ほどこしではなく機会(仕事)を!――ストリートペーパーの国際会議「INSP年次総会」

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2013年夏、ストリートペーパーの国際的なネットワークであるINSP(International Network of Street Papers)の年次総会がドイツのミュンヘンで開催された。日本で唯一INSPに加入するストリートペーパー『ビッグイシュー日本版』を発行する有限会社ビッグイシュー日本で働く私は、初めてこの会議に参加することができた。

 

ここでいう「ストリートペーパー」とは、都市のホームレス問題や失業・貧困問題の解決を目的として設立された、独立した新聞や雑誌をさしている。ホームレス状態の人たちに雑誌販売という「仕事」(働く機会)を提供するために、質の高い雑誌や新聞を発行するものだ。

 

ストリートペーパーがINSPに加盟するためにはいくつかの条件があるが、「雑誌の定価の半分以上が販売者の収入になること」は重要な条件の一つである。ホームレス状態(国によっては失業状態)にある販売者は、定価の半分以下の価格で雑誌を仕入れ、それを売ったお金を収入として、食べものを買い、寝る場所を確保し、いずれは住まいや仕事を獲得していく。各国のストリートペーパーは、その助けとなることを目指している。

 

なお、『ビッグイシュー日本版』の定価は現在300円(創刊時は200円)。販売者は最初に10冊無料で提供される雑誌を販売する。その売り上げ3,000円を元手にして、11冊目からは140円で仕入れ、1冊あたり160円の利益を得る。

 

 

国際ストリートペーパーネットワークINSP(International Network of Street Papers)とは

 

INSPとは、41カ国・122誌のストリートペーパーが加入する国際ネットワークで、1994年、『THE BIG ISSUE』(イギリス・ロンドン)の創業者であるジョン・バード氏らによって設立された。INSPは、各国でのストリートペーパーの創業時のサポートの他、メンバー誌に対するオンラインのニュースサービスを通じた各国ストリートペーパーの記事の無料共有サービス、誌面作りやデジタル購読に関する好事例の共有、さまざまな局面での助言など、ストリートペーパーを立ち上げ、運営していくための総合的なサポートを提供している。

 

今年の年次総会には29カ国・58誌から、約100名が参加した。開催国であるドイツからは14誌が参加。会議や食事会には地元ミュンヘンの販売者も参加した。各国の参加者と朗らかに交流する雰囲気は、つい先日の10周年交流イベントなどにジョン・バード氏やボランティアの人たちと共に参加した日本の販売者を思い起こさせるものがある。

 

会議の日程を追いながら、以下に報告してみたい。

 

 

市民から絶大な支持をうける地元誌『BISS』訪問:会議前日

 

3日間の会議日程が始まる前日、会議が行われるホテルに到着した直後、日本から参加した同僚と共に地元ミュンヘンのストリートペーパー『BISS』の事務所見学ツアーに参加した。経営に苦労するストリートペーパーが多い中、今年20周年を迎え、ミュンヘン市民からの絶大な応援を受ける『BISS』の存在感は特別だ。今年の総会に、私を含む3名のスタッフが日本から参加できたのは、今回の会議のホストをつとめる『BISS』の協力によるところが大きい。

 

『BISS』の事務所を訪れると、大きなガラスの壁面にINSP総会の開催を歓迎するカラフルなペイントがほどこされていた。このペイントは、『BISS』で雇用しているアーティストによるもので、障害や依存症などが理由で雑誌販売が難しいホームレス状態の人を、このような形で雇用しているという。ホテルのチェックイン時に渡された会議資料一式に同封されたキーホルダーやゴム製の小銭入れもこのアーティストらによるもので、参加者から好評だった。

 

事務所見学には、前述の『THE BIG ISSUE』のジョン・バード氏をはじめ、10人ほどが参加し、販売者向けのさまざまなワークショップや会議を行うスペース、数々のバックナンバー、6人のスタッフが働く場所などを丁寧に見せてもらうことができた。

 

マネージング・ディレクターで、経営手腕に定評のあるヒルデガルド・デニンガー氏によるチャーミングで誠実さと情熱に満ちた説明に、参加者からいくつもの質問が飛び交った。中でも、販売者を雇用する「スタッフ・ベンダー制」に関する質問がもっとも多かった。

 

 

販売者を正規雇用、『BISS』における「スタッフ・ベンダー制」

 

『BISS』では、安定して月に800〜1000冊以上の売り上げが見込まれる販売者は「スタッフ・ベンダー制」の対象となり、本人の希望があれば、ソーシャルワーカーとの面談、借金や依存症など生活再建に関する具体的なプランニングといったステップを経て、スタッフ・ベンダーとして雇用される。雇用されると、月収が保障され、基準の冊数以上を販売した分は給与に上乗せされる。正規雇用された販売者は収入に応じた税金を納めるが、必要に応じて社会保障や医療費のサポートを『BISS』から受けることができる。週に1度の会議にはすべてのスタッフ・ベンダーに出席が義務づけられており、経営について透明度の高い議論がなされるという。

 

「スタッフ・ベンダー制」の導入により、販売者は「行政による住宅や生活費の保障を受けずに自分の力でやれ、納税者として社会を支える一員となる」という自信や誇りを取り戻すことができ、また、意欲の高い販売者が一定数いることから、会社の経営の面からみても非常にうまくいっているという。

 

『ビッグイシュー日本版』を含む世界のストリートペーパーのほとんどは、その販売者との間に雇用契約を結んでいない。「ストリートペーパーの販売の仕事は、就職などの次のステップへの足がかりとして一時的に機能するもの」という位置づけであることがその大きな理由である。また、財政的負担という側面も否めない。販売者を「雇用」すると、雇用保険、健康保険、年金など社会保険料の負担が発生する。前述のように、INSPに加入しているストリートペーパーはいずれも、定価の半分以上が販売者の収入になるような利益配分で運営している。したがって、定価の半分以下の収入から捻出している制作費や人件費の他に、社会保険料などの負担が非常に難しいのはどこも共通している。そうした背景からすると、『BISS』が社会保障制度と寄付を組み合わせて実現させた「スタッフ・ベンダー制」は驚きをもって受け止められていた。

 

ある参加者からは、「ストリートペーパーの役割は、ホームレス状態の人や失業・貧困状態にある人が、安定した住まいや仕事を得るという“次のステップ”に進むために、あくまでも“一時的に”機能を果たすことではないのか? 雇用することは販売者の立場を固定化させてしまうことにつながらないか?」という意見があった。これに対しては、「“次のステップ”を見つけることが容易ではない昨今の経済・社会状況を考えれば、“ストリートペーパーの販売”という仕事を、より安心して続けられる環境をととのえるべきだ」という意見もあり、私自身も日本の状況に照らし合わせて改めて考えさせられる議論だった(*1)。

 

(*1)日本でも、『ビッグイシュー日本版』の販売が最後の仕事とならざるを得ないような高齢の販売者を対象に同様の仕組みを導入できないか、かなり詳細に調査し、真剣に検討した。しかし、住宅などの社会保障のしくみの違いなどから「今すぐの導入」は難しく、現在も検討中である。

 

なお、この日の夜、ミュンヘン市庁舎でひらかれたレセプションパーティーには市長も出席し、参加者をあたたかな雰囲気で迎えてくれた。

 

市庁舎の前では、ある販売者が長年販売していて、歴代の市長はその販売者から『BISS』を買い、市民もまたそのことをごく普通のこととして受け止めているという。ミュンヘンという街の中で、ストリートペーパー『BISS』の存在が市民に根づいていることを印象づけられるエピソードだった。

 

 

『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。(© www.street-papers.org)

『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。(© www.street-papers.org)

 

ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明(© www.street-papers.org)

ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明(© www.street-papers.org)

 

 

 

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