フランスの共和主義とイスラームの軋轢から「市民性教育」について考える

最近、市民性教育(education for citizenship, citizenship education) について注目が集まっており、日本でも学校で、法教育や民主主義を学ぶための市民性教育が取り入れられつつある[*1]。

 

ヨーロッパでは欧州統合の進展と移民の増大に対応しつつ、平和で民主的な社会を維持・発展させるために、欧州評議会(Council of Europe)の民主的市民性教育(Education for Democratic Citizenship, EDC)というプログラムが行われている。2013年7月に加盟したクロアチアを含むEU28か国すべてが欧州評議会に加盟しており、EDCと同じ理念の市民性教育がそれぞれの国で行われているが、その内容は国によって異なる。それは国ごとに国籍法が異なるように、市民(citizen)や市民性(citizenship)の考え方が異なるからである。

 

フランスでも、EDCと同じ方向性の教育、すなわち人権や民主的市民性を重視し、知識だけでなく行動を通してそれらを育む教育活動や、学校というひとつの共同体の生活の中で責任感のある市民を育てるための活動が行われている[*2]。これに加えてフランスでは、共和国憲法にも理念として掲げられている非宗教性(laïcité、ライシテ、脱宗教性)を学校でも保障している点が特殊で、公共の場で非宗教性を守る市民の育成が目指されている。

 

ところが、現在のフランスでは非宗教性が守られない事態がおきて問題となっている。それは、国内に多くのムスリム人口を抱え、公私の区別なく信仰を示す彼らが、公共の場でもそれを通そうとしたときに非宗教的な価値と衝突してしまうことが主たる原因である。

 

なぜフランスにムスリムが多いかというと、移民社会だからである。第二次世界大戦後、北アフリカの旧植民地諸国から労働者を大量に呼びこんだ結果、非ヨーロッパ的文化や価値観、イスラームを信仰する移民が定着している。

 

国籍法によれば、フランス生まれであれば外国人でもフランス国籍を取得することができ、外国人の帰化も容易である。ところが現実には、たとえフランス生まれであっても、そしてフランス国籍を取得しても、一般市民から「移民」として認識されてしまう。そのため、フランスに何年も定住している者でも「移民」と呼ばれるのだ。

 

さらに、「移民」を識別しやすい社会環境がそれを加速させている。大量の外国人労働者を受け入れたものの住宅供給が間に合わず、国が大都市郊外に団地を急いで造成し、家族世帯を低家賃で住まわせた。しかし移民人口が増加するにつれ、白人フランス人が団地のある地域から退去していった。そのため「移民」だらけの団地(cité、シテ)――「都市」(cité、シテ)とは名ばかりの閉じ込められた空間――となってしまい、ゲットー化が進んだ。現在では、治安の悪化や犯罪の温床という負のイメージや、ムスリムや北アフリカの旧植民地出身者が集住していることから、この団地はフランスの中の「異国」の様相を呈している[*3]。

 

このようにフランスでは、すでに長期間フランスに滞在し、子どもも生まれ、教育を受けて成人し、フランス国籍ももっているのに、「移民」と呼ばれ、外見、名前、住所によって就職差別や人種差別にあっている人々と、フランス社会との間で軋轢が生じている。

 

そうした中で、移民の社会統合の難しさを表したのが「スカーフ問題」である。1989年にパリ郊外の公立学校に通うムスリムの女子生徒がイスラームのスカーフ(ヒジャブ)を被って授業をうけることが、非宗教性に反するとして問題となった。以来、教育現場で10年以上くすぶり続けてきたのだが、ついに国会で学校における宗教的標章の着用を禁止する法律が2004年に可決され、学校からスカーフが排除されることになった。

 

これは、学校という公共の場に顕在化したイスラームを、非宗教的な共和国がその理念に反するということで強制的に排除した事件であった。この間いかに市民を育成するかが課題となり、市民性教育もライシテを明言する内容になっていった。

 

スカーフ問題やライシテに関しては社会学者や教育学者による先行研究が多数あるが[*4]、ライシテを市民性教育でどう教えているのかを示したものは管見の限りではない。筆者は「フランス共和制と市民の教育」について近藤孝弘編『統合ヨーロッパの市民性教育』(名古屋大学出版会、2013年)で論じた。本稿では共和主義とイスラームの軋轢についてさらに踏み込み、非宗教性であるがゆえに社会統合の場となってきた学校で、人権や民主的市民を育てる市民性教育に力をいれているのに、イスラームを排除しようとしているという矛盾を指摘しながら、市民性教育がめざす「市民」とは何かについて考えてみたいと思う。

 

[*1]お茶の水女子大学付属小学校など個別の学校における実践や、日本弁護士連合会の活動があげられる。

 

[*2]François Audigier, Project “Education for Democratic Citizenship”, Basic Concepts and core competencies for education for democratic citizenship, Council of Europe, Strasbourg, 26 June 2000; François Audigier, L’éducation à la citoyenneté, 1999, INRP.

 

[*3]フランスの旧植民地出身の移民については「共和国の原住民」という運動がある。この用語に、「共和国」と、国内に住む植民地出身でフランス人とは区別されている「原住民」という微妙な関係を見出せることから、「原住民」の集住している地域はフランス人にとってはおそらく「異国」なのだと考える。

 

[*4]例えば、ジャン・ボベロ『フランスにおける脱宗教性の歴史』三浦信孝・伊達聖伸訳、白水社クセジュ文庫、2009年、ジョーン・W・スコット『スカーフの政治学』みすず書房、2012年、藤井穂高「現代フランスにおける公教育と宗教」『フランス教育学会紀要』、第18号、pp.59-68、2006年など。

 

 

 

 

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