2012.12.14

この経済失策がヤバかった!2012 日欧経済失政レビュー

『ユーロの正体』著者、安達誠司氏インタビュー

情報 #新刊インタビュー#失われた10年#金融引き締め#消費税#財政危機#金融政策#ECB#インフレ目標#FRB#マッカラムルール#量的緩和#金融危機#ユーロ#増税

『ユーロの正体』では、「欧州の経済統合の歴史」「ユーロ成立までの歴史」が詳細に紐解かれ、「なぜいま、ユーロが危機に瀕しているのか?」が、世間の経済解説の誤りを指摘しつつ解説され、一冊で、ユーロ危機のすべてがわかるよう、予備知識がない人でも理解できるよう懇切丁寧に解説されている。

そして、「実は、ユーロの失敗と日本経済の失敗の根は同根」であること、「日欧ともに経済の失政を改めない限り、経済の回復は見込めない」という「日本とユーロ圏の経済失政の正体」を豊富なデータを元に比較しながら見事に描き出されているのが大変に興味深い。「日本とユーロ圏の政策当局が陥った、『同じ過ち』とは何か?」著者である安達誠司氏に鋭く迫る、『ユーロの正体』シノドスジャーナルver.をお送りします。(聞き手・構成/杉山洋祐)

―― 最新刊の『ユーロの正体』(幻冬舎新書)を拝読させていただきました。前著であり姉妹本の『円高の正体』(光文社新書)同様、とてもわかりやすかったです。この本の中で「実は、ユーロの失敗と日本経済の失敗の根は同根」であり、「日欧ともに経済の失政を改めない限り、経済の回復は見込めない」と断罪されています。

本日は、『ユーロの正体』で描かれていたものの中でも、特に「日本とユーロ圏の政策当局が陥った経済失政の共通点」についてお聞かせいただければと思います。インタビューのタイトルは、年末ですので「この経済失策がヤバかった!2012 日欧経済失政レビュー」とつけさせていただいております(笑)

安達 はい、ちょっとタイトルには賛同できかねるのですが(笑)、日本とユーロ圏の政策当局双方が共に行った失策は、大きく分けると以下の4つであったと考えています。

発表!「この経済失策がヤバかった!2012 日欧に共通する4つの大失政」

(1)双方とも大規模な金融引締めで資産市場(株価や地価)を暴落させた

(2)資産市場が暴落したのに、双方の中央銀行ともに十分な金融緩和政策を行わなかった

(3)日欧の政策当局共に、十分な景気回復がなされる前に、消費税の増税などの緊縮財政政策を行った

(4)危機勃発後も、日欧の中央銀行ともに、頑なに金融緩和政策を拒んだ

日本の失われた10年がはじまり、ユーロ圏はユーロ危機に突入

―― それでは、ひとつひとつ詳しく教えて下さい。安達さんは、「『日欧の政策当局ともに、大規模な金融引締めで株価や不動産価格を暴落させた』ことが、双方の経済危機のはじまりだった」と書いていらっしゃいましたが、これはどういうことでしょうか?

安達 日本は1990年に、ユーロ圏は2005年に、それぞれの中央銀行が大規模な「金融引締め政策」を実施し、資産市場(株価や不動産価格)を暴落させるという愚を冒しました。そのことが如実にわかるのが以下二つの図です。

『ユーロの正体』146ページより引用
『ユーロの正体』146ページより引用
『ユーロの正体』148ページより引用
『ユーロの正体』148ページより引用

日本の場合は、日本銀行がマネタリーベース(=日本銀行が供給する通貨の量)を減少させるという金融引締め政策を1990年に行い株価が暴落。ユーロ圏では、2005年にECB(欧州中央銀行)が政策金利を引き上げるかたちでの金融引締め政策を行い、不動産価格が実際に暴落しました。下のユーロ圏の図は、スペインの例を表示しています。

その後、日本は長期の経済停滞に突入し、失われた20年と言われる状況に陥り、ユーロ圏もその後に停滞に陥り、現在へと続くユーロ危機へと発展したのです。

ちなみに、アメリカの中央銀行であるFRBも、FFレートと呼ばれる政策金利を上げるかたちでの金融引締め政策を2004年に実施。その後見事に不動産価格は大暴落。それが、2008年9月に起きたリーマンショックの引き金となりました。それがわかるのが下の図です。

『ユーロの正体』147ページより引用
『ユーロの正体』147ページより引用

―― 金融引締め政策とは、日本銀行やECB、FRBなどの中央銀行が、市場に供給する資金(貨幣)の量を絞ること(減らすこと)だと理解していますが、なぜ中央銀行が金融引締め政策を行うと、資産市場が大暴落するのですか?

安達 それはまさに、不動産投資や株式投資のための「民間の投資資金」も、元をたどれば「すべて中央銀行が供給した資金」が元手になっているからです。

つまり、大元締めである中央銀行が、市場全体から資金を引き上げる金融引締め政策を行うと、不動産市場や株式市場に流入していた資金も引き上げられてしまい、それまでに潤沢に投資資金が投入されていた株式市場や不動産市場への投資が真っ先になくなり、株価も不動産価格も大暴落するのです。

ユーロ危機も、日本の長期停滞も、そしてアメリカで起こったリーマンショックも、すべてその「中央銀行の行き過ぎた金融引締め政策」に端を発して起こされたことだということがわかるのが、上の三つの図です。

「日本とユーロ圏の政策当局ともに、大規模な金融引締めで株価や不動産価格を暴落させた」というのが、日欧にまたがる経済大失策のひとつ目です。

金融危機が起こり、その対応のために膨大な財政出動をせざるを得なく

―― 日本の財政危機も、欧州の財政危機(ソブリン危機)も、双方の中央銀行が、大規模な金融引締め政策を行い、資産市場を大暴落させた後に、結局十分な金融“緩和”政策を行わなかった結果、日欧ともに実体経済の景気までが悪化し出した。そして、不動産価格の暴落が、銀行の経営危機となり、その救済のために多額の財政出動をせざるを得なくなった。その結果、双方が膨大な財政赤字の問題に悩まされている――。と書かれていましたが、そもそも財政危機とはどういう問題なのでしょうか?

安達 財政危機とは、国の借金(財政赤字)が積み上がる結果起こるものです。その国の借金の残高が、その国の(主にGDPの額ではかられる)「経済力の規模」を大きく超えると、国の借金の返済可能性が疑問視され、国債の金利(長期金利)が上昇し、国債の価格が低下してしまいます。そして「財政危機によって国債の金利が高騰すること」と、「政府の借金の利払い費が増加すること」はイコールなので、財政危機の結果の国債金利の上昇は、政府の財政危機をより深刻化させ、デフォルト(=債務不履行)の危険性が高まるというかたちの危機です。

―― なぜ中央銀行が金融緩和を行わないと、国の借金(=財政赤字)が積み上がってしまうのでしょうか?

安達 政策当局が有している景気回復策には、日銀などの中央銀行が行う「金融緩和政策」と、財務省などの財政当局が行う「財政拡大政策」の二種類があります。通常、景気が悪化した時には、この金融緩和政策と財政拡大政策の両輪が必要です。

しかし、日欧の中央銀行共に、自身の金融引締め政策によって資産市場が暴落した後に、 “景気自体を回復させるという意味での十分な金融緩和政策”が発動されませんでした。その結果、銀行などの金融機関のバランスシートが大きく毀損し、銀行の金融仲介機能が麻痺する「金融危機」が生じました。その危機に対して、日欧の財務当局ともに、財政出動をして金融機関の倒産を防ぎました。

この時の金融緩和という後押しの“ないままに”おこなわれた、財政当局による財政出動が、現在の「日本の財政赤字問題」と、「ユーロ圏に生じている今回の財政危機(ユーロ危機)」につながっているのです。

―― なぜ、日本銀行とECBともに、景気を回復させるための金融緩和政策に踏み切らなかったのですか?

安達 それは、日本の政策当局もユーロ圏の政策当局も、ともに「経済停滞」や「財政赤字」の原因が、そもそもの問題として「金融緩和が足りていないために起こっていること」という認識が足りなかったためです。

日本では、バブル崩壊後、経済全体が低迷する広範な景気悪化が起こっても、その原因は「構造改革が足りないため」と“誤診”され、十分な金融緩和政策はほとんど行われませんでした。また、今回の欧州危機では、特にギリシャの旧政策当局による財政赤字の粉飾決算(嘘の報告をした)問題に端を発していたため、“財政赤字の問題そのもの”に注目が集まった結果、「財政赤字を削減しない限り、財政赤字問題とユーロ圏の経済回復はなされない」という“大誤診”が起こってしまったのです。

日本でもユーロ圏でも、政策当局にしてもマスコミにしても、同じくこういった“誤診”をしてしまっているため、国民の多くの方も「金融緩和が足りないために経済停滞や財政赤字問題が生じている」という認識はほとんどお持ちでない方がおおいのではないかと思います。

「資産市場が暴落したのに、双方の中央銀行とも十分な金融緩和政策を行わなかった結果、金融危機が起こり、その対応のために膨大な財政出動をせざるを得なくなり、日本は現在の慢性的な財政赤字問題を抱え、ユーロ圏はギリシャ危機に代表される財政危機(ソブリン危機)へと発展した」というのが、日欧にまたがる経済大失政の2つ目です。

益々景気が悪化し、結局財政赤字が更に積み上がる

安達 そういった“事実誤認”が日本でもユーロ圏でも広がった結果、日本では、97年のまだ本格的に景気が回復しきっていない時期に消費税を2%上げるという愚を行い、今年(2012年)も「税と社会保障の一体改革」という名目で、消費税を2014年に8%、2015年には10%にまで引き上げることが決められてしましました。

一方のユーロ圏では、直接的に財政政策を削減したり、実際に消費税を増税するなどの財政緊縮政策がとられてしまっています。

―― 景気がまだ回復していなかったり、不景気のさなかにある時に、財政赤字を削減したり、消費税を増税したりする緊縮財政政策を行うことはなぜ間違いなのでしょうか?

安達 それは、財政政策を絞ったり、消費増税といった緊縮財政政策自体が、「景気を悪化させる可能性を持った政策」だからです。緊縮財政政策を行った結果、景気が悪化してしまえば、そもそも税収(政府の収入)自体が減ってしまうため、「財政赤字を削減するために緊縮財政を行ったのに、税収全体が減ってしまった(=財政赤字が増えてしまった)」ということが起こりえるし、実際にそういったことが日本やユーロ圏で起こっているのです。

―― なぜ消費税の増税によって税収全体が減るのですか?

安達 それは、消費税の増税とは、わかりやすく言えば、消費者に与えられる罰 ――消費をすればするほど重くなる罰―― のようなものだからです。

消費をすればするほど重い罰を与えられる(=税金を多く払わなければいけない)となった場合、多くの消費者は消費を増やすことを嫌がるでしょう。結果、消費にかけられる罰的意味合いを持った消費税の増税策は、「消費自体を抑制する効果」を持った政策なわけです。

すると? 商品やサービスを買う人が少なくなるわけですから、当然企業の利益は減ります。そして利益の減った企業は、従業員の給料を下げたり、リストラを断行したりするようになるでしょう。その給料を下げられたり、首を切られた従業員は、従業員である反面、消費をする消費者でもあるわけです。結果、収入が減った消費者兼従業員は、ますます消費を減らす……といったかたちで景気が悪化する要因となりえるのです。

―― その景気が悪化する結果として、税収全体が減ってしまうということですか?

安達 その通りです。それがなぜかというと、税収の三大構成要素である「消費税からの税収」と「法人税からの税収」と「所得税からの税収」が、景気が悪化すると、“すべて減る”傾向を持っているためです。

景気が悪化して消費が減れば、消費税収は減りますし、景気が悪化して法人(企業)の利益が減れば、法人税収は減りますし、景気が悪化して個人の所得(収入)が減れば、所得税収は減るのです。結果、「税収を増やすために増税を行ったのに、税収全体は減ってしまった……」という意図せざる結果を招いてしまうのです。

―― それはショックですね。消費税の増税などの緊縮財政によって、逆に税収全体が減るとは考えもしませんでした。先ほど「実際にそういったことが日本やユーロ圏で起こっている」とおっしゃいましたが、実際にはどういったことが起こったのですか?

安達 日本においては、前回の97年の消費税増税のその後、税収全体は、97年には50兆円強あったところから、2011年には40兆円強というところまで約10兆円も減ってしまいました。それがよく分かるのが下の図です。

日本の税収全体の推移 『ユーロの正体』113ページより引用
日本の税収全体の推移
『ユーロの正体』113ページより引用

次に欧州で起こったことですが、例えばポルトガルは、これまで緊縮財政を頑なに拒んできたギリシャとは異なり、「年金給付水準の引き下げ」や「公務員数の大幅削減」等の緊縮財政を粛々と行なってきました。その結果、2011年5月には、欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の三機関(通称トロイカ)からの財政支援を無事に受けることができたのです。その総額は780億ユーロにも達するものでした。

しかしその結果、ポルトガル経済に何が起きたか? これがすごく重要です。経済開発機構(OECD)の2011年11月発表の経済見通しによれば、ポルトガルの政府債務残高は、トロイカの支援を受けた2010年の「111.9%」から、2011年には「121.9%」に“悪化”。名目GDP成長率であらわされる景気も、2010年の「-0.4%」から、2011年には「-2.4%」へと“低下”と、“下げ幅をさらに拡大”させる見込みであることが指摘さています。つまり、ポルトガルの財政赤字は、「緊縮財政を実施し、かつ、トロイカからの財政支援を受けて“なお悪化する”見通しである」ということなのです。

そしてユーロ圏ではいま、かつて「財政再建の優等生」だったはずのイタリアまでもが、財政危機に見舞われています。財政危機国になってしまった後の2011年9月、イタリアは、税収増加策として、日本の消費税にあたる付加価値税(VTA)の税率を1%引き上げる増税策に打って出ました。しかしそれ以降、イタリアの付加価値税の受取額(税収)は、“逆に”減少。2012年4月末までの1年間の超税額は、2006年以降で最低にまで“落ち込んでしまった”のです……。

そもそもの話として、「消費税の増税」って、なんだか「消費税の税収を“増やす”もの」と無意識に捉えられていますが、実際にはそんなことなくて、税収全体を減らす可能性さえもった消費税の“税率アップ”のことでしかないため注意が必要です。

―― なぜ世間では、消費税増税などの緊縮財政によって、過去に税収全体が減ってしまったという話がどこでもされていないのでしょうか?

安達 それはやはり、日本もユーロ圏の政府首脳にしても、マスコミや専門家の間にも、「財政赤字の問題は、財政政策の削減によって達成される」とか「ユーロ危機の本質は財政赤字自体にある」という誤認が広く受け入れられてしまっているからでしょう。

しかし、日本の財政赤字もユーロ圏の財政赤字の拡大も、それは経済停滞の“原因”ではなく、経済失政の“結果”として引き起こされていることなのです。この原因と結果を取り違えているからこそ、誤った不況下での緊縮財政といった愚が繰り返させるのです。『ユーロの正体』ではその辺の裏事情を詳しく書いています。

―― 昨今の報道では、「日本がユーロ化する」という報道が多くなされていましたが……

安達 そうですね。日本では、ギリシャ危機が起こって以降、「日本がギリシャ化する」という、「日本もギリシャのような財政危機に瀕する前に、有効な対策を打たなければいけない」という言説が巷にあふれた結果、「日本がギリシャ化するのを防ぐために消費税の増税を行わなければいけない」ということが叫ばれました。その結果、「税と社会保障の一体改革」という名の「消費税増税策」が国会を通過してしましました。

しかし、『ユーロの正体』に書いた話を踏まえれば、「日本がギリシャ化している」というのは誤った表現で、「ユーロ圏が、日本の政策当局が行った経済失政を繰り返すかたちで、日本化していっている」ということがわかるようになります。

金融緩和政策という“援護射撃”を行わないまま、不況下に増税策などの緊縮財政を行った結果、財政赤字を更に悪化させた ――という“経済失政を先に行った”という意味では、日本は、ユーロ圏諸国よりも悲しい先駆者であるわけです。私はこれを「ユーロ圏が日本化している」と呼んでいます。

「日本とユーロ圏の政策当局ともに、十分な景気回復がなされる前に、消費税の増税などの緊縮財政政策を行った」というのが、日欧にまたがる経済大失政の3つ目。

ユーロ圏のユーロ危機が止まず、日本も長期の停滞から抜け出せない

―― 総論で言えば、ユーロ圏、日本経済ともに、まだ行なっていない、景気を回復させるための十分な金融緩和政策を行わなければいけないということになるのでしょが、なぜユーロ圏の中央銀行であるECBも、日本の中央銀行である日銀もそこまで頑なに金融緩和政策を拒むのでしょうか?

安達 実際は、ECBと日本銀行が十分な金融緩和策をとれない理由は異なっています。

厳密には ――ECBには“経済を統合してしまった故の”十分な金融緩和を行えないある理由があり、日本銀行は金融緩和政策を行なえない理由はないが、実際にはおこなっていないだけ―― とも言えるのですが、その理由はかなり『ユーロの正体』の核心に迫る部分であるため、ことの真相は同書を読んでいただければと思います。

―― わかりました。その部分については本を読んでいただくとしても、私の目からは、特に現在の日本では、安達さんが主張されているような大規模な金融緩和政策に対して大きなアレルギーがあるように見えます。

安達 そうですね。まず、私が日本銀行が行うべきと本の中でも提言している政策は、実際にリーマンショック後にアメリカのFRBが行った政策と全く同じ以下の2つの政策です。

(1)2~3%程度の緩やかなインフレを起こし、インフレ率をそこで安定させますと日銀が宣言する「インフレ目標」を設定する(これによって世間の予想インフレ率を上げ、同時に実際のインフレ率が3%を超えそうになったら、その歯止めとする)

(2) 2~3%の緩やかなインフレが起こるまで日本銀行が「量的緩和政策」を行う

―― インフレ目標政策とは、最近自民党の安倍総裁がかなり発言されるようになって、結構知名度を得つつある政策ですね。なかなか金融政策って何なのかはすごく難しいのですが、『ユーロの正体』には、まさに安倍さんが主張なさっている政策にかなり似た政策がわかりやすく解説されていました。

安達 こういった政策に対し、大枠で言えば、今の日本では、「金融緩和はもう効かない」といった議論や、逆に「金融緩和を行うとハイパーインフレが起こる」とする反論が寄せられているかと思います。

なぜ金融緩和が効くかは、経済学で「期待」と呼ばれる「人々が経済の先行きをどう予想するか?」の話がからみ、かなりテクニカルな話になるため、こちらも同書を読んでいただきたいと思います。

が、「デフレの状態にある日本で、大規模な金融緩和政策を行えば、緩やかなインフレ程度でブレーキはかけられず、ハイパーインフレが起きてしまう」という批判は最近あまり聞かれなくなってきています。

それはアメリカが、2008年のリーマンショック時に、一時的なデフレ寸前の状態にまで陥り、その後QE1(量的緩和第1弾)・QE2(量的緩和第2弾)と呼ばれる大規模な金融緩和政策に打って出ることによって“デフレ懸念から脱し”、その後のインフレ率がハイパーインフレどころか、またデフレに陥ってしまうのではないかと危惧されるほど“低位のインフレの状態で安定する”ということが実際に起こったからです。そのことがよくわかるのが下の図です。

『ユーロの正体』189ページより引用
『ユーロの正体』189ページより引用

この図は、FRBの金融政策とアメリカの予想インフレ率の推移をあらわしたものです。FRBの金融政策とは、FRBのバランスシートの推移のことで、バランスシートが大きくなるということは、その分FRBが資産を購入し、その対価として貨幣を市場に投入しているということですので、FRBの金融緩和の規模の推移をあらわしています。

一方の予想インフレ率とは、投資家が、「今後、アメリカのインフレ率が何%程度で推移すると予想しているか」を計算してはじき出される数字で、これが下がっているときは、多くの人がデフレの到来を予想しているということです(数値はBEIを使用)。

この図からは、「リーマンショックの直後、アメリカがいかに『デフレ懸念』の罠に嵌り込み、そしてQE1、QE2と呼ばれる大規模金融緩和によって、いかに『デフレの懸念』から逃れたか」がわかります。

―― アメリカもリーマンショック直後にデフレ直前にまで陥っていたことは知りませんでした。

安達 そもそも、これは単純な事実誤認なのですが、リーマンショック時のアメリカの例を出すまでもなく、かつてスウェーデンでも1998年末と99年はじめにかけて、実際にデフレに陥っていた局面があるのですが、積極的な金融緩和政策によって景気を回復させ、緩やかなインフレの状態を達成したという歴史的な事実があるのです。

―― 確かに、それは正論のように思えます。でも、日本もすでに金融緩和をやっているという人もいますよね?

安達 それは一言で言えば、「日本の金融緩和は“規模”と“量”が圧倒的に足りていない」という一言でかたづけられます。

アメリカが実際に行い、私などが日本でも行うべきと言っている「量的緩和政策」とは、その手法をより具体的に言えば、中央銀行が、「買いオペ」という方法で、市中銀行が保有している長期国債を買い入れ、その対価として市中銀行の口座(当座預金)に「現金」を振り込むという政策です。

この政策は、市中銀行の口座に現金を物理的(量的に)に中央銀行が振り込む方法なので、量的緩和政策と呼ばれているのですが、確かにすでに日本銀行もこの量的緩和政策を行なっています。でも決定的に違っているのは、まさにその“量”が足りないということです。

例えば、リーマンショック直後に実施したQE1、QE2でアメリカのFRBは、「224兆円」もの資金を市場に一気に「追加投入」しました(「1ドル=80円換算」)。では現在の日本銀行はどうか言うと……、2012年9月現在の数字で言えば「約124兆円」でしかないわけです。

そもそもアメリカは、リーマンショック後に224兆円もの資金を“追加で”市場に投入したのです。でも日本銀行は、124兆円程度の資金をちょっとずつ積み増しながら市場に投入して以来、それ以降、ほとんど“追加で資金を投入する”ということは行なっていないのです。アメリカはリーマンショック以降「約124兆円」を“追加で”投入したのに、日本はほとんど“追加での”金融緩和は行なっていないというのがミソです。この数字を見れば、いかに日本銀行がデフレを克服する気が“ないか”が明確になるでしょう。

―― アメリカはリーマンショック後に224兆円を“追加で”投入したのに、日本銀行はほとんど“追加での”金融緩和は行なっていないのですね。それは確かに「本当にデフレを克服する気があるのか?」と問われても仕方がなさそうですね。

だとしたら、もう一歩踏み込んでお聞かせいただきたいのですが、日本銀行はあとどの程度の資金を市場に「追加投入」すべきと安達さんはお考えなのでしょうか?

安達 はい、端的に言えば、日本銀行は、あと「76兆円程度」の資金を、市場に“追加で”投入すべきと考えています。より具体的には、量的緩和の指標である「マネタリーベースの平均残高」を、現在の124兆円程度から、追加で76兆円増やし、合計200兆円程度の規模まで持っていくべきということです。

この数字の根拠は、アメリカのマッカラムという著名な経済学者が考案した「マッカラムルール」という計算方法から逆算したものですが、マッカラムルールから逆算すると、「日銀の金融緩和がいかに足りていなかったか?」がわかるのが以下の図です。

足りていなかった日本銀行の金融緩和 『円高の正体』187ページより引用
足りていなかった日本銀行の金融緩和
『円高の正体』187ページより引用

この図は、実際に日本銀行が行った金融緩和政策(マネタリーベース平均残高の増加政策)が、マッカラムルールに照らし合わせると、「いかに足りていなかった?」がわかるようになるものです。より具体的には、名目GDP成長率2%もしくは4%にまで景気を回復させようと考えた時に、実際どれだけ日銀のこれまでの金融緩和が足りていなかったがわかるようになっています。

さらにここから逆算すると、日銀による76兆円の資金の追加投入の結果、「インフレ率が何%程度になり、その時日本はどの程度景気が回復しているか?」も明確に計算できるようになります。

―― その計算方法も『ユーロの正体』に詳しく書かれていましたね。さらに、なぜアメリカでハイパーインフレなんていう高率なインフレが起こらず、もちろん日本でも起こらないという理論的な解説が本で詳細に行われていました。

安達 こうやって実際の数字を元に考えれば、「何十兆円とか何百兆円とかの金融緩和はなんだか怖い」みたいな「イメージによる漠然とした不安感や印象論」を廃し、きわめて科学的に経済政策の効果を検証できるようになると思うのです。「なんだか危なそう」とか「危うい」とかいう印象論で経済を語っていたら、日本経済もユーロ圏の経済も一歩も前に進めなくなってしまします。世界的危機も囁かれている中、そういった印象論はまっさきに排除されるべきものでしょう。

実際、もしデフレ下の日本で、大規模な金融緩和をとった場合、日本でのみハイパーインフレが生じるという人がいるとすれば、その人は、ではなぜアメリカやスウェーデンではハイパーインフレが起こらなかったのかを説明する義務が生じます。

日本とユーロ圏に共通している経済大失政の4つ目は、双方に理由の違いこそあれ、一方はある事情から、もう一方は漠然とした印象論から「適切で、大規模な金融緩和政策を、中銀行が拒んでいる」ということだと言えると思います。

―― 『ユーロの正体』の本筋である、「なぜユーロがこんな危機に陥っているのか?」も、ユーロ成立までの詳細な欧州経済の歴史を紐解きながら、今回のインタビューのようなレベルで懇切丁寧に解説いただいていたので、本当にわかりやすかったです。また、「そもそもなぜデフレではだめなのか?」「なぜ緩やかなインフレの状態が必要なのか?」という、最近の政策論議で焦点になっている話についても詳しい説明がなされていました。

安達さんの本を読むと、実際、これまで漠然とした印象論でしか見ていなかった経済問題の輪郭がクッキリ明確に浮かび上がってくるようで、毎日経済ニュースを見たり読んだりするのがとても楽しみになります。今回の選挙では、かなり金融政策の話が論点になっているので、まさに今こそ読むべき本であると思いました。

安達 ありがとうございます(笑)

プロフィール

安達誠司エコノミスト

1965年生まれ。エコノミスト。東京大学経済学部卒業。大和総研経済調査部、富士投信投資顧問、クレディ・スイスファーストボストン証券会社経済調査部、ドイツ証券経済調査部シニアエコノミストを経て、丸三証券経済調査部長。著書に『世界が日本経済をうらやむ日』(共著、幻冬舎)、『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社、2004年日経・経済図書文化賞受賞)、『脱デフレの歴史分析――「政策レジーム」転換でたどる近代日本』(藤原書店、2006年河上肇章受賞)、『恐慌脱出――危機克服は歴史に学べ』(東洋経済新報社、2009年政策分析ネットワーク章受賞)、『円高の正体』(光文社新書)、『ユーロの正体――通貨がわかれば、世界がみえる』(幻冬舎新書)などがある。

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