中学生の「偽装数学嫌い」を見破り、救出する

アンケート調査の問題点

 

中学教師:ちょっと、(授業の前に市の教育委員会から頼まれた)アンケートをやってくれ。ささっと、答えてくれていいから。

生徒A:えー、また? ねえ、これ先生も見るの?

教師:見ない見ない。だから、正直に答えるんだぞ。

生徒A:(そんなこと言って、見るくせに。)

 

中学校などでは、生徒の実態をつかむために、アンケートを実施することがある。教育委員会からの指示であったり、学校教育の研究をしている全国の大学研究者からの依頼であったり、あるいは、校内で起こった問題に対する調査として学校自らが行うものもある。

 

誰でも簡単に実施できるものであるため、依頼する方も気軽に実施を要請してくる。こうしたアンケートは回答者が正直に質問に答えることを暗黙の前提にしている。少しくらい答えにくいものであったとしても、匿名で回答させれば、本音を答えてくれるだろうと考えているようである。

 

しかし、中学生にもなれば、このアンケートを誰が見るのか、などを考えずに回答するはずがない。生徒が無邪気に本心を回答してくれると考えるのはあまりに虫のいい話である。普段からノートの提出などをしている生徒の回答は、無記名でも筆跡で誰が書いたかは教師にはすぐわかるし、多くの生徒もそれを知っている。たとえ匿名で回答させたとしても、生徒が本心を答えるとは限らないのである。

 

ところが、一般にはそうした「虫のいい」前提がまかり通っている。実施されたアンケートの多くは、何らかの形で公表されるわけだが、回答者が本心を答えているのかどうかの吟味がなされたものはめったに目にすることはない。

 

たとえば、数学の学力や意識に関する調査、つまり「アンケート」も、国際的に行われてきており、国際教育到達度評価学会が実施した「国際数学・理科教育動向調査の2011年調査(TIMSS2011)」の結果では、「数学の勉強が好きだ」と回答した中学生の割合は39%にすぎず、国際平均の66%を大きく下回ったという結果が話題となった。国内の調査でも、平成26年度全国学力・学習状況調査質問紙調査の結果によると「数学の勉強は嫌い」と回答した生徒は42.8%にも達するという。

 

一方で、同じTIMSS2011で調べられた日本の中学生の数学の学力は、42カ国中5位と毎回上位をキープしてきている。つまり、この調査によれば、日本の中学生は「数学は嫌いだが学力は高い」ということになる。ここで、学力は実態を正しく反映していると考えることにする。なぜなら、わかっている子どもが、わざと間違えたり解答をしなかったりすることはできても、わからない子どもが「わざと正解を書く」ことは不可能だからである。

 

しかし、「数学が好きかどうか」の質問には嘘の回答をすることができる。本当に、日本の中学生は4割もが数学を嫌っているのだろうか? あるいは、世界の子どもたちは本当に7割もが数学の勉強が好きなのだろうか?

 

 

問題の解決のための工夫と集団式潜在連想テスト

 

人の心を研究する心理学の領域でも、アンケートは「質問紙法」として、主要な研究手法とされてきた。ただし、心理学者は早くから質問紙法の弱点に気づいていて、その解決のためのさまざまな工夫をしてきた。よく知られているものとしては、回答者が嘘を答えていないかを検出するための「嘘検出問題」を密かに質問の中に混ぜておくという方法がある。(ここでは、他の手法については「企業秘密」としておきたい。)

 

質問紙法の弱点は回答者が意図的に嘘をつくことだけではない。回答者は知らず知らずのうちに、善人としての回答をしがちであり、アンケートの実施者にとって望ましい回答をすることが多い。たとえば、セミナーの終了時に実施されたアンケートに、ほとんどの参加者は「有意義だった」「また参加したい」と回答するのが普通である。こうした「社会的望ましさ」による回答の歪みは、回答者が意図的に嘘をつく場合よりもむしろ解決が困難である。なぜなら、回答者自身にも回答を歪めている自覚がない場合が多いからである。

 

回答者が自覚できないことを答えさせることができないことは質問紙法の根本的な問題点である。そこで、心理学者は質問紙以外の方法で、本人も自覚できないような無意識をあぶり出す方法の工夫もしてきた。インクのシミを見せて何に見えるかを答えさせるロールシャッハ検査は、その一つであり、一般の人でもその名前くらいは聞いたことがあるだろう。しかし、ロールシャッハ検査で、「数学が好きか嫌いか」についての生徒の無意識的側面を調べることはできない。困った。

 

そこで、アメリカの社会心理学者グリーンワルドらが開発した「潜在連想テスト(IAT)」はこの問題の解決法として期待できる。IATは、言葉の意味処理にかかる微細な時間を測定するという認知心理学の成果を応用したもので、言葉や写真で提示される特定の概念が、潜在的に肯定的に処理されるか否定的に処理されるのかを検出することができる。

 

たとえば、特定の言葉が、「成功」「勝利」などの良い意味の言葉の仲間であるかどうか、「失敗」「敗北」などの悪い意味の言葉の仲間であるかどうかを瞬時に判断させると、普段から好意的に捉えている事物の場合は前者の判断の方がわずかに速くできることが知られている。これを逆に考えると、判断に要する時間をミリセカンド単位で計測することで、特定の事物に対する好悪がわかることになる。

 

具体的には、パソコン画面に「数学」という言葉を提示し、良いことが悪いことかを素早く判断してキー押しをするよう求める。もし「数学」を良いことと判断する場合の方が速いことがわかれば、その生徒は数学を肯定的に捉えていることがわかるというわけである。

 

ここで重要なことは、好きか嫌いかを意識的に回答するのではなく、瞬時の判断が求められるため、嘘がつけないことである。意図的に判断を遅らせることはできても、判断を速めることはできない。意図的に遅らせたキー押しは、瞬時の判断の遅れとは大きく異なる。

 

それでもまだ解決すべき問題が残る。普通の中学校で生徒たち一人一人にパソコンを用意してIATを行うことは難しい。通常のアンケートのように、授業時間の一部を使って簡単にできるものでないと、学校での調査はできない。そこで、こうした問題点を解決するため私たちが開発したのが「集団式潜在連想テスト」(図1)である。

 

集団式潜在連想テストは、IATと同じ原理に基づきながら、紙と鉛筆だけで実施できるような改良がなされている。さらに、学校のクラスなどで一斉に実施でき、実施時間も5分程度と短いため、アンケート調査との併用もできる。

 

 

図1 集団式潜在連想テストの概念図

図1 集団式潜在連想テストの概念図

 

 

集団式潜在連想テスト用紙には、「成功」「勝利」のように肯定的な単語と「失敗」「敗北」のように否定的な単語が数行にわたって印刷されている。まず、肯定的な単語には○印を、否定的な単語には×印をできるだけ速くつける練習行を実施する。次の行からは、調査対象となる単語(「数学」)が含まれている。

 

これを行ごとに、「数学」に○をつけるかと×をつけるかを指示し、各行20秒間での遂行数を数えるという単純なものである。生徒が「数学」を肯定的に考えている場合には、○をつける肯定課題の方が×をつける否定課題よりも速くできるので、一定時間での遂行数は肯定課題の方が多くなる。そこで、肯定課題の遂行数から否定課題の遂行数を引いて差が「数学」に対する潜在的な指標となるわけである。

 

 

「偽装数学嫌い」生徒の検出

 

さて、準備はできた。私たちはこの「集団式連想テスト」と従来のアンケートとを併用して、中学生の「数学」に対する潜在的イメージと意識的な回答との違いを調べてみることにした。長野市の公立中学校の3学年すべての生徒、計約300名(男女ほぼ半々)を調査対象とし、比較のために「理科」についてもまったく同じ手続きで、各学年1クラス分(計約100名、男女ほぼ同数)の調査を行った。

 

好き嫌いを直接に答えさせるアンケートでは、「好き」と回答した者が4割強、「どちらでもない」が2割弱、「嫌い」が3割弱となり、ほぼ従来の調査結果と同様であった。「理科」は「好き」の回答が7割近かった一方、「どちらでもない」「嫌い」はそれぞれ1割程度と少なく、理科よりも数学の方が嫌われていることも従来通りの結果であった。

 

一方、今回新たに導入した「集団式連想テスト」の結果は、平均から大きく逸脱した23名と、好悪の判定が困難な境界付近の24名を除くと、数学を肯定的に捉えている者が7割以上もいることがわかった。否定的に捉えている者は約2割にすぎなかった。理科の結果もほぼ同様であった。

 

この結果を、クロス集計してみると(図2 参照)、アンケート調査では「数学が嫌い」と回答していた生徒でも、その75%が、潜在意識では数学に対して肯定的であることがわかった。これらの生徒は、本当は数学をそんなに嫌っているわけではない(潜在意識では肯定している)のに、「数学嫌い」を偽装しているのではないだろうか。

 

 

図2 数学・理科の好き嫌いと潜在的肯定・否定の割合

図2 数学・理科の好き嫌いと潜在的肯定・否定の割合

 

 

なぜ偽装するのかはいろいろな可能性が考えられるが、ここではこうした生徒を「偽装数学嫌い」と考えることにする。こうした生徒は調査対象となった中学生全体の20.1%存在していて、女子生徒の方が多い。一方、「理科が嫌い」と答えた生徒では潜在意識の好悪はほぼ半々となり、「偽装理科嫌い」が疑われる生徒は全体の4.9%しかいなかった。【次ページにつづく】

 

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