植物最大の謎に挑む――花成ホルモン「フロリゲン」の可能性

私たちの身近にある植物は、どうやって花を咲かせているのか? その最大の謎が、最近の研究でようやく明らかになってきた。最前線で活躍する研究者たちのインタビューをお届けするシリーズ「高校生からの教養入門」。今回は、花と実りをもたらす植物ホルモン「フロリゲン」の研究者、横浜市立大学・木原生物学研究所の辻寛之准教授にお話を伺った。(聞き手・構成/大谷佳名)

 

 

花成ホルモン「フロリゲン」の正体

 

――辻先生のご専門の分野について教えてください

 

専門は植物の発生学です。植物が生まれ、個体として成立していく過程を分子レベルで調べています。地球上に生命が生まれて数億年経っていますが、その間、植物もさまざまな進化を遂げてきました。植物たちが環境の変化にどのように適応し、生き延びてきたのかを明らかにすることが研究の大きなテーマとなります。その上で重要なキーとなる、生殖を司る植物ホルモン「フロリゲン」の研究を現在進めているところです。

 

 

――フロリゲンは、花をつくる働きがあることで「花咲かホルモン」とも呼ばれていますが、その正体は長い間謎のままだったんですね。

 

フロリゲンの存在は1937年に予言されていましたが、その正体が明らかになったのは最近のことです。それまでは教科書にも「未知の物質」などと書かれていました。数多くの研究が蓄積された結果、ついに2007年、僕も参加していた奈良先端科学技術大学院大学の研究グループが「フロリゲンの正体はHd3aと呼ばれるタンパク質」ということを明らかにしたのです。

 

そして昨年、僕らのグループがフロリゲンの働く過程を可視化することに成功し、花をつくるプロセスが初めて分子レベルで明らかになりました。

 

 

――フロリゲンの働きについて詳しく教えてください。

 

一言でいうと、植物が花をつくり始めるためのスイッチとして働きます。

 

まず、植物の茎の先端には幹細胞というものが存在します。幹細胞がどんどん分裂することでひたすら葉がつくられていく。それが植物の発生のデフォルトの状態です。

 

ところが、フロリゲンが移動して茎の先端に到達すると、幹細胞の性格をがらりと切り替えてしまい、花をつくるように変化させるのです。今回の可視化によってその詳細なプロセスが明らかになりました。

 

 

茎の先端部分に集まるフロリゲン(辻氏提供)

茎の先端部分に集まるフロリゲン(画像:辻氏提供)

 

 

――緑に光っているのがフロリゲンですね。こんなに分かりやすく可視化できるとは驚きです。この可視化技術も、辻先生のチームが開発した独自のものだそうですが、どうやってフロリゲンを光らせているのですか?

 

フロリゲンの正体はタンパク質ということを利用しました。「フロリゲン遺伝子が組み込まれたタンパク質」ということは、遺伝子情報を改変して光るように細工することが可能です。8年前に日本人の下村脩氏がノーベル賞を受賞したクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)を応用し、元の機能を持ったまま光る機能も併せ持つように加工しました。

 

そしてGFPの光の移動を追跡することで、フロリゲンの動きを捉えることができたのです。フロリゲンは葉でつくられ、茎の先端まで移動していました。植物は葉で季節を認識して花を咲かせます。つまり、フロリゲンには「そろそろ花をつける季節ですよ」と茎の先端に伝えてあげる、長距離伝達の機能もあるということが分かりました。

 

 

――花を実際につくるのはフロリゲンではなく、茎の先端の幹細胞なんですね。

 

そうです。フロリゲンは幹細胞内の遺伝子を活性化することで「花を作れ」と命令します。この写真は、花をつくる実行部隊となる遺伝子をフロリゲンが活性化させている様子です。オレンジ色に光っているのがその遺伝子です。

 

 

フロリゲンによって活性化する茎の先端部分の遺伝子(画像:辻氏提供)

フロリゲンによって活性化する茎の先端部分の遺伝子(画像:辻氏提供)

 

これは、「ジーンターゲティング」という技術を用いてつくった特殊な稲で、フロリゲンによって活性化されるとオレンジ色に光るよう加工しています。ジーンターゲティングとはDNAを狙い撃ちで書き換える方法で、まだ植物においては僕らの共同研究者しかできない技です。

 

 

――フロリゲンの働きは、植物にとってどのような意味をもつのでしょうか。

 

花をつくることは植物にとって最も激しい変化です。そもそも植物は葉を作り続ける限り、つまり幹細胞が生きている限り、何千年も生きていられるのです(屋久杉など)。ところが、あるとき幹細胞の性質が一変し、花をつくり始めます。

 

そして最後はどうなるかというと、花の中に花粉ができ、雌しべができて、両者が受精して種をつくり、次の世代に遺伝子を伝えます。その時点で個体としては死んでしまう。つまり、自分の死ぬタイミングを決めて、その代わりに確実に子孫を残すわけです。その重要なプロセスにフロリゲンが大きく関わっています。

 

 

「利己的な遺伝子」から花を守る

 

――フロリゲンは植物が子孫を残していく上で重要な働きを持つのですね。

 

はい。さらにもう一つ、僕らの研究で明らかになったことがあります。フロリゲンは花をつくるスイッチを押すだけでなく、遺伝子を破壊するものから守る働きもあるのです。これまで想像もつかなかった、フロリゲンの新しい機能の発見です。

 

 

――遺伝子を破壊するものとは何ですか?

 

トランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」です。「利己的な遺伝子」とも呼ばれています。というのも、トランスポゾンは染色体上をあちこちに飛び回り、自分自信をコピー&ペーストして増やしてしまうからです。そして、ペーストした先にもともとあった遺伝子は破壊されてしまいます。

 

これが厄介なのは、もし重要な遺伝子がトランスポゾンによって破壊されてしまうと、その個体は変形してしまったり、死んでしまう可能性もあるのです。たとえば、トウモロコシの形は遺伝子破壊によって変形した後のもので、もともとは全く別の形をした植物でした。その変化には間違いなくトランスポゾンが関わっていたことが知られています。

 

それくらい大きな変化を及ぼすわけですが、実は人間もDNAの半分くらいがトランスポゾンで埋めつくされています。トウモロコシは8割、稲も4割がトランスポゾンです。

 

 

――そんなものがたくさん飛び回っていたら、植物も人間もいつか死んでしてしまうのではないですか?

 

それを防ぐために、すべての生物はトランスポズンを眠らせる仕組みを進化の過程で獲得しているんです。逆に言えば、そうした生物だけが今日まで生き残っているわけです。

 

植物にとって、花は次世代に遺伝子を伝える生殖器官です。その最も重要なプロセスなので、より厳密にトランスポズンを抑え込まなければいけません。その働きをフロリゲンが担っていることが、僕らの研究で明らかになりました。

 

具体的には、「次世代シーケンサー」という最先端の技術を使って調べました。次世代シーケンサーとは、一度に4、5億塩基ものDNA配列情報を調べられるというもので、最近、革命的に生物学を変えつつあります。

 

それと茎の先端部分のみを取り出す繊細なサンプリングを組み合わせることで、まさに今フロリゲンによって活性化している最中の幹細胞の様子をかなり網羅的に調べることができました。その中で、トランスポズンに特徴的な変化が起きていることが発見されたのです。【次ページにつづく】

 

 

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