2013.11.12

ほどこしではなく機会(仕事)を!――ストリートペーパーの国際会議「INSP年次総会」

長崎友絵 / 有限会社ビッグイシュー日本

社会 #ビッグイシュー#ストリートペーパー#INSP#International Network of Street Papers

2013年夏、ストリートペーパーの国際的なネットワークであるINSP(International Network of Street Papers)の年次総会がドイツのミュンヘンで開催された。日本で唯一INSPに加入するストリートペーパー『ビッグイシュー日本版』を発行する有限会社ビッグイシュー日本で働く私は、初めてこの会議に参加することができた。

ここでいう「ストリートペーパー」とは、都市のホームレス問題や失業・貧困問題の解決を目的として設立された、独立した新聞や雑誌をさしている。ホームレス状態の人たちに雑誌販売という「仕事」(働く機会)を提供するために、質の高い雑誌や新聞を発行するものだ。

ストリートペーパーがINSPに加盟するためにはいくつかの条件があるが、「雑誌の定価の半分以上が販売者の収入になること」は重要な条件の一つである。ホームレス状態(国によっては失業状態)にある販売者は、定価の半分以下の価格で雑誌を仕入れ、それを売ったお金を収入として、食べものを買い、寝る場所を確保し、いずれは住まいや仕事を獲得していく。各国のストリートペーパーは、その助けとなることを目指している。

なお、『ビッグイシュー日本版』の定価は現在300円(創刊時は200円)。販売者は最初に10冊無料で提供される雑誌を販売する。その売り上げ3,000円を元手にして、11冊目からは140円で仕入れ、1冊あたり160円の利益を得る。

国際ストリートペーパーネットワークINSP(International Network of Street Papers)とは

INSPとは、41カ国・122誌のストリートペーパーが加入する国際ネットワークで、1994年、『THE BIG ISSUE』(イギリス・ロンドン)の創業者であるジョン・バード氏らによって設立された。INSPは、各国でのストリートペーパーの創業時のサポートの他、メンバー誌に対するオンラインのニュースサービスを通じた各国ストリートペーパーの記事の無料共有サービス、誌面作りやデジタル購読に関する好事例の共有、さまざまな局面での助言など、ストリートペーパーを立ち上げ、運営していくための総合的なサポートを提供している。

今年の年次総会には29カ国・58誌から、約100名が参加した。開催国であるドイツからは14誌が参加。会議や食事会には地元ミュンヘンの販売者も参加した。各国の参加者と朗らかに交流する雰囲気は、つい先日の10周年交流イベントなどにジョン・バード氏やボランティアの人たちと共に参加した日本の販売者を思い起こさせるものがある。

会議の日程を追いながら、以下に報告してみたい。

市民から絶大な支持をうける地元誌『BISS』訪問:会議前日

3日間の会議日程が始まる前日、会議が行われるホテルに到着した直後、日本から参加した同僚と共に地元ミュンヘンのストリートペーパー『BISS』の事務所見学ツアーに参加した。経営に苦労するストリートペーパーが多い中、今年20周年を迎え、ミュンヘン市民からの絶大な応援を受ける『BISS』の存在感は特別だ。今年の総会に、私を含む3名のスタッフが日本から参加できたのは、今回の会議のホストをつとめる『BISS』の協力によるところが大きい。

『BISS』の事務所を訪れると、大きなガラスの壁面にINSP総会の開催を歓迎するカラフルなペイントがほどこされていた。このペイントは、『BISS』で雇用しているアーティストによるもので、障害や依存症などが理由で雑誌販売が難しいホームレス状態の人を、このような形で雇用しているという。ホテルのチェックイン時に渡された会議資料一式に同封されたキーホルダーやゴム製の小銭入れもこのアーティストらによるもので、参加者から好評だった。

事務所見学には、前述の『THE BIG ISSUE』のジョン・バード氏をはじめ、10人ほどが参加し、販売者向けのさまざまなワークショップや会議を行うスペース、数々のバックナンバー、6人のスタッフが働く場所などを丁寧に見せてもらうことができた。

マネージング・ディレクターで、経営手腕に定評のあるヒルデガルド・デニンガー氏によるチャーミングで誠実さと情熱に満ちた説明に、参加者からいくつもの質問が飛び交った。中でも、販売者を雇用する「スタッフ・ベンダー制」に関する質問がもっとも多かった。

販売者を正規雇用、『BISS』における「スタッフ・ベンダー制」

『BISS』では、安定して月に800〜1000冊以上の売り上げが見込まれる販売者は「スタッフ・ベンダー制」の対象となり、本人の希望があれば、ソーシャルワーカーとの面談、借金や依存症など生活再建に関する具体的なプランニングといったステップを経て、スタッフ・ベンダーとして雇用される。雇用されると、月収が保障され、基準の冊数以上を販売した分は給与に上乗せされる。正規雇用された販売者は収入に応じた税金を納めるが、必要に応じて社会保障や医療費のサポートを『BISS』から受けることができる。週に1度の会議にはすべてのスタッフ・ベンダーに出席が義務づけられており、経営について透明度の高い議論がなされるという。

「スタッフ・ベンダー制」の導入により、販売者は「行政による住宅や生活費の保障を受けずに自分の力でやれ、納税者として社会を支える一員となる」という自信や誇りを取り戻すことができ、また、意欲の高い販売者が一定数いることから、会社の経営の面からみても非常にうまくいっているという。

『ビッグイシュー日本版』を含む世界のストリートペーパーのほとんどは、その販売者との間に雇用契約を結んでいない。「ストリートペーパーの販売の仕事は、就職などの次のステップへの足がかりとして一時的に機能するもの」という位置づけであることがその大きな理由である。また、財政的負担という側面も否めない。販売者を「雇用」すると、雇用保険、健康保険、年金など社会保険料の負担が発生する。前述のように、INSPに加入しているストリートペーパーはいずれも、定価の半分以上が販売者の収入になるような利益配分で運営している。したがって、定価の半分以下の収入から捻出している制作費や人件費の他に、社会保険料などの負担が非常に難しいのはどこも共通している。そうした背景からすると、『BISS』が社会保障制度と寄付を組み合わせて実現させた「スタッフ・ベンダー制」は驚きをもって受け止められていた。

ある参加者からは、「ストリートペーパーの役割は、ホームレス状態の人や失業・貧困状態にある人が、安定した住まいや仕事を得るという“次のステップ”に進むために、あくまでも“一時的に”機能を果たすことではないのか? 雇用することは販売者の立場を固定化させてしまうことにつながらないか?」という意見があった。これに対しては、「“次のステップ”を見つけることが容易ではない昨今の経済・社会状況を考えれば、“ストリートペーパーの販売”という仕事を、より安心して続けられる環境をととのえるべきだ」という意見もあり、私自身も日本の状況に照らし合わせて改めて考えさせられる議論だった(*1)。

(*1)日本でも、『ビッグイシュー日本版』の販売が最後の仕事とならざるを得ないような高齢の販売者を対象に同様の仕組みを導入できないか、かなり詳細に調査し、真剣に検討した。しかし、住宅などの社会保障のしくみの違いなどから「今すぐの導入」は難しく、現在も検討中である。

なお、この日の夜、ミュンヘン市庁舎でひらかれたレセプションパーティーには市長も出席し、参加者をあたたかな雰囲気で迎えてくれた。

市庁舎の前では、ある販売者が長年販売していて、歴代の市長はその販売者から『BISS』を買い、市民もまたそのことをごく普通のこととして受け止めているという。ミュンヘンという街の中で、ストリートペーパー『BISS』の存在が市民に根づいていることを印象づけられるエピソードだった。

『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。(© www.street-papers.org)
『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。(© www.street-papers.org)
ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明(© www.street-papers.org)
ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明(© www.street-papers.org)

ストリートペーパーがこれからも価値ある存在であるためには:会議1日目

会議は3日間にわたって行われた。日ごとにテーマが設定され、講演とパネルディスカッションのあと、いくつかのグループにわかれてのワークショップやディスカッションが開かれる。

1日目のテーマは「ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには」。

まず、今年はじめにドイツの12都市で行われたというストリートペーパーに関する調査報告があった。ストリートペーパーを買う動機として、「内容がおもしろいし、販売者が直接収入を得られるから」「このアイディアはサポートされるべきだと思うから」「販売者を応援したいから」「販売者がいつもフレンドリー。彼に楽しみをあげたいから」などがあり、日本で読者から寄せられる声とかなり近いという印象をもった。

パネルディスカッションでは、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」「新聞などの大手メディアとは異なる立場から、読者の理解をより深めるために物事の背景も含めて報道する存在である」「個々のストリートペーパーは小さな存在かもしれないが、このストリートペーパーの国際的ネットワークは非常に強いものである」といった発言がなされた。

経済不況の影響で失業・貧困に苦しむ人が増え、その中でも公的なセーフティーネットや家族などの私的なセーフティーネットにつながれない人がホームレス状態に至るという状況が、各国で起こっている。このことは、今回の会議で会ったヨーロッパ各国の参加者の話、また、昨年夏に韓国で生活困窮者向けの低額宿泊所を視察で訪れた際に聞いた話から得た、たしかな実感だ。

もちろん、日本もその例外ではない。『ビッグイシュー日本版』の販売の現場では、2008年のリーマンショックと世界同時不況に呼応するように、その後「若者のホームレス化の加速」と「販売者の若年化」という大きな変化を経験している。以来、販売者へのサポートのあり方も大きく変化してきた(http://www.bigissue.or.jp/about/aboutbif.html)。このような経緯から、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という発言に特に強い共感を覚えた。

ワークショップでは、「社会的な支援プログラムと販売者のサポート」のグループに参加した。

自国における課題を共有する場面では、ヨーロッパ圏の参加者から「移民」「ドラッグ」が大きなトピックとしてあげられていた。その国の言葉を話せない移民を販売者として受け入れるには、まずは言葉のトレーニングが必要であったり、家族での移民の場合にはその子どもへのサポートも必要である。また、ドラッグ依存の問題に関してはかなり対応が難しいようで、休み時間に個別に話を聞くと「どうすることもできない」といった答えが返ってくることが多かった。そんな中で、ドラッグ依存から脱却して健康的な生活を送っている販売者の人たちの話もあり、救われる思いがした。

日本に関しては、「リーマンショックのあとの一時期、新たに販売者として登録した人の平均年齢が10歳も若返り、それまで想定していなかったような20代、30代の販売者が生まれた」「若年層と中高年層の販売者とでは、仕事における意識や経験の点で大きな違いがあり(この点については、過ごしてきた社会背景や労働環境の違いによる影響が大きいのではないかと感じている)、若年層の販売者に対しては中高年層とは異なるサポートが必要であると感じている」と伝えると、参加者から「自分の国でも同様だ」「精神面まで、より踏み込んだサポートが必要」という声が数多くあがった。それに付随して、いくつかの国から、若年層の販売者向けに音楽やサッカー、ダンスのプログラムを提供している事例が報告された。日本でも、ビッグイシュー日本を母体に設立された認定NPO法人ビッグイシュー基金が同様の取り組みを行っており、それらの取り組みにもっと可能性があるのではないかと感じる時間となった。

大会議室の後方には各国のストリートペーパーが置かれ、自由に持ち帰ることができる。(© www.street-papers.org)
大会議室の後方には各国のストリートペーパーが置かれ、自由に持ち帰ることができる。(© www.street-papers.org)

ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか:会議2日目

2日目のテーマは、「紙媒体の衰退が進むこの時代をストリートペーパーはどのようにして生き残っていくことができるか」。

ストリートペーパーの販売者は、世界中の路上に立ち、働いている。「ストリートペーパーの売買をきっかけに、路上で働く販売者と購入者が直接に言葉を交わし、濃淡のある人間関係が形作られていくこと自体が、販売者と購入者の双方においてホームレス問題解決のための大きな意義がある」という視点から、「インターネット上でテキストメディアの売買が主流になりつつある現代社会において、ストリートペーパーはどのようにしてその意義を失わずに生き残っていくことができるのか」という問いに対して、ストリートペーパーのデジタル版の販売や、ネット上でのファンドレイジング(資金調達)など、実際に進んでいるプロジェクトの報告がなされた。

『Street Wise』(アメリカ・シカゴ)では、従来の路上販売に加えて今年2月から、PayPalを利用してスマートフォンから雑誌を買うことができるシステムを導入した。これにより、購入者はキャッシュレスで決済し、スマートフォンで記事を読むことができる。販売者には4桁のコードが割り当てられており、購入者はそのコードを入力することで、好きな販売者から購入する形をとることができる。また、販売者との接点として、コード入力画面では販売者のストーリーを読むことができるという。販売者は自分のコードから購入された金額を月末にまとめて得る。

『The Big Issue in the North』(イギリス・マンチェスター)では、違った形でのデジタル版の販売を試験的に開始した。購入者はQRコードが記載されたカードを、路上に立つ販売者から現金で購入し、スマートフォンで記事をダウンロードして読む、というものだ。ストリートペーパーのデジタル化がすすむことにより懸念されることのひとつに、購入者と販売者のコミュニケーション機会喪失が挙げられるが、この取り組みは、購入者と販売者との交流の機会を保ちながら、読者の利便性を高めることができる取り組みといえるだろう。

『The Big Issue Australia』(オーストラリア・メルボルン)では異なる側面からオンライン販売を活用している。オンラインで決済した購入者への商品の発送を女性販売者の仕事にしているという。オーストラリア国内では46,000人の女性ホームレスが存在する。シェルターで生活するホームレス状態の人の約4割が女性で、ホームレス状態に至る最大の原因は家庭内の暴力だという。女性にとっては、路上で暮らし、働くことは男性以上に危険が伴うことから、女性専用の安全な場所でできるこのような仕事を提供し、それと同時に、遠隔地の読者拡大を図った。

『ビッグイシュー日本版』のデジタル版が実現できれば、これまで販売場所から遠いなどの理由から接触できていなかった読者にもコンテンツを届けることができる。一方で、オンライン販売を取り入れる際には、読者と販売者との接点を作り出すことや、販売者への収入をどう反映させるかといった点で工夫をこらした方法を模索することが重要であると感じた。

インターネットを活用したファンドレイジングの方法としては、『factum』(スウェーデン)が行ったプロジェクト「FACTUM HOTELS」が興味深い。このプロジェクトは、公園のベンチや橋の下など、ホームレス状態の人が寝る場所を、プロジェクトの賛同者がホテルのように「予約」することでその金額を寄付するものだ。実際にその場所に宿泊するわけではない。自分のためだけでなく友人に「予約」をプレゼントすることもできる。寄付者やこのプロジェクトの応援者によるメッセージと共に、facebookやTwitterで次々と拡散されていく。発想の斬新さに驚くと同時に、スタイリッシュなサイトデザインが、プロジェクトを後押ししているように感じた。

「ストリートペーパーの販売以外の仕事の機会をホームレス状態の人たちに提供することもまた重要である」という視点から、実際に進行している雑誌の販売以外の仕事作りに関する議論もなされた。

『Asphalt』(ドイツ・ハノーヴァー)からは、「Asphalt Bicycle-Project」が報告された。寄付された自転車を修理するワークショップを受けた何人かの販売者が、自転車店に就職したという。

グループディスカッション(© www.street-papers.org)
グループディスカッション(© www.street-papers.org)

わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか:会議3日目

最終日のテーマは、「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」。

冒頭の講演では、貧困問題・ホームレス問題に関して欧州各国にまたがって活動するNGO・FEANTSA(http://www.feantsa.org/?lang=en)から、ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向が報告された。この中では、「ホームレス状態にある人の若年化(若者ホームレス)」や「長期化」といった、日本における状況と共通する現象も見られた。

また、ホームレス問題に関する政策を推進するためには、具体的な数値などの根拠が欠かせないという点が強調された。EU諸国では、シェルターなどの支援機関や、行政のセーフティーネットの利用申請に来た人の情報がデータベースに蓄積されているという。そのデータベースから、国全体のホームレス状態にある人たちの人口を割り出しているそうだ。

ひるがえって日本では、シェルターなどの一時避難所や貧困層のための社会的住宅等が圧倒的に不足しているだけでなく、24時間営業の店やネットカフェなどの不安定な環境で生活しているであろう人たちについては、正確な人数すらとらえきれていない。そのためこういった場所で生活する「若者ホームレス」の人たちは見えづらい存在となっている。

つづくグループディスカッションでは、「金融危機下におけるホームレス問題」のグループに参加した。

リーダーは、深刻な財政危機がおそったギリシア・アテネで今年2月に『SHEDIA』を創刊したばかりのクリス・アレファンティス氏と、『Cais』(ポルトガル・リスボン、ポルト)のエンリケ・ピント氏。グローバルな経済不況は、世界中で失業とホームレス問題の深刻化を招いた。新たな仕事を求める人たちが増える社会状況の中で販売者のニーズは何か、それはどのように変化してきたのか。また、ストリートペーパーはそれらのニーズに応えられてきたのか、現在直面しているそれぞれの課題について話し合った。

世界的な経済状況が大きく変化してきた中で、これからもストリートペーパー販売の仕事を「一時的な仕事」とのみ位置づけて、販売者を次のステップへと送り出していくべきなのか、それとも、望む販売者には永続的なものとして仕事を提供するべきなのだろうか、という論点が提示された。このことは、「スタッフ・ベンダー制」に関して『BISS』事務所見学ツアーの際に参加者の間でなされた議論と共通するものだった。

この点については、すぐに答えがでるようなものではないだろう。しかし、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という1日目のパネルディスカッションの議論をふまえて考えれば、社会の変化に呼応して、販売者にとっての「最後の仕事」となることを視野に入れて取り組んでいかざるを得ないのは、世界的に共通した状況なのだと感じた。

「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」という問い

サポートすべきは目の前にいる販売者であることは言うまでもない。そのためにストリートペーパーは存在している。

しかし、販売者である期間だけを見つめていては不十分だというのが実感だ。一人一人の販売者と関わっていくと、ホームレス状態に至ったさまざまな背景が見えてくる。不安定な雇用、失業、家族関係や生育歴、借金、依存症を含めたさまざまな病気、気づかれなかった障害など、それらが複合的に絡み合っていることも少なくない。

そのような個々の背景を踏まえて、「販売者」からその「次のステップ」へどう送り出していけるのか、その点の重要性と難しさを痛感している。非正規雇用率が雇用者全体の3分の1を超え、安定した仕事に就きづらい社会状況を背景に、安定した住まいや仕事のある生活へステップを進めていく支えとなることは容易ではない。自分たちだけでできることは限られているだろう。「販売者」である期間だけでなくその前後も、さらにはその周辺にいる人たちのホームレス化の予防まで広く見据えて、関連する領域の人たちと連携しあいながら、サポートしていくべきではないかと考えている。

会議参加者が一堂に会した(© www.street-papers.org)
会議参加者が一堂に会した(© www.street-papers.org)

「この仕事は僕のハートなんだ」:会議を終えて

初めての参加であるにもかかわらず、初めての場所とは思えないような、古くからの友人たちと話しているような、不思議な楽しさと充実感のある会議となった。編集、販売者のサポート、経営、ふだん関わっている業務は違っても、「ストリートペーパー」という仕組みに魅力を感じて働いている者同士が感じる親しみがその理由だったように思う。挨拶もそこそこに、互いの仕事の近況、聞きたいこと、ヒントがほしいことなどを次々と話し合えるような、活発な雰囲気が本当に心地よく感じた。

すべての会議日程を終えた夜、多くの参加者が部屋に戻らずに未明まで語り合っていた。そのときのクリス・アレファンティス氏(『SHEDIA』創業者)の言葉を、帰国後も何度か思い出すことがある。

彼は社会問題について報じるジャーナリストとして20年以上働いてきたという。6年前にストリートペーパーの存在を知り、3年間の本格的な準備期間を経て、財政破綻の危機と失業率の増加にあえぐギリシアでついに『SHEDIA』を創刊した。「ストリートペーパーの果たす役割を考えると、あなたにはぴったりの仕事だよね」と声をかけると、半分は肯定するような表情でこう答えてくれた。

「僕にとっては、これは仕事以上のものなんだ。僕のハート、魂といってもいいかもしれない」

この会議で出会った多くの参加者たちもまた、彼のような強い情熱でストリートペーパーを立ち上げ、参加し、試行錯誤を繰り返しながら、販売者とともに働いているのだということが、強い実感と共に印象に残った。その「仲間」の存在は、日本で働く私にとっては非常に頼もしく、勇気づけてくれる。

<主な会議スケジュール>

1日目:ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには

◇外部スピーカーによる講演 ドイツ12都市における調査報告

◇パネルディスカッション

◇ワークショップ「ストリートペーパーの交流」

グループ1:社会的な支援プログラムと販売者のサポート

グループ2:誌面づくりにおける工夫

グループ3:戦略的なパートナーシップとファンドレイジング

グループ4:収入の安定化と多様化

グループ5:時代を牽引する戦略づくり

2日目:ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか

◇外部スピーカーによる講演 プリントメディアからデジタルメディアへの変遷

◇パネルディスカッション

◇グループディスカッション

グループ1:デジタル購読

グループ2:プリントメディアとデジタルメディア

グループ3:キャッシュレス決済

グループ4:デジタルマーケティング

3日目:わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか

◇外部スピーカーによる講演 ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向

◇パネルディスカッション

◇グループディスカッション

グループ1:経済移民

グループ2:金融危機下におけるホームレス問題

グループ3:女性販売者と家族

グループ4:国際ストリートペーパーベンダー(販売者)週間

プロフィール

長崎友絵有限会社ビッグイシュー日本

有限会社ビッグイシュー日本、販売サポートスタッフ。1979年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。人材派遣会社での勤務を経て、2010年より現職。

この執筆者の記事

有限会社ビッグイシュー日本

2003年9月、ストリートマガジン『ビッグイシュー日本版』を創刊。今年9月で創刊10周年を迎えた。雑誌販売では累計589万冊、販売者に8億2812万円の収入を提供。のべ1,492人の販売者が登録し、138人が全国15都道府県で販売し、164人が卒業。(販売累計冊数、販売者収入は7月末、それ以外の数字は8月末) http://www.bigissue.jp/index.html

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