「二つの悪」の悪い方と戦う ―― リフレーション政策と政策ゲームの変更 

著者からの注釈:この小文は(この節の要約)だけを読んでも概要が理解できるように書かれているため、忙しい方はそこだけでも読んでいただければ幸いです。

 

 

「二つの悪」の悪い方

 

(この節の要約)この小文では「二つの悪の悪い方=デフレーション」と戦うための方策である「リフレ政策」について説明します。

 

「インフレが良いと言うのではない、デフレが悪なのである」

石橋湛山(エコノミスト・政治家であり、第二次大戦前から戦中にかけて反軍国主義の論調を貫いたことでも知られる。以下、湛山)は生前そう繰り返し述べたそうです(半藤一利「戦う石橋湛山」東洋経済新報社)。湛山は、昭和恐慌(後述)の惨禍を目の当たりにしたエコノミストの一人ですが、その彼が死去してから約40年。我々はまだ、この二つの悪(インフレとデフレ)との戦いを強いられています。

 

湛山の言葉を待つまでもなく、「インフレとデフレの両方が悪である」ということに疑問を持つ人は少ないでしょう。しかし、「デフレの方が、より悪い方である」ことを知っている人はあまり多くないかもしれません。現在では少なくなりましたが、筆者がいわゆる「リフレ派」の一員に加わった2001年当時は、「デフレは悪くない。むしろ良いことである」とする良いデフレ論を耳にすることも少なくありませんでした。

 

しかし、近年では新聞・雑誌・インターネット等で「デフレの弊害やデフレ脱却の必要性」が論じられ、その解決策として「リフレーション政策(以下、リフレ政策)」が取り上げられることも多くなってきました。とは言え「リフレーションとは何か」「リフレ政策とは何か」について明確に理解されているとは言いがたい状況です。

 

そのため、この小文では(1)デフレがなぜ「より悪い方」なのか、(2)そして、その「より悪い方=デフレ」と戦うための手法である「リフレ政策とはどのようなものか」について皆さんにご説明したいと思います。

 

 

インフレと貨幣価値

 

(この節の要約)インフレーション(以下、インフレ)とは貨幣(お金)の価値が低下することです。逆にデフレーション(以下、デフレ)とは貨幣(お金)の価値が上昇することです。

 

皆さんは「ハイパーインフレーション(以下、ハイパーインフレ)」という現象をご存知でしょうか?これは「1ヶ月で50%を超えるインフレーション」のことで、平たく言えば、1ヶ月で物価水準(経済における商品やサービスの全般的な価格)が1.5倍以上になることです(Caganの定義による)。1年(12ヶ月)を通じ見ると物価水準は約130倍以上になります。古くは1920年代のドイツ(ワイマール共和国)、近年ではジンバブエで発生したことが知られています。

 

ハイパーインフレが起こった場合、貨幣(特に紙幣)の価値はあっという間に低下してしまいます。つまり「紙幣がただの紙屑」になる訳です。それがマイルドなインフレ(たとえば年率2%から3%程度のインフレ)の場合は、「ゆっくりと貨幣の価値が低下していく」ことになります。逆にデフレ(商品やサービスの全般的価格の低下)とは貨幣(お金)の価値が上昇することを意味します。

 

 

デフレが経済を蝕む

 

(この節の要約)デフレとは「現金・預金をただ保有する人」にとって得な状況であり、逆に「今、働き収入を得ている人」にとっては不利な状況(給料が低下する)です。つまり、デフレは経済活動を停滞させます。

 

前節の「インフレと貨幣価値」の知識があれば、インフレ(やハイパーインフレ)の場合は「現金をただ保有する」人が愚かであることは明らかでしょう。なぜなら、マイルドなインフレの場合、「現金をただ保有する」だけだとその価値が徐々に下がってしまうからです(ハイパーインフレの場合、貨幣価値は急激に低下します)。逆にデフレとは「現金・預金をただ保有する人」にとって得な状況であることも自明でしょう。なぜなら、デフレの場合、「現金をただ保有する」だけでその価値が徐々に上昇するからです。

 

また、デフレ下では給与も低下していくことが知られています。デフレとは「商品やサービスの全般的な価格低下」であり、「サラリーマンやOLである自分にとってはうれしいこと」と思っている人もいるかもしれません。しかし、実は働いている皆さんは日々「自分の労働力を会社に売って、その対価として給与を得ている(皆さんは会社に労働というサービスを売っている)」訳ですから、当然、「デフレでサービス価格が低下する」=「皆さんの給与は下がる」わけです。

 

まとめると、デフレとは「現在、既に現金・預金を保有している人」にとって有利な状況であり、逆に「今、そしてこれから働き収入を得る人」にとっては不利な状況(給料が低下する)です。言い換えるとデフレ経済においては、「既に現金・預金を保有している人」はどんどんと(何もしなくても)豊かになり、「今、そして、これから働く人達」はどんどんと貧しくなる経済です。

 

つまり、デフレは経済活動(皆さんの日々の仕事)を停滞させます。なぜなら働く人よりも現金・預金を持ってじっとしている人のほうが得な状況だからです。

 

 

インフレ期待の重要性 ―― クルーグマンの提案

 

(この節の要約)インフレターゲットを使ってデフレ脱却を行うという方法はポール・クルーグマン(2008年ノーベル経済学賞・アメリカ民主党の熱狂的な支持者としても知られる)によって1998年に提唱されました。

 

クルーグマンは「日本経済のデフレ脱却には『現在の貨幣発行量増加は効果がなく』、将来の貨幣発行量の増加が信認されることが重要である」と論じました(著者の意見の大半はクルーグマンの分析と「昭和恐慌の研究」(後述)に依拠しています)。なお、「現在の貨幣発行量増加による(デフレ脱却や景気浮揚)効果がなく」なるような状態を「流動性の罠」もしくは「ゼロ金利制約」といいます。

 

そして、彼はデフレ脱却の手法として「インフレーションターゲット(インフレ目標)」の採用を提案しています。彼の分析によればデフレから脱却するには「インフレ期待(インフレ予想)」が重要であり、将来の金融緩和が人々に信用されればデフレからの脱却は可能となります。

 

なお、言うまでもないことですが、クルーグマンは「流動性の罠」もしくは「ゼロ金利制約」からの脱却にはインフレターゲットだけではなく財政政策を併用することも重要であると指摘しています。

 

 

 

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