2020.03.31

商品券より日銀券――簡素で効率的な給付について考える

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

4月上旬にも決定が予定されている緊急経済対策のとりまとめに向けて、活発な議論が展開されている。中には和牛商品券(お肉券)や国産魚介券(お魚券)の発行を求めるユニークな提案もあって、これには批判の声も寄せられているようだ。

感染のさらなる拡大と景気の急速な悪化が懸念される中で、はたしてこのような議論をしていてよいのかということはもちろんあるが、とはいえ和牛券や魚介券のことを一笑に付すことはできない。新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」という)の感染拡大をうけて不要不急の外出や宴会などの自粛が求められるようになったことから、飲食店の来店客が大幅に減少し、高級な食材に対する需要も大幅に減少しているからだ(3月9日に公表された2月分の景気ウォッチャー調査によれば、飲食店の業況判断DI(方向性)は39.8から16.0に急落している)。

有識者の中には現金給付などの「バラマキ」ではなく、真に支援が必要な分野に対象を絞ってきめ細かい対応をすべきとの提案がしばしばみられるが、和牛券や魚介券はそのような識者の意向に沿ったものということもできるだろう。

となると、問題はこのように個別の分野や地域に即した対応を、どこまでするのが望ましいのかということになる。和牛券や魚介券のような要望が幅広い分野から寄せられた場合には、分野ごとに商品券を出したり、補助金を交付したりするという対応が望ましいということになるのだろうか。商品券によらず、現金給付を中心とする場合、給付にあたって所得制限をかけることは適切なのだろうか。以下ではこれら点について考えてみたい。

「対象を絞ったきめ細かい対応」の帰結は?

新型コロナの影響は、和牛や魚介類だけでなくより広範な分野の消費に及ぶ可能性がある。コメの需要は長期にわたって減少傾向にあるが、昨年は中食(持ち帰り用として購入される弁当など)と外食向けの需要が大幅に増加したことから、コメ全体の需要も前年比プラスで推移していた。こうした中、新型コロナの影響で飲食店などへの来店客が減少すると、おこめ券に政府が補助を出して内食(家で炊いて食べるご飯)の需要を喚起すべきとの声もでてくるかもしれない。

3月21日に開催された内閣府の会合(「新型コロナウイルス感染症の実体経済への影響に関する集中ヒアリング」)では、日本百貨店協会からクーポンや商品券など消費に直接回る対策を検討してもらいたいとの要望が寄せられた。政府・与党内には、観光客の減少で観光地が深刻な打撃を受けていることを踏まえて旅行券(旅行代金の一部補助)を推す声もある。現時点では他の業界から具体的な提案はないようだが(ただし、自民党の議員から、おすし券も対象に含めるとよいのではないかとの非公式の提案がなされている)、特定の分野の商品券が「あり」となれば、各方面からさまざまな提案が寄せられることとなるだろう。

政府の補助を受けて発行される商品券などの提案については、その採否を決める客観的な基準を示すことができれば話は簡単だが、各業界にはそれぞれの事情があり、特定の商品券を推す人にはそれぞれ立場があるから、誰もが納得する形で採否を決めることは難しい(客観的な基準によるべきという規範的な判断はあるかもしれないが、ここでそれを持ち出すことは現実的ではない)。

そうなると、実際に採択されるのは、与党の支持団体の中で政治的な影響力が強い業界のものということになる可能性がある。あるいは、各業界、各方面に配慮してさまざまな商品券や販促のためのイベントが、大型の補正予算で確保された財源をもとに数多く実施されるようになるかもしれない。このような調整の経過は絵空事ではなく、物品税(消費税が導入される前に採用されていた個別間接税)の課税・非課税の取り扱いをめぐって実際に展開されていたものだ。

日銀券の無償配布

特定の分野の商品券の配布は、その分野の商品やサービスを好む人にとっては好意的に受けとめられるものかもしれない。そうでない人は金券ショップで換金したり、ネットオークションで転売することもできるが(ただし、商品券の種類によっては違法性を問われる場合がある)、そのようなことを多くの人が行うのは明らかに非効率だ。また、商品券を紙や磁気カード・ICカードの形で発行する場合には、発行や管理のために多大な事務コストが生じることになる。

となれば、どのような商品・サービスとも交換可能な「全国共通商品券」、すなわち日銀券を配布することが一番効率的な方法ということになるだろう。もちろん、日銀券の無償配布には一定の財政措置を要するから、どのような目的で、誰を対象に、どのような方法で配布を行うのかという点について秩序立った整理が必要となる。目的については所得補償なのか景気対策なのかが、対象者については所得制限の有無が、配布の方法については減税によるのか給付措置(現金の交付)によるのかがこの場合のポイントということになるだろう(基本的な枠組みや背景となる考え方の詳細は「消費減税か現金給付か」(https://synodos.jp/economy/23398)をご参照ください)。

これらの点を踏まえ、以下では簡素で効率的な給付の具体的な方法について考えてみることとしよう。

所得制限はかけられるか?

日銀券の無償配布、すなわち現金給付を所得補填措置(新型コロナの影響で家計が急変した人などに対する給付)として行う場合には、技術的に可能であれば対象者を特定して給付を行うことが望ましい。利用可能な財源には限りがあるから、対象者を特定した方が、支援の必要性が高い個人や世帯により手厚い支援を行うことができるからだ。もっとも、このような所得制限を適切な形で速やかに行うことができるかについては慎重な検討が必要となる。

このような所得制限をかける際にしばしば用いられる基準は世帯主所得だ。これはいわゆる標準世帯(サラリーマンの夫と専業主婦の妻と子供2人)が代表的な世帯であった時代には一定の有効性のある基準であった。

だが、女性の社会進出と多様な働き方のもとで共働きが一般的となっている現在では、世帯主所得による線引きを行うことは不公平をもたらしてしまうおそれがある。たとえば世帯主所得が500万円という水準で給付の有無の線引きをすると、共働きで夫と妻の所得がともに450万円(世帯収入900万円)という世帯は給付を受けることができる一方、片働きで世帯主所得が550万円(世帯収入550万円)という世帯は給付を受けられないことになるが、このような取り扱いは適切とはいえないだろう。そうなると、給付の可否を判断する際には、世帯主所得ではなく同一生計者全体の所得のデータをもとに、世帯ごとに所得金額を集計する作業が必要ということになる。

所得制限を行う際にしばしば利用されるもうひとつの基準は、住民税非課税世帯だ。住民税非課税世帯は国民健康保険料の減免や高等教育の無償化などの基準として広く利用されている。だが、新型コロナの感染拡大の経済的影響を緩和するための措置として給付を行う場合、住民税非課税世帯であるか否かを給付の基準とするのは、今回の給付の趣旨になじまない。というのは、住民税非課税世帯には公的年金と貯蓄の取り崩しで生計を営んでいる世帯も含まれており、このような世帯については新型コロナの影響で収入が大きく変動した可能性は高くないと考えられるからだ(もちろん、一般的な福祉施策として給付を充実させるべきということはあるかもしれないが、これは新型コロナへの対応とは分けて検討すべき課題である)。

現在、政府内で検討されている案として、新型コロナの影響で収入減が生じた世帯を対象に給付を行うというものが報じられているが、もし仮にこのような形で所得制限をかけて給付を行う場合には、実際に給付が行われるのは早くとも来年(2021年)の春ということになる。というのは、収入の減少を確認するために必要な情報(2020年の課税所得金額)が、確定申告の終わった来年3月後半以降にならないと利用できないためだ(もちろん、年の途中で源泉徴収票を発行して所得の確認をすることは可能であり、この場合にはより早い時期の給付が可能となるが、この場合は受給の申請をもとに個別に所得の状況を審査する形での対応となることから、給付対象者を極めて限定的なものにしないと対応が困難であろう)。

このようにみてくると、所得制限をかけて給付を行うことにこだわる場合には、給付を行うまでの準備にこれから半年ないし1年程度の時間がかかり、実際に給付が実施できるのは今年の秋以降あるいは来年の春以降ということになりそうだ。もちろん、現に生活に困窮する人や世帯もあるから、その対応は急ぎ実施する必要がある。給付について所得制限をかける場合は、給付に向けた作業が遅れ支給が後ずれする分、生活福祉資金貸付制度の大幅な拡充などによる応急措置を強力に実施することが必要となる。

一律給付と給付金の課税措置による対応

このように、所得制限などの措置によって対象者を限定して給付を行う場合には、事務負担が大きくなり、実際に給付が行われるまでに相当の期間を要するということになる。この点を踏まえると、現金給付については一律給付とし、事後に所得税の枠組みの中で実質的に所得制限をかけたのと同じ効果を得るという方法も検討されてしかるべきだろう。

2009年に実施された定額給付金においては、給付金は非課税とされたが、今回の給付金についてはこれを課税の扱いとし、納付する所得税額が一定金額を超えた場合には、給付金の給付額に応じて一定の税額をこれに付加する形で税金を徴収すれば、実質的に所得制限を実施したのと同じことができる。現時点においても復興特別所得税が賦課徴収されており(これは所得税額に一律に2.1%を乗じるものであるが)、実務上も大きな困難を伴わない形で実施することが可能であろう。

「全国共通商品券」としての日銀券

現時点では感染拡大の防止に最大限の配慮をする必要があるから、買い物や旅行などの外出を伴いがちな消費を喚起することには慎重でなくてはならないが、感染が収束した時点では、景気対策として給付や減税などの措置をとる必要が生じるかもしれない。新型コロナの影響が生じる前から、世界経済の減速と消費増税の影響で景気の大幅な落ち込みが生じていたからだ。

この点に関し、緊急経済対策では、需要を喚起するための方策として旅行券(旅行費用に3万円の補助をするクーポン券)の発行を盛り込むことが検討されている。また、自民党内では和牛商品券や国産魚介券の発行など、各分野の状況に応じたきめ細かい対応が検討されている。今後、具体的な検討が進められていくにつれて、各分野の商品券の発行に向けた提案がさらに続くことも想定される。

これらの補助や商品券の発行は、個別にみるとたしかによいアイデアなのかもしれないが、どの分野の業種をどの程度支援する必要があるのかを判断して、統一的な基準で採否を決定することには大きな困難が伴う(もし仮にそのような基準を作ることができたとしても、経済対策の策定に向けた調整は政治過程を通じてなされることに留意)。もしこれらが紙や磁気カード・ICカードなどの形で発行される場合には、発行と管理に大きなコストが生じることも考慮する必要があるだろう。消費税の増税対策として発行されたプレミアム商品券について、大幅な未消化が生じたことも(住民税非課税者のうち自治体に購入を申請した人は全体の42.7%)、商品券の発行において考慮する必要がある。

これらのことを踏まえると、各分野の個別の商品券よりも、汎用性の高い「全国共通商品券」として日本銀行券(日銀券)を発行するというのがよいということになる。現金(日銀券)については消費に充てられず、貯蓄に回ってしまうのではないかとの懸念があるかもしれないが、この点は特定の分野の商品券でも同様である。商品券で給付がなされた場合には、それまで現金(キャッシュレス決済によるものを含む)で購入していたものが商品券での購入に振り替えられることになり、それによって浮いた現金が貯蓄に回ってしまえば、現金給付を行った場合と効果は同じことになるからだ(もちろん、商品券で購入できる商品の範囲を限定すれば、その商品の売り上げを増やすことはできるが、現金給付だと給付金が貯蓄に回ってしまうような環境のもとでは、商品券の配布も消費支出全体の増加にはつながらないことに留意)

定額減税と給付措置の組み合わせ

商品券に代えて現金給付を行う場合にも、実際に日銀券(紙幣)を配布しようとすると管理や運搬に大きなコストがかかる。だが、幸いなことに給付金の配布には口座振込という方法があるので、ほとんどのケースではこれで対応することができる。もっとも、2009年に実施された定額給付金では、各市町村が実施主体となり、各受給者に申請書を送付したうえで申請をもとに給付を行うという方法が採られたことから、事務に特別の体制が必要となった。

この点については所得税の定額減税の形で実施すれば、納税の際に利用されている通常の枠組みのもとでより簡単に現金給付を行うことができる。もちろん、住民税非課税者などについては別の形で給付を行うことが必要となるが、所得税の定額減税と給付措置の組み合わせで現金給付を実施すれば、定額給付金の形ですべての対象者に給付を行うよりも事務負担の少ない形で給付が実施できるようになる。

政府小切手による支給

住民税非課税者への支給については、定額給付金の給付の際の採用された方法に代えて、政府小切手(官庁が振り出した小切手)の振り出しによる方法を採ることもできる。この小切手を受け取った受給者は、日本銀行代理店(代理店契約を結んでいる民間金融機関の本支店窓口)に小切手を持参すればその場で、あるいは数日のうちに現金化することができる。

米国では減税時の所得税の還付に小切手が利用されており、3月27日に可決成立した経済対策法に基づく現金給付についても、小切手を利用した給付を行うことが予定されている。日本の政府小切手も、公共工事の代金の支払いなどですでに日常的に利用されているものであり、この方法によって給付を行うことは別に異例の取り扱いというわけではない。

緊急経済対策の策定にあたっては、これらの点を踏まえ、冷静な判断のもとに、誤りのない対応がなされていくことが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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