2017.01.26

朝活学習は効果的なのか?

福田一彦 心理学

福祉 #睡眠#朝活

そもそも朝早く起きられるのか?

朝活が効果的かどうかを議論する前に、朝、ちゃんと起きられるかどうかについて考える必要があります。朝に何か新しい活動を組み入れるためには、その分だけ早く起きなければならないのですから……。社会人で、朝早く起きている人は、すでに、その時間を有効に使っている人が殆どでしょう。ごく普通の人は、朝に起きるのに苦労してなんとか仕事に向かっているという状態ではないでしょうか。そんな状態で、さらに普段より早く(無理して)起きて、その寝ぼけた頭で何か意味のあることをしようとしてもそれは全くの無駄ですし、行う活動の種類によっては危険でさえあります。

朝活が取り上げられたり、推奨されたりする背景には、朝の時間がうまく活用されていない、それどころか、朝にちゃんと起きられない人が多いという実態があると考えられます。多くの人が朝の活動を活発に行っていれば、そもそも話題にも上らないでしょう。そのような状況の中で、朝活は効果的だと言われて、なんとなく、その流行(はやり)に飛びつくなどというのは愚の骨頂です。それよりも、何で朝に起きられないのかについて、じっくり真面目に考えてみましょう。朝活が「万人」にとって効果的かどうかなどというあやふやな情報に振り回されず、あなた自身がちゃんと朝起きて有意義な「朝活」ができるようになることを考えましょう。

起きられないのはなぜなのか?

睡眠は、自由自在にとれるものではありません。もし、いつでもどこでも眠れてしまうのなら、それは、症状だけみれば睡眠障害と呼んでもおかしくない状態です。本来ならば、日中は眠ろうとしてもなかなか寝付くことが出来ず、夜は起きていようと頑張っても、ついつい眠ってしまうという状態が正しいのです。もし貴方が、日中、ついつい眠ってしまう、夜になってもなかなか寝付けない、という状態だとしたら、それは異常のサインです。

よく言われるように、日本人は世界的に見て非常に夜更かしで睡眠時間が短い国民です。周りの日本人と比べて「普通」だとしても、日本人全体が世界的な基準で見ると「異常」なので、逆に日本人として「普通」であることは、世界的には「異常」だということを示しています。周りの日本人が会議中や電車に乗って居眠りし、そして、夜更かしと、朝の寝覚めが悪いことが「普通」だとしても、それと同じだからといって安心はしないでください。これらの状態は睡眠を本来あるべき姿にすれば、すべて解消します。

そのためには、睡眠のいくつかの性質を知ることが必要になります。私たちの睡眠は、多少は意思によりコントロールすることは可能ですが、基本的には意思でそう簡単にコントロールできるものではありません。心臓の拍動が自在にコントロールできないのと同じことです。呼吸は意識してコントロールできる部分がありますが、意識しなくても呼吸活動は自律的に維持されています。生命活動に関するものは、意思を介在しなくてもコントロールできるようになっているのです。心拍や呼吸を意思でコントロールしなければならないとしたら、忘れっぽい人はすぐに死んでしまうでしょう。

私たちの脳の中には、生物時計と呼ばれる約24時間の周期を刻む時計機構が存在します。この時計は、私たちの身体の状態を約24時間の周期のリズムで変化させています。たとえば、私たちの体温は、明け方に最も低く、午後から夕方にかけて最も高くなるリズムを示します。一日の体温の変化幅は約1度にも達します。睡眠は、この体温と同じように生物時計の支配下にある現象です。脳の中のある部分が、この時計に合わせて、脳全体を睡眠と覚醒という異なるモードに変化させているのです。

夜に寝付くことが出来ずに、朝は起きられない。そういう状態になっている人たち(つまり多くの人たち)では、この時計が遅れていると考えられます。

時計を早めるにはどうすればよいのか?

睡眠は体温(深部体温:体の奥の内臓の温度)が低下した時に起きる現象です。つまり、体温が下がりにくい条件ではなかなか眠れないことになります。夏の暑い夜に眠れないのは、熱を外に逃がして、体温を下げることが難しいからです。これは、エアコンなどを利用して室温を下げることで解決します。

体温は様々な条件で上昇しますが、例えば、熱いお風呂に入れば、体温は上昇します。リラックスして眠ろうとしてお風呂に入ったのに却って目が冴えてしまったという経験はありませんか?それはお風呂の温度が熱すぎたのです。40度より下の温度が望ましいでしょう。また、疲れたら眠れるだろうと寝る前に運動をしている方もいるかもしれませんね。それは、運動の種類やタイミングによっては逆効果です。運動をすれば体温が上がります。したがって、眠る直前に激しい運動をすると眠りにくくなってしまうのです。

ではお風呂も運動もタブーなのかというとそうではありません。強度とタイミングが重要です。眠ろうとしている時間の1時間から2時間前に「熱すぎない」お風呂や「激しくない」運動をすることは、睡眠に効果的です。入浴や運動によって体温は一時的に上がりますが、末梢の血行が盛んになり、手足から熱が放散し、その後体温はスムーズに低下すると言われています。体温がスムーズに低下していくことで、自然な眠気が生じて、寝つきの良い、健康的な眠りが得られるのです。

また、昼寝の効用が説かれることも多いのですが、その場合の昼寝とはあくまでも10分程度の短い、しかも横になるような睡眠姿勢をとらない、仮眠です。長く眠ってしまうことは、夜の睡眠を確実に妨害します。そもそも2歳以下の子どもならばいざ知らず、大人で昼間に長く眠れてしまうという状態自体が異常です。明らかに夜の眠りが足りていません。眠るならば基本的には夜、昼間は基本的に覚醒を維持するべきです。

次に生物時計の性質を知る必要があります。私たち人の生物時計は、24時間の周期よりも少し長い周期を持っているとされています。したがって、放っておくと、自動的に遅れがちになる時計です。つまり、私たちはもともと夜更かし朝寝坊になりやすい性質を持っていると言えます。

生物時計は視交叉上核と呼ばれる神経核で、脳の中の視床下部というところにあります。その時計は、私たちの視神経からの情報を受け取っていて、目から入った光に反応します。特に短い波長の光、青い色を含む光に良く反応するのです。日本では当たり前の非常に明るい白い蛍光灯やLEDの室内照明は、欧米の住宅では皆無です。欧米では遥かに暗く、そしてオレンジ色の白熱電球のような灯りが使われています。欧米の住宅のような暗く赤っぽい照明は生物時計にあまり影響を与えません。

それに対して日本の白く明るい室内照明は生物時計に強い影響を与えます。夜に強い光が目から入ることで、もともと遅れがちな時計がさらに遅れることになります。日本の普通の住宅の室内照明は、夜更かし朝寝坊を促進する効果を持っていると言えます。日本の住宅と同じように白い蛍光灯などを室内照明として使っている韓国と台湾は、いつも夜更かし世界一を日本と競っている国々ですが、室内照明がこれらの国民生活に影響を及ぼしているということは十分にありうるのではないでしょうか。実際、私たちは住宅メーカーとの共同研究により、住宅の照明を白い蛍光灯などから暗くてオレンジ色の照明に替えると、住んでいる人の生活が、約1週間で1時間ほど早寝早起きに変化することを明らかにしました(住環境研究所プレスリリースhttp://www.jkk-info.jp/files/topics/59_ext_05_0.pdf)。

このように睡眠や生物時計の性質を知って、意思ではなく、環境を整えることで睡眠や生物時計を制御することが可能です。しかし、生物時計の変化には時間がかかります。今日やって明日には改善というわけには行きません。1週間から2週間くらいは定着に必要だと思って余裕をもって生活改善に望んでください。

朝早い学習は効果的か?

そろそろ本題である「朝活学習は効果的か」という話題を検討していきましょう。睡眠に先立って、深部体温は徐々に低下していき、眠気が訪れ、睡眠が始まります。体温は睡眠中も低下し続け、睡眠の後半に最低温となります。一方、課題成績(パフォーマンス)や単純反応時間(単一の刺激に対する反応の速さ)などは、体温の最低点の少し後に、最低点を迎えます。体温が低い時には一般的に課題成績などは低下するのです。これが、だいたい朝の6時前後くらいに相当します。つまり、あまり早い時間の学習などは日中のパフォーマンスに比べて決して良いとは言えません。

眠気(左上)、課題成績(左下)、反応時間(右上)、深部体温(右下)の時間による変化。オレンジ色の矢印は6時を表している。体温の最低時点とほぼ一致して眠気やパフォーマンスが悪化しているのが分かる。
眠気(左上)、課題成績(左下)、反応時間(右上)、深部体温(右下)の時間による変化。オレンジ色の矢印は6時を表している。体温の最低時点とほぼ一致して眠気やパフォーマンスが悪化しているのが分かる。

たとえば、交通事故の件数を一日の時間ごとに見てみると、交通量の多い日中に多く、交通量の少ない夜間には少ないというパターンを示します。また、日中の交通事故のピークは朝と夜の通勤・通学時間帯である朝8時前後と夕方17時から18時前後に認められます。ところが、居眠り運転の事故だけを取り出してみると、当然の事ながら夜間に一つ目のピークがあり、午後の眠気のピークである14時から15時前後に二つ目のピークが認められます。朝の6時前後はまだ居眠り事故のリスクが高いのです。あまり早い時間帯には、単に課題成績が落ちるだけではなく、眠気によるリスクも高くなります。最初の部分で、寝ぼけた頭では、危険な場合さえあると述べたのは、このような事実を基にしています。

居眠り事故の件数の時刻による変化、夜間と午後14時から15時にピークがある。午後の眠気は、昼食をとる事とは直接の関係はない。12時間の生物リズム成分の反映と考えられている。
居眠り事故の件数の時刻による変化、夜間と午後14時から15時にピークがある。午後の眠気は、昼食をとる事とは直接の関係はない。12時間の生物リズム成分の反映と考えられている。

まとめ

朝の時間を活用しようという試み自体は悪いことではありません。しかしながら、夜更かしで生物リズムが遅れたままの状態で、無理に朝に何かをしようとするのは、明らかに無謀です。まず、朝にある程度の活動が出来るような生活習慣を作ることが重要です。そのためには、睡眠や生物リズムの性質を良く知って、それを生かすことで健康的な生活習慣を実現してください。

健康的な生活習慣を獲得したとしても、あまりにも早い時間帯の活動は必ずしも効率的ではありません。また、あまりに早い時間帯にリスクの高い活動を行うことは避けるべきでしょう。極端に過ぎる行動にはリスクがつきものです。

最後に、寝だめは基本的にはできません。週末に寝不足を補おうと昼頃まで眠ろうとしている方がおられますが、実は、生物リズムを乱すことで却って心身の健康を阻害してしまいます。平日も週末もなるべく同じ生活習慣にする方がはるかに調子は良くなるはずです。お試しあれ。

※本稿はα-Synodos vol.198からの転載です

プロフィール

福田一彦心理学

1958年生まれ。江戸川大学社会学部人間心理学科教授。睡眠の発達や発達期における睡眠問題の研究、健常者における睡眠麻痺(金縛り)の研究などを行っている。1981年早稲田大学第一文学部卒業、1988年早稲田大学文学研究科博士後期課程単位取得退学、1987年学術振興会特別研究員、1989年東邦大学より医学博士授与(論文博士)、1988年より福島大学教育学部講師、1991年より同助教授、2003年より同教授、2004年より福島大学共生システム理工学類教授、1993年より1994年に文部省在外研究員としてBrock University (Ontario, Canada) で研究に従事。2010年より現職。著書にPHPサイエンスワールド新書『金縛りの謎を解く』2014年などがある。

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