2012.08.21

ファッションが日本の福祉を変える

ネクスタイド・エヴォリューション代表・須藤シンジ氏インタビュー

福祉 #ネクスタイド・エヴォリューション#ピープル・デザイン

障害者と健常者が自然に混ざる社会を目指して、ファッションの現場から活動を行っているネクスタイド・エヴォリューション代表の須藤シンジさん(49)。「ピープル・デザイン」という新しい概念のもと、世界のトップクリエーターとコラボし、障害の有無を問わずハイセンスに着こなせるアイテムや、障害者を街に呼び込むためのイベントをプロデュースしている。

大学卒業後、丸井に入社し、販売、宣伝、バイヤーなどを歴任。次男が脳性まひで生まれたことで同社を退社し、2000年にマーケティングコンサルティング会社フジヤマストア、2002年にネクスタイド・エヴォリューションを設立。かつてない斬新な手法で、日本の福祉社会を本質から変えようとしている。(聞き手・構成/編集部・宮崎直子)

「意識のバリアフリー化」を目指して

―― 日本の障害者に対する考え方は、先進国のなかでも遅れていると聞きます。

一言で障害者といってもその障害の種別や度合いはさまざまで、ひと括りに語れるものではありません。私の次男は身体障害と知的障害をもっており、この10年ネクスタイドの活動を通して知り得た身体、知的、精神障害の方々を、このインタビューでは「障害者」と定義してお応えしていきたいと思います。

個人的にはある意味で高度成長期前夜の意識のまま、とめおかれているのではないかという印象をもっています。4年前の北京オリンピックの頃から、急速に発展を遂げる中国の都市部の様子を伝える時に、近代化の進む建造物の陰で、古く汚い場所や部分を塀で囲い、見せたくないものを全て隠しているというニュースがよく報道されていました。しかし、先進国においてそうした報道は見られません。日本の障害者に対する意識を考えると、この中国を報道した時の状態と似ていると感じています。

日本には健常者が生きている空間をオンステージとし、障害者ならびにマイノリティの人たちがとめおかれている領域がオフステージであるかのような意識が、まだ潜在的にあるのではないでしょうか。日本の教育現場では、一般クラスと障害者クラスに分かれています。私が子供の頃は、障害者クラスは「特別学級」や「特殊学級」と呼ばれていました。最近は「特別支援クラス」と呼称だけは変わりました。

私達夫婦は次男を中学校時代の3年間ニュージーランドの公立中学校に通わせていたのですが、日本同様英国の教育体系をベースに構築されたニュージーランドの学校運営のシステムでは、英語を補習する「特別クラス」はあるものの、障害の有無でクラスを分けるという形態はとっていませんでした。障害者も健常者もみんな一緒になって教育を受けていました。

なので、子供たちはさまざまな障害児を前にして「なんで足がないの?」「義足触ってもいい?」とか平気で聞いちゃうわけです。そして義足を触りながら「超かっこいいね」なんていってすぐに打ち解け、お互いの「違い」を容認するようになります。共存のカルチャーが初等教育の段階から当たり前のようにできているのです。

帰国後次男は現在、県立の養護学校に通っています。本来の養護学校校舎施設の収容定員に対して、入学対象者が大幅に膨れ上がり、最近は県立高校の空いた教室の一画を「分教室」として借りています。現場の先生方は、既存の県立高校(普通科)の教室を「借りている」養護学校分教室の立ち位置を、常時必要以上に気にされているように見えます。

障害者と健常者の違い、障害児と健常児の違いは、主幹省庁の縦割りの仕組みと制度の中で「大人達」によって幼少期から子供達に刷り込まれているように思えてなりません。いずれにせよ、障害の有無に差異をつけずマイノリティとの共生を前提に制度が構成されている諸外国に比較すると、日本の現状はとても特徴的であると考えます。

PDF:http://www.nextide.net/img/Nextide_ProjectConcept.pdf
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もう一つ例をあげます。日本では電車の駅のホームで、駅員さんが車いすの方の乗車を手伝っている光景がよく見られます。アナウンスを流しながら、3人がかりで車いすを持ち上げて、ときには電車の発車時間を遅らせることもあります。かたやヨーロッパでは、バスに乗ろうとしている車いすのおじいさんを、たまたま隣に居合わせた中学生がさっと持ち上げる。そうした場面が、自然に何ごともなく過ぎていきます。

施しではなく手伝うことが当たり前という価値観ができれば、たとえハンディがある人でもどんどん街に出ていくことができるのです。日本では、障害者はまるで違いが際立つスポットライトをずっと当て続けられているかのごとく、習慣を受け入れて過ごしているか、あるいは逆に全く無視されるかという状況が多いのではないでしょうか。

企業が善意の仕組みとして行っていることが、結果的に違いの意識を再生産している側面も同時に存在すると考えます。日本の道は都市部においては特に平らででこぼこが少ないですね。1991年にいわゆるハートビル法が施行させて以来、公共的な空間においても同様のことがいえます。バリアフリー化を進めるために政府が莫大な税金を投入しました。しかし、ヨーロッパでは石畳の道を平らにしようなんて誰も思っていません。むしろ石畳を残し、歴史的な建造物や文化を守ろうと考えています。

PDF:http://www.nextide.net/img/Nextide_ProjectConcept.pdf
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道が平らになり、盲人用の点字ブロックが設置され、ハード面でバリアフリー化が進んだといっても、障害者が街に出やすくなったわけではないのです。障害者はみな「外に出る」ことに恐怖感をもっています。慣れ親しんだ地域の中で、親族などが助けてくれるのを待つというふうにどうしてもなりがちです。

必要なのは、障害者と健常者双方の「心の壁」を壊すこと。私はそれを「意識のバリアフリー化」と呼んでいます。日本は両者の接触頻度が少ないので、ただ単に「慣れてない」という要素も大きい。白杖をついている視覚障害者が横断歩道の前にいたら「何か手伝いましょうか」と普通にいえる、そんな社会にするためには、もっとお互いに接する機会を増やせればいいと私は考えています。

「ユニバーサル・デザイン」から「ピープル・デザイン」へ

―― ネクスタイドの活動理念を教えてください。

私たちは「ピープル・デザイン」という概念を新しく生み出し、その思想に基づいてファッションとイベントのプロモーション活動を行っています。ピープル・デザインは、1)ファッション・インテリアデザインとして洗練されている、2)ハンディを補う機能や、社会の課題を解決する要素がある、3)第三者への配慮・共存・共生への気づきがある、この3つの条件のうち2つ以上を満たすプロダクトデザインやサービス・役務と定義しています。

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最終的には、ハンディがある人もない人も交わり合っている社会を実現することが目的。そのためにこの概念があるという気づきを人々に与え、新しい価値観と、具体的な行動を創り出していこうという試みです。

1985年に、アメリカのロナルド・メイスが「ユニバーサル・デザイン」という概念を提唱しました。自身も身体に障害をもつ彼は、デザインの対象を障害者に限定した「バリアフリー」の概念に代わって、「できるだけ多くの人が利用可能であるように製品、建物、空間をデザインすること」としてユニバーサル・デザインを定義しました。これは「すべての人が人生のある時点で何らかの障害をもつ」ということを発想の起点としています。

しかしながら、現実には「不自由な人のために」というニュアンスがどうしても払拭できず、従来の福祉的なところにしか表現のフィールドを残せていません。逆にいうと、ユニバーサル・デザインといった時点で、そっちには行きたくないというスティグマとして機能してしまう場合が多い。だから、スティグマを感じさせないポジティブな呼称が必要だと思いました。

良いデザインは人の行動を変える

―― どんなファッションアイテムがありますか。

ニューヨークやミラノなど世界中で活躍するトップクリエーターたちがデザインしたスニーカー、ブーツ、Tシャツ、レインコート、バッグや財布など。どれもユナイテッドアローズ、SHIPS、マルイなど、いわゆるオンステージのファッションマーケットで販売してきました。おしゃれ好きな人にはもちろんのこと、障害者が身につけやすいようにあらゆるところに工夫を施しています。

たとえば有名ブランドやスポーツメーカーとコラボして作ったスニーカーは、紐を結べない人でもレースアップが楽しめます。また、かかとの両側にファスナーが付いて、片手で大きく開閉できるようになっているため、多くの人にとって着脱しやすい仕様になっています。障害者用の靴といえば、甲の部分が面ファスナーになっているものが一般的で、着脱はしやすくてもデザインはいまひとつです。(Shoes:http://www.nextide.net/shoes.html

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また、レイングッズでは、両手が塞がっていてもあごで軽く支えられる傘や、座ったときに使いやすい、低い位置にポケットがついているレインコートなどがあります。レインコートは野外フェスやスポーツ観戦などでよく使われますが、実は、車いすで移動する方にとって一番便利なものとなっています。(Rain item:http://www.nextide.net/rainitem.html

大事なのはこうしたマーケットそのものをつくっていく視座です。今までのバリアフリー的な発想で作られた製品は、主たる対象顧客を「弱者や障害者」に設定します。私達が企画開発する商品の主たるターゲットはおしゃれに敏感な「健常者」なのです。従って福祉用品専門店等の販売チャネルをあえて選ばず、全ておしゃれに敏感なファッション専門店に販路を絞ってきました。外側から見せる印象は「おしゃれ」「カワイイ」「ヤバイ」。

でもコンセプトに則った商品開発の段階で、障害者の課題を解決する機能やヒントをひっそりと盛り込んでいるのです。商品が売れ続ければ単価が下がります。常にお店で売っている定番商品になれば、障害者はいつでもそのお店に行けば買えるという状況が実現します。一般のファッションマーケットで負けない魅力的な商品を開発し、その果てに、あえておしゃれをするために「障害をもっていても街に出る」という動きを創っていきたいのです。

障害者だけに売ろうとすると、売れる数量に限りがあるため一点あたりの単価が高くなる傾向になります。高単価、買い難い、売れ難い、展開店舗数減少、とスパイラルはマイナスに向きがちで、結果的に機能優先の魅力のない商品群になっていくのです。「障害者だからしょうがない」という無意識の諦めの中で、限りある選択しかできないケースがほとんどです。

障害者の「仕事」をうみだす

2012年4月にNPO法人「ピープルデザイン研究所」(http://www.peopledesign.or.jp/)を立ち上げ、渋谷を拠点にピープル・デザインの手法を使った街づくりに取り組んでいます。その立ち上げの際に作ったのが、「コミュニケーションチャーム」。これは困っている方に対して、「手を貸しますので声をかけてください」という意思表示のためのアイテムです。

会話の入り口である”excuse me”(すみません)から、目的が伝えられるトイレ、病院、駅、そして最後のお礼の”thank you”(ありがとう)までをわかりやすく示しています。マタニティバッジと逆の発想ですね。有名デザイナーがデザインし、おしゃれに仕上がっています。(Collaboration Items – Communication Charm:http://www.nextide.net/collabo.html

渋谷区内には障害者が働く作業所が12カ所あり、その中の4施設で製作しています。作業所に通う障害者は、一日中釘を打ったり、編み物をしたりして過ごしている方が多く、その特徴や技を生かして何か仕事につなげられないかと考えました。一年かけて各作業所をリサーチし、編む作業、くっつける作業、細かな紐を通す作業など、彼ら彼女達が得意な技をベースに最終形のデザインをデザイナーに依頼するという順番で形にしました。原価はけっこうかかりますが、障害者の工賃アップにつながる「仕事」を今後もつくっていきたいと思っています。色や素材を変えて「私にデザインさせてください」というような賛同者が早くも登場しはじめましたよ。

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違いは、個性。ハンディは可能性。

―― どんなイベントが行われていますか。

先に述べたファッションアイテムのライセンス契約料収入を使って、さまざまなイベントを開催しています。一つは「ブラインドサッカー」。目的は幼少期から障害者と混ざる経験を提供することにあります。子供たちが、アイマスクをして目の見えない状態でプレイすることで、声をかけ合うことの大切さや、目の不自由な人との接し方を体験します。

なにより「目が見えなくてもこんなカッコいい人がいるんだ」という視覚障害者への意識のバリアが壊れていくのが快感ですね。18歳で失明したブラインドサッカー日本代表の加藤健人選手や有名スポーツ解説者などを講師に招いて渋谷と川崎で4年前から行っており、企業研修としても採用されています。(News:http://www.nextide.net/news.html#n035

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また、視覚障害者でも一般の人と一緒に映画館で映画を楽しめるようする取り組みも行っています。俳優の動作や場面転換を言葉で説明する「音声ガイダンス」を本編セリフ音声とは別に制作し、それをFM電波でシアター内に流し、視覚障害者は持参したラジオで受信してイヤホンで聴けるという試みです。

2010年3月に「時をかける少女」(谷口正晃監督)の上映で初めて実施以来、毎年1作品を目安に音声ガイダンス作品を増やしています。今後も全国の映画館と協力して広く展開していきたいと思っています。またこの音声ガイダンスは制作時に視覚障害者の方にモニターとして積極参加いただいたり、映画館での再生時には、本編セリフ音声と別録りの音声ガイダンスを同期再生する「仕事」を同じく視覚障害者の方々に依頼しています。

最近は海外での注目も高まり、慶応大学やオランダのデルフト工科大学などで「ピープル・デザイン」をテーマに授業を行っています。2012年10月2~8日には、渋谷区国連大学GEOCや表参道BATSUギャラリーなど、ファッションの中心地で「PEOPLE DESIGN MIXTURE 2012」を開催する予定です。従来の福祉機器展とは全く違う切り口で、パーソナルモビリティやファッションアイテム等、異なったジャンルのものを混ぜ合わせる形で展示演出し、識者を招いたトークセッションを含め、ダイバーシティの新しいメッセージを発信していきます。

福祉は一般的には縁遠いものかもしれません。一方で、誰にとっても突然身近なものになりうる要素を孕んでいます。障害者、高齢者、妊婦の方、子供連れの方、LGBT、外国人の方々等、種類が違ったり一時的なものであれ誰もが実はなんらかのハンディを抱えている。「解決できればありがたいな」と思う弱みをもっている人はたくさんいます。相対的にはマイノリティです。

あえてマイノリティの視点に立つことで、見えて来る課題の解決に取り組む。社会課題の解決が本業の収益を上げることに貢献するということが認識できれば、それに取り組む企業も増えると信じています。世の中に存在するさまざまなハンディキャップを可能性と捉え、商品やサービスを開発していくことは、これからの日本の再生になくてはならない視座の一つではないでしょうか。

プロフィール

須藤シンジネクスタイド・エヴォリューション代表

1963年東京都生まれ。NPO法人「ピープルデザイン研究所」代表理事。有限会社ネクスタイド・エヴォリューション代表。有限会社フジヤマストア代表。プロジェクト名Nextidevolution(ネクスタイド・エヴォリューション)の由来は「next(次なる)、tide(潮流を)、evolution(形成する)」。「ピープル・デザイン」という新しい概念を提唱し、“意識のバリア”のない社会の実現を目指す。http://www.nextide.net/

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