「どうせ高齢者」意識が終末期ケアにもたらすもの――英国のLCP調査報告書を読む

今年8月、英国でリバプール・ケア・パスウェイ(LCP)に関する調査報告書 “MORE CARE, LESS PATHWAY A REVIEW OF THR LIVERPOOL CARE PATHWAY”(*1)が刊行された。

 

LCPとは、死が数日以内に差し迫った臨死期の患者への看取りケアのクリティカル・パス(*2)。病院での劣悪な看取りケアのへの批判を受け、ホスピスでのケア・スタンダードを病院やナーシングホームなどにも広く平準化する目的で2003年に作られた。英国ではNHS(国民医療サービス)の医療下で死亡する患者の約29%にあたる年間13万人に適用されている。

 

本来は、患者の自己決定を重視し、チーム医療によって丁寧なアセスメントを繰り返しながら、臨死期の患者とその家族の身体的、心理的、社会的、スピリチュアルな苦痛を軽減するべく作られた、優れた臨床実践モデルである。

 

しかし英国ではこのLCPについて、数年前から、高齢患者に機械的に適用され、鎮静と脱水によって手間をかけずに死なせるための手順書と化してしまっているとの告発が相次いでいた。ついに去年、ケント大学の臨床神経科教授、パトリック・プリシノが医師会での講演において「まだかなり生きられる高齢患者がLCPによって殺されている可能性が高い」「エビデンスもなしに始められるLCPは、もはやケア・パスというよりも幇助死パスウェイと化してしまっている」などと激しく非難したのを機に、一気に社会問題化。保健相が独立の委員会(委員長はジュリア・ニューバーガー上院議員)を立ちあげて調査を命じていたもの。

 

調査委員会は今年2月から5月にかけて、広く一般からも医療職からもLCPの体験談を募集したほか、実際にLCPを使っているさまざまな現場を訪れて医療職の声を聞き、また一般からはロンドンなど4カ所で直接的な聞き取りの機会を設けた。それらのエビデンスを分析した結果を取りまとめて委員会から刊行されたのが、この報告書である。

 

報告書では、「委員会が得た多くのエビデンスによれば、LCPが適切に用いられた場合には患者は穏やかで尊厳のある死を遂げている」(1.8コラム 13頁)など、意識も技能も高く経験豊富な医療職によって適切に用いられた場合には、LCPは本来の役割を果たすことが繰り返し強調されている。しかし、上の文章は次のように続く。「しかし委員会は調査で読み聞きした内容から、LCPの実施が劣悪なケアと関連していることが少なくないことを確信してもいる」。全体として、調査以前からの告発がほぼ裏付けられた結果となっている。

 

(*1)https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/212450/Liverpool_Care_Pathway.pdf

 

(*2)http://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%91%E3%82%B9

 

 

調査によって判明した終末期ケアの問題点

 

報告書が指摘する主要な問題点のいくつかに沿って、英国の死にゆく高齢者へのケアで何が起こっているのか、その実態をざっと概観してみたい。

 

 

(1)LCP開始の決定

 

家族や介護者が患者のところへ行ってみると、なんらの事前説明もなしに治療が劇的に変更されていた、という体験談を調査委員会は繰り返し耳にした。もはや臨床的治療も緩和ケアもなく、患者は不必要に、あるいは過剰に鎮静されているように見えたという。…(中略)…それらの家族は、比較的経験の浅い臨床医の前夜の決定で、この患者は『パスウェイ適用になりました』と告げられたという。(1.41 22頁)

 

 

数日以内の死を正確に予測する方法はないだけに、LCPの開始の決定に際しては家族とのコミュニケーションが大切になる。しかし、あまりにも多くの場合に家族や介護者はLCPを始める意思決定に参加を求められていない。家族や介護者に何の説明もなく、時にはLCPのパンフレットだけを手渡したり、患者が死に瀕している事実すら知らせることもなしにLCPが開始されている。夜間や週末に研修医など経験の浅い医師が独断で決定しているケースも少なくない。

 

またLCPはいったん適用した後も3日ごとにチームが患者の状態を再アセスメントするよう求めているが、LCPが機械的な手順書と化していると、患者の症状に改善の兆しがあっても十分な注意が払われていない可能性がある。

 

 

(2)コミュニケーション

 

……中には、家族と介護者が患者の受ける治療について決めるのは自分たちだと誤って考えているケースや、臨床医が「最善の利益」アセスメントに家族と介護者に同意を求めたり相談すべき場面で、そうしないケースもあった。(1.44コラム 22頁)

 

LCPを巡る最近の論争と不満の多くは、臨床スタッフと家族と介護者間のコミュニケーションがしっかり取れていれば十分に防ぐことのできた問題によるものと思われる。(1.46 23頁)

 

……さらに案じられることとして、調査委員会は心ない言葉やひどい表現が使われた事例を耳にした。通りすがりの医師や看護師から「ところで、Xさんは、まだ意識がありますか?」あるいは同様の意味のことを言われたという話が数例あった。どうしたらこういう対応が適切と言えるのか理解しにくい。(1.49 24-25頁)

 

 

患者や家族や介護者とのコミュニケーションの重要性については、複数の項目に渡って繰り返し指摘されている。

 

報告書は、各種学会や医療行政に関連する機関に対して医療職の意識改革、コミュニケーション・スキルを含めた力量アップに向けた研修や教育の見直しを求めると同時に、病院には患者ごとに担当者を決めて説明責任を果たすことや、意思決定プロセスを患者や家族と共有するためのシステムを構築することなどを提言している。また患者や家族と落ち着いてコミュニケーションを図り、患者の死後の家族のグリーフケアまでを見通して患者と家族をきちんと支えるための環境整備の必要性にも触れている。

 

さらに家族や介護者が一貫性のある意見を持つためには、死を生きていることの一部と捉え、率直な国民的議論を喚起することの必要も指摘されている。

 

 

(3)栄養と水分

 

病院職員が家族や介護者に対して、患者にLCPを適用することが決まったので、そのため『栄養と水分は中止しました』と告げた、という事例を調査委員会は数多く耳にした。調査委員会は栄養と水分を「中止する」という概念に問題があると感じている。終末期に至るとたいていは食べ物や飲み物への欲求が低下するため、差し出されたものを患者が拒むことはあるだろう。しかし、食べ物と飲み物を拒否するのは患者がするべき決定であり、臨床スタッフのするべき決定ではない。寄せられた少数の体験談からは、時として死を早める目的で水分が引き上げられていることが疑われる。(1.58 27頁)

 

口が渇くだけのドライマウスなら口腔ケアをしっかりすれば十分だが、のどが渇いている患者に一杯の飲み物まで拒むのは患者を苦しめ、非人間的である。(1.62コラム 28頁)

 

 

LCPは口からの摂取が可能な限りは、とろみをつけるなど可能な形態で水分を口から摂るように患者を支援することを基本としている。ホスピスと在宅ケアではその努力が払われている一方、病院ではLCPの提言が守られておらず、水分補給が不適切であるケースが多い。例えば、しっかりしたリスク対利益の検討もないまま、水分や食べ物を気管に飲みこんでしまう誤嚥リスクを回避しようと口からの摂取をやめてしまっている。経管栄養については既存のガイドラインもあるが、経口での摂取についてのガイドラインも必要だ。

 

 

 

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