2010.08.17
支援者を支援するということ
少し前のことになるが、鳩山前首相がツイッターに「私に「裸踊り」をさせて下さったみなさん、有り難うございました」と書いて一部の話題を呼んだことがある。(http://twitter.com/hatoyamayukio/status/16213064980)
最初のフォロワーの重要性
辞任直後のため深読みされてしまったきらいがあるが、読めばわかるように、「新しい公共」についての発言だ。
とはいえなぜここで「裸踊り」ということばを使ったのか、これだけではわからない。これは、今年2月に米国で開催された会議「TED2010」(http://conferences.ted.com/TED2010/)のなかの、「社会運動はどうやって起こすか」と題する講演で紹介された動画を念頭においたものだ。その内容は講演の模様とともにYouTubeに公開されている。
動画(http://www.youtube.com/watch?v=fW8amMCVAJQ)
講演の模様(http://www.youtube.com/watch?v=qdwO1l5)
動画では、ひとりの男性が公衆の面前で裸踊りをはじめ、次第に仲間を増やして集団になっていくようすが示されるのだが、講演者はここで、バカにされ笑い物になるリスクを冒して最初に踊った「リーダー」ではなく、最初にそのまねをはじめた男性、つまり「最初のフォロワー」に注目し、彼こそが「決定的な役割」を担っている、と主張した。
「最初のフォロワーは過小評価されがちだが、それ自体一種のリーダーシップ」であり、フォローする行動が「ひとりの『バカ』をリーダーに変える」のだと。
なるほど、と納得される方も多いだろう。自ら運動を起こす人だけでなく、彼らを見出し、支援していく人びとも評価を受けるべきだし、社会としても、支援者を生み出すしくみづくりが求められる。
「最初の出資者」の価値
考えてみれば、支援者の役割が重要というのは、何も社会運動にかぎった話ではない。営利企業の活動においても同様のことがいえる。
そのなかでもっとも勇気のいる行動、笑い物になるリスクの高い行動は、なんといっても企業を興すことだ。近年日本では開業より廃業が多い状態がつづいており、日本経済の活力の低下の象徴ともみられている。たんに起業が増えればいいというものでもないが、もっと増えたほうがいいという意見には説得力がある。
「リーダー」としての起業家に対する「最初のフォロワー」ないし支援者は誰か。共同創業者もそれにあたるのだろうが、ここでは「最初の出資者」、いわゆるエンジェル投資家に注目したい。
エンジェル投資家とは、起業家に対して創業・開資金を投資する裕福な個人投資家を指す。とくに出資者に注目するのは、もともと開業資金調達の困難さが起業の主な阻害要因とされてきた(図1)ということもあるが、リーダー以外の共同創業者に比べて、「最初の出資者」の価値の過小評価の度合いの方が大きいように思われるということもある。
創業時の資金調達先
日本ではエンジェル投資は、大切に考えられているとはいえない。日本における開業時の資金調達先は、金融機関からの融資等もあるものの、多くは自己資金や配偶者や親族からの資金となっている(図2)。
最近はいわゆるエンジェル税制の拡充もあって資金調達環境は改善したとされているが、そもそも税制にできるのは「損したら税金をまけてあげる」ことにとどまる。これだけで起業が増えると期待するのは、もちろん他の要因もあるから何ともいえないが、甘いといわざるをえない。
ベンチャーキャピタルは、創業期の企業にとって有望な資金調達先ではない。創業資金の投資を避ける傾向があるからだ。これは日本より起業がさかんな米国でも同様であり、日本だけの特徴ではない。
ベンチャーキャピタルは基本的に「他人の資金を運用する企業」であるがゆえに、運用者としての責任が問われる。高リスクがつきもののベンチャー投資であっても、パフォーマンス比較で問われるのは主にリターンであり、ある程度軌道に乗った企業への投資を望む。
とくに日本のベンチャーキャピタルの場合は金融機関系が多く、資金調達も親会社に頼る部分が大きいため、より安全志向になる。公的資金の場合は、ここに「政策的配慮による判断の歪み」と「目利き能力の欠如」が加わるためさらに始末が悪く、一部の資金の調達先として有望ではあるが、多くを依存するのは難しい。
すなわち、リスクが高い創業時の資金調達先としては、「自分のお金」を投資する個人の資金のさらなる活用が必要ということだ。
もちろん現状でも起業家本人、および配偶者や親族の資金は創業時の主要な資金源になっている。しかしこうした「身内の資金」への依存が高まりすぎれば、本人や家族などの資金力によって開業のチャンスに大きな差が出るおそれもあり、また失敗の際の本人のダメージを大きくすることにもなる。また、特殊なケースを除いて、家族等は事業に関する知識がない場合が多く、「目利き」や経営へのアドバイスといった機能も期待できない。
ビジネス・エンジェル
一方アメリカでは、バイグレイブ他著「アントレプレナーシップ」によると、「ビジネス・エンジェル」と呼ばれる個人投資家たちが、年間200億ドルから300億ドルもの資金を創業期の企業に投資しているという。
エンジェルのなかには、成功し引退したかつての起業家や、現役の起業家なども少なからずおり、自らの目利き能力をもって、自らのリスク負担で自らの資金を創業期企業に投じている。なかには望む結果を得られなかったケースも数多くあろうが、自分の資金であれば、自らの投資先選定の失敗とあきらめもつく。
アメリカ並みにする必要があるとはいわないが、こうした層の投資家が、日本にももっといていいのではないか。
現在の日本は、エンジェル投資家が多いとはいえない。上記のエンジェル税制の利用額も、アメリカのエンジェル投資額と比較すれば桁が2つほど小さい程度でしかない。
さまざまな理由があろうし、個々の要因について詳細な検討を加えることは本稿の手に余るが、ここで主張したいのは、現在の日本の制度や社会が、エンジェル投資家になれる層の富裕な個人に対して、概して冷淡、悪くすると敵対的ですらあるということだ。
具体的な例はそれぞれ個別の事情があるので差し控えるが、日本で成功した起業家や投資家が「出る釘は打たれる」的な状態に陥るケースはしばしばみられる。また、投資家がリスクをとって投資し成功した場合だけ注目して「もうけすぎ」と批判されることもよくあり、リスクをとることに対する理解も乏しい。
「額に汗して働く人が尊い」と考えるのは別にかまわないが、その人たちが働くためにも投資は必要であり、卑しい行為であるかの如くみるのはおかしい。
エンジェル投資家は、社会運動を起こす際に「リーダー」だけでなく「支援者」が重要であるのと似た意味で、事業を興す「リーダー」である起業家にとって大切な「支援者」だ。
こうした層の人びとの存在を認め、その活動を正当に評価していくことは「支援者」への重要な支援のひとつであり、ひいては起業家への支援にもなる。とくに昨今はいわゆる「市場原理主義」批判などとからめて安易な富裕層批判に走る向きがみられるが、社会全体として必ずしも得策とはいえないのではないだろうか。
推薦図書
アメリカのビジネススクールでは日本よりも起業家教育がさかんだが、そうした際にテキストとしても使われる本だ。アメリカのテキストブックによくあるように、起業というテーマに関連したあらゆる事項を網羅しようという執念めいたものを感じる888ページの大著。日本でそのまま使える部分ばかりではないが、日本で起業が半ば「蛮勇」の類とされているのと比べ、彼らがいかに起業をまっとうな行為ととらえ、真剣に取り組んでいるかがうかがわれる。
プロフィール
山口浩
1963年生まれ。駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授。専門はファイナンス、経営学。コンテンツファイナンス、予測市場、仮想世界の経済等、金融・契約・情報の技術の新たな融合の可能性が目下の研究テーマ。著書に「リスクの正体!―賢いリスクとのつきあい方」(バジリコ)がある。