大きな慣性に逆らって――父親たちの語るPTA

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理想のPTAはあるのか

 

川端 よく、「理想のPTAを目指したい」という人がいたり、「どんなPTAが理想ですか」とか聞かれたりするんです。でも、ぼくはピンとこなくて、「PTAに理想なんてない」などと言ってしまいます。仮にあるとしても、それは個々人の頭の中で理想なだけであって、それがほかの人にとって理想なのかわからないですよ。だから、理想というのはなかなか想定し難い。しいていえば、極端につらい目にあう人がいない「マシなPTA」ならあるとおもうんですけどね。

 

一般社会でも、「ブラック企業」だとか、大学の研究室でパワハラを受けたりだとか、いろいろ酷いことが起こります。でも、PTAで起きる悲劇は、本来はもっと簡単に避けられることなのに、すごく基本的な部分で勘違いしているために起こっている気がしていています。その一つが全員加入だとおもうんです。無理やり網にかけることで、一部の人に過大な負担をかけてしまう構造になっています。

 

木村 誰にとって、「理想」なのか、ということは大事ですよね。最近の改憲論を見ていても「理想の国家」とか「良き国家のための国民の義務」ということが言われるわけです。誰にとっての「理想」なのかということは、どんな団体でも問われなければいけません。

 

私は、PTAを「違法PTA」、「グレーPTA」、「普通のPTA」と分類しています。違法PTAは、強制加入や非加入者へのイジメなどの違法行為をやっているPTA、グレーPTAは違法でないとしても、会員に過度のプレッシャーをかけているPTA、そして、そうではない普通のPTAです。

 

まず違法なことは辞めましょうというのは大前提だとおもうんです。ところが、「良いことをやっているんだから、原理原則では解決できない」という意見がある。でも、良いことをやっているから違法行為をやっていいなんてことはあり得ないですよね。

 

川端 「ゆい」や「もやい」を例に出して、昔の社会は全員参加でよかったとか、ある種ノスタルジックな理想でPTAを語る人って現実にいますよね。

 

木村 昔のみんなが義務を果たしていた時代は良かったという言い方ですが、それは抑圧の論理になりかねません。

 

仮に形式的に任意加入にしていたとしても、ノスタルジックな願望で、抑圧的な体制を敷く、それは違法すれすれのグレーPTAだとおもうんです。やはり、ひとりひとりの事情があるという本当に当たり前のことをまず意識するということですね。それだけでも、かなり良くなりますよね。

 

川端 我々が一般社会で慮っていることが、なぜかPTAでは通用しないんですよね。

 

木村 任意加入を明示すると潰れちゃうのではという心配をされる方がいるとおもうんですが、それで潰れるということは、入るとすごく嫌なことを押しつけてくる団体なんだとおもいます。

 

私の保育園の保護者会も任意加入ということにしました。最初の希望調査段階では、6割ぐらいの加入率だったんですが、加入率を高めるために「役員の押しつけはしません」と言ったら、入る人がググッと増えたんです。やりたい人にはやってもらうし、入っても強制はしませんよとなると、加入率は高まります。任意加入をすることによって、法律を守らせれば、ブラックな運用ってしなくなるとおもうんですよね。

 

川端 それは、素直に信じたいですよね。といいますか、信じています。強制のないところには、自発精神が発露する。もちろん全員がそうなるなんて想定しがたいし、そうなる必要もない。あと、入口も大事ですが、出口も大事なんですね。退会規定をつくることも忘れてはいけません。押しつけないと言われて入ったのに、嫌なことが沢山あったとしたら、その段階で辞められるようでないと。でも、児童・生徒の卒業や転出以外での退会規定があるPTAは少ないんですよね。

 

さらに、心配なのは、さきほどおっしゃったように、形式上は任意加入だけど、じつは抑圧的な力が働くケース。「おまえは自分の意志で入ったのに義務を果たしていない」みたいに言われたらしんどすぎます。入り口・出口の両方と、困った時に歯止めになってれるセーフティネットもちゃんと整備しとかなきゃとおもいますよ。

 

木村 そこは私も注意をしていて、入退会自由なのは当然の原則であり、また、入らない人をいじめたりした場合は、不法行為になって損害賠償ものですよ、と必ずセットで言うことを意識しています。

 

今、学校教育で法律教育をしなければいけないことに文科省も気がついていて、指導要領の中でも法律教育の充実が掲げられています。法律論のポイントというのは、「多数派の人は気づきにくいかもしれないけれど、ごく一部とはいえすごく困る人がいて、そういう人たちが数の暴力に合わないためにこそ、ルールが必要なんだ」ということです。その手の発想をもっと理解して欲しいですね。

 

ですから、自分達のすぐ近くにこんな大きな問題があるということを子ども達に知ってもらうというのは本当に大事なことだとおもいます。

 

川端 若い世代への教育はすごく大事です。PTAは本当に息が長い問題で、それこそ発足直後から問題にしている人がいるんですが、半世紀以上、温存されてしまっている。ぼく自身、本を書いたり発言してきたことで、ここ何年かの一つの流れをつくるのに少しは貢献できたのかもしれないけど、ぜんぜん楽観していません。本当に、こんなものを、自分の子どもの世代に残したくないんですけど、そろそろ「次の世代」に期待をせざるをえない。

 

木村 川端さんはこれからPTAはどうなっていくとおもいますか。

 

川端 それは正直、よくわからないですね。本当に巨大な慣性の力に動かされていて、それがいつ、ころりと方向転換するのか、あるいはこのままなのか予想もできない。今のままの運営では、遠からずもたなくなるとはおもっているんですが、これまでのしぶとさを考えると本当にわからないです。

 

ぼく自身としては、PTAがうまく軌道修正して生き残ろうが、なくなろうが、どっちでもいいとおもっています。どのみち、保護者の繋がりというのは大事だし、保護者の共同体自体はどんな形でも消えないと信じているので。学校には保護者会だってあるわけだし。むしろ、今のPTAは、保護者を分断しているようにもおもいます。とにかく、つらいおもいをしている人がいなくなって欲しいですね。その上で、お互いに認め合いやすいようなコミュニティであってほしいです。

 

木村 そうですね。地域コミュニティの崩壊が言われて、繋がりや絆といった言葉が重視されますが、だからといって参加を強いるというのは短絡的だとおもうんです。本来は、魅力的で開かれたコミュニティをつくり、自らの意思で積極的に参加したくなるような形でなければならない。強制されたら義務感ばかりが募って、逃げ出したくなるでしょう。強制こそが逆にコミュニティを破壊するというのを自覚して、そこからはじめていくことが大事だとおもいますね。

 

●本記事は「α-Synodos vol.129」からの転載です。α-synodosはこちらからご購読いただけます。 ⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

 

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