スコットランドで何が起こっているのか――民族とアイデンティティを超えた独立運動

イギリス[*1]北方のスコットランドは、UKからの独立を問う住民投票を間近に控えている。

 

2012年にUK・スコットランド両政府間で住民投票開催が合意され、独立賛成派と反対派がキャンペーンを繰り広げてきた。独立賛成・反対への支持は、2013年末~2014年初頭に若干賛成派が伸びを見せたものの、一貫して賛成3割強、反対5割弱程度で推移し、スコットランドはUK内にとどまるものと思われてきた。

 

しかし8月に入り、独立への支持が急速に伸び始め、最新の世論調査では賛成派が過半数を超える[*2]など、状況は刻一刻と変化している。スコットランドの独立が俄かに現実味を帯びてきているのだ。

 

いったい何が起こっているのか。何がスコットランド人を独立支持に傾けさせているのか。日本の主流メディアは世論調査の動向、著名人による支持・不支持の表明等は報道するものの、独立運動の本質を詳細に捉えた分析的考察はなされていない。

 

一方、「シノドス」で掲載された住民投票の考察は、住民投票にいたる過程を詳細に示しているが、反対と賛成を基本的に経済とアイデンティティという枠組みで捉えており、その他の主要論点とより重要な運動の拡大は説明されていない[*3]。本稿では、アイデンティティを強調した観点ではなく、住民投票をめぐる運動を民主主義の刷新として理解し、これまで日本では伝えられていない独立運動の側面を紹介するとともに考察したい。

 

 

図:Financial Timesによる世論調査の動向。Financial Timesのサイト[*2]より筆者作成。

図:Financial Timesによる世論調査の動向。Financial Timesのサイト[*2]より筆者作成。

 

 

[*1] 本稿では、The United Kingdom of Great Britain and Northern IrelandをUKと略称することにする。

 

[*2] 9月2-5日に行われたYouGovの世論調査では、賛成派が51%、反対派が49%となった(「どちらかわからない」回答を除く)。http://yougov.co.uk/news/2014/09/06/latest-scottish-referendum-poll-yes-lead/

世論調査のトラッカーは http://www.ft.com/cms/s/0/2a5bdce0-c4a4-11e3-b2fb-00144feabdc0.html

 

[*3] 「分離独立」を問うスコットランド住民投票――「暮らし向き」か「アイデンティティ」か?小舘尚文 / 比較社会政策 http://synodos.jp/international/7439

 

 

「民族」・「アイデンティティ」という誤解

 

住民投票に関する日本における報道や発言で最もよく目立つのが、「独立運動=ナショナリズム=民族的アイデンティティの確立」という視点である。そうした考えによると、スコットランドが独立を目指すのはナショナリズムであり、独立運動の根底には、スコットランド人のアイデンティティないしは民族意識の確立という願望がある、ということになる。

 

この見方がよく現れているのが、独立運動を牽引するScottish National Party(SNP)の訳語として「スコットランド国民党」ではなくいまだに「スコットランド民族党」が使われていることである[*4]。

 

[*4] NHK、また朝日、毎日、産経、読売等の大手新聞がスコットランド民族党と訳している。

 

SNPはかつては保守色が強く、いわゆるスコットランド人の民族意識を押し出しての独立を党是とすることもあり、「タータン・トーリー[*5]」と揶揄されたこともあった。しかし21世紀に入り党としての性格を大幅に変え、今では手厚い社会福祉、反核兵器、再生可能なエネルギーなどを推進する中道左派寄りの政党として生まれ変わった。

 

[*5] トーリーとは保守党のこと。

 

一方で現在のSNPの独立論の根拠は、スコットランドに住む人間がスコットランドを統治するべきだという簡潔なものであり、そこにいわゆる民族あるいはアイデンティティ色はない。スコットランド人でなくともSNPの党員になることは可能であり、SNP議員の中にはイングランド人をはじめとする非スコットランド人もいる。組織としても、またその独立論を見ても、SNPに排他的民族要素は皆無といってよい。したがって、民族主義的ナショナリズムを連想させる「スコットランド民族党」をSNPの訳語として使うのはふさわしくない。

 

スコットランド独立を目指す運動を民族、アイデンティティの観点から捉えることの問題点は、運動の急速な拡大を説明できないことにある。もしスコットランド独立がアイデンティティに依拠したものであれば、支持はスコットランド人の中でもより強くスコットランド人と感じている層に限られるであろう。

 

しかし国勢調査によると、スコットランド人の中で自らのアイデンティティとしてScottishを選択する人は5-6割程度、Britishは1割程度、両方選択するのは2-3割であり、またこれは長期的傾向である[*6]。この傾向は今年8月までの独立賛成3割強、反対5割弱という投票動向とも整合的ではない。エディンバラ大学のディヴィッド・マクローン教授の言うように、アイデンティティと独立支持・不支持の関係は明確ではないのである[*7]。

 

[*6] http://www.ons.gov.uk/ons/rel/census/2011-census/key-statistics-for-local-authorities-in-england-and-wales/rpt-ethnicity.html

http://www.scotlandscensus.gov.uk/news/census-2011-detailed-characteristics-ethnicity-identity-language-and-religion-scotland-%E2%80%93

 

[*7] Scottish or British? Does national identity matter? http://blog.whatscotlandthinks.org/2013/08/scottish-or-british-does-national-identity-matter/

 

実際に、独立賛成派の集会などでも、「私はナショナリストではないし、スコットランド人であることに誇りを思っているわけでもありません。でも私は独立に賛成します」と発言を切り出すことがすでに決まり文句のようになっている[*8]。アイデンティティや誇りが独立賛成の根拠であるという層が存在しないわけではないが、それでは賛成派の急増を説明できない。

 

[*8] たとえば http://www.journeystoyes.com/

 

 

より公平な社会を目指して

 

民族意識、アイデンティティが独立の根拠ではないとすると、賛成派は何を論点にしているのか。

 

日本のみならずUKの報道でも最も頻繁に言及されるのが経済面であり、通貨、北海油田、財源、財政、平均所得等あらゆる側面で賛成反対両派の議論が繰り広げられている[*9]。しかし経済面の議論の難しい点は、両陣営ともに詳細な統計データを駆使し、そこからまったく異なる解釈を導くことが可能なことである。

 

[*9] 世論調査でも経済が最も重要という結果が出ている。http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-scotland-politics-26102076 http://scotlandseptember18.com/hunter-announces-second-phase-poll-results-independence/

 

北海油田の埋蔵量、個人レベルでの収入等について、当然ながら賛成派は独立後は良くなると論じ、反対派は悪くなると主張する。その結果、経済に親しくない一般の投票者にとって、客観的な事実を得ることが極めて難しくなり、結局はどちらかが正しいと主観的に信じるほかない、あるいはどちらも信じられない、という状況になっているのである[*10]。

 

[*10] 例えば通貨問題に関しては、ポール・クルーグマンとジョセフ・スティグリッツというノーベル経済学賞受賞者二人が対立する見解を述べている。

 

独立派の経済以外の主要論点が、いわゆる「民主主義の欠陥(democratic deficit)」問題である。第二次大戦以降18回開催されたUK総選挙で、スコットランドは保守党に3回、労働党に15回多数派票を投じたが、UK全体では労働党9回、保守党が9回多数派票を獲得し政権を組んでいる。年数にすると、68年間でスコットランドが保守党政権を支持したのは6年だけであるのに対し、UK全体では保守党が38年間政権についていることになる[*11]。このスコットランドとUK全体の支持政党のずれが「我々が選んでない政権に支配される」という不満につながっている。

 

[*11] http://www.parliament.uk/documents/commons/lib/research/rp2003/rp03-059.pdf 等を参照。

 

スコットランドとUK全体の総選挙の結果が異なっても、UK政府の政策がスコットランド人の求めるそれと大差なければ問題はないであろう。しかし1980年代以降、経済、社会政策の多くの面で、スコットランドとUKが違った道を選択し始めており、21世紀に入りその差は大きくなりつつある。UK政府は市場経済主義を取り入れ、金融規制緩和、NHS等公的サービスの民間運営化等を積極的に行う一方で、福祉国家の縮小を推し進めている。さらに軍事・外交面では、イラク侵攻、核兵器トライデントの維持等の政策に固執し続けた。

 

一方スコットランドでは、SNP政権が大学授業料の廃止、医薬品の無料化、老人のバス利用の無料化、公的サービスの再公営化等を推進し、いわゆる大きな国家、福祉国家の維持に尽力している。核兵器に対する反対も根強い。独立派は、独立することで常に自分たちの選んだ政権を得ることができると論じ、国民の意向を政権選択と政策に直接反映することのできる民主主義の確立を唱えている[*12]。

 

[*12] スコットランドでは国民が主権を有するという伝統が受け継がれている。一方UK全体では、国民ではなく議会が主権を持つという伝統がある。富田理恵「スコットランド議会の成立」『史観』146(2002); 坂東行和『イギリス議会主権-その法的思考-』(敬文堂、2000)。

 

独立派のもうひとつの主要論点として、福祉と公平さがある。独立派がよく言及するのがUKに蔓延る貧困と不平等の問題であり、「UKは先進国の中で4番目に不平等な国[*13]」、「5人に1人の子供が貧困状態にいる[*14]」、「約100万人が食料の無料配給に頼っている[*15]」という事実である。とりわけ子供の貧困の問題は深刻であり、UK政府の生活保護削減政策により、スコットランドでは2020年までにさらに10万人の子供が貧困に陥るとされている[*16]。

 

[*13] http://www.equalitytrust.org.uk/about-inequality/scale-and-trends/scale-economic-inequality-uk

 

[*14] http://www.cpag.org.uk/scotland/child-poverty-facts-and-figures

 

[*15] http://www.trusselltrust.org/resources/documents/Press/TT-Foodbank-Information-Pack-2013-14.pdf

 

[*16] http://www.ifs.org.uk/bns/bn144.pdf Appendix A: Table B.2 for Scotland figures.’

 

こうした問題に根本的に対処するのに必要な社会福祉や税制の権限は、スコットランド議会に委譲されていない[*17]。独立派は独立により社会福祉政策をスコットランドで決定できるようになり、核兵器トライデント等に浪費される財源をより充実した社会福祉に使うことができる、と論じている。

 

[*17] 約6割の有権者が、スコットランド議会が福祉政策を行うべきだと考えている。http://whatscotlandthinks.org/questions/who-ought-to-make-most-important-decisions-for-scotland-about-welfare-benefits-6#table

 

 

 

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