どのように「ブラック校則」をなくせるか――ジャーナリズム×アカデミズムの可能性

生まれつき茶髪なのに黒髪に染めさせる、下着の色を指定するなど、理不尽な校則の現状に問題提起を行った、荻上チキ氏・内田良氏の編著『ブラック校則』(東洋館出版社)が発売された。

 

荻上氏・内田氏が参加し、2017年末に発足した「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」が行った大規模な全国調査によると、下着の色の指定など、以前よりも細かな規制が増加するといった厳格化の傾向がみられるという。

 

校則にどのような変化が起こっているのか。どのように「ブラック校則」をなくせるのか。ジャーナリズムやアカデミズムによる社会問題への応答可能性にも言及を広げる、荻上氏・内田氏による対談をまとめた。(構成/東洋館出版社編集部)

 

ブラック校則 理不尽な苦しみの現実

ブラック校則 理不尽な苦しみの現実書籍

作者荻上 チキ, 内田 良

クリエーター荻上 チキ, 内田 良

発行東洋館出版社

発売日2018年8月4日

カテゴリー単行本

ページ数264

ISBN4491035571

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いま、校則について問題提起する理由

 

荻上 2017年、大阪の女子高校生が生まれつきの髪色を黒く染めるよう強要され、不登校になったことから裁判を起こした。その報道に触れたことが、私が校則問題に取り組むきっかけでした。

 

そもそも私自身、学校で多くの理不尽な経験を受けてきました。そんな思いをする子を減らしたい、できるだけ安全安心な教室環境をつくりたい。そういう観点から、これまでも教育について幅広く問題提起してきました。『ブラック校則』もその1つだと思います。

 

内田 今回荻上さんは、「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」のスーパーバイザーとして、調査を主導的に行っています。

 

荻上 私は評論家のモットーとして、ある問題に関心を持ったとき、その問題の研究成果とメディアをうまくコーディネートしてつなげることが役割だと思っています。ただ調べた限り、「校則の専門家」というのがほとんどおらず、現代についての調査もありませんでした。だから専門家と協力して問題提起をしたいと思い、組み体操や部活動などの教育分野の問題で精力的に発信をしている内田さんに、調査設計や分析面で協力して頂いたのです。

 

内田 確かに校則については、近年アカデミックな議論は多くありません。かつて、80年頃に管理教育に対する批判が論じられた時期はありましたが、それ以後、教育学で取り上げられることは少ないようです。私が専門とする教育社会学でも、いじめや不登校といった教育問題は議論されてきたのですが、管理教育への関心は低かったように思います。そこには、管理教育、とくに校則の問題がいわゆる「マスコミネタ」と見なされ、あまり研究対象として扱われてこなかったという事情があるように感じます。

 

それゆえに本書『ブラック校則』が、プロジェクト独自の調査結果の提示に加え、マイノリティや貧困に校則が及ぼす問題といった、個別の問題に踏み込めたのは大きな意義があります。これまでもいわれてきた「管理だからダメ」「人権侵害だからダメ」という指摘は正しいのですが、個別具体の観点を示せたことで、より説得力のある問題提起ができたと言えます。

 

荻上 本書の第2章では多くの事例を取り上げましたが、プロジェクトに寄せられた多数の例の中でも、2010年以降の新しいものに絞っています。ブラック校則は「昔はあったかもしれないけど」ではなく、現在もれっきとして存在する問題なのです。その意味で、内田さんが組み体操などの問題を社会に呼びかけ、世の中を変えていったプロセスは、ブラック校則を変えていくためのロールモデルとなると考えています。

 

 

校則の「ソフトな管理」が進展していた

 

荻上 子どもの権利、セクシュアルマイノリティや発達障害、貧困家庭の問題など、子どもたちを取り巻く状況への理解や配慮も少しずつ進んでおり、学校の状況は改善を続けているとも言えます。だから調査を行う前は、管理主義の時代から人権を擁護する観点での配慮が進み、「問題のある校則や指導は存在するが、全体としては緩やかに改善している」という仮説を予想していました。

 

しかし、実際の結果は驚くべきものでした。第1章でも論じている通り、毛髪や下着の色の指定などの細かな規制による管理が以前より強化されていたのです。私は「ソフトな管理主義化」と呼んでいるのですが、細かな服装や所作まで画一化させるような指導が増加する傾向が見られました。これには正直、ショックを受けました。もちろん、以前より全面的に悪化しているわけではないのですが、人権意識の高まりの裏でこのような後退があろうとは。

 

内田 「ソフトな管理主義化」の強化を示せたのは、この調査の大きな成果です。率直に言って、本来研究者がこういった調査・分析を行い、指摘すべきでした。研究者の1人としては、悔しい面もあります。教育学が校則の現実を捉えられていなかったということですから。

 

荻上 ただその背景には、80-90年代のジャーナリズムや司法、研究者による管理主義教育批判にもかかわらず、校則の裁判で主張が認められなかったという絶望感があると思います。同時に問題行動への対応としての、管理教育からゼロ・トレランス(厳格な懲戒・処分)という現場の流れを止められなかったことで、研究者の失望を生んだのかもしれません。

 

 

エビデンスベースドの学校改善へ

 

荻上 私自身、漠然と「以前よりも校則はよくなっているだろう」と思っていましたが、同様に多くの方が、その実際や全体像を把握できないまま、印象論や個別の経験だけで議論をしていたように思います。

 

大阪の女子高生の裁判は、それを変える大きなきっかけでした。これを受けて大阪府は調査を行い、府立高校の9割がなんらかの頭髪指導を行っていることがわかりました。メディアも、朝日新聞が東京都内、産経新聞が近畿圏の二府四県で指導状況を調査したところ、東京の都立高校(全日制)では6割、近畿圏の7割で「地毛証明書」を求める頭髪指導を行っていたのです。この数字のインパクトは大きく、私もこれをみて掘り下げようと思いました。

 

内田 改めて、きっかけは一人の当事者と、そこからつながった調査だったのですね。

 

荻上 そうです。それに呼応して社会のオピニオンへとつなげていくために、足りないソースを探そうとしたのが、この調査の直接の動機です。

 

ただ、今回の調査や本書では、個別の子どもへのインタビューや、現場の通史の整理までは踏み込めていません。だから、「ブラック校則が蔓延する理由」はわからないままです。

 

内田 それは、むしろこれから教育学が解き明かすべき課題だと思います。例えば組み体操問題もそうだったのですが、高さ数メートルにもなる巨大な組み体操はあきらかに危険です。しかし、現実には全国各地で当然のように行われてきていました。常識から考えても危険でおかしい習慣や行為が、学校現場には存在しています。

 

校則も同様です。不審者対策や学校事故の教訓から、学校を安全にしていく動きは確かにありますし、特別支援教育をはじめ、個別の配慮も進んでいます。その一方で、心身へのダメージを顧みない、あきらかにおかしな校則が多く広がっていた。管理主義が過去のものだったどころか、ある面で悪化していた背景や理由は、研究で明らかにしていく必要があります。

 

荻上 そうですね。ただ、原因や歴史的背景の追究はアカデミズムに任せて、私自身の役割は、いまの校則をどう変えるか、どういう未来をつくるかを示すことだと思っています。今回の調査で、校則の持つ問題点などを、エビデンスの形で示したという成果がありますから、そこから世の中を変えていく動きにつなげたい。

 

 

苦しみの「声」に突き動かされて

 

荻上 内田さんは大学教員としてアカデミズムの一員でありながら、自ら情報を発信し、社会への働き掛けも積極的に行っています。組み体操問題や部活動問題などの問題を訴えて、社会を変えていった取り組みの経験から、ブラック校則の問題を変えていくプロセスについてはいかがでしょうか。

 

内田 まず、私自身の取り組みの出発点からお話しましょう。先ほど荻上さんがきっかけとして、黒髪強要の裁判のことに言及されました。実は、私が研究や情報発信の起点となる理由も、全く同じです。誰かの苦しむ声が取り組みの出発点なのです。それには、自分で調査・研究を行う過程で耳にすることもあれば、私あてにメールやSNSなどで、苦しみの声が届くということもあります。

 

そんな声を聴き、「では、現状はどうなっているのか」「そもそもどういう経緯なのか」ということを調べるようにします、手法としては、歴史や制度、統計データの件等ですが、私の場合には、やはり統計データ、数字によるエビデンスを重視します。どういった手法に着目するかは、専門とする領域によるでしょう。

 

この(1)苦しみを起点に自分自身が動かされる、(2)データをもとに問題を客観的に提示できる、という点が、私が今のような立ち位置にいる理由ではないかと思います。基本的に研究者は、多種多様な調査データがどこにあるかを知っていますし、自分で調査を実施することもできます。ですが研究・調査をまとめても、多くの場合、研究誌に掲載したり学会で発表したりするのに留まることが大半です。

 

荻上 内田さんはYahoo!ニュースを中心に、広く市民に向けた情報発信を行っていますよね。

 

内田 そうですね。インターネット上で情報発信をするようになってから、市民から切実な苦しみの声が、私あてに寄せられるようになりました。そうすると、すぐにでもそれを問題提起しないといけない、呼びかけないといけないという強烈な使命感に駆られるのです。研究者であれば(2)はできますが、広く発信をし、声が寄せられるようになったことで、自分自身を突き動かす(1)の動機が、より強くなったように思います。

 

 

苦しみを客観的に示すためにはデータが必要

 

内田 研究者はもっとこういった情報発信をしていくべきとは思いますが、私の場合、こういった「声」に突き動かされて、ということがあるのかもしれません。荻上さんの場合はいかがですか? ラジオ「Session-22」のリスナーから、そういった声をいただくことも多いのでは?

 

荻上 そうですね、冒頭でお話しした今回の例のように、私もそういった苦しみから興味をもって調べてみることはあります。私は研究者ではないので、大規模に調査をするというのは、機会がないとなかなか難しいのですが、今回は朝日新聞や産経新聞が調査で「都立高校の6割が地毛証明書を求めている」といったデータを示したのは大きかったですね。

 

内田 データの有無は非常に重要です。たとえばある時、「運動会のムカデ競走中に倒れてケガをした。どうしてこんな危ないことをして、痛い思いをしなければならないのか」という声を頂き、調べてみたことがあります。しかし、「どのくらいの校数でムカデ競走が行われているのか」「どのような事故があったか」「何件の事故があったのか」などのデータがなかったのです。

 

そうなると、私が研究者として論を立て、分析したり危険性を訴えたりするのは難しい。せいぜい、個別の事例を調べ「こんな事故があった」と紹介する程度です。

 

でもたとえば、実施校数や事故数、事故の内容の内訳があれば、「このくらいの割合で事故が起きている」という主張や、「こういった要因で事故が起きているから、人数を減らして実施すれば安全性が高まる」といった提案ができるのです。私が過去に取り組んできた柔道事故や組み体操、部活動の問題では、それらをデータに基づいて示しました。そこに注目してもらい、世論の動きにつなげることができたのは、データに基づく主張であったことが大きいと思います。

 

だからこそ、今回の「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」のような調査は、研究者からしても画期的です。こういった調査データを活用することで、個人の苦しみを客観的な苦しみとして、世に出せるようになるのです

 

 

文科省はもっとリアルに迫る調査データを

 

荻上 さきほど言及した朝日新聞や産経新聞の報道は、いわゆる「調査報道」と呼ばれますが、単に事実を聞いて回るだけではなく、自分たちで調査を行って、それをまとめて公表するというものです。

 

私は、いくつかの条件、すなわち看板と人員・資金・調査設計が整えば、社会を動かす基盤となるようなエビデンスを集めることができると考えています。調査設計に専門家の力を取り入れ、ジャーナリズムとアカデミズムが連携することで、社会運動を盛り立てる。そういった方向性を目指したいと思っています。

 

本来であれば、文部科学省などの行政がこういった調査や、それに基づく提案を行うべきだと思うのですが、正直なところ、文科省はエビデンスを取り入れて舵取りをすることに消極的な印象があります。

 

内田 そうですね、何か目的をもって調べようとする調査ではなく、無難な調査が多いように思います。また、調査の質問項目一つとっても、ぼやっと傾向をつかむような、無難な質問が多くて……。

 

荻上 もっと言うと、せっかく行った調査結果も、うまく用いているようには思えないんですよね。費用も人的リソースも割いて実施した調査なのに、それを生かしたエビデンスベースドの政策を行っているとはいえないでしょう。

 

例えばいじめに関して、文科省は「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」を毎年行っています。しかし、これは教員の意識や動向についての調査であって、統計的処理の上、いろいろなことを解き明かして政策に生かそうといったアイディアのもとに作られてはいないようです。

 

内田 そもそもこの調査は、質問対象である教員の視点から、学校でどのような問題行動が、どのくらいの件数起きたかを調べるものです。もちろんそれ自体の意味はありますが、子ども側の背景や状況を把握し、改善につなげようとした設計ではありません。

 

荻上 海外では調査に基づく統計的な手法で、どういった教育的手法が安全や学力などに寄与するかを追及し、実践にも取り入れていく流れが見られます。しかし残念ながら日本では、調査に基づいて教育政策が点検・更新される、というサイクルは見えにくいようです。繰り返しになりますが、文科省こそ、こういった科学的な政策実践を主導的に行うべきなのですけれど。【次ページにつづく】

 

 

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