「甲状腺スクリーニング検査を実施しないことを推奨する」――IARCの勧告

チェルノブイリ原子力発電所事故の後に、周辺地域の多くの子どもたちが甲状腺がんと診断されました。このことから、原子力災害が起きて放射性物質が環境中に飛散した場合、周辺住民の甲状腺検査の必要性が検討されることがあります。

 

ただし、甲状腺のスクリーニング検査(症状のない集団に対する甲状腺がんの可能性の有無をふるい分ける検査)には、「過剰診断」という弊害が伴うため、実施は慎重にする必要があります。

 

「過剰診断」とは、スクリーニング検査をしなければ発見されることがなく、一生涯症状が出なかったり命にかかわることのなかったりする甲状腺がんを見つけることを指します。

 

世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)の専門家グループが、「原子力災害後の甲状腺の健康調査」と題した文書をまとめました。

 

専門家グループはがん検診や放射線疫学、放射線計測、病理学、内分泌学、核医学、外科の14人の専門家で構成され、3人の専門家、4人のアドバイザーらがこれをサポートしました。2017年10月以降計3回の会合を開き、現在までに得られた科学的知見からの検討を行いました。また、来日して福島県県民健康調査検討委員会メンバーと意見交換もしました。

文書では、2つの提言を出しています。

 

(1)原子力災害後に、全住民を対象とした甲状腺スクリーニング検査は実施しないこと。

(2)原子力災害後に、「リスクが高い個人」に対しては「甲状腺モニタリングプログラム」を考えること。

 

(1)原子力災害後に、全住民を対象とした甲状腺検査は実施しないこと

 

「全住民を対象とした甲状腺スクリーニング検査」とは、甲状腺の被ばく線量にかかわらず、対象地域の全住民を検査対象とすることです。検査の結果によって、従来の治療指針に沿って治療がなされることがあります。専門家グループは、このような甲状腺スクリーニング検査は「害が利益を上回る」とし、反対しています。

 

成人を対象とする大規模な甲状腺スクリーニング検査を実施すると、「過剰診断」が起こることがわかっています。原子力災害によって甲状腺がんが心配されるのは子どもですが、子どもの場合でも成人と同様の「過剰診断」が起こる可能性があることが指摘されています。

 

(2)原子力災害後に、「リスクが高い個人」に対しては「甲状腺モニタリングプログラム」を考えること

 

「リスクの高い個人」を、IARCは「甲状腺の被ばく線量が100~500ミリグレイ(この場合はミリシーベルトに置き換えられる)あるいはそれ以上」の人と定義しています。

 

「甲状腺モニタリングプログラム」というのは新しい概念です。健康リテラシー教育、検査の対象となる人を登録する制度、甲状腺検査とその後の治療のデータ収集を含んでいます。また、検査実施にあたっては、対象者が検査を受けるかどうかを選択できる仕組みを前提とすることと提言しています。

 

このモニタリングプログラムはあくまでも個人に対するものであり、住民全体に対するスクリーニング検査とは区別することが大切です。

 

まだ多方面から研究がなされている最中ですが、環境省の研究班の推計では、福島県民の子どもの被ばく線量は100ミリシーベルトを下回っています。したがって、福島県の場合は「提言(1)「国際専門家グループは、全住民を対象とした甲状腺スクリーニング検査を実施しないことを推奨する」に該当します。

 

この提言に関しては、「過去の原子力災害への対応や現在進行中の施策を評価するものではない」とされています。しかし、2017年12月25日に開かれた福島県県民健康調査検討委員会で梅田珠実委員(環境省環境保健部長)が、「福島県の検討委員会や甲状腺評価部会の議論の基礎資料として参考になる」と話しています。また、専門家グループに関わる費用は環境省が負担しており、日本語版の公表も予定されています。(2018.11.9更新)

 

●参考

IARC Expert Group on Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents

Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents

 

 

 

 

福島の「いま」を伝える情報サイト「福島レポート」

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.256 

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