薬物問題、いま必要な議論とは

著名人が薬物で逮捕されるたびに個人の人間性や経歴などが注目されがちだが、薬物依存症の治療や再犯防止に関する議論は十分と言えるだろうか。薬物問題を整理すると共に、薬物報道の問題点とは何なのか、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦氏にお話を伺った。2016年2月3日放送、TBSラジオ荻上チキSession-22「薬物問題で、いま必要な議論とは」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

薬物依存症は慢性疾患

 

荻上 今日のゲストを紹介します。国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんです。よろしくお願いします。

 

松本 よろしくお願いいたします。

 

荻上 松本さんは清原容疑者の逮捕直後の報道については、どのようにお感じですか。

 

松本 やはり薬物を使用した個人を攻撃したり、その人の人間性や生き方全体を否定するような語り方は本当に悲しいですよね。僕自身「薬物依存症は病気」という立場なので、「その人の生き方が悪かったんだ」という批判はどうなのかと思っています。一方、刑の執行後の回復や、再犯防止などに関する情報は非常に不足しているなと常々感じております。

 

荻上 薬物を流通させる売買の問題と、薬物依存症という病気の問題は分けて考えなくてはならないわけですね。そもそも「薬物依存」という言葉の定義はあるのでしょうか。

 

松本 以前はよく「薬物中毒」という言い方をされていましたが、いま専門家の間では使われなくなっています。「中毒」とは「毒が身体の中にある」ということですから、当然、その治療法は「毒を身体の外に出す」ことです。なので、刑務所に入れれば解毒できてすっかり治る、という考え方になります。

 

一方、薬物依存症というのは長期的な薬物使用によって中枢神経、脳を中心とした神経系に変化が生じる病気です。依存症になると、薬が手元にない時にも常に薬のことを考えてしまいますし、たとえ何年ものあいだ使っていなくても、その時のことを思い出すような刺激が入ると欲求に襲われてしまいます。

 

特徴的なのは、自分でやめたいと思ってもコントロールできないという点です。例えば、薬を使っていない状態の依存症の人はごく普通に見えるのですが、実は目の前に薬を置かれると身体中が反応してしまう体質に変わっているんです。

 

荻上 薬物依存の危険性について改めて教えていただけますか。

 

松本 誰しも、自分の中で「大事なものランキング」ってありますよね。例えば家族や恋人、将来の夢ややり甲斐のある仕事、あるいは周囲の人からの信頼など。依存症になると、これが変わってしまうんです。まず一番上に「薬物が使えること」がきます。薬物が使える仕事だったり、薬物を使うことを許してくれる仲間やパートナーだったり……。

 

そのようにランキングが変わると、自分らしさがすっかり変わってしまう。予想していない将来の地点に立つことになります。これは一番恐ろしいことなんです。

 

荻上 どうしても薬物に手を出してしまう人の側には、どういった課題があるのでしょうか。

 

松本 もちろんストレスなどは依存症をエスカレートさせる要因としては無視できませんが、ストレスがあっても薬物を使わない人はたくさんいますよね。ですから、薬物を使った経験があることは前提で、やはり逮捕されたり病院に来たりするようになる直前の段階には、現実的に非常に困難な状況があることは強調しておきたいと思います。

 

荻上 薬物に関しては再犯者率が高いですが、薬物依存症を完治させることは難しいのでしょうか。

 

松本 はい。薬物依存症は慢性疾患だと理解していただきたいです。例えば、一度糖尿病になった人が食事制限や運動によって血糖値をコントロールすることは可能ですが、好きなだけ甘いものを食べても血糖値が正常範囲内、という体質には戻りません。薬物依存症も同じように、生涯にわたってセルフケアが必要な病気なのです。

 

荻上 回復は可能でも元通りの体質に戻ることはないことは肝に銘じておかなければいけませんね。

 

 

「ダメ、ゼッタイ」の弊害

 

荻上 薬物依存症対策に関するPRには、入り口で規制しようとするあまり、薬物使用者という時点で「アウトな人」なんだというイメージを与えてしまう部分がありますよね。「ダメ、ゼッタイ」や、昔あった「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」など、依存症の人達に対しては逆効果になりそうなメッセージが特に昔は多かったように思います。

 

松本 確かに「ダメ、ゼッタイ」によって欧米に比べると日本人の薬物使用率は減少しました。しかし、その代わりに日本で薬物依存症になると孤立するという問題があります。例えば「ダルク」という民間リハビリ施設を新たに作ろうとすると、必ず地元住民が猛反対するんです。

 

それからもう一つ、これは少年院で10代の覚せい剤依存の子から聞いた話です。彼の父親は覚せい剤取締法違反で刑務所に入っていました。彼は学校で「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」と警察官が話しているのを聞いて、「俺の父親は人間じゃないんだ。人間じゃないやつの子どもは人間じゃないよな」と自暴自棄になり、自分から悪いグループに近づいていったのだそうです。ですから、少数かもしれないけど、リスクの高い子たちが聞いていることも意識した啓発が必要だと思います。

 

荻上 例えば「ドラッグの売買許すな!」というように、他の犯罪と同じく社会全体で取り組もうという姿勢を打ち出しても良いはずですよね。今のままでは、むしろ「人間やめますか?」という言葉が一部の人にとっては自傷行為として惹かれる面もありそうです。

 

松本 ありますね。また、「危険ドラッグ」という名前に関してですが、公募ではこれとは別に最も票を集めた候補がありましたよね。「廃人ドラッグ」です。この名前を背負って依存症の人達が回復を頑張れるのか、ということも考える必要があります。

 

荻上 同じ意味で「危険ドラッグ」もまだまだベストな名前だとは言えないわけですね。

 

 

松本氏

松本氏

 

 

「大事なのは薬をやりたい時に『やりたい』と言えること」

 

荻上 依存症の患者の方にとって刑罰は効果的なのでしょうか。

 

松本 一時的には「自分の今の状況はマズいな」と自覚したり、薬をぬいた頭で将来のことを考えたりする良いチャンスになります。しかし、刑務所にいる期間は長すぎます。どんなにひどい依存症の人でも、絶対に使えない状況であったら欲求は意識しません。

 

だから、しばらく刑務所にいる間にすっかり良くなった気持ちになるんです。しかし、依存症の人たちが一番多く再使用するのは刑務所を出た直後や、仮釈放・保護観察が終わった直後だということも注目する必要があると思います。

 

荻上 そうすると、おそらく「反省していないじゃないか」という反応が出てきますよね。

 

松本 必要なのは反省ではありません。治療です。実際、僕の外来に初めて来られる患者さんには本当に反省している人もいますし、反省していない人もいます。でも、1年後に薬をやめているのはどちらなのかと言えばあまり変わりありません。反省は必ずしも回復に必須なものではないということです。

 

荻上 他の犯罪でも、反省をより強要するようなプログラムを受けた人はむしろ再犯率が上がるという指摘があります。つまり、反省させることは自尊心を傷つけることなので、「反省したにも関わらずまた手をつけてしまった」と一度引き金が引かれてしまうと、より依存が強まってしまうわけですね。

 

松本 薬物依存症でも全く同じことが言えます。刑務所に入っても、早く仮釈放をもらうために反省しているふりをする人もいるんです。そして、すっかり嘘つきになって出てきてしまうんですね。しかし、依存症から回復するために大事なのは、薬をやりたいときに「やりたい」と言えることです。援助者の前で正直に言えることが、プログラムを続ける上でも重要なんです。

 

荻上 刑務所の効果を過大視してはいけないですよね。刑務所には「無力化」という効果がありますが、これは10年間刑務所に入っていたらその間は犯罪しないということです。しかし、「無力化」は更生とは違って刑務所から出た瞬間に終わってしまいます。それなら、10年間を更生のためのプログラムに費やす方が効果的なのではないか。そうした議論は必要になると思います。

 

松本 依存症は慢性疾患なので、治療が「貯金」できません。つまり、どこかである時期素晴らしいプログラムを受けたとしても、刑務所を出た後に地域で継続されないと意味がないんです。やはり今問題なのは、地域における支援資源が非常に乏しいことです。

 

荻上 さらに「ダメ、ゼッタイ」的なキャッチコピーが社会にばら撒かれた結果、その支援施設の新設も地元住民から反対される対象になっているわけですね。

 

松本 医療関係者も「(薬物依存症の患者を)診たくない」という気持ちが強く、支援に取り組む医療機関も非常に少ないです。

 

 

通院治療主体のグループ療法『SMARPP』

 

荻上 松本さんは『薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック』(金剛出版)という本を監修されています。その中で「SMARPP(スマープ)」という治療プログラムを実践されていますが、そもそも治療のプログラムにはどういったものがあるのですか。

 

松本 これまでダルクが取り組んできた当事者独自の治療プログラムもありますが、他の選択肢があった方が良いだろう、という思いからこのワークブックを作らせていただきました。

 

薬物依存の方々は、様々な状況で無意識のうちに欲求を刺激されます。例えば注射器で薬物を使用していた人は、ミネラルウォーターのペッドボトルを見ただけで欲求が入ってしまうことがあります。それを使って薬物を溶いていた記憶を思い起こしてしまうからです。あるいは、新しくできたコンビニエンスストアのトイレに入ると欲求が刺激されてしまったり。それに自分でも気づかない場合があるんです。

 

SMARPPでは、そういった経験をグループで一緒に振り返りながら、どんな状況で使いたくなったのか、それを避けるにはどうしたらいいのか、欲求が出てきたときにどう対処したらいいのか、お互いに情報交換をしていきます。

 

具体的には、通院治療主体のグループ療法を行います。週に一回の外来通院で、大体一時間半くらいのプログラムを受けていただいて、それが終わったあとに尿検査をします。ただ、尿検査で陽性反応が出たとしても通報はしませんし、自首を進めたりもしません。なかなか薬物の使用が止まらない場合はプログラムの頻度や強度を少しずつ増やしていくだけです。

 

荻上 そうは言っても、やはり通報されるのではないかと心配されている方は多くおられると思います。

 

松本 医療者に通報を義務付けられている薬物は一切ありません。公務員の犯罪告発義務はありますが、援助者や医療従事者は主義務を優先しなければならない場合もある。その際の公務員の裁量は認められている、という解釈があります。

 

荻上 ならば、安心して病院に通院して問題ないということですよね。

 

松本 はい。ただ、薬物依存症の専門家なら、です。実はこのことを知らない医者も結構いるんです。救命救急の先生なんかはそうで、むしろ正義感から通報される先生もおられます。僕としては、「どんな医療者も通報しない」と断言できないところが本当に申し訳ないと思っています。とにかく、一番に薬物依存症の専門家につながってほしいです。薬物依存症の専門家ならば通報はせずに、あくまでも治療を優先します。【次ページへつづく】

 

 

 

 

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