「尊厳死法案」をめぐる議論の論点整理――「国民的議論」活性化の一助として

現在、超党派の国会議員連盟による「尊厳死法案」が問題になっている[*1]。法案の現時点での名称は「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」(以下、本法案と呼ぶ)であり、ウェブ検索すると本法案を見ることができる[*2]。その概要は、終末期と判断された患者について、医師が患者の意思に基づいて延命措置を差し控えるか中止した場合に、民事、刑事、行政上の責任を問われることはない、というものだ[*3]。

 

この法案については、Synodos誌上でもすでに先行する議論があるほか、各所で議論になっているものの、十分に論点が整理されているとは言えず、また筆者の考えでは誤解と思われる発言も散見される。そこで本稿では、筆者の目に付いた最近の諸論文を素材にして論点の整理を行うと同時に、筆者の現在の考えを述べる。筆者は、治療の中止と差し控えは主に患者の自己決定の観点から支持されると考えており、大枠で本法案に賛成である。

 

 

終末期の定義に関して

 

最初に、終末期の定義に関する議論を検討する。本法案では、終末期は以下のように定義されている。

 

 

「第五条 この法律において「終末期」とは、患者が、傷病について行い得る全ての適切な医療上の措置(栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む。以下同じ。)を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近であると判定された状態にある期間をいう」

 

 

この終末期の定義について、二つの批判を検討する。まず、立岩真也氏は以上の終末期の定義に対して、次のように疑問を呈している[*4]。

 

仮に「死期が間近である」というのが「あと何時間」というレベルであるならば、あえて生命維持治療を差し控えたり中止したりする必要はなく、「できるだけその人が楽であることに気を使いながら、維持し、見守ればよい」のではないか。つまり、この終末期の定義に従うなら、患者はまもなく死ぬのであるから、治療の差し控えや中止を論じる必要はなく、わざわざ法律を作るまでもない、と。

 

この点に関する筆者の見解はこうである。たしかに終末期の定義は困難であるが、筆者の理解では、必ずしも「死期が間近である」というのは立岩氏が言うような死期があと何時間後に迫っているという場合だけには限られないため、法律が不要ということにはならない。この点は、日本学術会議の臨床医学委員会終末期医療分科会が2008年2月14日に出した報告書「終末期医療のあり方について–亜急性型の終末期について–」でも指摘がなされている[*5]。

 

この報告書では、終末期は「疾病や患者の状態によって、三つのタイプに大別することが可能である」とし、1)救急医療等における急性型終末期、2)がん等の亜急性型終末期、3)高齢者等の慢性型終末期の三つを挙げている。

 

1)については2007年の日本救急医学会のガイドラインが参照されており、詳しくは述べないが、脳死と診断された場合や、現在の治療を続けても「数日以内に死亡することが予測される場合」などが挙げられている[*6]。立岩氏が考えている終末期はこれが最も近いだろう。また、法案の現在の文言は、立岩氏の解釈を支持するようにも思われる。法案が急性期以外の終末期も念頭に置いているならば、文言を修正するか、または本法律の成立後に省令や施行規則等においてより詳しい規定を置くことが必要だと思われる。

 

2)のがん等の亜急性型終末期については、上記報告書では次のように述べられている。「「がんを治すことを放棄した時点から、死亡するまでの期間」とか、「病状が進行して、生命予後が半年あるいは半年以内と考えられる時期」など、各種の定義がある。共通するのは、判断の基準に「生命予後」を必ず取り入れている点で、半年あるいは半年以内は概ね一致する予後判断といえる。」」(5頁)。このような予後判断がどの程度正確にできるかはさらなる検討が必要であろうが、いずれにせよ、このような場合に患者が治療の差し控えや中止を選択できることは意味のあることであり、したがって法律が不要であるとは言えないだろう。

 

3)の高齢者等の慢性型終末期については、上記報告書は日本老年医学会の「病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能な最善の治療により病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態」という定義を紹介している(報告書5頁)[*7]。しかし、高齢者を中心とした脳卒中、認知症、呼吸不全などの慢性疾患は余命の予測が困難であるため、上記報告書では「今後のわが国の医療上、社会システム上の重大問題となることは必至である」としながらも、事の重大さと複雑さのゆえに検討の対象からは外されている(同11頁)。本法案がこのタイプの終末期も射程に入れているとすれば、関連学会等とも協力して、どのように終末期を定義すべきかについて慎重に議論を進めるべきであろう。

 

次に、青木志帆氏は、「現在の法案が用意した要件だけで「終末期」を定義すると、呼吸器や胃ろうを利用しながら生きている重度身体障害者(代表的な例がALSの患者さんです。中略)が含まれます」という解釈を提示している。その理由として、青木氏は、「彼らは呼吸器や胃ろうなどの設備がなければ、現在のところ確実に死に至りますという意味で、「死期が間近である」と言えます」と述べている[*8]。この解釈に従えば、こうした医療機器を利用している重度身体障害者はすべて「終末期」であるということになる。これは立岩氏の解釈と正反対の、非常に広い終末期の理解である。

 

だが、本法案の終末期の定義では「行いうるすべての適切な医療上の措置を受けた場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近である(以下略)」とあり、適切な医療上の措置として「栄養補給の処置その他の生命を維持するための措置を含む」とあるため、このような事例–すなわち適切な医療上の措置を受けていない場合–が想定されているとは思えない。そもそも、ある種の医療設備がなければ「現在のところ確実に死に至ります」というのは、透析や移植を必要とするような慢性腎不全など他の多くの疾患にも当てはまるため、このような理解が適当であるようには思えないが、いずれにせよこのような解釈の余地を残さないよう、終末期の定義の文言を改善することが望まれる。

 

[*1] たとえば以下を参照。「尊厳死:自民PT案「患者の意思表示で医師責任問わない」」毎日新聞2014年3月20日 http://mainichi.jp/select/news/20140321k0000m040054000c.html; 「「尊厳死法案」提出へ…生命倫理議論 参院主導で」読売新聞2014年2月6日 http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=91991&cx_text=10&from=yoltop

 

[*2] 本論では以下のサイトを参照した。「尊厳死の法制化を認めない市民の会」http://mitomenai.org/bill

 

[*3] なお、第一案では延命措置の差し控え(不開始)のみが免責の対象になっており、第二案では中止(不開始を含む)が免責の対象になっているが、本稿では第二案を念頭に論じる。

 

[*4] 立岩真也「私には「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」はわからない」Synodos 2012.08.24 https://synodos.jp/society/1265

 

[*5] 報告書は以下からPDFで入手可能。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t51-2.pdf

 

[*6] 「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」http://www.jaam.jp/html/info/info-20071116.pdf‎

 

[*7] 日本老年医学会「高齢者の終末期の医療及びケアに関する立場表明」(2001年6月)。なお、同学会は2012年に本立場表明を改訂しているが、終末期の定義については2001年のものを踏襲している。立場表明は以下のURLで見ることができる。http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/tachiba.html

 

[*8] 青木志帆「尊厳死法案の問題点 ―― 法律家の立場から」Synodos 2012.08.23 https://synodos.jp/society/1477

 

 

 

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