薬物依存症は罰では治らない

私たちのプログラムの最大の売りは、薬物依存症患者が「次も来たい」と思うような雰囲気作りにあります。つねに患者の来院を歓迎し、患者の好ましい行動には「報酬」を与えます。たとえば、毎回プログラムに参加するだけで、患者にはコーヒーと菓子を用意され、お茶会さながらの雰囲気です。そして、1週間をふりかえり、薬物を使わなかった日については、各人のカレンダー・シートにシールを貼ってあげ、プログラムが1クール終了すると、賞状を渡します(写真1)。

 

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また、毎回実施される尿検査(その結果はあくまでも治療的対応にのみ用い、決して司法的な対応には用いません)で陰性の結果が出た場合には、そのことがわかるスタンプを押します。さらに、治療からの脱落を防ぐために、プログラムを無断欠席した者に電話やメールで連絡し、「次回の参加を待っている」というメッセージを入れます。

 

こうした活動はいずれも、患者に対して、「薬物を使わないことよりも治療の場から離れないことが大事」、「何が起ころうとも、一番大切なのはプログラムの場に戻ってくること」を伝えるためです。

 

以上のような内容を持つSMARPPの初回試行の結果は、満足すべきものでした。というのも、従来のせりがや病院の外来治療法では、外来に初診した覚せい剤依存症患者のうち、3ヶ月後にも治療を継続している者の割合はわずかに3~4割であったのに対し、SMARPPに導入された群は、治療継続率がつねに7~9割という高い数値を示したからです。

 

すでに述べたように、海外の多くの研究が、薬物依存症患者の予後を左右するのは治療の継続性です。もちろん、治療を継続しても断薬に至れない人も皆無ではありませんが、同じ断薬できないのであれば、やはり治療を継続している人の方が、逮捕・服役の頻度は少なく、健康被害や社会経済的損失が少ないといわれています。つまり、治療を継続することは、何はともあれ、よいことなのです。

 

 

プログラムの広がりとその効果

 

SMARPPの開始から1年後、私が12年前より依存症家族教室の嘱託医を務めている東京都多摩総合精神保健福祉センターでも、SMARPPをサイズダウンした薬物再乱用防止プログラム「TAMARPP(Tama Relapse Prevention Program)」がスタートしました。

 

さらにその翌年以降、埼玉県立精神医療センター(「LIFE」)、肥前精神医療センター(「SHARPP」)、東京都中部総合精神保健福祉センター(「OPEN」)でも同様のプログラムがはじまりました。

 

こうしたプロジェクトの多くは、医療機関や行政機関の援助者が地元のダルクと連携して運営されています(例: 栃木県薬務課・栃木ダルク「T-DARPP」、浜松市精神保健福祉センター・駿河ダルク「HAMARPP」、熊本県精神保健福祉センター・熊本ダルク「KUMARPP」など)。

 

このような共同運営には様々なメリットがあります。何よりもまず、なかなか安定した断薬へと至れない人をダルクにつなげることが比較的容易となります。しかし、それ以上に重要なのは、精神保健福祉センターなどの専門職援助者が当事者スタッフとの共同作業を行うことで、薬物依存症に対する忌避的感情や苦手意識を克服するだけでなく、薬物依存症に対する援助技術の向上も期待できる、という点でしょう。いいかえれば、プログラム実施を通じてプチ専門家を養成できるということです。これは、専門家も社会資源も乏しいわが国にもってこいのプログラムといえます。

 

2010年以降は、厚生労働科学研究障害者対策総合研究事業からの研究助成を受け、『薬物依存症に対する認知行動療法プログラムの開発と効果に関する研究』研究班(研究代表者 松本俊彦)を立ち上げ、効果検証と各地への本格的な普及を開始しました。その結果、SMARPPをはじめとする、ワークブックを用いた外来集団プログラムは、治療の継続性を高めるだけでなく、自助グループのような他の支援資源の利用率を高めることが明らかにされました(図2)。また、このプログラムの運営に関与することで、医療機関スタッフの薬物依存症に対する知識や、対応への自信が高まることも証明されました。

 

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2014年5月現在、医療機関40箇所、保健・行政機関15箇所、民間機関15箇所が私たちのプロジェクトに参加し、すでにプログラムを実施、もしくは実施に向けて準備中といった状況にまで展開しています(図3)。さらに、2012年より試行されている、保護観察所や少年院における新しい薬物再乱用防止プログラムも、私たちがSMARPPをベースにして開発しています。これより、司法機関、医療機関、地域の支援機関で一貫した治療プログラムを提供できる可能性が高まったといえるでしょう。

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薬物依存症はメンタルヘルスの問題

 

思い切ったいい方をすれば、薬物依存症は「治りたくない病気」です。どんな治療意欲があるように見える薬物依存症患者でも、本音は、「本当は薬物をやめたくないが、逮捕されたり、健康に害があったり、家族から見はなされたりするのは嫌」だから、かろうじて治療を続けています。治療意欲はたえず揺らぎ、移ろいやすいのです。だからこそ、治療プログラムは「継続性が高い」ものであることが必要なのです。

 

これまでほとんどの精神科医療機関は、薬物依存症患者を「招かれざる客」と見なしてきました。しかし、もはやこれ以上、精神科医療機関が薬物依存症患者を「犯罪者」として避けることはできません。なぜなら、薬物依存症臨床の現場で問題の薬物は、覚せい剤から、「睡眠薬・抗不安薬」や、脱法ハーブなどの「脱法ドラッグ」といった、「取り締まれない薬物」へとシフトしています。このことは、薬物依存症はれっきとした病気であり、メンタルヘルス問題の一つとして考えるべき時代になっていることを意味します。

 

私は、国内各地の医療機関、保健機関にこのSMARPPが広がることを心より願っています。

 

・参考文献

   松本俊彦, 小林桜児, 今村扶美: 薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック. 金剛出版, 東京, 2011.

 

サムネイル「drugs」Matt Westervelt

http://urx2.nu/ftK9

 

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