihonjishin.co.jp/disclosure/2010/disclosure.pdf

プロフィール

山口浩ファィナンス / 経営学

1963年生まれ。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授。専門はファイナンス、経営学。コンテンツファイナンス、予測市場、仮想世界の経済等、金融・契約・情報の技術の新たな融合の可能性が目下の研究テーマ。著書に「リスクの正体!―賢いリスクとのつきあい方」(バジリコ)がある。

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