薬物をめぐって世界はゆっくりと回る――薬物戦争とハーム・リダクションの間で

今年1月1日、アメリカ合衆国コロラド州の州都デンバーで、レクリエーション用のマリファナ販売が開始された。販売免許をもつ店の前には、開店前から大勢の人たちが列を作り、販売開始が待ちきれない様子であった──このニュースはNHKをはじめとした日本のマスメディアでも取り上げられ、われわれの知るところとなった。

 

この販売開始は2012年11月に可決したコロラド州憲法の改正(Colorado Amendment 64)に基づくものである。この改正により同州ではマリファナの個人使用をアルコールと同じように扱うことになった(*1)。販売に課税することで税収増を目的とするのである。

 

アメリカ合衆国のマスメディアは今回の販売開始をアメリカ史上初のこととして大きく取り上げ、アメリカにおける薬物の歴史を変える出来事と論じており、CNNにいたってはコロラド州がマリファナ産業のシリコンバレーになるかもしれないなどとも報じている(*2)。

 

近年は医療用マリファナの販売がいくつもの州で認可されてきたが、レクリエーション用マリファナの販売はそれとは異なる意味をもっている。また、実はアメリカ合衆国でマリファナが合法的に販売されることは初めてではない。かつて禁酒法時代に、違法化されたアルコール販売に代わって、マリファナを喫煙する「ティー・パッド」というマリファナ喫煙所が大都市で営業されていた。しかしながらアメリカ最大の乱用薬物であるアルコールの魅力の前に、それらは早々に姿を消したのであった(*3)。

 

デンバーのマリファナ販売がアメリカで大々的に報じられたのは、単にこれが珍しい政策だからというわけではない。これをアメリカ合衆国の薬物政策の転換点、その変化の兆しとみているからである。マスメディアは「アメリカにおける薬物の歴史」などというけれども、そもそも薬物の歴史とは単なる「物質の歴史」ではない。それは「薬物をめぐってどのような思考と政策が生み出されてきたのかについての歴史」である。そして今回の変化は、端的にいえば、これまでの「薬物戦争」というアメリカ発祥の政策に終わりが近づいているのではないかという観測と期待を人びとに抱かせているのである。

 

わが国ではそもそも薬物政策という考え方自体にあまり馴染みがないために、これらのニュースや論評の意味が十分には伝わらないようにも思われる。そこでこの機会に、薬物政策とは何であり、それをめぐって各国がどのような情勢にあるのかについて述べながら、それが何を意味しているのか、さらには近い将来おそらくわれわれが考えなくてはならなくなるであろうことについて触れてみたい。

 

 

薬物政策とは何か

 

そこでまず薬物政策である。聞き慣れないこの言葉は“drug policy”の訳語であり、文字通り「薬物をめぐる政策」を意味する。すなわち、薬物をどのような物質として定義し、その物質に対してどのような資源を導入して対処するのか、対処の主体は何か、そしてその帰結として何が期待されるのか、などに関する一連の思考と、それをもとにした実践のことである。

 

もっとも、このように述べると奇妙に思う人も多いかもしれない。というのは、薬物が危険な物質で、人びとの人生を狂わせるものであることは当然であり、したがってその意味にもとづいて厳しく対処すればいいのであって、いちいち政策などとして議論する必要などないと思われがちだからである。

 

しかし仮に、薬物に関するそのような認識が正しいものであったとしても、実際には、そう認識し説明すること自体が政策の一部をなしている。そして、そのような認識や説明から導き出される、「危険なものをあえて使用する者には厳しく対処するべきである」という、わが国でよく見られる意見も、必ずしもそれに対する唯一の対処法とは限らない。そもそもそのような認識や説明にもとづいて「対処が自然に決まる」という発想自体もまた、政策や政策の一部を構成する考え方なのである。

 

要するに、政策や政策を巡る議論など不必要であるとする考え方自体が、わが国の──わが国だけではないが──薬物政策の一部をなしているのである。

 

(*1)同時期に同様の改正を行った他の州にワシントン州がある(Washington Initiative 502)。

 

(*2)http://edition.cnn.com/2013/12/31/us/colorado-recreational-marijuana/

 

(*3)この経緯については(佐藤ほか 2009)を参照。とくに第三章(pp.91-142)が参考になる。

 

 

 

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