2014.05.20

年金制度改革から生まれた低年金・無年金者の「ばくち」

田宮遊子 社会保障論

福祉 #年金#無年金

高齢者の貧困問題・生活保護・年金

貧困問題というとその対策の中心は生活保護をめぐる議論の重要度が高くなるが、仕事から引退した高齢世代にとって、所得の保障は生活保護よりも、第一義的には公的年金の重みが増す。しかし、公的年金の比重は貧困救済よりも、現役時代と遜色のない消費水準を多くの高齢者が引退後にも維持することに置かれているため、平均的高齢者像を中心にすえて制度設計が図られる。そうすると、年金制度のなかで低所得高齢者の問題の扱いは年金改革の議論の中心とはなりにくい。

しかしながら、社会保障給付費のうち年金が占める割合は半分であり[*1]、高齢者世帯の所得の7割が公的年金による収入でありながら[*2]、依然として無年金・低年金者が存在し、高齢者の貧困率も低くはない[*3]。

[*1] 国立社会保障・人口問題研究所「2011年度 社会保障費用統計」http://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-h23/fsss_h23.asp

[*2] 厚生労働省「2012年 国民生活基礎調査の概況」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa12/index.html

[*3] 高齢者の相対的貧困率は19.4%であり、この貧困率は等価可処分所得の中央値の半分を下回る高齢者の割合(OECD基準の相対的貧困率、2010年、OECD Income Distribution database)。

そうした状況を反映してか、「最後のセーフティネット」である生活保護の受給者のうち、高齢者世帯が占める割合は45%と高くなっている[*4]。生活保護を必要とする高齢者が少なくはないということは、現在の年金制度では無年金・低年金の発生を十分に防げていないのではないだろうか。確認する必要がある。

[*4] 厚生労働省「被保護者調査(2014年1月概数)」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2014/01.html

日本の年金制度の概要

低年金・無年金問題に入る前に、日本の年金制度の概略を一度おさえよう。

日本の公的年金は2階建てとなっており、1階部分は全員共通の国民年金(そこから得られる給付は、老齢基礎年金・障害基礎年金・遺族基礎年金)、2階部分は勤労所得を得ている会社員や公務員が加入する厚生年金、共済年金である。その上の3階部分は、個々人がそれぞれの意思で自由に加入したり、あるいは勤め先の会社単位で任意に設置された個人年金や企業年金とよばれる各種の私的な年金保険だ。

国民年金にしても厚生年金にしても、保険料を納めた期間、納めた保険料の総額によって将来の年金額が決定されるから、現役時代に所得の低い人は高齢期にも低年金となるリスクにさらされることになる。

本稿は、低所得高齢者と年金の問題が中心的な論点であるから、とくに1階部分の年金に注目していくことになる。

これまでの年金制度改革:年金改革の本流は給付抑制

日本の年金制度は、1954年に現在の制度の原型となる厚生年金が、1961年に国民年金がつくられ、以後、給付水準が引き上げられてきた。しかし、給付拡大の流れはすでに1985年の年金制度改革以降転換し、それ以後は給付を抑えていくための改革が行われている。

人口構造の変化や経済情勢の変化にもちこたえる持続可能な年金制度にしていくために、年金制度の支出にあたる給付をカットしていくと同時に、あわせて、年金制度の収入にあたる保険料も引き上げられてきた。

■給付水準の引き下げ:1985年、2000年、2004年

年金の水準については、年金額が現役世代の賃金のどの程度に匹敵するかをあらわす所得代替率(所得代替率=年金額÷男性の手取り賃金)が指標になる。夫が会社員で妻が専業主婦で40年間過ごす夫婦世帯の年金額を「モデル年金」として所得代替率の目安としてきた。そんな夫婦がどれだけ存在しているのか、という疑問はさておき、このモデルでは夫が老齢基礎年金(満額)と老齢厚生年金を、妻が老齢基礎年金(満額)を受け取ると想定している。

1985年の年金改革当時、従前の仕組みをそのままにしておくと、所得代替率は将来的に83%〜109%(現役世代よりも年金受給者の収入が高いなんてことも!)にもなる状態だった。これを69%水準に抑えるために、給付水準の削減を行った。

2000年改革では、厚生年金の水準を5%削減し、その結果モデル年金の所得代替率は59%に下がることになった。さらに、2004年改革では、高齢化のピークを乗り切るために、所得代替率を50%に引き下げ、長期的にこの水準を維持するとした。

■支給開始年齢の引き下げ:1994年、2000年改革

また、給付を抑制するために、年金の支給開始年齢も引き上げられてきた。まず1994年改革で、厚生年金の定額部分(現在の制度では老齢基礎年金にあたる1階部分)を2001年から2013年にかけて、60歳から65歳に引き上げる事が決まった。その後の2000年改正では、厚生年金の報酬比例部分(2階部分)も2025年までに65歳に引き上げられることとなった。

最近では、社会保障・税一体改革において、支給開始年齢の65歳以上への引き上げが議論されたが、具体案は提示されなかった。

年金改革の傍流としての低年金・無年金対策

公的年金の持続可能性を高めるために給付抑制を進める一方で、低年金・無年金者の問題に対しては、どのような政策手段がとられてきたのだろうか。年金制度改革は必要だとしても、その影響が低所得高齢者にとって深刻な影響をもたらしてはいないだろうか。年金の持続可能性を高める一方で、高齢者が貧困に陥らないようにするために、低所得高齢者に与えるマイナスの影響を緩和する手段が適切に組み合わせられる必要がある。

■なぜ低年金、無年金者が発生するのか

まず、日本において低年金、無年金が生じる原因を整理しよう。

1階部分の国民年金は、全国共通定額の保険料を納めることで、65歳から年金が支給され、保険料を40年間全額納付すると満額の年金が支給される。現在の老齢基礎年金の満額は年額778,500円(月額64,875円)。もし保険料を納付しなかった期間があるなら、年金額はその分低くなる。たとえば過去に1年間保険料を納めなかった期間があるとしよう。その場合に受給する額は、40分の1が減額され、年額759,000円(月額63,250円)となる。このように、老齢基礎年金は誰もが満額を受給できるのではなく、保険料を納めなかった期間があれば、その分年金額が低くなる仕組みだ。

次に、2階部分についてみていこう。会社員や公務員は1階部分の国民年金とあわせて厚生年金か共済年金にも加入し、年金を受給する際には2階建ての年金を受給する。老齢基礎年金しか受給できない人よりも、老齢厚生年金をあわせて受給できる人の方が、概して受け取る年金の総額は高くなる。老齢厚生年金の額は、どれだけ保険料を支払ったか(賃金水準)、および、どれだけ長く保険料を納めたか(勤続年数)によって決まる。給料が低い人ほど、勤めている期間が短い人ほど老後の年金は低額になる。

さて、「20歳(ハタチ)になったら国民年金」というキャッチフレーズがあるように、日本に住んでいる20歳以上60歳未満の人は、必ず国民年金に加入することになっている。では、公的年金は強制加入なのに、なぜ無年金者が存在するのか。実は理解しにくいことだ。

たとえば、就労収入が一定額未満の場合は公的年金に加入しない、といった年金制度上の適用除外の仕組みをもつ国もあるが、日本の制度にそれはない。無収入であっても国民年金に加入する。また、日本国籍でなければならないという国籍要件は1982年に廃止されたから、国籍によって年金の加入から漏れることはない。それでも無年金になるのは、保険料の支払い方法に一因がある。

会社員や公務員(国民年金では第2号被保険者になる)は、毎月の給料から国民年金分を含む厚生年金の保険料が天引きされるので、保険料を支払い損ねるということがあり得ない。

夫が会社員や公務員で年収130万円未満の家事専業の主婦(国民年金第3号被保険者)の保険料は、国民年金第2号被保険者の人たちが負担してくれているので、3号の人は保険料を支払わないでいい。保険料を払い損ねるなんてことは、第2号被保険者と同様に起こらない。

しかし、国民年金の第1号被保険者に関しては、保険料を払い忘れたり、払わなかったりすることが有り得る。自営業者、厚生年金に加入していないパート・アルバイトの人や無職の人などが第1号被保険者となるが、1号の人は自ら毎月の保険料を支払う、いわば自主納付の形態をとっている。郵便受けに投函された請求書の支払いをせずに電気やガスを止められた経験がある人は想像しやすいだろう。電気やガス料金のコンビニ支払いを忘れる、あるいはお金がないので意図的に支払わないということが起こるように、国民年金の保険料の未納という事態が起こり得るのだ。

そうすると、20歳から60歳までの間に、第1号被保険者の期間が長い人ほど、保険料を支払っていない期間が増える危険が高まる。保険料を支払った期間と保険料を免除された期間の合計が25年間分に満たない人は、最終的には無年金となってしまう(25年が10年に短縮されるかもしれない点については後述)。

このように、日本の公的年金は、制度上無年金者が発生してしまう仕組みになっている。もちろん、これに対して何ら手だてが講じられていない訳ではない。無年金や低年金になることを防止するための制度上の仕組みについてみていこう。

■無年金、低年金対策としての保険料免除・猶予

国民年金は20歳から60歳までの人は強制加入であるから、なかには所得が低いために保険料の支払いが困難な人も当然に含まれてくる。そこで、低所得の第1号被保険者には、保険料免除の仕組みがある。

保険料の免除は大きく分けて3種類に分かれる。1つ目は、法定免除といって、自動的に保険料の支払いが全額免除される仕組みだ。生活保護受給者や、障害年金受給者などが該当する。

2つ目は、申請免除。所得が低くて保険料の納付が困難な場合に、世帯所得に応じて4段階(全額免除、4分の3免除、半額免除、4分の1免除)の保険料免除の基準がある。法定免除と異なり、自動的に免除とはならないので、市役所の窓口に自分で申請する必要がある。

なお、失業中の人や、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者については、申請免除の基準が緩和されている。通常、低所得の基準に該当するかどうかは世帯員全員の所得の合計額でみるが、失業者については本人の所得は除いた世帯所得で判断される。DV被害者に関しては、本人のみの所得で判断される。

また、東日本大震災のような天災による被害を受けた人については、前年度の所得ではなく、被害の大きさによって保険料が免除される。

将来年金を受給するためには、25年以上の加入歴がなければならない。法定免除、申請免除に該当した場合、免除期間は加入歴として算入される。

くわえて、老齢基礎年金の給付に税金が投入されている分(国庫負担分)については、将来年金を受給するときの年金額の計算にも反映される。たとえば、国庫負担が老齢基礎年金の2分の1で、40年間すべて保険料を全額免除されたとしたら、受給する老齢基礎年金は40年間すべて保険料を支払った人の半額となる。

3つ目は、保険料納付猶予。大学生や若者(30歳未満)は、自らの申請によって保険料の納付を猶予してもらうことができる。学生納付特例、若年者納付猶予に該当するかどうかは、親の収入とは切り離して、本人の所得で判断される。

猶予の仕組みは免除と違い、それをしたからといって将来の年金額が増えるわけではない。ただし、将来年金を受給するために必要な25年という受給資格期間にはカウントされる。国民年金には加入していることになるが、年金額には反映されないということで、猶予期間は「カラ期間」とも言われる。

第1号被保険者に対するこれらの保険料免除、猶予制度を活用していれば、将来無年金になる可能性は低くなるし、免除に該当すれば年金額が0円になることもない。それなのに、無年金、低年金の問題はなくなっていない。

第1号被保険者は保険料が自主納付であるし、法定免除に該当する場合を除いて、免除や猶予は自ら毎年申請する必要がある。自主納付、自主的な免除申請という形態が続く限り、種々の広報、啓発がなされたとしても、今後も1号被保険者期間の保険料未納問題が完全に解消することはないだろう。ひとりひとりのモラルの問題というよりは、制度の仕組みがもたらす構造的な問題ととらえて改善策を考える必要がある。

整合性・連続性に欠けた年金改革がもたらした無年金者にとっての「ばくち」

■保険料納付期間の時限付き延長措置

さて、新たな無年金・低年金対策として最近実現したもののひとつに、保険料の納付期間の延長措置がある。

国民年金の保険料は、それまで、2年以内であれば遅れて納付することが可能だったが、これを10年に延長するという「年金確保支援法」が2012年に施行された。これによって無年金になりそうな人や、すでに65歳以上で無年金の人が、さかのぼって保険料を納めることで25年間という最低加入要件を満たすことが可能となる。

また、25年の受給資格は満たしているものの、保険料の納付期間が短いために年金額が低い人も、保険料を後納することで、将来受け取る年金額を増やすことができる。

納付期間の10年への延長は、当初恒久的な制度として民主党が提案していたが、民主・自民・公明3党協議の結果、3年間の時限措置とされた。この修正案は2010年に国会提出、2011年8月に公布、2012年10月に施行された。よって、10年間の後納制度は2015年9月末日までに限って利用できる。

法案が審議されていた2010年段階で、65歳以上の無年金者のうち、この時限措置によって救済されうる人は最大で8000人と推計されていた(衆議院厚生労働委員会(2010年11月17日)高橋千鶴子議員の質問への答弁[*5])。

[*5] 「納付可能期間延長は時限措置に」『週刊社会保障』No.2606, 2010.11.29

実際にこの後納制度を利用して無年金から脱した人は13,624人[*6]と、制度創設時に想定されていた数を現段階ですでに大幅に上回っている。多くの無年金者がこの制度を利用して過去の分の保険料を支払うことで無年金から脱したことになる。

[*6] 2014年2月25日現在の数値。日本年金機構ホームページ http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=6221

ただし、最大10年間分の後納で無年金から脱することができるのは、すでに15年間の加入記録を持つ人に限られている。無年金者は65歳以上で42万人、65歳未満で76万人と推計されていることから[*7]、この後納制度だけでは、依然として多くの高齢者が無年金のままであることは明らかだ。くわえて、3年間のみの時限つきの制度になったことで、この延長措置自体は無年金対策としては非常に限定されたものである。

[*7] 社会保障審議会2008年7月2日資料中の「2007年12月12日社会保険庁公表資料」 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0702-4c.pdf

ところが、次にみるように、その後の社会保障・税一体改革で年金の最低加入年数を10年に短縮する項目が入ったことで、この改正の持つ意味は当初の意図を超えて大きくなっている。

■受給資格期間の短縮

繰り返すが、公的年金(ここでは障害、遺族年金ではなく老齢年金)を受給するためには、現在は国民年金に25年以上加入していることが必要だ。受給のための最低加入要件である25年の中には、保険料を納付した期間はもちろんのこと、保険料免除や猶予に該当している期間もカウントされる。この25年間を満たせないと無年金となる。

この25年間を満たすために、未納期間の保険料をさかのぼって支払うことを認める、というのが上で見た納付期間の延長措置だった。これに対して、目的の一つとしてセーフティネットの拡充、貧困・格差対策の強化をうたった社会保障・税一体改革において、受給資格期間を25年から10年へ短縮することが盛り込まれた(「年金機能強化法」)。

従来の無年金者対策は、上で見てきたように、免除・猶予制度の拡大と後納期間の延長という手段が中心だったのに対して、今回の25年から10年への短縮は、無年金対策としては思い切った手段である。

ただし、この受給期間の短縮措置によって必要になる新たな支出(10年以上25年未満の加入者に支給する年金の国庫負担分など)は、消費税の増税分を財源とすることとなっている。この期間短縮が実施されるかどうかは、2015年10月に消費税が10%まで引き上げられるか否かに依っている。

また、この受給資格期間の短縮が実現するならば、先にみた、過去10年分の未納期間の後納制度の意味合いもかわってくる。過去10年間の後納が制度化されたのは、まだ受給資格期間が25年のときであったから、それによって無年金ではなくなるケースは8,000人規模に留まると推計されていた。もし受給資格期間の10年への短縮とセットになると、現在、あるいは近い将来無年金になることが確実な人たちも、ただちに10年分の後納制度を利用して保険料を納められれば、無年金ではなくなる。

ただし、10年間分の後納は、2012年10月から2015年9月末日までの時限措置であり、消費税10%への増税を条件とした受給資格期間の短縮が実施されるのはその翌月(2015年10月)から、という、両制度改革の連続性は一切考えられていない。そのため、無年金者が後納制度を利用すべきかどうかは、消費税が10%になるかどうかという不確実な政策決定に依存することになった。

例を挙げて説明しよう。Aさんは、現在無年金の高齢者で、過去に公的年金の加入期間が8年ある。受給資格期間の10年への短縮が実施されることを期待して、後納期間の延長制度を利用し、過去に納付していなかった2年間分の保険料を払ったとする。受給資格期間が10年に短縮されれば、Aさんは2015年に年金権を獲得し無年金から脱する。ところが、もし消費税増税が実施されず、10年への短縮が実施に至らなかった場合には、Aさんは無年金のままで、くわえて、追納した30万円を超える2年間分の保険料は返還すらされない。

後納期間の延長と受給資格期間の短縮という、どちらも無年金者問題の解消を目的とした制度であるが、成立時期の違いと政権交代を含めた政治情勢の変化の影響を受け、相互に整合性のない制度となっている。消費税増税が実施されて受給資格期間が10年に短縮されるかどうかがわからないなかで、無年金から脱するために保険料を後納するかどうか自己決定し、おさめた保険料が無駄になるリスクを負うという、いわば、無年金者にばくちをうたせるような状況になってしまっている。

消費税10%への増税にかかわらず、無年金者をなくす改革を

では、3年間の時限付の後納延長措置と、受給資格期間の短縮措置という、2つの無年金者対策が整合性のない形で実施されている状況をどのように軌道修正すべきだろうか。

ひとまずここで提案したいのは、消費税10%への増税の如何にかかわらず受給資格期間を10年間に短縮すること、あわせて、保険料を納付できる期間の延長措置も一定期間継続することだ。

受給資格期間を短縮すると保険料の納付意欲が落ちるから、という反対意見が根強くあるが、はたしてそうだろうか。老齢基礎年金の満額(2014年現在、月額約6.5万円)は40年間保険料を全額納付した場合受給できるのであり、保険料を納めた期間が10年だけであれば、年金額は満額の4分の1になる。保険料の納付期間が長いほど、将来自分が受給する老齢年金の額は増える。

また、一定期間の保険料納付実績がないと、障害年金も受けることができない。未納の不利益を承知で、10年だけ保険料を払ってその分の老齢基礎年金がもらえればさあ安心、という確信的な未納者というのはいったいどれだけいるのだろうか。

財源の問題はもちろんある。受給資格期間の短縮により、加入期間が10年から25年に満たない人たちが新たに年金を受給できることになると、老齢基礎年金の半分は税金が投入されているから、その分の新たな財源は必要になる。

しかし、もしその人たちが無年金のままで生活に困窮しているなら、生活保護を受給せざるを得ないかもしれない。ここまで制度的に成熟した公的年金をもっていながら、高齢者の生活保護受給者が増えるというのは、年金制度の設計ミスとも言えよう。

また、高齢者本人の側に立ってみたとき、自身が受け取る社会保障給付が年金であるのか生活保護であるのかは、意味あいが異なってくる。公的年金を受給していることを恥ずかしいことだと考えている人はいないだろう。それほど、今や公的年金制度は所得の高低にかかわらず、皆で支えて利用しあう制度になっているからだ。他方で、生活保護受給に対するスティグマは強い。

私自身が生活保護受給に対するスティグマは決して容認できるものではないという立場にある。しかし、無年金者が出やすい公的年金制度の仕組みは放置したまま、スティグマをなくして誰でも受給しやすい生活保護制度をめざす、というやり方は、人口の高齢化が進む日本における低所得高齢者問題解消の方策としては的外れなものだろう。

できるだけ多くの高齢者が生活保護ではなく公的年金を受給するよう制度を改変していくことこそ、高齢者にとって望ましい方向性なのではないだろうか。

プロフィール

田宮遊子社会保障論

1975年生まれ。2005年お茶の水女子大学人間文化研究科博士後期課程単位取得退学。現在、神戸学院大学経済学部教員。専門は社会保障論。著書に『労働再審6 労働と生存権』(共著、山森亮編、大月書店、2012年)、『最低所得保障』(共著、駒村康平編、岩波書店、2010年)など。

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