歴史の証言者たち ―― 日本の『制度』をささえた人びと(2) 新田勲 ~介護を生んだ〈2つのテント〉~

(*本稿では、現在「差別用語」とされている表現を、資料・記録の記述に即し、変更をせずに使用しています)

 

介助者の40代の男性が、「新田さん」の電動車いすの横で正座する。車いすの足元には、一枚の板切れ。板には、何の印もない。文字盤の類が記してあるわけでもない。どこからどう見ても、ただの木の板だ。新田さんが、不自由な足先を、ポン、ポン、と板の上で弾ませる。

 

 

「さむ くて  ねむくなってとう し しかけ た ことも なんかいもあった」

「CPはいまはじり つする こと かい ごほしょうをじぶんでさが さない」

 

 

わたしには全く読み取れぬ不可解なサインを、一字一句正確に、一切の抑揚のない声で代わりに「喋る」介助者。その姿を見て、人形浄瑠璃の黒子が思いうかんだ。これが、「足文字」か。

 

「魔法のようですね」と、わたしがため息をつきながら一言こぼしたら、「ぐうううう」とうなられた。新田さんが、せせら笑った。

 

 

「武闘派」の重度脳性まひ者

 

新田勲さんは「伝説」がやたらと多い方だ。特に1970年代~80年代の障害当事者たちにまつわる文献や資料を集めてめくっていると、「府中療育センター闘争」と「新田勲」という固有名詞が頻繁に目に留まる。

 

 

―― 府中問題はまえまえから会報を通じて知っておりました。

 

私は障害がひどかったので一般の学校にいけなかったわけです。

 

ですから幼ないころよく同じような人たちと一つ屋根の下で暮したらどんなに楽しいだろうと考えたものでした。

 

しかし、今こうして施設を見たり来たりして、改めて考えさせられます。

 

私たちは社会から、また親・兄妹などから見はなされた場合、結局は施設にいかなければならないのでしょうか。――

 

 

―― 先日もある重障者の施設に知人をたずねていきましたが、その人が「早く家にかえって、あったかいゴハンをたべたい」といっておりました。

 

 私がいるあいだも外に出たいが、出してもらえないでおりましたし、そのほか、ひどいなあと思う事がありました。――

 

(「府中のハンストに思う」金子和弘 -『会報 青い芝』 1973年 施設問題特集号)

 

 

「新田さんは武闘派だ」、と人づてに初めて聞いたとき。一体何の話なのか意味がわからず、ポカンとしてしまった。

 

脳性まひ(通称、CP)者として、障害は最重度の部類に入る。手足は変形し、ほとんど自由に動かない。言語障害も重く、たった一言、自力で発することすらできぬ。そんな人が、あちこちで「武闘派」と噂されている。

 

脳性まひ、という障害になじみがない方もおられるだろう。

 

わたしは脳性まひではないので、当事者の方の記述を下記、転載する。「自己免疫疾患系の難病」というわけのわからぬ新規参入者が、戦後をその身体できりひらいてきた脳性まひ者を「代弁」などしようものならば、新田さんに叱られそうだ。

 

 

―― ひとくちに脳性まひといっても、そこには個人差がある。というのも、脳性まひの定義自体が、以下に記述するように、多くの状態を十把一絡げにしたものだからだ。

 

『受胎から生後四週以内の新生児までのあいだに生じた、脳の非進行性病変に基づく、永続的な、しかし変化しうる運動および姿勢の異常である。その症状は満二歳までに発現する(厚生省・1968年)』――

(熊谷晋一郎『リハビリの夜』 2009年 医学書院)

 

 

たとえば、この文章を書いている熊谷晋一郎さん。彼の「初対面の印象」は次のようなものだ。これはあくまでわたし個人の主観から「見た印象」であり、無礼きわまる振る舞いであることを先にお断りしておきたい。

 

 

・手足が湾曲・変形して「奇妙な形」をしている

・全身の筋肉がこわばっており、また、脳からの信号が身体の動きにうまく反映されない

・一挙手一投足、「抵抗する全身」と格闘している

・電動車いすが足の代わりで、「歩いて」移動することは一切できない

・介助なしではトイレにも行けない

・熊谷さんの言語障害は軽いが、それゆえに「脳性まひなのに普通に話せる」と錯覚しがち。「言語障害の有無」について、わたしが熊谷さんに質問したことがないというだけである

 

 

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