終わりの始まりか、始まりの終わりか ―― アベノミクスの今後

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概要

 

2013年5月23日に日本株式市場は激震に見舞われ、日経平均株価指数が(前日終値ベースで)約1100円以上も下落した。これはアベノミクス「終わりの始まり」を意味するのだろうか?

 

まず本稿ではアメリカで実行されたニューディールを振り返り、今回の急落はアベノミクスの「始まりの終わり」を意味するに過ぎないことを確認する。さらにリフレーション政策による雇用回復と賃金上昇を伴う景気回復が今後実現していくこと、また回復を妨げないため消費増税の延期を考慮すべきことを論じる。

 

 

激震の様相

 

5月23日木曜日、午後のゼミが終わり研究室に戻ろうとしたとき(2時半過ぎ)筆者をゼミ生が呼び止めた。

 

「矢野先生、日経平均がものすごく下がっていますが、何かあったんですか?」

筆者は携帯電話で株価情報にアクセスして、すでに1000円近く日経平均株価指数が下落していることを確認した。そのゼミ生はつづけた。

「矢野先生、アベノミクスはもうダメなんじゃないですか?」

それに対して筆者は少し笑いながら

「アベノミクス −−私はリフレーション政策(以下、リフレ政策)と呼んでいるけど−− は別に終わったりしないよ。そもそも株価の上昇は副産物にすぎないしね。」

そう答えた後、筆者はこうつづけた。

「しかし、本当にニューディールそっくりだね。」

 

 

ニューディールの経験

 

アメリカは、1929年から1933年までにGDP(国民総生産)が約25%低下し、失業率は約25%に上昇した。この急激な景気後退は大恐慌という名で広く知られているが、その悲惨な経済状況からの回復はフランクリン・ルーズベルト大統領によって実行されたニューディール政策よると考えられている。その経験は現在でも多くのことをわれわれに教えてくれる。

 

ニューディールではさまざまな政策がほぼ同時に実施されたため、どの政策が大恐慌からの脱出にもっとも効果的であったのか(もしくは脱出を阻害したか)についての議論が現在もつづいている。ケインジアンなら財政政策が効果的であったと主張するだろうし、マネタリストならマネーストック(マネーサプライ)が重要だったと主張するだろう。しかし、それらの議論とは別に「ニューディールがどのように進行したか」については議論の余地なく過去の「歴史的データ」が教えてくれる。

 

ニューディールによる大恐慌から脱出は少なくとも以下のような3つの段階を踏んで進行している。

 

(1)株価や為替レートの急激な変化(株高とドル安)

(2)それらの急激な変化の終了後、実体経済の回復

(3)1937年の金融・財政引き締めによる景気後退

 

このように歴史を振り返るとニューディールはかなり複雑な経緯を経て進行したことが分かる。

 

それぞれの段階をデータで確認してみよう。

 

まずダウ・ジョーンズ工業平均株価指数(以下、ダウ平均)を見てみよう。図1で背景が灰色になっている部分が大恐慌時の、背景が白色になっている部分がニューディール時のダウ平均を表している。

 

 

スライド1

 

 

図1を見れば分かるように、ニューディール開始直後からダウ平均が急激に上昇しているが、その「急激な上昇は数ヶ月程度しかつづかなかった」ことが分かる。さらに1933年半ばから1935年末まで、ダウ平均は一進一退をつづけたことが分かる。また、ダウ平均は上昇したものの、大恐慌時の急激な下落に比較すれば、その上昇率は弱々しいものだったことが分かる。

 

「(1933年半ば以降)株価が一進一退した」ニューディールは失敗なのだろうか? もちろんそうではない。ニューディールが成功したことは、世界史の教科書にも掲載され、現在では広く知られている。

 

「ニューディールが成功したかどうか」を確認するために、アメリカの実質GDPについて確認してみよう。図2を見れば分かる通り、1933年3月のニューディール開始後、1937年まで順調に実質GDPが増加していることが分かる(1937年の下落については後述する)。さらにこのグラフは、株価の停滞は実体経済回復の妨げとはならないことを示唆している。

 

 

スライド2

 

 

つまり、ルーズベルト大統領就任直後から、(1)株価の急激な上昇が数ヶ月に渡ってつづき、(2)その急上昇が一服した後は実体経済の回復が1937年までつづいたことになる。それは言うまでもなく雇用の回復も伴うものであった。

 

本来、ニューディールが目指したものはデフレからの脱却と景気回復であり、株価上昇はその副産物にすぎない。ホール・ファーグソン(2000)はわざわざ第9章の1節を割いて、ニューディールの目標は(1)デフレを阻止し、適度なインフレおこすこと(リフレーション)、(2)失業を減らし、(民間と政府の)支出を増やすことであったと述べている。

 

冒頭の「(アベノミクスは)本当にニューディールそっくりだね。」という筆者の感想は以上の歴史データにもとづいている。実際、昨年末からのアベノミクスに伴う日本経済がたどってきた経過は、驚くほどニューディールに似ている。【次ページにつづく】

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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