日本の財政状況についてどのように考えるか?

日本の財政状況に関する見方については楽観論と悲観論が入り混じり、必ずしも十分なコンセンサスが得られているとはいえない状況にある。「消費増税を延期すると国債暴落」と「借金1000兆円に騙されるな」の間には、やはり大きな隔たりがあるということになるだろう。両者の距離を少しでも埋めるべく、本稿では現在の財政状況をめぐる議論について論点整理を試みることとしたい。

 

本稿の主たるメッセージをあらかじめ要約すると、(1)これまでのところ歳出(財政支出)は抑制基調にあり、高齢化に伴う社会保障費の負担増を考慮したとしても財政状況に不連続な変化が生じることはなく、(2)こうしたもとで、予期しない歳出の増加などが生じた場合にも、国民負担率からみて最終的には増税の余地が残されていることを併せて考慮すると、日本の財政は破綻をきたす懸念なく安定的に推移していくと見込まれるというものだ。以下、この判断に至る道筋について順を追って説明していくこととしよう。

 

 

国債の累増と低金利の並存

 

1月22日に国会に提出された2018年度予算案では、一般会計歳出が97.7兆円となる一方、税収・税外収入は64.0兆円にとどまり、両者の差額(33.7兆円)は国債発行によって埋め合わされることとなっている。また、昨年末にとりまとめられた地方財政対策では、地方(都道府県・市町村の普通会計)の財源不足などをまかなうものとして18年度に9.2兆円の地方債発行が予定されている。

 

このようなかたちで財源不足を国債と地方債の発行で補填するという措置が多年にわたって続けられてきた結果、この3月末には国と地方の長期債務残高が1031兆円(対名目GDP比187%)に達するものと見込まれている。このうち国の債務は837兆円であるが、これは単年度の税収・税外収入の10倍を大きく上回る水準となっている。年収600万円の人が8,000万円の借金を抱え、しかも毎年新たに300万円の借り入れを起こしている状況を想起すると、これは憂慮すべき事態ということになるだろう(もちろん、この家には預貯金があることも考慮する必要があるが、この点はしばらく措くことにしよう)。

 

もっとも、こうしたなかにあっても長期金利(10年利付国債利回り)はほぼ0%で安定的に推移している。最近時点については、イールドカーブ・コントロールと呼ばれる日本銀行の金融調節の枠組みのもとで金利が人為的に押し下げられている可能性があるが、異次元緩和(量的・質的金融緩和)が実施される前の時点でも長期金利は0%台後半の水準で安定的に推移しており、「国債暴落」が生じる気配はみられなかった。金融市場でリスク回避の動きが強まると「比較的安全な通貨とされる円が買われ」という報道がなされるように、円という通貨の信認は十分に維持されており、こうしたもとで「安全資産」である日本国債が海外の投資家からも資金の一時的な逃避先として活用されている。

 

このように、国債発行と国債市場をめぐる状況をちょっとながめてみただけでも、楽観論と悲観論が並存することの背景を容易にみてとることができる。

 

 

国を家計に喩えると?

 

財政赤字や政府債務の問題をめぐる議論では、国をひとつの家計に見立てる喩えがしばしば用いられる。「国債による資金調達は、夫が妻から借金をしているようなものだから問題ない」というのがその一例だ。たしかに日本国債の保有者のうち「海外」(非居住者)の保有分は6.1%に留まり(日本銀行「資金循環統計」による2017年9月末現在の計数(速報値))、国債のほとんどは「日本国民」(居住者)によって保有されている。

 

すなわち、「日本国民」は国債というかたちで1人当たり750万円ほどの債務を抱えている一方、700万円ほどの金融資産を国債というかたちで保有していることになる。もちろん、日本国政府の債務を返済する納税者と、元本の償還や利子の支払いを受ける国債の保有者は一致しないから話はそう単純ではないが、国債による資金調達を「夫が妻から借金をしているようなもの」と喩えることには一定の合理性があるということになるだろう。

 

もっとも、日本全体で考えると「妻」の債権と「夫」の債務がほとんど相殺できるから、という理由をもって借金を重ねることが「問題ない」といえるのかどうかは改めて慎重に考える必要がある。家庭内の貸し借りであることをよいことに夫が浪費を重ね、将来への備え(貯蓄)が過小になってしまっているとしたら、この家族全体にとって借金が「問題ない」とはいえないからだ。すなわち、借金の多寡というよりは、後先を考えない過剰な支出がなされてしまっているかどうかという点が、財政赤字や政府債務の問題を評価するうえでの重要な判断基準ということになる。

 

 

安倍内閣は放漫財政?

 

いま国会で審議されている2018年度予算案は過去最大の予算規模となっており、一般会計の予算額は6年連続で前年度を上回る状況が続いている。しかも、毎年恒例のように補正予算が編成され、予算の増額が繰り返されてきた。「安倍内閣は放漫財政」という評価は、予算をめぐるこのような状況と整合性のとれたものであるように見える。

 

だが、財政には予算だけでなく決算というものもある。そこで、一般会計歳出の決算額をもとに政策経費(基礎的財政収支対象経費)の状況をみると(図表1)、13年度から16年度にかけて政策経費の総額は緩やかながらも毎年減少を続けてきた。さらに期間を延ばして10年度以降についてみても、東日本大震災への対応のために支出が増加した11年度を除くと政策経費の総額は70兆円台後半の水準で推移しており、支出の増加傾向はみられないことがわかる。

 

 

図表1 政策経費(基礎的財政収支対象経費)の推移

中里01

(資料出所)内閣府資料より筆者作成

 

 

このような歳出の推移は日本の財政状況をめぐって一般に持たれている印象とは大きく異なるが、08年度までは60兆円台半ばの水準で推移していた政策経費の総額が、リーマンショックを契機に大幅に増えて80兆円台となった経緯を踏まえれば、それほど不思議なことではない。リーマンショック後の経済の混乱に対応するためにとられた財政措置は臨時異例のものであり、危機が収束すれば減額が可能となる筋合いのものだからだ。2度の政権交代と東日本大震災の影響もあって後ずれが生じていた正常化(平時モードへの転換)の動きがここ数年顕在化してきたことが、歳出抑制が可能となった背景にあるものとみられる。【次ページにつづく】

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に配信してまいります。シノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンをご検討ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

シノドスが発行する電子マガジン

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・専門家たちが提言「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を知り、学ぶ「知の巨人たち」
・初学者のためのブックリスト「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.248 「論壇」の再構築に向けて

・大内悟史「こうすれば「論壇」はもっと良くなる――政治や行政を動かす「意見」や「論争」を」
・中里透「物価はなぜ上がらないのか?――「アマゾン効果」と「基調的な物価」のあいだ」
・牧野雅彦「知の巨人たち――カール・シュミット」
・西垣通「人工知能を基礎情報学で解剖する」