2016.07.25

「同一労働同一賃金」は非正規雇用の待遇改善につながるのか

佐々木亮

政治 #荻上チキ Session-22#同一労働同一賃金

安倍政権が導入に意欲をみせる「同一労働同一賃金」とはどんな考え方なのか? 導入に向けた課題は何なのか。日本大学准教授の安藤至大氏、弁護士の佐々木亮氏が解説する。2016年04月11日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「政府が掲げる“同一労働同一賃金”。導入に向けた課題とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 荻上チキ Session-22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

日本の賃金格差はなぜ大きいのか

荻上 本日のゲストを紹介します。労働経済学がご専門、日本大学准教授の安藤至大さんです。

安藤 よろしくお願いします。

荻上 そして、労働問題に取り組む弁護士の佐々木亮さんです。よろしくお願いします。

佐々木 よろしくお願いします。

荻上 安倍総理が同一労働同一賃金の導入に意欲を示しています。先日は会見でこのように述べていました。

「最大のチャレンジは『働き方改革』です。多様な働き方が可能となるよう、労働制度や社会の発想を大きく転換しなければなりません。再チャレンジ可能な社会を作るためにも、正規か不正規かといった雇用の形態に関わらない均等待遇を確保する。そして同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。」

安藤さん、総理が導入を声高に宣言していることに対してどうお感じになっていますか。

安藤 労働者のため、とくに非正規雇用の労働者の待遇改善のために力を尽くそうという気持ちはよく分かります。ただし、やはり技術的な面でさまざまな問題が予想されます。

経済学では同じものには同じ価格がつく「一物一価の法則」という考え方があります。しかし、働き方は千差万別なので何と何が同一なのかは難しいですよね。

とくに日本の働き方は、どこで何時から何時まで、どのような仕事をするのか、あまり明確にしない雇用契約が多いのです。したがって、何と何が同じ仕事かという定義の問題からして、今後苦労が絶えないだろうと思っています。

荻上 なるほど。安倍総理が同一労働同一賃金を目指すこと、そのものについてはどうお感じですか。

安藤 非正規雇用の待遇改善は確かに必要です。直近のデータを見てみると、働いている人の約4割の人は非正規雇用だと言われています。ただし、4割全員が「かわいそう」というわけではなく、その中で「不本意ながら非正規で働いている」という方は18%ほどです。こういう人たちの労働条件を上げていくという目的は正しいと思います。

ただし、そのほかにも選択肢がある中で、同一労働同一賃金という手段が最適な答えかというと、難しい状況です。おそらくこれは、労働問題を考える経済学や法律の専門家には共通する認識なのではないかと思います。

荻上 なるほど。他にどのような選択肢があるのかという話も、後ほどお伺いしたいと思います。佐々木さんは、この同一労働同一賃金どのようにお感じになっていますか。

佐々木 選挙前だからかな……というのが第一のイメージでした。ただ、ずいぶん大きな風呂敷を広げたもんだなあとは思います。同一労働同一賃金は、安藤先生がおっしゃったように、言うのは非常に簡単なのですが、実現するとなるとさまざまな問題があります。一国の総理大臣がその辺をきちんと考えて言っているのかと、少し疑問に思います。

ただ、非正規労働者の待遇を改善していく意味において、同一労働同一賃金は、私は必要なことだと思っております。

荻上 しかし、それが実現できるかは注意深く見たいということですね。安藤さん、さきほど非正規と正規の話が出ましたが、正規と非正規の賃金格差は今どうなっているのですか。

安藤 日本の場合、正規の人の賃金を1としたときに、非正規の人の賃金は0.6程度です。ヨーロッパだと1:0.8くらいと言われているので、世界的に見て日本は少し低すぎるのではという声もあります。

安藤氏
安藤氏

荻上 どうしてこれだけ格差が著しく出ているのでしょうか。

安藤 働き方が違うことが最も大きな理由だと思います。基本的にはヨーロッパでもアメリカでも、仕事内容や勤務地、働く時間などは、あらかじめ雇用契約でがっちり決められています。配置転換や転勤など、労働者の働き方を会社側の都合で変えることは、本人の同意がなければ原則としてできないのです。

これに対して、日本の正社員はよく「無限定」と言われます。仕事内容や勤務地を勝手に変えられることも多いですし、労働時間も定時で終わらず残業が多い。会社側が都合の良いように正社員を使う、自由度のある「働かせ方」が特徴です。だから、その見返りとして、少し割増の給料を払うことになっているわけです。

また、高度経済成長期以降、男性正社員には家族を養う程度の生活給を支払うという考え方が生まれました。給料とは仕事の対価だけではなく、社員が生活するためのものとされてきたのです。

さらに、高度経済成長のころは非常に人手不足だったので、やめたら損になる仕組みがいろいろと作られてきました。たとえば年功序列の賃金にしたり、退職金を用意したり、一回雇った人にやめてもらわないような仕組みとして正社員の給料は出来上がってきたのです。

これに対して、主婦のパートや学生のアルバイトは、家計を主として支えるのではなく、男性正社員が稼いで足りない分を補うものという考え方でした。このように賃金に格差があっても仕方がないと思われてきた歴史的経緯があります。

しかし今は、非正規雇用の人が自分の収入で生活を支えなければならない場合もあります。よって格差は大問題だと認識されるようになってきました。

とは言っても、これまでの歴史的経緯を引きずっているので、ある日突然、ガラガラポンをするのはなかなか実態に合いません。これは、おそらく企業経営者側の経団連も、労働者側の労働組合も考えていることだと思います。

導入には抵抗があるのでは

荻上 去年、同一賃金同一労働推進法という法律ができましたが、これはどのような法律なのですか?

佐々木 とくにこの法律自体は何かを決めたり、実現しようというものではないです。政府が同一労働同一賃金を目指して何かやりますよと宣言した法律と考えていただければと思います。

文脈としては、派遣法の議論の際に一緒に作られた法律なのです。派遣法の改悪で格差が固定するとの批判をかわす意味で、この法律が制定されたと言っていいと思います。成立の過程からすると、非正規労働者の待遇を引き上げるという趣旨のものです。

しかし、今ある働き方、もしくは労働条件を変えるような効果はないです。今後、この宣言を実行するための法律や政治が伴わなければなりません。

荻上 なるほど。先ほど安藤さんのお話であったように、いま実際に正規・非正規で1:0.6という賃金格差があり、非正規の割合が非常に大きくなってきている。そんな中で、政府案としては具体的にどのようなプランが出てくると考えられるでしょうか。

佐々木 問題なのは、専門家が考えている「同一労働同一賃金」と、世間の皆さんが考えている「同一労働同一賃金」の間にはかなりのギャップがあります。専門家でも論じる人によって同一労働同一賃金の内容が異なります。こうした状況の下、みんなが納得のいく落としどころを探すというのは、これから相当苦労するだろうなと感じています。

安藤 たとえば一番基本的な考え方としては、同じ仕事をしていれば当然同じ賃金です。ということは、たとえばアメリカで自動車メーカーの製造過程を担当している人は、GMで働こうがフォードで働こうが、同じ仕事をしていたら基本は同じ賃金です。

これは、会社をまたがった産業別の労働組合と経営者団体が労働条件を交渉することから、どの会社でもベースは同じになるわけです。これは悪い言い方をすれば、労働者が原材料と同じ扱いなんです。

ですからアメリカやヨーロッパでは、企業の業績が上がったり下がったりすると、マネージャーや管理職の給料の待遇は変わりますが、労働者の給料はほとんど変わらない。これは日本の考え方とかなり違いますよね。日本でしたら、企業業績が上がればもちろん労働者も貢献したのだからボーナス上がったり給料が上がったり、それは当然だと思われています。

しかし、本当に極端な同一労働同一賃金をやるのであれば、労働力を提供しても同じ単価がついておしまい。企業業績がどうなるかは労働者に関係ない話なのです。

こうした考え方は、日本ではなかなか受け入れられないと思います。社員はただ言われたことをやるだけではなくて、業務を改善したり、会社の仕事をより良くするために頑張って、はじめて見返りがある。それでうまくいっていた面がありますから、導入には抵抗が強いと考えられます。

となると、まずは同じ会社の中では同じ仕事をしていたら給料は同じであるべきとする、もう少し狭い意味での同一労働同一賃金の導入が考えられるでしょう。

しかし、社内でもいろいろな雇用契約がありますよね。一般的に正社員は長期雇用が前提で、就職から定年までの間のトータルで、プラスとマイナスの貸し借りが清算されるような働き方とされています。

一方で、パートやアルバイト、有期雇用の人たちは、市場の需要と供給で賃金が決まるような働き方です。給料の決まり方が違えば賃金の格差も避けられません。そうすると今度は、賃金の決まり方が同じ人同士で同一労働同一賃金を考えなければならない。こういう形でどんどん対象が狭まっていくと、結局のところ実効性のある同一労働同一賃金という意味では「やって意味あるの?」となってしまうと思います。

何が「均等」?「均衡」?

荻上 同一労働同一賃金は、何がなされたら「実行された」と言えるのでしょうか?

安藤 会社の中には多種多様な働き方がありますから、どれくらいの範囲までだったら差があっても同じ給料で納得がいくのかが問題です。何をもって同一労働同一賃金が成立したかといえば、結局は非正規の労働者がある程度納得してもらえる範囲で働けるということだと思います。

ただし、いろいろな働き方があるという前提条件をすっとばして「同一労働同一賃金が当たり前だ」と言いすぎてしまうと、かえって納得感がなくなってしまう。あるいは不満が増えてしまうんじゃないかと心配しています。

荻上 違う働き方なのになぜ給料だけ同じなんだというように、内部で対立が出てくるということですね。さきほど、安倍総理の会見の中でも均等待遇という言葉がありました。これに関して、今年1月の衆議院本会議で、当時の民主党岡田代表の質問に安倍総理はこう答えています。

「同一労働同一賃金と均等待遇などについてお尋ねがありました。均等待遇、均衡待遇が何かについてはさまざまな解釈がありますが、均等待遇とは仕事の内容や経験、責任、人材活用の仕組みなどの諸要素が同じであれば同一の待遇を保障すること。均衡待遇とは、仕事の内容や経験、責任、人材活用の仕組みなどの諸要素に鑑み、バランスのとれた待遇を保障することと捉えています。

これまで、我が国において、均等・均衡待遇の確保を直ちにはかることについては課題があるとして、そのあり方について、調査研究を行ってきました。その上で、非正規雇用で働く方の均衡待遇の確保に取り組んできたところであり、この点についてさらに取り組みを強化してまいります。

しかし、女性や若者などの多様な働き方の選択を広げるためには、非正規雇用で働く方の待遇改善をさらに徹底していく必要があり、働き方改革として、日本一億総活躍プランでは、同一労働同一賃金の実現に踏み込むこととしました。その策定にあたっては、一億総活躍国民会議の場において、先ほど申し上げた均衡待遇にとどまらず、均等待遇を含めて検討をいただきます。我が国の雇用環境に留意しつつ、待遇の改善に実効性のある方策を打ち出したいと考えております。」

安倍総理が強調していたのは、均衡にとどまらず均等まで踏み込むぞということですが、佐々木さん、今の総理の言葉はどうお感じになりましたか。

佐々木 まあ、均衡と均等の違いまで説明した上で、均等まで踏み込むと言っていますから、それはやってもらわないと困りますね。

荻上 均等というのは一緒にしていきますよということで、均衡というのは一緒じゃなくても不満が出ない程度に整っていますよ、という違いがあるわけですよね。

弁護士の立場からすると、均等を実際に目指すとなったときには、おそらくあの人と私は均等待遇じゃないんですという訴えがあり、裁判になるケースが考えられますよね。そのときにどういった点に注目して、均等であるべきなのになっていないと評価されるのでしょうか。

佐々木 まず職務が一緒かという問題があります。他に、配置転換はあるのか、責任はどれくらい重いのかという面も含めて見られていくことになるでしょう。

しかし実際のところ、均等とされることを立証するのは労働者からするとほぼ不可能に近いです。それは、労働者側にはそれを証明する資料が手元にないからです。ですから、仮にそういう法律を作るとしたら、均等でなくていい理由を使用者側に主張・立証させる内容にしなければ、結局は意味のない法律、意味のない制度になってしまいます。

佐々木氏
佐々木氏

荻上 法律を作るからには守らせるための仕組みと、それに反した場合に訴えられるような仕組みが両方とも必要になるわけですよね。実際に立証責任を雇用者側、雇う側に求めるような法律作りは可能だとお感じになりますか?

佐々木 法文の技術としては難しくないので可能だと思います。ちなみに、均等にすべきとまでは言っていませんが、均衡に関しては、たとえば労働契約法という法律で、期間の定めのある雇用と期間の定めのない雇用との間での不合理な差別は禁止するという条文があります。

これについて、いま裁判でいくつか争われていて、実効性のある法律なのか、誰に立証責任があるのかということなどが、今後の裁判例によってはっきりしてくるだろうと思います。もし新しく法律を作るのであれば、今度はきちんと効力があることが分かりやすく、立証責任が雇う側にあることが明確な法律にすべきだと思います。

荻上 どのような法律を作って欲しいですか?

佐々木 たとえば不合理な差別があった場合に、差別されていた方の待遇を、有利に扱われていた方に引き上げて合わせるとか、これは埋め合わせる意味で補充規定と言いますが、そうした中身まで書いてくれると使いやすいですよね。

荻上 また、意義申し立てがあった場合には雇用した側がしっかりと説明を果たすべきであり、それがなされない場合においては不合理な差別があったとみなされる、というような文章であれば、労働問題の異議申し立てがわかりやすく解決しやすくなりますよね。

安藤さん、先ほどの総理の発言はどうお感じになりましたか?

安藤 均衡に関しては、他にもいろいろな法律にすでにあります。たとえば、正社員ではないということについては3つ条件があり、有期雇用であること、間接雇用(派遣)であること、フルタイムではなくパート・アルバイトであること。それぞれの条件について均衡を考えないといけないという内容は、もう法律に書いてあります。

しかし、それ以上踏み込んで来なかったのは、均等の一歩手前の均衡ですらみんなが納得のいく相場観を作ることは難しいからなんです。先ほど佐々木さんがおっしゃった通り、いま裁判がいろいろ行われていて、徐々に相場観が作られていく過程なのですが、非常に時間がかかるだろうと思います。

荻上 5月に方針をまとめると安倍総理は言っていますが、具体的なことはこれからというわけですね。

安藤 おそらく、出てくる話は極端に不合理なものをどうするかだと思います。たとえばフルタイムとパートという条件以外は全く変わらない、無期雇用で直接雇用の人たちが仮にいたとして、8時間続けて働いているひとと4時間ずつ同じ分だけ働いているひとで、時給換算したときにあまりに差があったらそれは不合理でしょうと。

しかし、時給換算でまったく同じというのも難しいと思います。8時間フルに働く人と違って、4時間ずつだと引き継ぎもできないから、フルタイムで働いてくれる人の方に多め払ってあげることもあるかもしれない。

また、この時間になったら絶対に帰らないといけないという人と、万が一忙しかったら残業できますという人とでも、やはり給料にちょっとの差が出てしまうのは仕方ないと思います。ただ、給料が極端に違っていたら、それはおかしいという議論が出てくることは考えられます。

荻上 ただ、もしもの場合に動ける要素のある人とそうではない人という分け方は、難しい線引きだと思うんですね。その「もしも」がなかったとしてもずっと給料は高いままなのか。

あるいはお子さんがいる家庭があり、子どもが熱を出して帰らないといけない日があるという場合に、子どもがいる人といない人とで給料を分けるのは差別だという感覚を得ると思います。どこからが合理的でどこからが非合理なのかという条件づけの面においても、なかなか難しそうな気がしますね。

安藤 納得のいく相場観を作り上げていくためには、これから時間をかけて取り組んでいくしかありません。ただし、実際に残業をすることがあまりないとしても、やはり均衡する労働条件には差があると思います。

これは我々が海外旅行にいく際に保険に入るときの話と同じです。ほとんどの人は何もトラブルなく帰ってきてもったいなかったと思ったりしますが、それがあることで安心感が得られます。実際にそのサービスを使うかどうかと、選択肢としてそれが使える状況にあるのかというのは、やはり違うものなんです。

荻上 それは雇う側からしてということですよね。ということは、今度は労働者側として、あの人はいざという時に緊急対応しなければいけないからということで、賃金の格差を納得できるかどうか。ここも一つのポイントになりそうですね。

安藤 はい。それは国が統一の基準を決めるというよりは、現場で労使が話し合って徐々に詰めていくしかないと思います。会社によって残業の発生頻度も働き方も違うわけですから、統一の基準を設けてしまうと数字だけが独り歩きして、労使の真剣な話合いを阻害してしまうのではないかと心配になります。

というのは、日本の法律の労働条件や給料については原則、労使で話し合って決めることになっているのです。最低賃金など、みんなが守らなければならない最低限の基準については別ですが。ただ問題は、最近、労働組合も組織率がどんどん下がってきて、だからこそ政府が旗を振るようになってきた経緯もあり、当事者にまかせれば万事オッケーとも言えないのが心苦しいところです。

今の仕組みを壊すのはもったいない

荻上 そうした中で、労働者側と雇う側それぞれの意見の違いが鮮明になるような事例を紹介していきたいと思います。安倍総理が同一労働同一賃金の法制化に向けた準備を指示したことを受け、経団連と連合、それぞれが声明を出しています。

まずは経団連の榊原会長の発言です。

「同一労働同一賃金については日本の雇用慣行にあった制度とすることが肝要である。多くの日本企業では、その人の仕事の内容や責任の程度のみならず、期待、役割、転勤を含む、将来的な人材活用など、様々な要素を勘案して賃金を決めている。これは日本企業の競争力の源泉のひとつである。同一の職務内容であれば、同一の賃金を支払うという単純なものとするのではなく、我が国の雇用環境を踏まえた議論が必要である。」

なんだか難しい言葉をいろいろ使っていますが、消極的ということはよく伝わってくるメッセージですね。続いて、連合の逢見事務局長の談話です。

「連合はかねてから雇用形態に関わらない、均等待遇原則の法制化を強く求め続けてきた。パートタイム労働者や契約社員、派遣労働者など、非正規雇用労働者は、雇用労働者のおよそ4割を占め、民間、公務を問わず、現場で不可欠な存在となり、主に自らの所得で生計を支える非正規労働者の割合も上昇している。しかし、賃金、一時金だけでなく、休暇や福利厚生などの格差がある。均等待遇の法制化は現場を改善する政策の柱であり、労働政策審議界での議論を早期にスタートさせるべきである。」

連合側は非正規が増えているからなんとかしてくれという意見でした。佐々木さん、まずこの意見の対立をどう受け止めれば良いでしょうか。

佐々木 それぞれ特徴がよく表れているなと思います。経団連の方も、やり方によっては自分たちの利益になると考えているはずです。要するに正規の方を崩して非正規の方に合わせていくという考え方もあるので、頭からやるなとは言っていない。連合の方は、非正規労働者の待遇改善のために同一労働同一賃金を入れてくれとずっと主張していますから、その文脈で声明を出しているのだと思います。

荻上 なるほど。とくに気になるのが、経団連の榊原さんがおっしゃっていた、「日本型の労働のあり方があるんだから文句いうな」ということですが。

安藤 経済学者の視点でいうと、経団連側の意見にある程度納得できます。というのは、アメリカでもヨーロッパでも基本的には職務給という決まり方で、高卒の人が就こうが、大学院を出て博士号を持っていようが、仕事内容が同じなら給料は同じ。これこそが同一労働同一賃金にあった世界なんです。

しかし日本の場合、仕事に給料がつくのではなくて人に給料をつけます。今たまたま配置転換されて担当している仕事の給料がつくわけではない。それは企業側、労働者側もそれなりに納得していたことです。

会社は、経験のある人だけでなく、新卒を採用しています。まっさらな人を雇って配置転換などを通じて、この人は経理が向いているだろうか、営業はどうかなと適材適所を探していく。労働者にとっても、その仕事ができなかったらお払い箱というタイプよりは、一定の満足度がありました。

しかし、こうした仕組みに乗っからない人、非正規雇用で自分の生活を支える人たちが増えてきた。何か対策が必要だというときに、たしかに他の国のスタンダードに合わせるというのも一つの考え方です。

ただ、うまくいっている部分も全部壊して、職務給の世界にもっていくのは、私は結構もったいないことだと思っています。これはおそらく企業側も、労働組合の人も実は感じていることだと思います。

荻上 さきほど労働者の4割が非正規というお話があり、いわゆる日本的な雇われ方をしている層はどんどん減ってはいるわけですよね。ここで仕組みを変えてもダメージはそれほど大きくないのではないか、という意見も出てくる気がするのですが。

安藤 たしかに正社員は少しずつ減っています。しかし、非正規の伸びがどこから来ているのかと言えば、これまで家族で経営していた街の商店からチェーンの大きなスーパーやショッピングモールに移った、つまり個人事業主やその家族から非正規に切り替わった分量がかなり大きいんですね。非正規が増えた分、正規が減ったわけではないのです。

最低限の引き上げと職業訓練

荻上 リスナーの方からいろいろ質問がきています。

「企業で人事に携わっている立場から悩ましいのは、『同一価値労働同一賃金』です。多くの企業にとって全く同じ仕事はそもそもあまりありません。とくに事務系、営業系、研究開発系がそうです。そのため、どんな物差しをもって同一価値労働かなんて簡単に決められません。仮に決めたとしても、時間の経過とともにすぐに価値が変動する可能性が高いと思います。」

こんな懸念の声も届いています。

「同一労働同一賃金の名のもとに、低い方に合わせないでほしいです。介護関係の職種ですが、もともと他行所より低いのに介護報酬引き下げで賃金低下が起こっています。これ以上低い方に合わせたら、2025年より前に職場が崩壊してしまいます。」

そして、こんな意見もきています。

「同一労働同一賃金が導入されたとして、きちんとした運用はなされるのでしょうか。現状の他の制度も守られていない労働環境を見ていると、なにも変わらないか、悪用されるだけという気がします。」

佐々木さん、今のメールで気になったものはありますか?

佐々木 まず、鋭いなと思ったのは最初のメールですね。やはり現場の声は強いと思います。どう判断するのかは非常に悩ましいです。極端な話をいうと、営業社員も警備の社員も会社に対してどんな貢献をしているかという基準で価値を定めていますよね。

ところが労働の価値を会社側が一方的に決めてしまうと、会社が好きなように給料を決められることになってしまう。かと言って、価値という基準を抜きにすると、同じ仕事なんて一つもなくなってしまう。結局、ある程度アバウトな見方を導入しなくてはいけなくて、若干均衡に近づくというやり方になると思います。

荻上 安藤さん、気になったメールいかがですか?

安藤 最後のメールで、「こんなにルールを変えて実際に守れるの?」という気持ちはよくわかります。日本の働き方のルールって、大企業にはちゃんと守らせるけど、中小企業の現場ではあまり守られていない実態があります。真面目にやり過ぎるのは良くないよ、くらいの感覚があったりするのです。ですから、トラブルを起こして摘発されても反省するどころか、まるでスピード違反で「なんで自分だけ捕まるんだ」みたいな不満感を募らせたりする。

ですから、最低限守れるルールを作って、それを逸脱したら100%摘発するくらいのことを本当はやらなければいけません。そうすると、みんな守っているから自分も守ろうとなると思います。

荻上 なるほど。安藤さんは最初に、同一労働同一賃金によって非正規の不満を解消するのは、手段としては不適切ではないかとお話されていました。安藤さんなら、どのように改善する案が必要だとお感じになりますか?

安藤 今の時期ですと、考えられるのは2つです。まず、最低賃金に手を突っ込む。アメリカでは、最低賃金をマイルドに上げていく分には良い影響の方が強かったというデータもあります。いま失業率が3%まで落ちていますから、現場は人手不足です。現場が受け入れられるレベルの最低賃金の引き上げは悪くないかもしれません。

もう一つは、やはり職業訓練です。できることを増やしてお金を稼ぐ能力を高めるから、給料も上がる。これからどんどん人口が減り、働き手不足が進んで行くわけですから、それに備える意味でも技能を向上させることは待遇改善に繋がるのではないかと考えます。

荻上 なるほど。非正規の人になにかしらの訓練を受けれる機会を与えるということですか。

安藤 そうですね。求職者支援制度のように、生活できるお金を受け取りながら訓練を受ける制度が重要だと思います。

荻上 訓練を受ける金も時間もないという人に向けて有給訓練の仕組みを作るということですね。安藤さん、佐々木さん、今日はありがとうございました。

Session-22banner

プロフィール

佐々木亮弁護士

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団常任幹事。ブラック企業被害対策弁護団代表。ブラック企業大賞実行委員。首都圏青年ユニオン顧問弁護団。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。

この執筆者の記事

安藤至大契約理論 / 労働経済学 / 法と経済学

1976 年東京生まれ。日本大学総合科学研究所准教授。04年東京大学博士(経済学)。政策研究大学院大学助教授等を経て15年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。著書に『雇用社会の法と経済』(有斐閣、2008年、共著)、『これだけは知っておきたい 働き方の教科書』(筑摩書房、2015年)など。

この執筆者の記事

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

この執筆者の記事