物価はなぜ上がらないのか?――「アマゾン効果」と「基調的な物価」のあいだ

このところ、「物価が上がらないのはネット通販のせい?」という話が注目を集めている。この議論は、6月18日に日本銀行から公表されたレポートを機に盛り上がりをみせているが、足元の物価の弱い動きをめぐる議論とも連動するかたちで、引き続き話題となっていきそうだ。こうしたなか、7月30~31日に開催される金融政策決定会合(日本銀行)では、物価に関する集中点検がなされることとなっている。そこで、本稿ではこれまでの物価動向を振り返りつつ、この議論に関する簡単な論点整理を試みることとしたい。

 

本稿の主たるメッセージは、

 

(1)ネット通販の拡大による「アマゾン効果」が物価を下押しする要因となっているとしても、その影響は限定的なものにとどまる。物価全体の基調的な動きについては、物価動向を規定する基本的な要因を重視して、その推移を注視していくことが必要である。

 

(2)家電製品については、2012年以前の方が価格低下が際立っており、13年以降はむしろ下げ止まりの動きがみられる(ただし、以前ほどではないが16年以降はふたたび低下が生じている)。このことは、ネット通販が大きく拡大する前にも既存の家電量販店の間で激しい価格競争があったことを示唆するものだ。アマゾン効果だけを強調して、足元の物価の動きを説明することには慎重さが求められる。

 

(3)ネット通販の拡大がみられる衣料と文房具については、最近時点においてむしろ価格上昇がみられる。この点から、ネット通販の拡大による価格低下圧力以外の要因が、物価の動きに影響を与えている可能性が示唆される。

 

(4)ネット通販の拡大が物価に与える影響については、17年の年央以降に生じている宅配便の運賃(送料)値上げの影響を併せて考慮する必要がある。

 

というものだ。以下ではこれらの点について、順をおってみていくこととしよう。

 

 

1.物価動向における「アマゾン効果」

 

日本の家計消費支出に占める、インターネット経由の消費(ネットショッピング)の割合は3%程度にとどまっている。だが、利用金額は年々増加しており、その傾向は一段と勢いを増している。こうしたなか、6月18日に日本銀行から公表されたレポート(河田・平野[2018])では、インターネット通販の拡大が物価動向に与える影響について興味深い分析結果が示されている(河田皓史・平野竜一郎「インターネット通販の拡大が物価に与える影響」『日銀レビュー』2018-J-5)。

 

ネット通販は、実店舗を持たないことによるコストの抑制などを通じて、実店舗を持つ既存の小売企業との競争において価格面での優位性を確保し得る。このようなネット通販の拡大は、競合する商品を販売している企業の価格設定行動に影響を与え、商品の販売価格を引き下げる方向への競争圧力を強めるものと予想される。

 

また、ネット通販の取扱量の拡大は、配送センターの新設などを通じた物流網の整備を通じて、輸送距離の短縮化による輸送コストの低減にも寄与することになる。この点においても、ネット通販のコスト面での優位性を高める方向に作用することになる。

 

河田・平野論文では、「アマゾン効果(Amazon Effect)」と呼ばれるこのような効果に注目し、日本においても、ネット通販の拡大が物価の下押し圧力を強める方向に作用してきた可能性があることを、実証分析によって明らかにしている。

 

河田・平野論文から得られる示唆は、ネット通販の拡大が消費者物価指数(生鮮食品とエネルギーを除く総合)を0.1~0.2ポイント下押ししている可能性があるというものだ。この知見は、2%の物価安定目標の達成を後ずれさせる要因のひとつとして、アマゾン効果を考慮する必要があることを示唆するものである。

 

だが、ここで留意が必要なのは、最近時点についても物価は一様に下落してきたわけではなく、2014年春にはコア(生鮮食品を除く総合)でみて対前年同月比1%台半ばの上昇率に達する局面もあったということだ(図表1)。すなわち、物価はアマゾン効果以外の要因からも強い影響を受けるかたちで推移してきたということになる。

 

 

図表1 消費者物価指数の推移(消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

この点を踏まえると、河田・平野論文から得られる知見は、足元の物価の弱い動きをめぐる議論とはきちんと分けて理解されるべきものということになる。だが、残念なことに結論がひとり歩きして、「デフレの正体」はネット通販にあるというような受けとめ方をする向きもある。だが、はたしてそのような理解は可能なのかということが、ここでの大きな論点ということになる。

 

 

2.アマゾン効果と「ヤマダ電機効果」

 

ネット通販の市場規模

 

ネット通販の拡大が物価に与える影響は、商品やサービスのカテゴリーによって大きく異なるものと予想される。というのは、分野によってネット通販の浸透度(市場規模・EC化率)に大きな差があるからだ。そこで、経済産業省による調査(平成29年度「電子商取引に関する市場調査」)を利用して、最近時点におけるBtoC(企業と一般消費者(家計)の間)の電子商取引の状況について確認しておくこととしよう。

 

この調査によると、ネット通販の市場規模については物販系が8.6兆円、サービス系(航空券・宿泊予約など)が5.9兆円、デジタル系(オンラインゲームなど)が1.9兆円となっている。このうち物販系分野について詳しくみると、市場規模では「衣料・服飾雑貨等」、「食品、飲食、酒類」、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」の規模が大きく、EC化率では「事務用品、文房具」、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」、「書籍、映像・音楽ソフト」の割合が高くなっている(図表2)。

 

 

図表2 物販系分野のBtoC-EC市場の市場規模

(資料出所)経済産業省「電子商取引に関する市場調査」より作成

 

 

そこで、以下では市場規模・EC化率ともに上位に位置している家電製品、市場規模がもっとも大きい衣料、EC化率がもっとも高い事務用品・文房具の3分野を対象に、これらの物価動向をながめていくこととする。

 

経済産業省の調査は事業者側を対象にしたものであるが、「家計消費状況調査」と「家計調査」(いずれも総務省)をもとに家計側の動向をみても、これらの分野の商品がネット通販において大きな比重を占めていることが確認できる。これらの調査の分類からは確認できないが、生活雑貨(洗剤・ティッシュペーパーなど)についてもネット通販による購入が多いと考えられることから、生活雑貨についても併せて動向を確認しておくこととする。

 

 

4分野の物価動向

 

日本銀行のレポートでは、2016年から18年にかけての期間を対象に分析が行われている。また、ネット通販と物価動向の関係をめぐる最近のいくつかの新聞報道においても、足元の物価動向との関係に着目して解説がなされている。そこで、ここではまず直近の2年間(16年4月以降)の物価動向について、上記4分野の品目を対象とする消費者物価指数のデータをもとに確認しておくこととしよう。

 

ここでは家電の物価指数として「家事用耐久財」(電気冷蔵庫・電気洗濯機など)と「教養娯楽用耐久財」(テレビ、パソコンなど)の指数を、衣料の物価指数として「衣料」を、事務用品・文房具の物価指数として「文房具」の指数を、生活雑貨の物価指数として「家事用消耗品」(洗剤・ティッシュペーパーなど)の指数を、それぞれ利用することとする(教養娯楽用耐久財にはピアノと学習机が含まれるが、これらのウエイトは59分の8である)。

 

まず、家電についてみると(図表3)、家事用耐久財(電気冷蔵庫・電洗濯機など)については、17年9月を除くと、いずれの月も上昇率がマイナスとなっており、価格の下落傾向が続いてきたことがわかる。また、教養娯楽耐久財(テレビ、パソコンなど)については、16年8月以降、上昇率がマイナスで推移している(価格は下落)。

 

 

図表3 家電製品の価格動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

次に、衣料についてみると(図表4)、物価指数の上昇率が次第に縮小して、17年秋以降は基調的にマイナスで推移している。また。家事用消耗品(洗剤・ティッシュペーパーなど)については、16年7月以降、上昇率がマイナスで推移している。これに対し、文房具については、物価指数の上昇率が2年にわたってプラスで推移している。

 

 

図表4 衣料・文房具・生活雑貨の価格動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

このようにネット通販の市場規模が大きい、あるいはネット通販による購入の割合が大きい商品の物価動向については、文房具を除くと、総じて弱い動きが続いてきたということになる。

 

 

家電の価格低下

 

このような物価指数の推移は、「物価が上がらないのはネット通販のせい」という想像をかきたてるものであり、実際、そのような受けとめ方をする向きもみられる。だが、「ネット通販の拡大が物価を下押しする要因になる」ということと、「物価の基調的な動きがネット通販の拡大という理由によって説明できる」ということの間には大きな距離がある。物価の動きを上記のように局所的な範囲でとらえずに、より長い期間でながめてみれば、以下に示すようにこのことは容易に理解される。

 

そこで、1995年度から2017年度までの期間を対象に、家電製品の値動きをながめてみると(図表5)、「家事用耐久財」(電気冷蔵庫・電気洗濯機など)と教養娯楽耐久財(テレビ、パソコンなど)のいずれについても急速な価格低下が生じた後、13年度あたりから15年度にかけてようやく下げ止まりの動きがみられるようになった(ただし、以前ほどではないが、16年度以降はふたたび低下が生じている)ということがわかる(なお、消費税の増税の影響を除きやすくするため、ここでは暦年ではなく年度の計数をもとに物価の動向を把握している)。

 

 

図表5 家電製品の価格動向(1995年-2017年・年度平均・消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

ここからわかるのは、家電製品の価格低下がネット通販の拡大が生じた時点になってはじめて観察されるようになった出来事ではなく、実店舗による販売がほとんどだった頃に、むしろ大幅な価格下落が生じていたということだ。

 

このような価格低下には、性能の向上によって実質的な価格低下が生じたことによる部分(品質調整に伴う下落分)と、販売店間の値引き競争の進展によって生じた部分の双方があるものとみられる。後者についていえば、ネット通販が主流になる前から家電量販店による競争は熾烈であり、そうしたなかで、いわば「ヤマダ電機効果」とでもいうべきものによって、家電の販売価格の上昇が抑制されてきたということになる。

 

「他店より1円でも高い場合は値引きします」という価格競争が、家電量販店の店頭で20年以上前から展開されてきたことを想起すれば、この事情は容易に理解されるだろう。アマゾン効果は、インターネットの発達によって店舗間の価格比較がさらに低コストで行えるようになり、このような価格裁定の動きがさらに強まるようになった現象ということになる。

 

このように、家電製品の価格の動向には、アマゾン効果として認識されるような影響をもたらす価格競争が、実店舗どうしの間でも以前から展開されてきたこと、価格下落は最近時点よりもむしろ以前のほうが顕著であったことを踏まえると、最近時点における物価の動向を把握するうえでネット通販の影響をどの程度大きなものととらえるかについては、過大評価が生じないよう慎重な見極めが必要ということになる。

 

 

衣料と文房具の価格上昇

 

一方、衣料と文房具の動向をみると(図表6)、価格の動きは区々であり、それぞれの局面で大きく変動してきたことがわかる。15年度と16年度については値上がりが顕著となっており(文房具については17年度も)、上昇率でみると衣料については1%台前半、文房具については1%台後半の率で上昇が生じている。

 

 

図表6 衣料・文房具の価格動向(1995年-2017年・年度平均・消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

衣料と文房具の価格上昇はヘッドライン(総合)やコア(生鮮食品を除く総合)でとらえられる物価全般の動きを上回るものだ。このことは、衣料と文房具について、もし仮にアマゾン効果による価格下落が生じているとしても、それは衣料と文房具の価格の基調的な動きを左右するほど大きなものとはなっていないことを示唆するものである。

 

 

オンライン価格と実店舗価格の間の裁定

 

アマゾン効果は、ネット通販の拡大が、実店舗を持つ既存の小売企業の販売価格を引き下げることで顕現化するものだ。すなわち、オンライン価格と実店舗価格の裁定がどの程度強力に働いているかによって、アマゾン効果が消費者物価指数に与える影響は異なったものとなる。

 

この背景には、ネット通販を通じた販売価格の把握が、小売物価統計調査においてきわめて不十分なかたちでしか行われておらず、消費者物価指数の作成においてネット通販経由の販売価格の反映が限定的なものにとどまっているという事情がある。

 

オンライン価格と実店舗価格の間の裁定がどの程度行われているかについては、オンラインショップと実店舗の間の販売価格の差について大規模な調査を実施したCavallo[2017]が有益な情報を与えてくれる(Cavallo, Alberto”Are Online and Offline Prices Similar? Evidence from Large Multi-channel Retailers”Ameican Economic Review Vol.107 No.1)。

 

この研究では、調査対象となっている10か国のなかで、日本はオンラインと実店舗の価格差が最も大きく(10か国平均では両者の価格差が4%であるのに対し、日本は13%)、両者の間の価格裁定が不完全であることが示されている。この分析において調査対象となっている日本の企業はビックカメラ、ケーズデンキ、ローソン、ヤマダ電機の4社であり、対象業種が家電販売に偏っていることに留意が必要だが、日本においてアマゾン効果が実際にどの程度影響を与えているかを把握するうえでは、このような状況についても一定の留意が必要となる。【次ページにつづく】

 

 

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