誰が「集団的自衛権」を容認したのか?――2014年松本市調査に見る支持者像

誰が「集団的自衛権」(注1)を容認したのか?

 

2015年の夏は熱かった。各地で「集団的自衛権」の行使などを要とした「安全保障関連法案(安保法案)」の賛否をめぐり、国会の内外でさまざまな議論が巻き起こった。

 

国会内では、7月15日、衆議院の平和安全法制特別委員会において「安保法案」は採決されて通過し、翌16日に衆議院本会議において採決され可決した。その後、9月17日、参議院の平和安全法制特別委員会において法案は採決されて通過し、19日に参議院本会議で採決され可決・成立した。

 

この間、国会議事堂周辺や日本各地において、賛否それぞれの立場からの集会が開催された。国内・海外のマスメディアも連日のようにこの動きを報道し、国内の報道各社は頻繁に世論調査をおこなって、その結果を公表した。インターネットにおいても、報道各社のウェブサイトにおける情報公開や社説による意思表示が行われ、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などにおいても、賛否両論が飛び交った。

 

そのような中で、私は1つのことが気になっていた。それは、世論では「違憲論」が優勢になり、内閣支持率も下がる中で、「安保法案」に対して相当数の賛成派が依然と残っているという事実であった。

 

国会議事堂前の安保反対集会の盛り上がりを尻目にあえて賛成と表だって声をあげることはなくても、反対のデモの陰で静かに賛成する人たちが、相当数いるという事実であった。では、どういう人たちが「集団的自衛権」や「安保法案」に賛成していたのだろうか?

 

安倍政権は、「集団的自衛権」の必要性を論じるに当たって、しばしば昨今の東アジアの情勢に言及した。たとえば、2014年12月の自民党の選挙公約には、「尖閣諸島周辺海域での外国公船への対応、遠方離島周辺海域での外国漁船の不法行為に対する監視・取締体制の強化」とあり、名指しはしないものの中国の領土・領海の拡張政策に対する対応の必要性を説いた。

 

そして、「日米同盟強化を進めるとともに、アジア太平洋地域における同盟の抑止力を高める」と述べた。また、安倍首相は、特に「従軍慰安婦」問題をめぐって韓国の朴槿恵大統領との折り合いが悪く、長らく会談すら持たれない状況が続いていた。

 

この他にも対中国・韓国の間には「歴史教科書問題」など国家レベルでさまざまな問題が存在しており、このような問題が顕在化するたびに、それに呼応するように人々の中韓に対する感情にもうねりが生じてきた。

 

また、近年、市民レベルでも、街角において、特に在日韓国朝鮮人に対する露骨なヘイトスピーチを行う団体があったり、それを阻止しようとする運動があったりするが、その様子が報道され、注目されてきている。

 

このように、日本国内では、国家レベルでも市民レベルでも対外的な問題が蓄積され、中韓に対するものを中心として排外意識が高まってきていることが感じられる。

 

実際、そのような意識は内閣府によって毎年行われている調査においても現れている。2014年の調査では、中国に対して親しみを感じる人(どちらかというと、も含む)は14.8%、親しみを感じない人(同)は83.1%であり、2003年(このときは、それぞれ47.9%と48.0%)以降親しみを感じない人が大幅に増えている。

 

また、韓国に対して親しみを感じる人は、2014年では、親しみを感じる人は31.5%と、毎年の変動は激しいものの1978年以降で最低となり、一方親しみを感じない人も66.4%と最高となった。

 

おそらく、このような背景から、排外主義的な性向を持つ人々が、「集団的自衛権」を容認しているのではないか、というのが、もっともらしい仮説だと思われる。また、証拠としては示しにくいが、排外主義と「集団的自衛権」を結びつける論説は多かったように思う。

 

この原稿を書いている2016年1月26日時点でも、グーグルで「集団的自衛権」と「排外」で検索すると約698,000件、「安保法案」と「排外」が約340,000件である。もちろん、「排外」を支持する主張も反対する主張もあるが、いずれにしても件数は多く、これらの用語がペアで論じられたものと考えられる(注2)。

 

実際、私自身も、以下に示すデータを最初に分析したときには、「排外主義」と「集団的自衛権」の容認との関係があることを示して、それで納得してしまっていた。しかし、あるとき、追加の分析をやってみると、「集団的自衛権」を容認していたのは誰かについて、(少なくとも私にとって)意外なことが分かったのだった。

 

 

ナショナリズムの3要素のうち、本当は何が効くのか?

 

田辺(2011)は、ナショナリズムに関わる規範的な議論から一歩進み、実証的にナショナリズムの構成要素を抽出することを試みた。そして、彼が示した構成要素は、「愛国主義」、「排外主義」、「純化主義」であった。

 

田辺によると、それぞれは、次のようなものである。「愛国主義」とは、国を愛することそのものではなく、国を愛することが必要だという態度である。「排外主義」とは、自らのネーションに属さない「他者」を危険視し、排斥するような態度である。「純化主義」とは、ネーションのメンバーシップについて、メンバーの純粋性を求め、多様性を忌避する態度である。彼は、実際に確証的因子分析によってそれらの3因子(3側面)を析出し、それらの間に一定の正相関があることを示したのである。

 

「排外主義」は、このようにナショナリズムの1構成要素であるが、それが「集団的自衛権」の容認に正の関係を持つにしても、他の要素についてはどうだろうか? そこで、

2014年9月に私の本務校のある長野県松本市において(注3)、1,000人を対象におこなった調査を分析してみることとした。

 

2014年9月という段階においては、「集団的自衛権」について、「個別的自衛権」との違いなど、後に大いに議論になるようなことが、国民にはまだほとんど知られていなかったものと考えられる。しかしながら、この時期の調査によって、国民の「集団的自衛権」や「集団安全保障」に関わる態度の初期状態―2015年に起こった国民的な議論以前の原初的な状態―を知ることができるという点で意義があると言えるだろう。

 

ここで、調査の概要について簡単にまとめておく。調査実施時期は、先述のとおり2014年9月であった。対象は長野県松本市の市民、サンプルサイズは1,000人で、市町村合併前の松本市と周辺町村とに層化し、2014年9月時点での選挙人名簿を利用して、前者から20投票区、後者から10投票区を選んだ。各投票区からは33ないし34人を系統抽出した。実施は郵送法で、宛先不明等を除いた有効サンプルに占める有効回答率は58%であった。

 

説明変数を、(1)ナショナリズム(愛国主義)(注4)、排外主義(注5)、純化主義(注6)、(2)政党支持という2つのレベルに分ける。そして、目的変数が(3)「集団的自衛権」の容認である。図式的には、(1)→(2)→(3)((1)→(3)も含む)という段階を仮定したパスモデルを検討する。

 

また、直接効果のみならず間接効果や全体効果についても検討する。目的変数に対しては、デモグラフィック変数を統制変数として組み込んだモデルとした。また、これらの説明変数の一部は潜在変数であることから、潜在変数のあるパスモデル(共分散構造分析)となる。

 

その結果が、次の図1である。

 

 

na-1

図1:パスモデル(直接効果)
係数は標準化解。有意な直接パスのみを掲載。

N = 442, χ2 (188) = 288.475***, RMSEA = .035, AIC = 19319.058, BIC = 19720.007,
CFI =.928, TLI =.901, SRMR =.035, CD =.983,
† p < .10, * p < .05, ** p < .01, *** p < .001

 

 

まず、自民党支持者が「集団的自衛権」を容認し、共産党支持者がそれに反対するという構図であった。しかし、民主党支持者や維新の会支持者は特定の方向性は持っておらず、与党の一員であった公明党も同様であった。公明党は与党の一員ではあったが、重要な支持母体である創価学会は「平和主義」を掲げているため、支持者には「集団的自衛権」に賛成する人と反対する人が拮抗していたと考えられる。

 

また、愛国主義を支持する人は自民党を支持し、排外主義を支持する人も自民党を支持する傾向があった。一方、愛国主義に反対する人は共産党を支持するが、共産党支持者には純化主義の支持者もいた。近年、共産党はリベラルな傾向を持っているが、その支持者はかつての共産主義国家で見られたように、1つの体制とか1つの文化といったものにコミットしている(その意味でリベラルやリベラル多文化主義ではない)のかもしれない。

 

さらに、愛国主義と排外主義の支持者は、政党支持を経ず、直接的に「集団的自衛権」を容認していた。しかも、その程度は、排外主義よりも愛国主義の方が強かったのである。共分散構造分析の全体効果においても、その傾向は同じであった。実はこの点が、私が発見して驚いたことでもあった。「集団的自衛権」を容認する日本人は、実は中韓をはじめとした諸国に対する排外主義的な意識からよりも、日本という国を愛さなければならないという愛国主義の影響を強く受けていたのである。

 

なぜ排外主義から「集団的自衛権」容認といった図式があったのだろうか? それは、既述のように、中韓との領土問題や歴史認識問題といったものがあり、万一領土をめぐる紛争が生じた際に、日米が協力して「集団的自衛権」を行使してこれを排するといったことが安易に想定されていたからかもしれない。

 

あるいは、欧米における多民族・多文化国家の形成を目の当たりにすると、ほぼ単一民族国家と考えている日本人にとって、これ以上外国人が増えないようにと抑制したり排斥したりしようとするのではないかと想定されていたからかもしれない。

 

しかし、そういった排外主義の影響もあるのだが、愛国主義の影響の方が大きかった。これは、現実に外国籍を持つ人々の人口が2%にも満たない日本社会においては、外国人を排除するような考え方は、リアリティに乏しいのかもしれない。

 

むしろ、ほぼ単一民族からなる日本国家を現在のまま維持しようというような考え方の方が、多くの日本人にとってリアリティを持っているのかもしれない。そのために、愛国主義が排外主義よりも「集団的自衛権」容認に結びつきやすかったのかもしれない。【次ページにつづく】

 

 

 

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