2012.12.30

「いじめ対策に武道家を」はどんな文脈で発言されたのか

文部科学副大臣・政務官の任命記者会見全文文字起こし(2012/12/27)

教育 #いじめ#いじめ対策に武道家を#谷川弥一

2012年12月27日、文部科学副大臣に就いた谷川弥一衆院議員の記者会見における発言「いじめ対策に武道の先生を」が、新聞社などによって取り上げられ、大きな話題となりました。シノドスではこの件を受けて、社会学者・内藤朝雄氏への緊急インタビュー「いじめ防止に「怖い先生」は必要か」を掲載しました。https://synodos.jp/education/747

その記者会見の様子は、文部科学省のyoutube公式チャンネルで公開されています(http://www.youtube.com/watch?v=QrzpZ6r108M)。元となる発言はどのような文脈で行われたのか。会見では、他にどのようなことが発言されたのか。このことを確認するため、会見動画を全文文字起こし、ここに記録として掲載します。(編集部註:一部文章を整えています)

福井 文科副大臣を拝命しました福井照と申します。

先ほど皇居で辞令をいただくとき、控室に安倍総理が一人でポツンといらっしゃいまして握手をしようと近づいたところ機先を制され、「教育再生は安倍内閣の目玉中の目玉だから頑張ってちょうだいね」と言われました。

私は科学技術・学術とスポーツ担当です。科学技術イノベーション促進を目的の国づくりに取り組むために、内閣府特命担当大臣と協力して、科学技術基盤を根本から徹底強化すること。原子力損害賠償紛争審査会による和解集会など、東京電力福島原子力発電所事故による損害の迅速な賠償が講じられるよう、引き続き関係大臣と協力して対応すること。そして、スポーツ庁の創設も含めて、スポーツ立国を実現するための諸政策を推進するとともに、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの実現に取り組むこと。この3点を行うために、下村大臣と同じ目的意識を持ち、大臣、そして今日一緒に座っている3人の先生方と共に日本のために頑張らせていただきます。

谷川 同じく今日、文科省の副大臣を拝命しました、谷川弥一です。教育と文化の担当です。私なりに安倍内閣の基本的な考え方を整理すると、人に迷惑を掛けないように一生懸命生きていく国民であって欲しいし、はしたないとか恥ずかしいといった、古き時代のわびさびを中心とする日本文化を守って欲しい。そういう意味で、心をきちっと整理して、そして国防も出来るだけ自力で、かなわないのであれば日米安保条約を基盤にしながら、人間らしい暮らしができる国にしたい。

私の持論ですが、人類の歴史を大きな流れで見ると、貧乏からの脱出と自由の獲得の歴史でありまして、その点から言うと日本は素晴らしい国だと私は思っています。そういう意味では、本当に教育・文化の2つを整理して、財政再建をきちんとやらないといけない。

私たちは若い人たちに申し訳ない世代だと思っています。自分が国に対して出した分と、貰う分の差額が、60歳以上は4000万円、20歳未満はマイナス8300万円という数字もあります。このような世の中を放置することは大変なことだという思いもあります。そういう意味で、安倍内閣は、教育再生を基本に据えたことは時期を得た正しい選択であると思い、それを担えることに喜びを感じるくらい頑張らないといけないと思っています。

個別具体的に言うと、一時期、占領政策第1条に「日本文化を徹底的に破壊せよ」とあった。そういう意味で私は教育の再生はものすごく大事だと思っています。そして最終的に経済を再生させて、社会保障の基盤をきちっと作って。僕はもう71歳だから間に合わないけど、なるべく若い人たちに迷惑がかからないように、一日も早く取り戻さないといけない。その根幹がなるのが、教育の再生だと思っているんです。以上です。

義家 衆議院議員の義家弘介です。

私からはまず、責任を明確に提示させていただきたいと思っています。6年ほど前、当時、下村大臣は官房副長官であり、私は官邸に設置された教育再生会議の担当室長として、教育基本法とそれに基づく以下の法律の改正作業をずっとおこなってまいりました。

いま大津のいじめ事件等でも明らかであるように、責任がどこにあるのか非常に曖昧であります。教育局トップである教育委員会の教育委員にあるのか、実質、事務方のトップとして全てを掌握している教育長にあるのか、あるいは現場の担任にあるのか、校長にあるのか、親にあるのか、あらゆる場所が責任の押し付けあいをしながら、本来責任をもって守らなくてはならない子どもたちの命さえ隠ぺいの対象になってしまっている。

この現状について我々は法律と向き合った上で、責任体制を確立してまいりたいとずっと一貫して言ってまいりました。そして、今回の選挙の政権公約にもそれを掲げたわけです。私自身もそれを抱えるからには自らも当事者になるという思いで、参議院議員から衆議院議員に鞍替えし、当事者として有権者に訴え続けて、いまこうして記者会見に臨んでいます。

具体的には、地方教育行政法、いまのままで大丈夫なのか。我々は大丈夫でないという認識を持ちながら、政権公約に掲げたところであります。あるいは学校教育法。教科書検定の問題にしても、主幹教諭が広がっていかない問題にしても、あるいは教育長の報告が滞っている問題にしても、この学校教育法の責任というものをもう一度考え直すべきではないか。

それから義務教育小学校の政治的中立を確保するための臨時措置法、これは昭和20年代にできた法律ですが、その後、適用の目を見ないまま放置されている。こういった法令で、子どもたちの政治的中立をどう担保していくのかという見直し。あるいは教育公務員特例法。今回の選挙でも現場の教師から、勤務時間中に職員室で組合から選挙のことについて行われたという情報が入っています。本来、教育公務員特例法にのっとれば、国家公務員と同様の禁止・制限があるわけですから、これをいったいどういう風に取り組んでいくか。

これまでの民主党政権下における自民党の議論の中で明らかにしたこと。これは問題点をどのように子どもたちに即した、そして頑張っている先生たちが誇りをもてる教育公務員を作っていくかという問題。あるいは教員免許の問題。

さらに言えば、教科書無償措置法と地方教育行政法の兼ね合いの問題。沖縄県八重山では、教科書をめぐっての大人たちの対立、あるいは法律から逸脱した部分が、子どもたちを巻き込んでいる問題がある。まず教育の目的とは何か、そして公教育の最終的責任は誰が負うのか、下村大臣のご指導の下、そして副大臣の先生方のご指導の下、私自身、教育とスポーツを担当しながら汗をかいてまいりたいと思っております。

丹羽 丹羽秀樹でございます。私自身、大学の学生時代教員を目指し、実際に中学の社会科の教育免許を取らさせていただいて、教育を、当時の現場といまの状況を見比べて、これから安倍内閣のもとで福井先生、谷川先生、それから義家先生と一緒になって、下村大臣を支えながら教育の再生に取り組んでいきたいという思いでございます。

命を大切にする教育。私が心の中に思っている大切なテーマのひとつです。そして科学技術・学術、文化の担当でございますが、科学技術が学術に投資するということは、必ず将来的には文化に繋がるものであるという思いで、これからしっかりと政務の方を担当させていただきたいと思います。

―― これまでの議員活動の中でも以外でも結構ですが、文科行政との関わりをお話ください。

福井 2000年に初当選をして、直後に自民党で教育の根本目的を考える会という勉強会を作って、一年かけてレポートを書きました。それが最初で最後です。いろいろな国の大使館にご相談して、それぞれの国の教育の根本目的は何か聞いたところ、面白いことがわかった。ドイツは近代史を勉強すること。なぜドイツがヒットラーを生んだのか、これが教育の根本目的である。アメリカはキャラクターを磨くこと。オランダは世界中どこにいても生き抜いていけるような能力を身につけること。

そこで、日本の教育の根本目的とは何かということで、日本人の村落共同体の中で、教育の根本目的は、当時、OECDがknowledge and skills for lifeというレポートを出し、人生を生き抜くための知識とスキルを教育の根本目的にしたことを横目に見つつ、村落共同体である日本は、社会の中に身をどう収めるかを学ぶこと。そして、自分とは何かを知ることができる能力を身につけることが、一年間のレポートの結論でした。それが活かされないままいまに至っているわけですが、それが私の心情ですので、その心情を行政の中でどうやって活かせるか、大臣のご指導のもと、考えていきたいことが一つです。

昭和22年にGHQが日本で廃止せしめたものが3つあります。ひとつ目は内務省、ふたつ目は財閥、そして一番大事なのが、みっつ目の町内会。アメリカは日本のガバナンスの神髄がよくわかっていて、天皇陛下をトップとし、都道府県、市町村、町内会、そしてひとりひとりという構造の、国家とひとりひとりを繋ぐ最後のインターフェイスである町内会を廃止せしめた。

先ほどの谷川先生のお話と同じコンテクストですが、これを潰せば日本が潰れるとわかっていたんですね。その後、アメリカ流のコミュニティ活動・市民活動が入ってきましたが、町内会のいいところは失われたままになっている。その中で、先ほど申し上げた、社会の中のひとりひとりをどう収めていくか、行政の中に位置づける目的を任期中に果たしていけたらと思っています。

谷川 直接携わったことはありません。

ただ加藤先生たちと中国に行ったとき、中国の外務大臣らと腹蔵なく何を言っても怒らないという前提で話し合うときに、豊かになれば強い軍事力は役に立たなくなるんだから軍事力の拡大をやめてくれとお話をしたところ、やはりむっとした顔をしていましたよ。

最後にあちらに「なんであんたたちはアメリカのあとばかりついて回るの。それで日本人のプライドを持てるの。どういう主張をすべきだと思っているのか」という話をされたときに、なんて答えるべきだと私が黙っていたら、加藤紘一先生が、「日本伝統文化を押し下げてやっていくんだ」と言っておりましたが、私はそういう政治家が自民党の中で増えて欲しいと言い続けています。

例えば農林省のなかに「小規模」を「コキボ」と読む習慣があり、私が何度も言って訂正させました。「コキボ」と読むなら「大規模」は「オオキボ」と読め、と。日本の文化、言葉がごちゃごちゃになっていますよね。もう一度文化を真剣に見直していきたいね。

例えば「花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草のはるを見せばや」という歌があります。これらはわびさびを表す歌なんです。そういう心をせっかく持っているのに、日常生活の中でその文化が消えてしまっている。それをもう一遍取り戻して、日本文化を中心にした世界との付き合いができればいいと思っています。

もう一つ、日本の政治家で一番欠けているのは宗教心です。天を恐れる心。それをぜひ持って欲しい。次は哲学ですよ。私が言う哲学は簡単なんです。はしたないことをするな。恥ずかしい心を持て。礼儀を知れよ、と。あんたたちのなかに肘をついて話を聞いてる人がいるでしょ。礼儀に反するぞ、はっきり言うと。やっぱりよくないと思うよ。礼儀というけじめを取り戻したいという運動をずっとしてきたし、今度ともやっていこうと思っています。

例えば床の間に水連が一輪あって、もしくは椿の花があって、できれば5万か8万の備前の壺で、「わあ、いいな」って、そういうのも非常に大事だと思っていますね。文化のことだけいま言っているけどね。

本当に言いたいのはね、自立するってことですよ、国民が。そうしないと民主主義が壊れますよ。権利だけ主張してですね、義務を果たそうという気持ちがなかったらね、本当に破綻します、どんな団体でも。そういうことをずっと言ってきたつもりです。

義家 私は、非教育者としても教育行政は非常に密接に関わってまいりました。経歴等で明らかにしているように、私は高校から進路方向という処分をされ、北海道の、全国から中退生、不登校性が集う学校に行った。そして、勉強し直して、その学校に恩返しに教師として行ったきに、ある疑問が芽生えました。昔の私は、自業自得という思いの中で行きましたが、非常にまっとうで非常に正常な子たちが、わずか15歳で親元を離れ、公教育からドロップアウトし傷ついている様にずっと向き合い続けました。

教育という名の森は一体どうなっているのか。なぜ彼らは放置され、あるいは助けてさえもらえなかったのか。そしてこの学力、はたしてどういうアプローチがあったのか。様々な問題意識を持って、日本最大の教育行政区である横浜市の教育委員として神奈川に戻りました。そして教育委員会制度の穴、あるいは無責任、あるいは出来ること出来ないこと、これについても身を持って体験いたしました。その先で、同時並行ではありましたが、第一次安倍内閣における、内閣教育官房教育再生会議の担当室室長として、様々な法整備について議論してまいりました。

そしてその後、参議院議員になった後は、参議院の文教科学委員会に属して、様々な質問もしてまいりましたし、また党務においては部会長を二回経験させていただいております。さきほど辞令が下りるまで、自民党文部科学部会長として文部科学政策に携わらせていただきました。また教育再生本部事務局長としても、様々な議論を、中心となって関わらせていただきました。

学校の教師としての関わり、そして教育委員としての関わり、政府の教育行政の役割を担うものとしての関わり、国会議員としての教育行政としての関わりについて、様々な体験してきたことをしっかり生かしてまいりたいと思っています。

丹羽 私は6歳の子どもと生まれて二か月の子どもがいて、その子供が来年、小学校にあがるというときを迎えています。やはり子どもたちが学校で笑顔で過ごせるような教育環境があるといいなと感じています。そのために逼近の課題は何かとらえながら教育の再生に取り組みたいという思いがある。

そしてもうひとつ障害者の教育です。障害者の方々が厳しい環境の中で、健常者の方と同じような教育を受けたいのに受けられないことをしっかり現場を振り返りたい。私自身、地元にある障害者の学習施設の運動会や文化祭に足を運んでいる中で、子どもたちが笑顔で微笑みかけてくる姿を見ていると、教育再生をやらないといけないと思っています。以上です。

―― 自民党には教育に関する公約が多いが、どういった優先順位で進めていくつもりなのか。

義家 まずは手続きをしっかり踏んで進めていくことが重要だろうと思っています。例えば高校無償化について、中教審に諮問せずに国会を通すことがありましたが、やはり、ひとつひとつ正々堂々と手続きを踏むことが問われるだろうと思います。独善的な改革を目指して行くのではなく、しっかりと与党として、問題を下村大臣のもとで定義したもとで中教審に諮問していく。あるいは他党からの、政権公約の中にある教育委員会のありよう、見直し案等々、どういう考えなのか、国会審議と並行して明らかにしながら進める。

またすぐ出来ること、中期的にやること、長期的にやることは冷静に分ける必要があるでしょう。今すぐ出来ることとしては、文部科学省例の再検証だと思っています。様々な省令から、時代遅れになってしまっていないか、もっと踏み込んで具体的になすべきではないか等々、省令の見直しは下村大臣の下で、今日からもすすめられる事項でしょう。それから法改正を伴うものについては、当然国会内の議論になりますから、民主的手続きは踏んでいくべきだろうと思う。

そしてトータルとして物事を考えねばならないと思います。例えばいじめの問題だけ特化して議論すること、これは実は教育委員会の問題であったり、家庭教育支援の問題であって、学校教育の全般の問題であったり、様々な問題がからんでくるわけですから、チームとして、大臣副大臣政務官の問題意識を共有しながら、優先順位にというよりも、とにかくいま第一にやらないといけないこと、当然のことですが、子どもたちの命が失われたにも関わらず具体的な方針すら出せない、いまの教育現場の状況なわけですね。

具体的な例を言えば、文科省の生徒への教育委員会のアンケートについて、いじめという定義がありますが、昔から言われているいじめと、明らかに犯罪に抵触するものが一つの項目にわけられて調査がされています。従来型のいじめとそうじゃないものを文科省がはっきりとわけて子どもたちに教育現場にここは許されないんだってことを示すこと。これは省内ですぐにできることだと思います。

そしていじめ防止のための法律については、各党が政権公約の中に出しているので、しっかりと起こった時にどういう対応をする責任があるのか、子どもたちの命を守る責任はどこにあるかを進めて行った上で、各関係法令を国会で審議できる環境を整えたい。

谷川 私は経営者なので、経営のような発想で考えるんだけど、徹底的にいじめの実態をまず把握したいね。札幌方式と自民党部会で言っているんだけど、この方式でやればほぼ完ぺきにできますよ。これを話し合って、なるべくやりたい。

それから3つに分ける。学校の担任が解決できるもの。手におえない学校全体でやらないといけないやつがある。自民党内で賛同をえていないが、やっぱり「怒られない」「見つからない」っていうのが心理的にある。いじめをしたら見つかるんだよ、そして怒られるんだよってことを生徒に理解してもらう。

そのためには怖い人が学校にいないとダメですよ。学校の先生の中に、武道家、一番いいのはボクシングだと思っているんだけど、空手、剣道、柔道、プロレスも入るのかな。そういう先生がいて、「この先生怖いよ」って人がいたほうがいいよ。いなかったら警察のOBをいれて、学校にいくらかの金を出して雇って、いじめをしたらどっかで怒られるんだって形をとらないと減らないと思うよ。理屈はともかく、あーだこーだ人権侵害だじゃなくて。そういうことはなりふり構わずやるべきだと思うね。いまから説得に入りますよ、関係者を。

それから長期的には、さっきから言っているように、やっぱり自立しないと42万円の月給で、96万円の生活はできません。そんなことしていたら家庭は破綻するんです。家庭が破綻するけど、国家は破綻しないなんて成り立たないよ。国家が破綻するよ、いずれ、こんなことしていたら。そうすると子どもが困るんだよ。私はちっとも困らないよ、でも明日生まれる人はどうするの。ということを真剣に考えたら、なりふり構わず財政再建すべきですよ。そういうことを阻んでいるのが、いま、「私が楽ならそれでいい」っていうのが蔓延しているんだから日本の社会は。そういうことは、マスコミの力を借りないとどうにもならんけど、みんなで力をあわせてね、やっぱり自分から取り戻そうと、ここ一番大きな狙いにあるね。

その根本はやっぱり宗教心なんですよ。世界のなかで日本人が一番宗教心がないんじゃないの。私がいう宗教心っていうのは、自分が信じる道を一週間に一回、教会に行くか、お寺にいくか、またはどっかにいって、頭を下げる訓練が必要だと思うんだけどね、そういうことまで考えている。仏教にお釈迦様の遺言にもあるけど、滅する瞬間、瞬間に全力を投入して行けと、こういう気持ちが日本人の心にぴしっとあれば、相当自立できると思う。だらっとしているから、「あれをよこせこれをよこせ、あれはいやだよ」って言ってくるんじゃないの? 短期と長期にわけて極端な話をしましたけど、そういうことを僕は考えています。

―― 学制改革とおっしゃったが、なぜ必要で、どういう形で変えていくのが望ましいのか。

義家 この問題もトータルパッケージで考えなくてはいけない問題です。例えば、英語の授業が現在小学校で導入されていますが、教わる先生によって中一の時点でギャップが生まれてくる。つまり教科担任制を促進していく方向性を議論すべきはないか。例えば小学校で、体育が得意で算数を教えるのが苦手な先生に教われば、学力の基礎の部分に開きが出てきます。だとしたら小学校の5、6年生は教科担当制を進めていく議論も必要ではないか。

教科担当制になった場合は、初等教育じゃなくて中等教育、あるいは半分中等教育になるんじゃないか。いま小中一貫教育でやっているから、6・3・3・4制の見直しだと言われますが、例えば中学の先生がフルで中学のコマを持った上で小学校でも教えることになれば、持ち授業時間がパンクするわけですよね。だから具体的にどのような成長段階において、どのような指導を受けるか。子どもたちの側に立った受け皿の問題が必要になってくるであろうと思っています。

それから、これも中長期的でトータルな問題ですが、現在、成人年齢の引き下げの議論が進んでいます。18歳は高校3年生ですね。その中で、あるものは成人として、あるものはそうじゃない。今回の大津の事件も14歳と言うラインによって処置が変わった。はたして18歳年齢について、後期中等教育で縛っていくこと自体がいいのかどうかっていう議論も冷静に検討していかなくてはいけない課題だと我々は考えておりますし、下村大臣ともそういう議論の下で6・3・3・4制の見直しをだした次第です。

シミュレーションとしてこれまで議論してきたわけですが、4・4・4制という考え方もある。つまり小学4年生までが初等教育、小5から中2は中等教育、中2から高3を後期中等教育とするという案も議論してきた。こうなれば高校入試の問題も抜本的に変わらざるをえない。あるいは飛び級促進するために、後期中等教育を現在の高2年生までにという案もある。

または幼児教育の無償化と絡めて、幼稚園保育園の年長、つまりその年齢を教育にどのように編入していくかという議論もある。これは具体的にシミュレーションした上で、現代の子どもたちを育てていくために、どのような制度が適切であるのか。そしてそれをするということは、教員免許のありようも含めた教育制度全般にかかってくるものですから、きちっと腰を据えて具体的に各論においての議論を進めていくという意味で、公約に出した次第でございます。

こういう根幹の議論は、例えば政権が代わっても、きちんとした議論の筋道が立っている……だから私は民主的に進めていくべきという話をしましたが、具体的な例を出しますと、民主党政権ができたときに、事業仕分けによって、全国学力学習状況調査、これ4年間やって初めて学習の検証ができるものなんです。小学校で調査を受けた人が中学校でも調査を受けてはっきりとわかる。しかし3年間でやめてしまった。事業仕分けで57億から39億に減額すると。

あるいは理科支援、これも理科の実験、あるいは理科をどう小学校、中学校でのばしていくかについても、24.5億円が、8.4億円になってしまった。あるいは心のノート、道徳教育について充実させて行こうといったものを、配布を中止してウェブに掲載に変えてしまうとか。伝統文化の子供教室も事業仕分けによって廃止されてしまう判断をするだとか。科学技術振興に対する知的クラスターの創生事業等も、大幅に削減して現場はパニックと。

つまり教育の根幹に関わるものについては、しっかりと継続性をもって国民に開かれた形で議論していく必要があるだろうと思っています。政権が代わるたびに制度が変わる教育は間違いでしょう。中教審にゆだねるのではなく、国民に開いた形で発信していく責務が文科省にもあるだろうと考えています。そういう意味では皆様にも国民的議論を巻き起こしていく意味では協力していただいて、しっかりと国民の思いを吸い上げていければと思います。

―― 自民党の公約の中に、青少年健全育成基本法は、都道府県の条例にみられる猥褻画の販売に対する規制のようなものを意味しているのでしょうか。

義家 これもトータルの問題でありまして。各条例で定められているが、それぞれものさしがまちまちなんですね。例えば長野県には条例がないわけですが、猥褻図画の問題だけではなく、例えば刺青をいれるかいれないかについての条例の項目があるかないか。あらゆる項目についての物差しがバラバラなんですね。

例えば関東だけでいえば、東京と神奈川はみんな行ったり来たりするわけです。しかし条例によって、神奈川は大丈夫でも東京は問題になる。というような差がたくさん出てる。そして地方のニーズを踏まえて、細かい場所までとにかくひとつひとつではなくても、一定のものさしを共有していきましょうよ、子どもたちのために。という形で議論してきたものですけど。これも政権が変わるたびに方針が変わるようでは困りますので、開かれた議論のもとで、子どもたちに必要じゃないのか、必要なのか、具体的に起きている事象も含めて議論してまいりたいと思っている。

―― 自民党の公約に教師インターンシップ制がうたわれていて、中教審で議論されている修士レベル以上の教員について、どのように整理していかれるのでしょうか。

義家 現在、指導力不足認定をされている教師たちのほとんどが、20年以上のベテランなんですよね。これが現実なんです。若い教師には未熟な面もありますが、一方非常に頑張っている先生もたくさんいるわけですね。問題は大学院をでていれば良い教師になるというちょっとおかしな幻想ですよね。私は現実に教員ですが、教師の教師は生徒だと思います。現場に出て、生徒たちとの出会いや失敗や激突や感動のなかで教師として成長していくべきだと思っています。

その上で、この公約についての問題を言いますが、例えば私の教員免許は東京都の教育委員会が出しています。しかし私は、東京都で教師をしないわけですね。つまり免許の発行権者と採用権者が違うわけですね。「なぜこんなひとが教師をしたんだ」となっても、免許を出した側の責任か、採用した側の責任かわからないんですね。

我々の議論してきたことは、学部をでたあとは、準免許証として、教育現場でしっかりと責任を果たしてもらおうと。そしてその教師が、しっかりとしていると判断できる場合は、校長および教育長が本免許証を出していくプロセスを踏むべきではないかという議論をしています。例えば修士レベルにして、実習を1年間にするって議論もあるが、これも無責任なんですね。なぜならその教育実習生の責任は誰が負うのか。

その教師が1年間の教育実習中に大きな問題を起こしたい場合、責任は送り出している大学にあるのか、受け入れている教育委員会にあるのか、それとも教師本人の問題なのか全部すりかわっちゃうんですね。私は横浜教師塾を作りました。これは1年かけて教育現場で育成して、即戦力になる教員を育てようという形で作ったものですけども、この場合は、教師塾の塾生に問題があった場合は、塾長である私の責任になりました。このように明確な責任体制の確立、このうえで議論しなくてはいけない重要な問題だろうと思っています。

―― 2020年のオリンピックの招致活動について今後どうされるのか。また来年IOC総会が開かれますが、安倍総理そして皇族に出席を要請されるのか。それから国立競技場の改修についてどのように考えていらっしゃるのか。

福井 ご質問の具体の計画についてお答えする材料をまだ有しておりませんので、後日また必要に応じてお答えさせていただきますが、いずれにしても国威発揚だったり、国の根幹が知育体育、特に体育の一番の、オリンピックですから、下村大臣のもとで一致教育して、国全体で東京都とともに協力して頑張っていきたいと思います。

義家 じゃっかんの補足ですが、2020年のオリンピック・パラリンピックの招致に関しては、着実に繋げて行く必要があろうと思っています。また国際親善、スポーツ振興等に大きな意義があり、さらには世界中の人たちから義捐金を含めて様々な支援があったわけですが、東日本大震災からの復興のために、しっかりと世界に発信してくという意味でも、オリンピック・パラリンピックの招致が決定されるために我々としても全力を尽くしてまいりたいと思っています。

それから競技場の問題ですね。これはすでに建築が50年以上経過している施設であります。これは学校の老朽化対策も補正予算で考えていくことと同様なわけですけども、しっかりとした老朽化対策をしてくことは、進めていかなくてはいけない重要なものであろうと思っています。

―― それでは副大臣、政務官の皆様、夜遅くありがとうございました。