薬物依存症は罰では治らない

ヤキを入れられたとき、どんな気分になりましたか?

 

わが国では、第二次大戦後より60年あまりものあいだ覚せい剤の乱用問題が続いてきました。覚せい剤は、覚せい剤取締法によって規制されている違法薬物です。そのせいで、一般の人たちはもとより、精神科医のような専門家のあいだでも、薬物依存症は医療的ケアを要する「病気」ではなく、取り締まりの対象となる「犯罪」と見なす人がいまだに多い現状にあります。

 

しかし、薬物依存症を犯罪として処罰するだけでは限界があります。かつて私は、ある刑務所で「薬物依存離脱教育プログラム」に携わっていました。プログラムは覚せい剤取締法の累犯者を対象とした、1クール12セッションのグループ療法であり、毎回、初回のセッションを私は担当していました。

 

私は、セッションの冒頭で必ず次のような質問をすることにしていました。

 

「このなかで、これまで覚せい剤のことで、親、兄弟、友人、恋人、親分、兄貴といった人たちから、『ヤキ』を入れられたことのある人、手を挙げてください」

 

すると、毎回必ず、プログラムに参加者の全員が手を挙げてくれました。あたりまえですね。なぜなら、受刑者はいずれも覚せい剤取締法の累犯者です。家族や恋人、友人にしてみれば、「いい加減にしろ!」と怒り心頭となる場面が多々あったことでしょう。しかし、それが歯止めとはならなかったことは、彼らが刑務所にいるという事実によって証明されています。

 

さらに私は受刑者たちに対して質問をたたみかけました。

 

「それでは、ヤキを入れられたとき、どんな気分になりましたか?」

 

すると今度は、さすがの受刑者たちも、うつむいたまま隣の受刑者を横目で見ながら沈黙しているのが常でした。あるいは、怖い顔をして同席している刑務官の存在を気にしていたのかもしれません。

 

しかしあるとき、一人の受刑者が私の質問に答えてくれたのです。

 

「余計にクスリをやりたくなりました」

 

そして、この勇気ある発言に触発されて、他の受刑者たちも続々と、「自分もそうでした」という告白をはじめたのです。

 

私の質問は、完全に確信犯的なものでした。自らの臨床経験から、再使用によって最も失望しているのは、誰よりも薬物依存症者自身であることを知っていたからです。問題は、ひとたび依存症に罹患した脳は、「また使ってしまった」という自己嫌悪と屈辱感を自覚した瞬間に、「とてもシラフじゃいられない」と感じ、脳にインプットされた覚せい剤渇望のスイッチをONにしてしまうのです。

 

なかには、「こんな自分は消えた方が世の中のためだ」などと考え、死のうとしていつもの何倍もの覚せい剤を注射する者もいます。「余計にクスリをやりたくなった」とは、要するにそういう意味なのです。それで、結局また覚せい剤を使ってしまうわけです。

 

いかなる理由からであれ、薬物を使えば使った分だけ進行するのが依存症です。そういう意味では、「ヤキを入れた」周囲の思惑とは裏腹に、周囲はその人が覚せい剤を使うのを促し、依存症をさらに重症化させるのに一役買ったことになります。このエピソードが何を意味しているかわかりますか? そう、薬物依存症は罰では治らないということです。

 

 

地域における医療的資源拡充の必要性

 

わが国では、覚せい剤取締法違反によって刑務所に服役する人の数は年々増加しています。しかし実は、こうした統計上の増加は、同じ人が何回も繰り返し逮捕され、そのたびに服役期間が延びていることによって生じているものです。

 

なぜこのような事態が生じるのでしょうか。それは、彼らが薬物依存症に罹患しているからです。それならば、刑務所や保護観察所といった司法機関でしっかりと薬物依存症に対する治療プログラムを実施すればよいのでしょうか。

 

もちろん、司法機関でのプログラムは大切です。先のエピソードからもわかるように、すでに数年前より、刑務所では依存症に対する治療プログラムを実施していますし、昨年より保護観察所でもプログラムの提供が始まっています。

 

しかし、私はそれだけでは不十分であると考えています。それは決して、刑務所や保護観察所のプログラムに問題があるからではありません。海外の薬物自己使用犯の再犯防止に関する研究では、「薬物事犯の再犯防止には、刑罰よりも地域内での治療が有効」、あるいは、「薬物依存症からの回復は、地域内でのケアを長く続けるほど効果的である」という知見が明らかにされています。そして私も、自身の臨床経験から、覚せい剤依存症の人が最も再使用しやすい時期は、刑務所出所直後、あるいは保護観察終了直後であるという印象を持っています。

 

このことは、刑務所や保護観察所でどんなにかすばらしい治療プログラムが提供されたとしても、法的な縛りから解放されたあとにも、そのプログラムが地域で継続されなければ効果がないことを意味しています。いいかえれば、薬物依存症の治療は「貯金することができない」性質のものであり、出所後、そして保護観察終了後にも、地域で継続されなければほとんど意味がないのです。

 

ここにわが国の問題があります。わが国における地域の支援資源は深刻に不足したままです。薬物依存症専門医の数はいまだに両手の指で足りるほどしか存在せず、薬物依存症に特化した治療プログラムを持つ専門病院はほとんどなく、アルコール依存症のプログラムを用いていたり、薬物による幻覚・妄想の治療だけ終えたら、ダルク(DARC)などの民間リハビリ施設に丸投げしたりしている現状です。

 

もちろん、自助グループや民間リハビリ施設の役割は非常に重要です。しかし、薬物依存症の当事者も十人十色であり、こうした社会資源が合う人は限られています。また、こうした当事者の手による民間の支援機関を外側から支援し、緊急時に医療的ケアを提供する機関が必要です。何よりもこれらの社会資源以外に選択肢のない、というわが国の現状が問題です。地域における薬物依存症に対する医療的資源の拡充は、喫緊の課題なのです。

 

 

新しい薬物依存症治療プログラム

 

わが国の薬物依存症に対する支援資源を拡充していくには、数少ない専門医に頼らずとも実施できる、簡易な治療プログラムの開発が必要です。たとえば、ワークブックとマニュアルを用い、短期間の研修を受ければ、医師以外の援助職でも実施できるようなものが望まれます。

 

そのような問題意識から、2006年より、私たちは、神奈川県立精神医療センターせりがや病院(以下、せりがや病院)をフィールドにして新たな薬物依存症治療プログラムの開発に着手しました。それが、せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム (Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program; SMARPP)だったのです(図1)。

 

 

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このプログラムを開発する際に私たちが参考にしたのが、米国西海岸を中心に広く実施されている依存症治療プログラム『マトリックス・モデル』でした。マトリックス・モデルを参考にしたのは、以下の2つの理由からでした。一つは、マトリックス・モデルは、特にコカインや覚せい剤といった中枢刺激薬の依存症を念頭に置いて開発されたものであり、その点がわが国の実情ともマッチしていました。

 

もう一つは、認知行動療法的志向性を持つワークブックを用い、マニュアルに準拠した治療プログラムであったという点です。これならば、薬物依存症の臨床経験をもつ者がきわめて少ないわが国の現状においても導入できる可能性が高い、と考えたわけです。【次ページへつづく】

 

 

 

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