2014.09.24
感染拡大のデング熱! 蚊の生態からわかることとは
連日感染者の増加が報道されるデング熱。デング熱によってどのような症状があらわれるのか。なぜ今年注目を浴びるようになったのか。治療法はどのようなものがあるのか。媒介する蚊の生態を学びながら今後の対策について考える。TBSラジオ 荻上チキSession-22 「感染拡大のデング熱。蚊の生態と対策」より一部抄録。(構成/山本菜々子)
デング熱の症状とは
荻上 今日は、国内感染の拡大が連日取り上げられてきた「デング熱」を取り上げます。基礎的な知識に加えて、蚊の生態についても学び、今後の対策について考えていきたいと思います。二人のゲストの方にお越しいただいています。まずは、病原体媒介節足動物がご専門の嘉糠さんです。よろしくお願いします。
嘉糠 よろしくお願いします。
荻上 「病原体媒介節足動物」というのは、これは文字通り、蚊を含む、病気を媒介する節足動物ということですか。
嘉糠 そうです。この中にはマダニが含まれてきます。マダニは昆虫ではないので、「節足動物」というのが正式分類です。
荻上 普段はどのような研究をされているのでしょうか。
嘉糠 まさに話題になっているデング熱を媒介する蚊や、マダニの行動生態学です。たとえば、どういった人間を蚊は好んで吸っているのかなどを研究しています。
荻上 そして、感染症がご専門の自治医科大学附属病院・感染制御部長、准教授の森澤雄司さんです。よろしくお願いいたします。「Session-22」では以前、エボラウィルス感染症(エボラ出血熱)についてもお話していただきました。
今回は、デング熱がどのような症状で、今どのような状況なのかについてお話を伺えればと思います。改めて、デング熱はどのような感染症なのでしょうか。
森澤 世界中にたくさん患者がいるのが特徴だと思います。WHOによると、毎年一億人ほどの患者が出ています。一億人となると、全人類の70人に一人がかかっていることになります。
多くの方がかかる病気ですが、具体的にどのようなタイプの方が重症化するのかは詳しくわかっていません。デング熱の悪化で入院される方は年間50万人ほどいるのですが、傾向としては、大部分がお子さんであるといえます。その中でなくなる方は2.5%ほどです。致死率としては非常に低いと言えますね。
荻上 医療が受けにくい環境だと、致死率が高くなることはあるのでしょうか。
森澤 デングの重症患者の中で、無治療であると亡くなる率は10%~20%と、昔の教科書には書いています。ですが、たとえば点滴をするだけでも助かる確率が上がります。きちんとした医療を受けられる環境であれば、致死率は1%も行かないというのが一般的な理解です。
荻上 デング熱の致死率は、医療体制の不備によって上がっている面があるということですね。デング熱はどのような場所で発生しやすい病気なのでしょうか。
森澤 これは、嘉糠先生のご専門ですが、デングをうつしやすい蚊が必要条件であることは確かです。人がいて蚊がいることが条件ですので、誰もいないような田舎というよりも、リゾート地や都市部などある程度人の集まっている場所で出ているのも特徴です。
荻上 蚊が感染者から血を吸い、その次の人を刺すまでの距離が短い場所、ということですね。確認ですが、デング熱は人から人には感染しないわけですね。
森澤 そうです。蚊を介して感染することになります。
荻上 デング熱はどのような症状が出るのでしょうか。
森澤 簡潔に言うと、ひどいインフルエンザと思っていただければと思います。熱が高くなり節々が痛くなります。インフルエンザの場合、高い熱が続くと3日~5日ですが、デング熱では平均して1週間ほど発熱と節々の痛みが続きます。たいていは、自然に治ることが多いです。
デング熱で特徴的なのは、一度目は高い熱がでて一過性で終わる方が多いのですが、二度目が重症化しやすい点です。
荻上 2度目の方が重症化するというのは蜂などでも聞きますが、アナフィラキシーショックにも似ていますね。
森澤 流行地域の話を聞くと、3回目、4回目は軽い症状で済む方が多いようです。必ずしも、アレルギーのように入ったから過剰な反応が起きるという単純なメカニズムではありません。
この重症化も不思議な経過をたどります。熱が下がった時に急にお腹がいたくなるとか、あるいはうわ言をいう、皮膚が真っ赤になる、出血する。そういったケースは重症化します。そこが注意する点だと思います。
デングは、ウイルスが体に入っても、発症する率が半分以下と言われています。僕らも短期の旅行から帰ってこられた方は重症化しないと思って診ていますが、現地にしばらく住んでいた方や、現地の方が日本に来られて発症されると、危険だと感じます。
荻上 デング熱にも症状に幅があること。うわ言や、出血などの症状も知っておいた方がいいですね。
森澤 「熱がある」と病院に行くと、解熱剤を出されて「様子をみてください」というのが一般的な対応です。小さいお子さんや高齢の方、基礎疾患がある方は熱が出たら病院に来ていただきたいですが、普段元気な方は自宅で休養することが多いのではないでしょうか。熱が下がってから具合が悪くなったら、デングの可能性がありますので、病院に来ていただければとおもいます。
なぜ、今年!? デング熱が注目される理由
荻上 質問が来ています。「そもそも、デングとはどんな意味なのでしょうか。」
森澤 デングという病気は非常に古くからあります。私が調べてみたところ、たとえば、1780年にはアメリカのフィラデルフィアでデングと思わしき病気がはやっていました。その時は〝break-bone fever″(骨が折れる熱)という名前で呼ばれていたようです。
それが、今のデングだろうと言われています。デングの語源は、スワヒリ語で「Ki-denga pepo」、急に何かに取りつかれたという意味のようです。そのdenga の部分が訛ってデングになったと言われています。
荻上 このような質問も来ています。「毎年日本でも十数人、数十人単位でデング熱感染者が報告されていますが、今年はなぜこんなにも騒がれているのでしょうか。もちろん用心に越したことはないので、あまりにも今年に限って過剰に報道されているので違和感を覚えます。何か例年と違いがあるのでしょうか」と。
森澤 ここ数年は、200人を超えてデングは発症していました。我々の病院でデングの診断がついた方も、去年は4人ほどいます。
しかも、デングの確定診断は、保険診療ではできないので、保健所を介して国立感染研究所などで検査しないといけません。たいへん手間がかかります。ですので、毎年200人以上いたと考えていいと思います。
荻上 知らずにデング熱にかかっている方も多いということですね。
森澤 海外から帰ってきて、熱が出たとして、医療機関を受診する方はいったいどれくらいいるのか疑問ですね。
荻上 もしかしたら、疲労だと思ったり、日焼けし過ぎて熱中症になったんじゃないか、とか思って、病院にいくより家で休養していようとなるかもしれませんね。
森澤 では、なぜ今年は騒がれているのか。今までは、海外から帰ってきた人が発症していました。しかし、今年は海外渡航歴の無い方がデング熱にかかってしまったんです。
とはいえ、本当に今年からなのかという疑問もあります。昨年、ドイツの方で日本に旅行して帰った後にデングを発症したという報告がありました。厚労省から通達は出ていたのですが、空港で刺されたのでは、勘違いしたのではと、医療現場では受け取られました。
ですので、通常では、海外渡航歴のない方が発熱した時に、デング熱かどうか疑うことはありません。今回、どういう先生が気づかれたのか、私は分かりませんが、よく気が付いたなというのが率直な感想です。
荻上 つまり今回、日本国内で蚊が媒介したので、いつもと違うような形で問題化されているんですね。
森澤 そうです。「今年のデングは重症化する」という話ではありません。ほとんどの場合自然に治る病気ですし、今のところ二度デング熱にかかってしまい日本国内だけで重症化するというのは、考えにくいと思っています。
治療法は「何もなし」
荻上 だから報道でも、「国内感染者」を強調するわけですね。森澤さんは、この間のデング熱に関する報道をどう見ていますか。
森澤 非常に対応が早かったと思っています。特に行政側から情報があっという間に流れて、その点はよかったのではないでしょうか。
ただ、医療の方は情報についていけなかった部分があります。「蚊に刺されて熱が出たら病院に行きましょう」という話が出ていますが、そう単純な問題ではありません。
先ほども言ったように、病院に来られても保険診療では診断できないので、研究目的で大学などが持っている検査キッドを使い、陽性だったら保健所に出して検査してもらって診断を確定するという手順ですから、そう簡単には診断がつかないんです。
そこまで手間と時間をかけても、1週間くらいでほぼ治ってしまいます。そういった状況で、「蚊に刺されて熱が出たら病院に行きましょう」というのは難しいですね。
荻上 今、診断キットは特殊だという話になりましたが、治療法も特殊な薬などあるのでしょうか。
森澤 治療法は何もなしですね。
荻上 何もなし?
森澤 対症療法だけです。熱を下げる、ご飯が食べられなかったら点滴をする、というくらいです。
荻上 なるほど。デングの診断がついたからと言って、特別な治療をするわけではないんですね。とはいえ、対処療法をすることによって楽になること等はとても重要ですよね。普段から、働いている人は病院に行かずに無理する傾向がありますからね。
森澤 そうですね。ですが、日本の場合、簡単には言い尽くせないところもあります。
たとえば高い熱を出すと、普通は解熱剤を出しますよね。日本で出す解熱剤は、一般的に非ステロイド系の抗炎症薬です。そういう薬は、血小板を抑制して血を固まりにくくする作用があるので、出血するデングのような病気にはあまり使っては欲しくないんです。
でも、今までずっと、それを出し続けていたので、パッと変えられるのかと言われると難しいですね。
荻上 現在は、特定の場所が原因だったのではと言われていますよね。僕個人、報道をする際に、病気だけの知識ではなく、場所をアナウンスするのも大事だと思っています。利用者が多い公園ですから、そこが閉鎖されていることなど情報も大事ですし、そこに行ったことを覚えておくためのリマインドなど、役割は多いなと思います。但し、それと閉鎖・消毒の賛否とは、別の論点として区別しなくてはならないですね。
森澤 そのあたりは非常に難しくて、バランスの問題ですね。これから、様々な情報が増えてくると思うんですが、本当にこの公園だけなのか、他のところにも広がっているんじゃないか、後から見たら過剰な対策だった、ということはあるかもしれません。感染症の対策は当初過剰なぐらいで、後からだんだん緩めていくのがいいと思います。
最初は公園を閉鎖してもいいと思いますが、それがいつまでも続くのは、ちょっとやりすぎかなと思います。
注射器に入った毒
荻上 ここからは、嘉糠さんに蚊の生態についてお話していただきたいと思います。今回は、国内で感染したとのことですが、日本にはデングウイルスを媒介する蚊が生息しているのでしょうか。
嘉糠 デング熱ウイルスを媒介する蚊はヒトスジシマカという蚊ですが、これは、日本中あちこちに生息する蚊です。
意外に思われるかもしれませんが、マラリア原虫を媒介することができるハマダラカも日本にいますし、日本脳炎を媒介することができるイエカもいます。もともと日本にはいろんな蚊がいるのですが、病原体がなかっただけなのです。
今回は、デング熱ウイルスを持った状態で海外から来られた人を蚊が吸血した結果、媒介がスタートしたと考えられます。
荻上 たとえますと、注射針はもともとたくさんあった。今回はそこに変わった毒が入った。そういうような状態なんですね。
嘉糠 まさにその通りです。
蚊の生態を知ろう
荻上 今日は蚊の生態について質問が沢山来ています。
「蚊の一生ってどれくらいなんですか。蚊の種類によっても違うんですか。以前、韓国に夏行ったときに蚊がいて、日本の蚊よりもでかく感じましたが、蚊の大きさも地域性があるのでしょうか」
嘉糠 蚊の一生は、卵から大人になって死ぬまでで二か月ほどです。私たちの研究室でもハマダラカを常に飼育していますが、だいたい2、3週間するとボウフラから成虫になり、それから40日くらいが平均的な寿命です。これは、ヒトスジシマカも変わりません。
荻上 蚊は一生にどれくらいの人の血を吸うんですか?
嘉糠 ヒトスジシマカの場合は、だいたい4回から5回吸血すると言われています。メスの蚊しか吸血しないのですが、吸血する理由は卵をつくるための栄養分です。蚊の種類によっては動物も吸います。
荻上 ヒトスジシマカもですか?
嘉糠 もともと、ヒトスジシマカは動物の血も吸っていました。しかし、都市化が進んでいくと、吸う相手が人間しかいなくなります。都市部と田舎のでは吸う相手が違うのです。
私は北海道に住んでいるのですが、犬と散歩をしていると、そこにいる蚊は私ではなく犬の方に向かってきます。北海道には、もともと人間より動物の方が多いです。ですので、北海道の蚊は動物の血を吸うように適応しているわけです。
ですが、東京で私の犬と一緒に公園を散歩すると、蚊は私ばかりを狙ってきます。東京では動物より人間の方が多いので、人間の血を吸うことに適応しているのですね。
荻上 環境に合わせて、主に吸う相手が変わるのですね。メスが卵を産むために血を吸うということですが、オスや普段のメスは何を食べて生きているんですか。
嘉糠 花の蜜などを吸っています。たとえば、私たちの研究室の蚊は砂糖水で飼っています。
荻上 それなのに、いざ卵を産むときは血が必要なんですね。刺された時にかゆくなるのはなぜなんでしょうか。
嘉糠 私はよく西アフリカで活動するのですが、一晩で200回くらい刺されます。
荻上 200回! 一晩で?
嘉糠 我々日本人はかゆいのですが、現地の方はかゆくならないのです。子供のころから毎日それだけの数さされていると、免疫寛容という現象でかゆくならない。
かゆみは一種のアレルギー反応です。かゆさを感じないと、刺され放題なので、感染症がどんどん広がっていきます。西アフリカの方に、感染症を予防するため、蚊帳をつかってください、虫除けを使ってください、と言うことがあります。しかし、彼らはかゆくならないので、蚊の危険性に対して実感が薄いですね。
日本人は幸いにも、刺されたらかゆくなります。ですから、それが嫌でなんとか蚊に刺されないようにします。それは感染症にならないための、もしかしたら適応なのかもしません。
荻上 刺された時に「うわー、刺されたわー」と記憶されますから、注意をするようにもなりますし、記憶に残るために医療機関にかかる時の一つの情報になりますね。
嘉糠 そうですね。
荻上 冬に生まれる蚊もいるんですか。
嘉糠 沖縄では、2月に行っても蚊が採取できます。ですので、冬に蚊がいないわけではありません。暖かい場所にはいると考えていただければと思います。
都市部で気を付けなければいけないのは、地下鉄です。地下の奥まったところは非常に暖かいので、そこで繁殖します。それと、ビルの中ですね。冬の間でもマンションで発見されるケースがあり、駆除業者がかりだされた、という話はよく聞きます。
荻上 ビルですか。よく、「4階以上にいると蚊はやってこない」といいますが、それは本当ですか。
嘉糠 一般的にはそうなのですが、風にあおられて15階くらいまで行くことは可能です。
デング熱と蚊
荻上 それからたとえば、ウイルスを持った蚊がいて、そのウイルスが次の世代に移行するということは考えにくいのでしょうか。
嘉糠 海外の報告ではウイルスが卵に移行するという報告はあります。ですが、その割合は決して多くなく、数パーセント程度です。その中で、成虫になり血をすう蚊の割合を考えると、それほど気にする必要はないというのが私の考えです。
荻上 今回のデング熱で言えば、来年以降もまた、次世代の蚊がウイルスを持ち続けているという可能性は高くはない、ということですね。
嘉糠 ゼロではないですが、決して高くはないです。
それに、海外から持ち込む方が圧倒的ですから、感染源としては蚊よりも人間に警戒する方がいいでしょう。
荻上 今回、海外に行きデング熱に罹った人の血を吸った蚊が、他の人を刺したからうつったということでした。ですが、一匹は4、5回しか刺さないんですよね。
嘉糠 お腹がいっぱいに吸うためには、2マイクロリットルの血が必要です。蚊のお腹が血を吸って膨れていることがありますよね。ああいった状態まで吸います。
一匹の蚊の刺す回数よりも、一人の方が何回刺されるのかが重要だと思います。今回の場合は最初の感染源になった方はどういう方で、一体何回くらい刺されたのか。その方が5回刺されたのが、100回さされたのかで話がかわってきますよね。
荻上 大ざっぱに言いまして、その人が50回刺されたら、媒介となる蚊が50匹ということですよね。その蚊が全部初回の吸血であったと仮定すると、それぞれが残りMAX吸血していったとして、200人くらいは拡がって。その人たちの血がさらに吸われると……ということですね。
嘉糠 一人の患者さんがいた時に、何人に拡がるのか考えることは重要です。たとえば、インフルエンザの患者さんがいた時に、何人に拡がるとおもいますか。
荻上 うーん、わかりません。電車の中でくしゃみをしたりすると、無限にうつせそうな気はしますけど。
嘉糠 実は、1.5人から3.5人なのです。
荻上 あれ、意外と少ないんですね。
嘉糠 これが、はしかだと9人から17人です。一方で、マラリアのような蚊によって媒介される感染症は200を超えます。
たとえば、インフルエンザだと唾液で飛沫感染します。これは、確率論で言うと少ない部分があります。しかし、蚊は人を狙って刺してきます。病原体を充填した注射器が空を飛んで正確に狙いにいくと思っていただければと思います。非常に効率がいいのです。
都市部にこれだけ蚊がいて、一人のデング熱患者がいた時に、どれくらい拡がるのか。代々木公園の方が一人の感染源だとしたら、今は80人出ていますよね。2次感染が間にあったらもっと広がっていると思いますが、1人から80人というのはそんなにおかしな数ではありません。
荻上 もっと拡がる可能性もあると想定しておいたほうがいいということですね。
嘉糠 今回はモデルケースで、我々もある意味勉強している状態なのです。一人から80人に拡がったとすれば、また同じことが患者さんが移動した先でおきることがあるということです。今回、患者さんは、北は北海道から南は山口県まで広がっていますので、一つのモデルケースだと思います。
荻上 ここまでお話を聞いて、森澤さんいかがでしょう。
森澤 やはり我々は、人から人にうつる感染症を中心にやっていますので、はしかや風疹、結核などが目の敵なんです。そういった場合は、ワクチンを打って感染を防ぎましょうとできます。
しかし、ここに蚊のような虫を介して感染していくとなると、上手くコントロールできませんよね。ぼくらもマラリアやデング熱の患者さんを拝見しているんですが、だいたいが海外から帰ってこられて発症した人ばかりですから、今回のように国内で広がることは経験がないんです。ですので、色々と勉強しなければいけないなと思っています。
荻上 人と人との感染でしたら、マスクをしたり、人がいるところに行かないなどの対策が取れますよね。ですが、お医者さんがみんな蚊の生態に詳しいわけではないですから、「蚊にはこういう対策をとるのがいいですよ」と助言するのは、ちょっと難しくなりそうですね。
森澤 今にして思えば、海外に行く方には「蚊に刺されないように」という指導をよくするんです。ですが、国内にいる方に関しては、そうした指導はしません。
もちろん、国内にも日本脳炎のような蚊を媒介とした感染症があります。発症が100人に一人ですが、発症してしまうと致死率は数10%ありますし、重い後遺症を残してしまう病気です。ですが、我々医師は、「蚊に刺されないでくださいね」ではなく、「日本脳炎のワクチンを打ってください」と言い続けていました。
実は、アジア太平洋戦争後に、帰ってきた兵隊の方がデングを持ってきて、国内で何万人も患者が出ていたんです。あのころの資料を見ると、蚊に刺されないようにしましょうとか、ボウフラが湧かないようにしましょうと、あっちこっちで書かれています。今回のことで、ぼくらも考えなければいけないと感じましたね。
蚊は誰を刺すのか
荻上 蚊の生態について、もっともっと聞きたいですね。蚊に関しての基本的な質問が来ているので紹介したいと思います。
「ツイッターでお医者さんが、虫除けスプレーが効くのは隣にスプレーをしていない人がいるときだけ、と書いておられました。結局、虫除けスプレーは蚊にさされるのを防ぐとか、デング熱の感染を防ぐ効果はあるんですか。それと、蚊取り線香や殺虫剤の効果の有無、効果の高さを教えてください」
嘉糠 難しい質問ですね。基本的には、虫除けは正しく使わないかぎりは効きません。たとえば、塗り残したところがあると、蚊はそこをきれいに狙ってやってきます。スプレーで腕だけシューシューとやって満足されている方がいますが、虫除けが塗られていない場所があればそこを見つけて刺してきます。
荻上 ああ、僕も間違えていました。体につけさえすれば、そのにおいを嫌がって半径何メートルは嫌がって来ない、みたいな、バリアみたいなものだと思っていました。
嘉糠 「耳なし芳一」を想像してもらえばとおもいます。お経の書いていない耳が幽霊に見られて取られてしまう。あれが蚊と虫除けの関係をよく表していると思います。スプレータイプは、塗り方にムラが出るので、私はおススメしていません。
私がよく医学生の実習でやるのが、手のひらだけ虫除けを塗って、手の甲はぬらない状態で500匹くらいの蚊に手を突っ込むというもので、片側だけびっしり私の手に貼り付きます。
荻上 嘉糠さんが手を入れて見せるんですね。学生に手を入れさせるのかと思って、過酷な研究だと思いました(笑)。
嘉糠 もちろん、私の手でやります。ハラスメントになってしまいますから(笑)。それくらい効果が限定的です。また、ぴったりしたものでしたら、ジーパンくらいの厚みがあれば刺されます。
荻上 あらら。たまに、ジーパンの上にとまっているを見て、「しめしめ、そんな無駄なところにとまって、馬鹿な蚊め」と思うことがあるのですが、ばっちり刺されているんですね、あれ。
嘉糠 そうです。ですので、少しゆったりめの服の方がいいですね。
荻上 あー。言われてみればそうですね。蚊は皮膚を刺して血を吸っていますが、ジーパンの方が皮膚よりも目が粗いですし。続いてはこんな質問も来ています。
「やっぱり気になるのですが、蚊に刺されやすい人はいるのでしょうか。それはどんな人なのでしょうか。血液型? 太っている人? お酒が好きな人?」
嘉糠 よく言われる3大要素が、「二酸化炭素」「体温」「におい」です。それは間違いありません。今回、代々木公園の調査でも蚊を集めるために二酸化炭素が出るドライアイスを使っています。
ですが、どんな組み合わせが一番刺されやすいのかは、究極のところ分かっていないのです。もし、それが分かったら大金持ちになれます。蚊を完璧に寄せ付けるダミーが作れますので。それが、私の研究の究極の目標でもありますね。
荻上 よく「お酒を飲むとよく刺される」といいますよね。
嘉糠 お酒を飲むと心拍数が上がって、熱が上がりますし、代謝が上がって汗もかきます。二酸化炭素も多く出すので、その可能性は高いですね。でも、隣に牛や鶏がいるのに、なぜそこに寄っていかないのか。説明をつけるのは現代の科学では難しい状態です。
荻上 血液型はどうですか。
嘉糠 これは、ミステリーなのですが、O型が吸われやすいというのは、世界各国の研究者が証明しています。他の血液型の2倍吸われやすいです。全く説明がつかないのですが。
荻上 蚊に刺されたくなかったら、O型の人を隣においておけばいいんですね。
嘉糠 実際に、沖縄で蚊を採取するときはO型の大学院生を連れて行って、その周りで網をふるといっぱい蚊が取れます(笑)。
殺虫剤ってどんなもの
荻上 えーと、こんな質問も来ています。「虫除けは、蚊遣り火式と電気式でも一緒でしょうか」
嘉糠 効果は似ているので、どちらも安心して使っていただければと思います。
荻上 あれは蚊が臭いを嫌がっているんですが。
嘉糠 いえ、殺虫成分が入っているのです。電気式は煙が出ないで使っているので、使いやすいですよね。
荻上 臭いを浴びておけばもう近づかない、というものではないんですね。どうも僕は、バリアというイメージを勝手に抱きすぎていました。
続いて、このような質問もきています「蚊に刺された時、力を入れると蚊が逃げられなくなるという都市伝説があるんですが、本当に力を入れると蚊の口が抜けなくなるのでしょうか」
嘉糠 よく聞かれますが、都市伝説でしょうね。ぐっと力を入れるときに、皮膚がどれだけ締まるのかということですね。そこまで深く彼らは刺していないので。
荻上 筋肉ではないですからね。続いての質問です。「都市のチカイエカは一年中生息しているようなんですが、ヒトスジシマカはヒートアイランドの都市で成虫越冬するようになる可能性がないでしょうか。」
嘉糠 実際には、今でもしていると思います。先ほども地下鉄の中で生息しているとお話しましたが、だんだんとエリアも増えてきていると思います。
数としては、今回のデングの流行を冬の間も支えるほどはいないと言えます。ただ、注意は必要です。我々の業界で語り継がれている実話があるのですが、冬の札幌でマラリアの患者が発生したことがありました。しかも、その方に海外渡航歴は無かったのです。
どう説明を考えても難しいので、最終的にはおそらく札幌の地下鉄に住んでいた蚊が海外から帰ってきたマラリア患者さんの血を吸って媒介したという説明がされました。
荻上 海外から帰ってきた方は、当然、空港や地下鉄なども使いますからね。代々木公園で今、殺虫剤を撒布しています。これを森澤さんはどう見ていますか。
森澤 蚊を駆除すると言う一次的な目的があるので、良いと思います。しかし、作業されている方が宇宙服のようなものを着ているので、非常に危険な場所だという印象になってしまうのが気になります。
あれは、駆除する方が、虫除けスプレー浴びすぎないためにやっているのであって、あの地域がそれほど危険だということにはなりません。
荻上 駆除されている方の服装を見ていると、厳戒態勢のように感じますね。
森澤 しかも、あの恰好がエボラなどの重大な感染症対策の時とたまたま同じですから、物々しい感じになっていますが、あそこが危険な場所ではないと申し上げたいと思います。
荻上 そもそも、薬物を撒くことの効果はどのようなものなのでしょうか。
嘉糠 あまり効果がないと思います。蚊に刺されたことの無い日本人はいないわけですよね。それを、一回も刺されないように行政に頼むのは難しいと思います。
スリランカでも蚊を全滅させようと国を挙げたプロジェクトに取り組みましたが、大失敗に終わっています。どんな種類でも生き物を完全になくすのはなかなか難しいと言えます。
荻上 森澤さんにもお聞きしたい。感染源であると言われている代々木公園の蚊を、少しでも減らそうというのは、病気の対策としてはどうなのでしょうか。
森澤 重要だとは思いますが、我々、個人レベルで蚊に刺されないように注意する方がはるかに効果的だと思います。
荻上 こんな質問もきています。
「蚊の駆除のために薬剤散布が行われていますが、蚊を拡散させる危険性はないのでしょうか。蚊を収集する方法で駆除できるのならそちらの方がいいと思うんですが」
嘉糠 殺虫剤自体に蚊を避けるような効果はないので、そういうことはないと思います。
荻上 ぼくも、この方と同じイメージを持っています。薬剤を散布することで、バリアのような効果があり、蚊が嫌がって外側に逃げていくのではないかっていう。そうではなく、あくまで殺虫剤であると。でも、ということは、他の虫も殺しているということですよね。
嘉糠 そうですね。蚊の習性を利用してトラップをかけられたらいいと思うのですが、なかなかそれも手作業では難しい部分がありますので、個人レベルでの対応が一番かと思います。
森澤 やはり、個人での対応は大事ですね。そして、むやみやたらに警戒するのではなく、上手にこの病気と付き合っていく。夏の風邪の一部だと思っていただけたらと思います。
インフルエンザの時は、マスクをして広げないようにしますよね。それと同じように夏風邪で調子が悪くなった時にはむやみに蚊に刺されないようにする。そういったことで、国民レベルで封じ込みができるのではと思います。手洗いやマスクと同じように蚊の対策をすることが大切だと思いますね。
荻上 デング熱に関する知識もさることながら、蚊の生態について学ぶことの意義も感じました。お二人とも、ありがとうございました。
サムネイル「Yellow Fever mosquito?」John Tann
プロフィール
嘉糠洋陸
東京慈恵会医科大学教授。1997年東京大学農学部獣医学科卒業、2001年大阪大学大学院医学系研究科修了。スタンフォード大学医学部研究員、東京大学大学院薬学系研究科講師、帯広畜産大学原虫病研究センター教授等を経て、2011年から現職(熱帯医学講座)。2014年より同大学衛生動物学研究センター長(兼任)。専門は衛生動物学・寄生虫学。
森澤雄司
自治医科大学附属病院・感染制御部長、准教授、感染症科(兼任)科長、総合診療内科(兼任)副科長。1991 年 3 月 東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部附属病院、NTT 関東逓信病院(現・NTT 東日本関東病院)の勤務を経て、1998 年 7 月 東京大学医学附属病院感染制御部・助手。2004 年 4 月より現職、2009 年 4 月より感染症科・科長を兼任。栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC’K’ 代表世話人、日本感染症教育研究会 IDATEN 世話人、私立医科大学病院感染対策協議会・医師専門職部会・委員長、日本環境感染学会・理事・評議員・国際委員会委員長。新型インフルエンザ流行に際して 2009 年 5 月から 2011 年 3 月まで厚生労働大臣政策室アドバイザーを兼務。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。