2012.02.10

社会的入院削減と訪問看護

本来、医療的に入院の必要がないのにも関わらず、食事、金銭、家族関係など、生活的、社会的な問題から家に退院できない老人が、行き場なく長期入院することを社会的入院と呼んだりします。その費用が社会保障費を大きく圧迫しているということで、国は長期入院、長期入所を少しでも減らし、早期退院・退所を推し進め、医療費の削減を進めたい意向があります。そこで少しでも社会的入院を減らし、在宅へ戻ってもらうべく、「老人の生活面での受け皿を作ろう」と、2000年に介護保険制度ができたわけですが、思うように進んでいない現実もありました。

その原因として考えられたのが、地域社会や家族関係の崩壊から来るインフォーマルな受け皿機能の低下と、その間をつなぐ医療保険と介護保険の連携不足でした。(*1) そこで今春4月に迎える介護保険制度の改正では、医療保険と介護保険の両方をまたにかけてサービスを提供する「訪問看護」に対し、手厚い報酬の増額がなされることになりました。

(*1)セーフティーネットをトータルに見ていくために登場してきた概念が「地域包括ケア」であり、今回の改正では、その方向性を進めるべく調整がなされました。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000uivi-att/2r9852000000ujwt.pdf

訪問看護については、「訪問介護」という非常にまぎらわしい名称のサービスがあり、一般の方は混乱するかもしれません。詳しく書きますと、血圧測定や注射など医師の指示のもと診療の補助行為が認められ、「看護師」という国家資格者により行われるのが訪問看護。一方、注射など診療の補助や医療行為は法的に行なってはならず、おもに食事、排泄、入浴、その他の日常生活上の世話をするのが訪問介護、カタカナで表現すると「ホームヘルパー」です。(ホームヘルパーとカタカナ表記する方が訪問看護と混同を防げますので以下、「訪問介護」は「ホームヘルパー」と記します)

今回は看護師が提供する「訪問看護」の待遇が改善されました。他のサービスの介護報酬が軒並み減額されるなか、唯一といってもよい程、増額されたのです。病院も早期退院の傾向を強めていますが、老人は医療人工器具の管理や床ずれの処置が十分にできない方が少なくありません。それらすべての在宅の老人に頻繁に医師が訪問する程の人的余裕も財源的余裕もありません。そこで医師とのパイプとなるべく看護師にその役割が期待されています。

医療保険(入院)から介護保険(在宅生活)へ高齢者がソフトランディング(軟着陸)するためには、何とか家で、ある程度の医療管理を行なってもらう必要があり、看護師にはそのキーパーソン的な役回りを期待されているのです。

削られる生活面でのサービス

一方で、訪問看護の待遇を改善するにも、社会保障費全体の財源を大きく増やすことはできません。そこで、その穴埋めとして、ホームヘルパーやデイサービスなど、生活面を支えるサービスの報酬の多くが減額されることになりました。ちなみに、ホームヘルパーの時間削減については以前こちらで(http://synodos.livedoor.biz/archives/1886535.html)も触れたとおりです。

デイサービスも基本的に医療を受けるサービスではなく、施設に日帰りで通い、食事、排泄、入浴、その他の日常生活上の世話を受けるサービスで、これも生活面を支えていくサービスのひとつ。その他、特別養護老人ホーム、グループホームなど、他のサービスも軒並み全体的に報酬が減額となりました。(*2)

(*2)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002113p-att/2r98520000021163.pdf

しかし、人の生活とは医療により健康が管理されているだけで成立するものではありません。生活のためには家の掃除もしなければならないし、買い物にも行かなければならない。介護者の休養、行政手続き、金銭管理も欠かせません。にもかかわらず、生活面でのサービス給付がカットされることになりました。それでは生活が成り立たない方々がでてくるのは当然です。どんな人々の在宅生活が成り立たなくなってくるのか見てみましょう。

生活サービスの利用者像

今回、ホームヘルパーの報酬で大きく削られることになったのは「生活援助」というサービスです。これはおもに、家の掃除や炊事などの家事を中心にした援助で、誰でも利用できるものではありませんでした。利用できたのは単身や、家族がいても障害や病気などで家事ができない世帯に限られていました。つまり、家庭内の介護力や生活能力が弱い単身、老々世帯などが、おもなユーザーであるサービスでした。家庭内に介護力のある嫁や娘、息子などがあり、家事ができるような世帯では、ほとんど使えないサービスでした。

そのような家庭内の介護力が弱いユーザーに対する援助が削られることになりました。これの意味するところを考えてみます。

新設されるサービスと住み替え施策

これまで、在宅で生活ができなくなってしまった老人が施設を申し込んだとしても、その受け皿は多くはありませんでした。安価な特別養護老人ホームは何年も待つということが常態化していますし、営利民間法人の施設は月に3~40万円など費用負担が大きいものです。受け皿不足の結果、無認可施設が増加し、火災事故により老人が救助されないまま亡くなったりしたニュースはまだ記憶に新しいと思います。

そこに今回新たに登場してきたのが、「サービス付き高齢者向け住宅」(*3)です。これは老人の住まい施策を進めるべく国土交通省と厚生労働省が協同で設けた施策です。本来、他にもさまざまな老人向けの住まい形態の施設はあったのですが、管轄省が違ったり複雑な制度体系だったため、一元的に管理するべく新たな仕組みが設けられることになりました。

(*3)http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000005.html

また、従来のホームヘルパーによるサービス提供は、利用時間に比例して利用料金が増えたり、日に1~2時間のサービスを週に2、3回利用するといった内容が大半でした。単身の方への24時間のサービス提供を想定したものではなく、家族介護を補うものとして設計されていたのです。これでは住み替えてもらったとしても、夜間帯などはサービスを提供することができません。利用する度にお金がかかると思うと気安く利用もできません。

そこで、今春より誕生するサービスとして、定期訪問と、呼び出しブザーを押せば臨時訪問もしてくれる、料金も定額制というサービスが登場することになったのです。ややこしい名前ですが「定期巡回・随時対応型訪問介護看護 」といいます。

上記ふたつの新設サービスは、現時点では、参入条件やニーズ量の見込みなどが不確実なこともあり、参入事業所も少なく普及にはまだ時間がかかると思われます。しかし、地方などの移動コストを考えれば、一箇所、施設に住み替えてもらって、まとめて介護を提供する方が給付費は少なくすみます。介護労働などの人件費が安くすめば利益も出て、民間企業の参入する余地もでてきます。

とくに団塊の世代が75才という後期高齢者になって以後、介護を必要とする老人は爆発的に増加します。とても介護人材の調達が間にあいません。行政は、「住み慣れた家」からの住み替えなしに、介護の充足が追いつかないと考えていると思います。

切られなかった「雇用対策」というカードの理由

一方、介護人材の不足については、いまも現場では大きな問題です。飲み込みが悪く、うっかりすると窒息死しかねない老人への食事介助などを行なっていても、都市部ではレジ打ちなどと大きく変わらない時給が現実ですから無理もありません。離職率も他産業に比べ依然として高いままです。

地方などでは他に産業もなく、介護労働が雇用策としても重要なところもあります。国全体を見ても、震災のみならず、これだけ不況で「男性中心の仕事」が減少しているさなか、「女性中心の仕事」を増やせる機会にはなりえるはずです。にもかかわらず、そのカードは切られませんでした。介護を必要とする老人が爆発的に増えることが確実視されているにもかかわらずです。なぜでしょうか。

その理由をわたしは、外国人ケアワーカーへの「労働開国」というカードの存在が関係していると考えています。(*4) そのカードを持っているがゆえに、「現在のケア処遇を改善する」というカードが切れない。国内の日本人ケアワーカーだけでは到底、介護ニーズを充足できるものではない。そうしたなか、介護労働の待遇を上げることは、外国人ケアワーカーの待遇向上につながる。そう考えていると見るのが妥当ではないでしょうか。もっとも、外国人労働者が流入してきたところで、やはりレジ打ちより安い報酬設定では、彼らからさえも見放される可能性もあるかもしれません。まして、経済以外では鎖国を貫いてきたこの国の移民施策が一筋縄で行くとも思えません。

(*4)いまも経済連携協定(EPA)といって、経済協定上の外国人ケアワーカーの入国はありますが、形式的なもので終わっています。

いずれにしても、これまでの議論のなかで、わが国の社会保障政策の選択肢を考える上では、高福祉高負担・中福祉中負担・低福祉低負担というようなものがありましたが、確実な経済成長も見込めない状況下、中福祉から低福祉のあいだを着地点と見ているのではないかと考えます。

そして、団塊の世代の介護ニーズを充足するには、サービス付き高齢者住宅にて、外国人ケアワーカーから(生活援助の時間区分が細分化されたように)細かい時間でタイムカウントするような細切れのサービスで、というビジョンが、現実的に見えてきたのではないでしょうか。(*5)

(*5)日本人を中心にしたケアワーカーが外国人ケアワーカーに変わることで、ケア現場はどう変わるのかについては、前回記事に書いたような関係性に配慮したケアや日本の風土、文化に配慮したコミュニケーションができるかいなか。そこがケアの質を決定していくことになると考えます。

プロフィール

本間清文

介護福祉士。ケアマネジャー。広島大学総合科学部卒業。新聞社から福祉業界へ転身。特別養護老人ホーム、デイサービス、在宅介護支援センター、社会福祉協議会等を経て単独型の居宅介護支援事業所開設。現場実践を赤裸々に綴っていたブログなどが関係者の目に止まり、以後、業界メディア、一般紙、書籍などへの執筆や研修依頼が増加。地域ケアマネ部会副会長などを経て、ケアに関する総合研究所「ソーシャルケア研究所」を開設。現在に至る。著書に「介護の現場がこじれる理由」「教科書が教えてくれないケアマネ業務」(雲母書房)など。

この執筆者の記事