『映画で学ぶ憲法』――アパルトヘイトの記憶が刻まれた南アフリカ憲法

■憲法とは何か――国際社会が凝視した国家建設・憲法制定 / 江島晶子

 

 

憲法とは何か:1996年南アフリカ憲法

 

1996年南アフリカ憲法は、世界の憲法のなかでは新参者だが、それだけに斬新な内容をもつ。

 

たとえば、情報に対する権利、環境に対する権利(日本国憲法中にはない)。他方、水に対する権利、住居に対する権利と、これまた生存権(25条)しかない日本国憲法ではお目にかかれない具体的権利が存在する。なかでも白眉は、前文である(日本国憲法の前文と比較してほしい)。

 

 

「我々南アフリカの人民は、過去の不正義を認め、この地で正義と自由のために苦難に耐えた人々を称え、この国を建国し、発展させるために働いた人々を尊敬し、南アフリカはそこに住む全ての人々に属して…いることを信じている。したがって、自由に選挙された我々の代表を通じて、共和国の最高法としての憲法を採択し、以下のことを実現する。過去の分断を解消し、民主的価値、社会的価値および基本的人権に基づく社会を確立すること。政府は人民の意思に基づき、すべての市民が法によって平等に保護されている…こと。国家の集まりの中で主権国家としての正当な地位を占めることができる…南アフリカを建国すること。(以下略)」

 

 

黒字で強調した部分が注目ポイントだといってもぴんとこないだろう。南アフリカの人々にとってそれがどんな意味を持つのか、そして、憲法とは何かを考えさせてくれるのが、映画『遠い夜明け』である。この映画は南アフリカのアパルトヘイト政策がもっとも苛烈だったときに、これに立ち向かった黒人活動家ビーコウと彼に出会って目を開かされた白人ジャーナリストのウッズの物語である。

 

黒人(そして一部の白人)たちの運動を抑圧するためにどんな手段も厭わない警察は、黒人を動かす力のあるビーコウを何とか逮捕しようとする。白人であるウッズさえ南アフリカにいられない。映画のエンディングでは、警察による拘束中に死亡した人々の名前が、警察発表の死亡原因とともに流れる。自殺、階段から転落、シャワールームで転倒、自然死、原因不明……。ビーコウは、生前ウッズに告げた。自分が警察に拘束され後に当局からビーコウは自殺したという発表があったら、警察によって殺されたと思ってくれと。正義と自由のために苦難に耐えた人々とは、こうした人々、ビーコウやウッズのことである。

 

 

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アパルトヘイトはどうして可能だったのか?

 

前述の憲法前文にいう「過去の不正義」とは、アパルトヘイトのことである。アパルトヘイトとは、白人とそれ以外の人種を分断する人種隔離政策である。たとえば、白人と黒人の交際や結婚は禁じられ、黒人の居住地は限られ、他の場所で働くには許可証(自分の国なのに!)が必要である。南アフリカは人口の15%でしかない白人のものである。選挙権は白人だけ。法で保護されているのは実際には白人だけ。これを聞けば誰もがそんなのはおかしいと考えるだろう。

 

アパルトヘイトは、昔からある古い制度で、文化や歴史と結びついていて、改革・撤廃するのがむずかしいのだろうか。民主主義や法の支配が、議会や裁判所が存在しない国なのだろうか。答はいずれも否である。確かに南アフリカに根強い人種差別は存在したが(詳細は、映画『ガンジー』の冒頭シーンを見てほしい)、アパルトヘイトが法的に強化されるのは、第二次世界大戦後、1948年に南アフリカに国民党政権が誕生した後である。奇しくも、ホロコーストを経験した国際社会が、人権はもはや「国内問題」ではなく、「国際社会の問題」であることに同意し、「世界人権宣言」を制定した年である。国際人権規約(1966年発効)、人種差別撤廃条約(1969年発効)と、人権が国際社会の標準になっていく傍らで、南アフリカでは、雑婚法(1949年)、人口登録法(1950年)、集団地域法(1950年)、背徳法(1957年)と、人々を政治的、経済的、社会的に分断する法的仕組みを法律によって構築していった。

 

では、南アフリカに住んでいた白人は、時代錯誤の、とんでもない人種差別主義者なのか。白人は、こうした状況に疑問をもたなかったのか。映画の冒頭シーンはこの状況をうまく伝える。黒人は自分のホームランド以外の地域に移動するにはパスが必要である。しかし、ホームランド(多くは不毛の地)には仕事がないので食べていけず、仕事を求めて都市に移動する。こうした人々は都市のはずれにスラム街を作って生活している(政府から見れば不法占拠者であり、水道や電気といったインフラは存在しない)。

 

映画は、スラム街の朝の静けさが、突然、警察の強制的な追い出しによって破られるところから始まる。警官が容赦なく黒人たちを家畜のように追い立て、掘立小屋をブルドーザーでつぶしていく。子どもだろうが女性だろうが一切手加減しない残虐非道なシーンは本当に耐え難い。これをみておかしいと思わない人はいないだろう。すると、突然、映画のシーンは静かな寝室に転換し、ラジオにスイッチが入る。英語のニュース「公衆衛生のために、警察当局は、警告を発した後に、不法居住区から労働許可証を持たない居住者を立ち退かせた。誰もが、抵抗せず自発的に従った」。これが、多くの人々の知る「事実」である。

 

本来、市民に情報を伝えるジャーナリストであるウッズ自身も、当初はビーコウのことを、白人に対する憎悪を黒人の間に煽る危険な存在とみなしていた。ジャーナリストならば、実際に本人に会って話を聞いてもよさそうなものを、そうはせずに判断していたのであるから、ジャーナリストではない白人一般市民が、どのように事実を把握していたのか推して知るべしである。ウッズを含め白人たちは、自分たちの表現の自由が制約されているとは思っていない。だが、その表現の自由は、あくまでもアパルトヘイト体制下での自由で、そのことに気がつくのは、体制に強い疑問をもってからである。

 

 

偏見・差別からどうやって自由になるのか

 

映画の前半は、黒人ビーコウと白人ウッズの出会いから始まり、互いに信頼関係を築き、心を開きあっていくプロセスが中心である。ウッズは、リベラルな考え方を持った良心的ジャーナリストだが、決して活動家肌の人間ではない。プールつきの家や住み込み黒人家政婦のサービスを享受している。だからこそ、このプロセスに意味がある(映画の随所で交わされる2人の会話は、ウッズが後に執筆した『ビーコウ』という著作にもとづく)。黒人たちが黒人居留区(タウンシップ)でどのような生活をしていて、どんなことを考えているのか知ることがなかった白人が、実際にそこを訪れ、会話して、白人とか黒人とかではなく、「人」として魅了されていくプロセスである。

 

ウッズは、最初のうちはおっかなびっくりで落ち着かないが、扇情的な黒人至上主義者とは正反対のビーコウの魅力的な人柄、ユーモアのセンスに打ち解けて、お互い質問を自由にぶつけ合う。このシーンのポイントは、映画を観る者が自分をウッズの立場におき、黒人たちの考えを知っていくことである。

 

このシーンが、親密なコミュニケーションは心の垣根を低くするという過程を表しているとすると、サッカー場でのビーコウの演説は別のプロセスを象徴的に示している。サッカー競技場では、選手が試合前のウォーミング・アップをしている。そこにビーコウがどこからか現れて演説をする。そこにいる大勢の黒人が固唾を呑んで聞き入り、拍手とともに共感を示す。多数人がある意見に共感している場面に立ち会い、新たに意見の賛同者になり、漠然と持っていた疑問が裏付けられ自分の確信が強まっていく過程である(集会の自由の意義が感じられるシーン)。この演説を聴いた白人ウッズも思わず拍手している。

 

 

 

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