マルクスによる自由論の「美しい」解決

前回から、カール・マルクスの思想を検討しています。

 

私たちは、リバタリアンの自由論を自己矛盾のないように徹底した結果、本能や欲求や情動や肉体などとしての「生身の個人」を主人公とする自由概念に到達しました。その「生身の個人」の望みが、人間の「考え方」──理性、計画、法令、慣習、ルール、評価、価値観等々のあり方──のせいで妨げられることを、「自由の侵害」とみなすべきだということになりました。

 

前回確認したのは、この立場は、マルクスが、先行するヘーゲル左派哲学やアナーキズム思想から引き継いだ立場にほかならないということでした。特に、ヘーゲル左派のフォイエルバッハは、生身の感性的な人間を主人公とみなしたうえで、社会的な「考え方」(フォイエルバッハのとりあげたケースでは「神」)が、その主人公の自由にならない外的なものになって、かえって生身の人間を抑圧してくることをもって、「疎外だ」と言って批判しました。その「疎外論」のものの見方は、マルクスの全著作に貫く根本的な図式になっています。

 

しかし、「生身の個人」の望むことどうしが矛盾しあったらどうすればいいのでしょうか。互いの生身の実感が理解しあえなかったら、どのように折り合いをつければいいのでしょうか。結局、「生身の個人」を主人公とする自由なんて、万人に等しく実現することなど不可能なのでしょうか。

 

今回は、マルクスがこの「難問」をどのように解決していたのかを見ます。

 

連載『リスク・責任・決定、そして自由!』

 

 

分断されていると媒介者が君臨する

 

マルクスとエンゲルスは、前回見たようなフォイエルバッハやプルードンの立場を引き継いでいるとは言え、フォイエルバッハやプルードンと決別したこともまた、ソ連公式解釈に指摘されるまでもなく、たしかに事実です。そしてそれには、もちろん理由があります。

 

それは、なぜフォイエルバッハの言う疎外が起こるのかということにかかわります。前回もお見せした、マルクスの対語の表を再掲してみます。

 

 

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この表の、A系列がB系列から遊離して君臨してしまうのはどうしてでしょうか。この表の例の多くでわかるように、A系列の概念は、対になっているB系列の概念のいろいろなものの間を取り持って調整する役割をしていることがわかります。

 

一番わかりやすいのは、A系列「貨幣」、B系列「諸商品」の対で、これは説明不要でしょう。A系列「抽象的人間労働」、B系列「具体的有用労働」というのも、これと関係のある同じような話で、違う種類の商品をそれぞれ作っている違う種類の労働が、共通の抽象的な人間労働一般に還元されて相手商品に投影されることで交換されるというわけです。

 

「資本家の専制指揮/マニュファクチュア労働者」の対の場合、B系列の「マニュファクチュア労働者」というのは、工場制手工業の熟練職人です。同じ工場の中で分業が発達して、それぞれの職人が特定の仕事に閉じ込められてしまう。それを媒介して工場全体を仕切るのがA系列の「資本家の専制的な指揮」だというわけです。

 

一番下の「国家/市民社会」の対では、B系列の「市民社会」の中で互いに利己を追って競争しあうブルジョワジーを、上から仕切って全体の利益のための調整をつけるのがA系列の「国家」だという図式になります。

 

他の行の対の多くも同様に説明できます。つまり、生活と労働の現場にいる生身の諸個人どうしは、一人で自給自足しているわけではなくて、互いに依存しあっている。社会全体でのかかわり合いの中でお互いの暮らしを作りあっているわけです。

 

にもかかわらず、B系列にあげたケースでは、こうした諸個人があれこれ特定の分野にしかあてはまらない存在になって、依存関係全体を自分たち自身であらかじめ調整できないようになってしまっています。それゆえ、依存関係全体を調整するための「考え方」が、生身の人間の外に遊離して、全体的なことを有無を言わせず押し付けるほかないことになります。

 

つまり、諸個人が依存関係でつながりあっているにもかかわらず、お互いバラバラになって示し合わせがつかないことが、疎外が起こる原因だということになります。

 

『ドイツ・イデオロギー』では、「分業」が疎外の原因であるとされています。(注1)「分業」というのは、単なる仕事の分担ではなくて、特定の専門分野に固定化されてしまうことですが、後年の『資本論』でも、社会にとっての分業のメリットは、あくまで単純な協業のメリットからくるのであって、分業そのものはネガティブなものだと評価されています。(注2)

 

(注1)例えば、『マルクス=エンゲルス全集』(以下MEW), Bd. 3, s. 75, 540. 田上孝一「マルクスの人間観──「全体的存在」としての人間」(田上孝一、黒木朋興、助川幸逸郎編著『〈人間〉の系譜学──近代的人間像の現在と未来──』東海大学出版会、2008年、第5章)でも、この点が詳しく文献考証され、分業の克服がマルクスの未来社会展望のキーがあることが論証されている。

 

(注2)『資本論』からの詳しい引用については、拙稿「未来社会の条件としての不本的人間の形成」、基礎経済科学研究所編『未来社会を展望する──甦るマルクス』(大月書店、2010年)、42-47ページに載せたので参照のこと。

 

専制政治が成り立つのも媒介者だから

 

先ほどの表以外の例で、マルクスやエンゲルスのこの理屈がわかりやすいケースには、絶対王政や、ボナパルティズムや、古代オリエントの専制君主制を説明した議論があります。

 

絶対王政というのは、18世紀あたりのヨーロッパの絶対権力を持った王様の支配のことですが、これは、古い封建領主の力が衰え、新しくのし上がってきたブルジョワジー(実業家)の力が強くなって、この二つが勢力拮抗したときに、両者を媒介するものとして君臨したのだとされています。(注)

 

(注)例えば、エンゲルス『家族、私有財産および国家の起源』MEW, Bd. 21, s. 167.

 

ボナパルティズムとは、19世紀半ばのナポレオン3世の独裁のことですが、これは、資本家階級の力がまだ盤石ではないのに、労働者階級の力が強くなって両勢力が拮抗し、さらに互いに連絡のないバラバラな小自営農民が全国に膨大に散らばっているときに、これらを媒介したものとして説明されています。(注)

 

(注)同上。マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』MEW, Bd. 8, s.194-198.

 

古代エジプト等の大河文明の専制君主の支配の根拠は、互いにバラバラで、ときには言葉も風習も違う、小宇宙のような小さな共同体に人々が閉じ込められて暮らしている時代に、大河の灌漑という、それらの小共同体を超えた広い動員を組織するために出現したものとされています。(注)

 

(注)拙著『近代の復権』75ページ、注48に出典指示。

 

マルクスの知らない日本の歴史で似た例を探せば、平安時代末期に、それまで有力公家の合議で政治が執られていたのに、それに替わって、引退した天皇が専制君主となって天下を治める「院政」という政治体制が出現しました。これも、没落する公家階級と、のし上がって力をつけてきた武士階級の勢力が拮抗したので、両者のバランスの上に立って君臨することができた権力だということが言えます。

 

いずれも、依存関係でつながりあった人々の間で分断があるとき、それを媒介するために、依存関係全体を司る「考え方」は、人々の自由にならず、外から一方的に押し付けられるものになる──このような、疎外発生の原因論で説明されます。

 

 

「苦しんでいるから」では次の社会の主人公になる根拠にならない

 

では疎外をなくすにはどうすればいいのか。すなわち、生身の個々人の望むことが、「考え方」によって妨げられることなく、自由であることが、どのようにしたら万人に等しく実現できるのでしょうか。

 

疎外の原因についての上の説明を思い出せば、答えはすぐ出ます。依存関係につながりあった人々が、互いに特定の分野にだけとじこめられることなく、依存関係を直接調整しあえるようになることです。しかし、依存関係の広がりが地球的規模になり、数えきれない人々がその中に巻き込まれているとき、そんなことは可能なのでしょうか。

 

これに対する答えこそが、マルクスやエンゲルスにとって、フォイエルバッハやアナーキストからの大きな飛躍だったのだと思います。

 

マルクスと言えば、資本主義から社会主義に世の中が変わると予言しただけでなく、その変革の担い手は労働者階級だと名指ししたことは、誰でもご存知のことと思います。雇われて賃金をもらって働く人たちのことですね。しかしどうして労働者が社会を変える主人公になると言えるのでしょうか。「資本主義のもとで搾取されて苦しんでいるから」と言われれば、なるほど昔はそう言われて納得した人もいたんだろうなと思います。

 

こういう理解だったから、ひところのように、雇われて働く人がみんなある程度豊かになったら、先進国の労働者に絶望しちゃって、社会を変える担い手は、虐げられたマイノリティだとか、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの被抑圧民族だとか、「サバルタン」だとかと言い出す人が出たり、そうかと思うと、不況が続いてまたぞろ貧困やブラック企業で苦しむ人が増えたら、「チャ〜ンス♥」と不謹慎に微笑んだりする人がでるのも当然の成り行きでしょう。

 

しかしですよ。これまで起こった社会変革の例を思い返して下さい。

 

マルクスの唯物史観の周知の「公式」では、古代奴隷制の社会はやがて発展のすえ封建社会にとって替わられ、封建社会はやがて発展のすえ資本主義社会にとって替わられることになっていました。

 

さて、奴隷制社会には被支配階級として、奴隷主による搾取と抑圧に苦しむ奴隷がいました。では、奴隷制を倒して次の封建社会を作った主人公は奴隷だったでしょうか。封建制社会には被支配階級として、領主階級による搾取と抑圧に苦しむ農奴がいました。では、封建制を倒して次の資本主義社会を作った主人公は農奴だったでしょうか。

 

そうではなかったですね。奴隷制を倒して封建制を作ったのは、奴隷制自体を構成する階級のどれでもなくて、次の封建制の萌芽を担っていた新興の地主階級でした。封建制を倒して資本主義を作ったのは、封建制自体を構成する階級のどれでもなくて、次の資本主義の萌芽を担っていた新興のブルジョワ階級(商工業実業家)でした。

 

そうだとすると、「資本主義のもとで搾取されて苦しんでいるから」というだけでは、労働者が資本主義を次の社会に変える変革の主人公になるという根拠にはなりませんよね。奴隷制や封建制のパターンにすなおに則るならば、資本主義を変えるのは、資本主義を構成する資本家でも労働者でもどちらでもなくて、資本主義の中に芽生える次の社会の萌芽を担う新しい階級だということになりはしませんか。どうしてそうならないのでしょうか。

 

あくまで労働者階級を変革の主人公に指名するのであれば、労働者は、古代の奴隷や封建制下の農奴とは違う、何か特別の性質を持っていると言えなければなりません。しかも、資本主義を倒して次にくるのが、新手の階級社会ではなくて、今度こそ階級のない社会、つまり人が人を支配することのない社会であると言えるためには、資本主義の社会システムが、奴隷制や封建制にはない、何か特別の性質を持っていると言えなければなりません。【次ページにつづく】

 

 

 

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