「ガラパゴス化」する慰安婦論争 ―― なぜに日本の議論は受入れられないか

河野談話見直しの動きや、橋下大阪市長の慰安婦関連発言により、慰安婦問題に対する関心が、かつてないほど高まっている。しかし、それならわれわれはこの慰安婦「問題」についてどの程度知っているのだろうか。そこで本稿では、この問題の歴史的展開過程を確認することにより、この問題について改めて考えてみることにしたい。

 

 

歴史問題と歴史「認識」問題

 

―― 今は違う?

 

今はそれは認められないでしょう。でも、慰安婦制度じゃなくても風俗業ってものは必要だと思いますよ。それは。だから、僕は沖縄の海兵隊、普天間に行ったときに司令官の方に、もっと風俗業活用して欲しいっていったんですよ。

 

 

よく知られている橋下大阪市長の発言である。この文章を引用したのは、彼の発言を糾弾するためではない。ここで注目したいのは、この発言が典型的にしめしているもう一つの重要な事実である。それは、慰安婦問題に代表されるような歴史認識問題が、じつは「過去」における特定の事象にかかわる問題である以上に、「現在」のわれわれのものの考え方、つまり、「認識」と関係する問題なのだ、ということである。

 

それはある程度、当たり前のことである。たとえば、日韓両国のあいだに横たわる教科書問題を考えてみよう。周知のように、この問題は「教科書に書かれている『過去』の事実が、実証主義的観点から正しいか否か」をめぐる問題である以上に、「どのような『過去』の事実が書かれるべきか」をめぐる問題である。「過去」の事実とは、一定の時間軸の範囲で起こったあらゆる事象を意味しており、われわれはそれをどこまでも無限に細分化することができる。にもかかわらず、教科書の分量は限られており、当然、そこには一定の基準、つまり、「歴史認識」にのっとって、特定の事実だけが選ばれ、並べられることとなる。

 

同じことはあらゆる「歴史」についていうことができる。われわれが現在目にする「歴史」とは、無限の素材をもつ「過去」のなかから、限られた事象にのみ注目して作り出したものである。われわれがなぜにそれら特定の事象に注目するかは、過去の事象そのものからは説明できない。その背後には必ず何かしらの、「歴史を紡ぐ者」の価値観が存在する。なぜならわれわれは一定の価値観なしに、膨大な過去の事実から特定の事実を選び出すことすらできないからだ。

 

たとえば、それは自らの過去を利用して「自分史」を書く試みを考えてみればわかりやすい。自分の過去に起こったさまざまな事象から、肯定的な事実のみを寄せ集めれば、「イケてる自分の歴史」を作り出すことができる。しかし同様に、否定的な事実をかき集めれば、振り返りたくもない「ダメダメの自分の歴史」を書くこともできるに違いない。大事なことは、われわれはこのまったく異なる「歴史」を、ともに選りすぐられた過去の事実そのものについては忠実に再現しつつ、書くことができることだ。

 

だからこそわれわれは、ときに「朝起きたときの気分」程度によってさえ、「頭のなかの自分史」を容易に書きかえることができる。問題は無限に存在する過去の事実のなかから、どの事実のどのような側面に注目するか、なのである。そしてこの点を理解することなしに、慰安婦問題をはじめとする歴史認識問題については理解できない。

 

 

慰安婦問題の歴史的展開

 

一言でいえば、歴史と歴史認識のあいだの関係は、歴史があってから歴史認識があるのではなく、歴史認識があって初めてわれわれは歴史を「書く」ことができるという関係にある。「イケてる自分の歴史」の前提には、「自分はイケている」という歴史認識があり、逆に「ダメダメな自分の歴史」の背後には「自分はダメな奴だ」という歴史認識があるというわけだ。もちろん、今日の日韓両国の慰安婦問題に対する理解の背景にも、やはりその前提となる「認識」が存在する。簡単にいえば、「認識」が異なるからこそ、日韓両国のさまざまな論者が注目する慰安婦問題の事実にかかわる側面も異なり、ゆえに錯綜した議論になっている、ということである。

 

ここで重要なのは、「自分史の歴史認識」が日々変化するように、日韓両国の歴史認識問題にかかわる考え方も、日々変化する、ということだ。当然のことながら、その変化にもまた理由がある。そしてここで忘れられてはならないのは、人々の認識に変化を与えるのは、過去の事実そのものよりも、各々の時点での「認識の保持者」をめぐる状況である、ということだ。それは、飲みすぎて二日酔いになって仕事でへまをやらかした翌日には、「ダメダメな自分認識」ができあがる、というのと同じ理屈である。

 

だからこそ、日韓間の慰安婦問題を考える上でも、この問題をめぐる人々の「認識」がどのように作られ、どのように変化してきたかを知ることは重要である。たとえば、次の表は韓国で最大の発行部数を誇る保守有力紙『朝鮮日報』の記事データベースから、歴史認識問題にかかわるさまざまなイシューについての報道の頻度をまとめたものである。より具体的には、データベース上において、キーワードもしくはタイトルに日韓両国の歴史認識問題にかかわる語を含む記事の数を数えたものである。

 

 

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もちろん、新聞の紙面数等は時代により異なるので、異なる時代の数値を直接的に比較することは難しい(より詳しい分析ついては、拙稿、Discovery of Disputes: Collective Memories on Textbooks and Japanese–South Korean Relations, Journal of Korean Studies, vo. 17-1, 2012をご参照いただきたい http://muse.jhu.edu/login?auth=0&type=summary&url=/journals/journal_of_korean_studies/v017/17.1.kimura.html)。それでもこの表から明らかなことは、いくつかある。特に慰安婦問題において注目すべきは、少なくともこのメディアにおいて、ある特定の時期までは慰安婦問題に対する関心がほぼ皆無だったことである。

 

じつは、同じ現象は、韓国における他の新聞や雑誌においても確認することができる。さらにそれは何もマスメディアだけの現象ではない。80年代までの韓国においては、歴史教科書においても、女性の戦時動員にかんする記述はわずかに見つかるものの、慰安婦問題にかかわる具体的な記述はまったく見られない。

 

同じことは学術論文についてもいうことができる。今日利用可能なデータベースから判断するかぎり、植民地期の慰安婦問題にかんする韓国語の学術論文は70年代までは1本もなく、80年代を通じても数本があるに過ぎない。そしてそのすべては、女性問題の専門家によって書かれたものであり、歴史学者が慰安婦問題について書いたものは80年代になっても登場しない。日本では、すでに1973年に千田夏光が『従軍慰安婦』(双葉社)を出版し、歴史学者のあいだでも議論が始まっていたことを考えれば、この時点での韓国における慰安婦問題への関心は、日本におけるそれよりはるかに低かったことになる。

 

 

 

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