「リベラルにとってはトランプ以上の脅威」というマイク・ペンス副大統領

アメリカの政治関係者の間では、何らかの事情でトランプ大統領が退任した場合の「ポスト・トランプ」の状況が既に語られ始めている。「トランプ後」の最大の焦点が、副大統領であるマイク・ペンス氏の動向だ。政治経験豊かなペンス氏が大統領になった場合、政権運営はトランプ氏よりも緻密で確実になるため、歓迎する声も多いが、一方で、リベラル派にとっては「トランプ以上の脅威になる」という声が圧倒的だ。なぜ、リベラル派はペンス氏を目の敵にするのか――。

 

 

実務派「ペンス大統領」

 

米国の大統領継承順位では、任期の途中で大統領に「まさかの事態」が起きた場合には、まず、副大統領が大統領になると定められている。「まさかの事態」とは、弾劾のほか、辞任や急死、病気で執務が取れなくなった場合などが含まれている。

 

トランプ大統領の場合、今後のロシアゲート疑惑の展開次第では、弾劾には至らなくても辞任の選択肢を選ぶ可能性がある。それもあって、ペンス副大統領が大統領に昇格するシナリオは決して非現実的なものではない。

 

ペンス氏については下院議員を6期12年間務めた後、インディアナ州知事を歴任し、政治経験が長い。それもあって「トランプ氏よりまともな政権運営が期待できる」という評価が高い。

 

ペンス氏は苦労人でもある。アイルランド系カトリックのブルーカラーの家に生まれ、勤勉をモットーに苦学しロースクールに進学し、弁護士になった。下院議員当選する前に、2度挑戦しいずれも失敗している。その時はラジオの政治トークショーの司会者になって捲土重来を狙った。50代(現在58歳)とは思えない白髪はその苦労を示しているのかもしれない。発言がやんちゃ坊主のような発言が多いトランプ大統領と比べると、一回り年下だが、一緒に並ぶと、ペンス氏の方が落ち着いてみえるのが不思議だ。

 

しかもペンス氏には如才がない。昨年の共和党大会での副大統領候補受託演説以降、すべての演説で無駄がなく、失言もないため、メディアが言葉をあげつらって非難するようなケースは皆無である。ラジオで鍛えた弁舌がここで活きているのかもしれない。失言だらけだった2008年の共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン氏と比べると雲泥の差である。いまのところ、汚職などの政治的なスキャンダルも全くない。

 

もし、ペンス氏が大統領に昇格した場合、おそらく実務的で確実に政策を実行していくような政権になるであろう。共和党内の人脈も厚く、ワシントンをどのように動かすかについては、トランプ氏よりも圧倒的に熟知している。トランプ氏が就任以来、非常に苦手としている議会との連携もペンス政権なら期待できるかもしれない。アメリカの政治が安定すれば、株式市場も潤うかもしれないため、産業界のペンス氏への期待も高い。

 

 

リベラル派の懸念

 

ただ、その確実さがリベラル派を大きく危惧させている。というのも、ペンス氏は共和党の政治家の中でも際立って、宗教保守的な政治家だからだ。宗教保守的という言葉を平たく言えば、ガチガチのキリスト教右派である。聖書の言葉をそのままに解釈する福音派であるため、例えば結婚は男女のものであるという信念を強く持っており、現在は最高裁判決で合憲となっている同性婚に対して極めて否定的だ。LGBTのような多様性にも否定的である。妊娠中絶も「子殺し」という立場を貫いている。

 

ペンス氏はインディアナ州知事時代、宗教的信条から企業が同性愛者などに対するサービスを拒否することを認める「宗教の自由の回復法」を推進したことでも知られている。この法律に従えば、例えばレストランが同性婚のカップルの利用を拒否できる、といったことも可能である。

 

また、ペンス氏は下院議員の最後の数年は「ティーパーティ議連」に属して活動してきた。「ティーパーティ議連」とは現在の「自由議連」につながる議会内グループで、徹底した「小さな政府」を目指す財政保守派の集団である。オバマケアに象徴されるような所得再分配的な政策を目の敵にしてきたのがこの集団である。

 

当然、リベラル派の間ではペンス氏嫌いが目立っている。ペンス氏の存在が多様な価値を否定する象徴であるためだ。全米各地に広がった白人至上主義をめぐる反差別デモの参加者のプラカードに「トランプとペンスは退陣せよ」というのがあったが、「多様性に非寛容なのは、トランプ大統領だけでなく、ペンス副大統領も全く同じである」という論理である。

 

さらに言えば、トランプ氏よりペンス氏の方を嫌がる声も多い。というのも、トランプ氏の場合、彼は生粋のニューヨーカーであり、多様な人たちが住む都会で生まれ育ち、多様なライフスタイルがあるのが当たり前であるという価値観が根本にあるとみられるためだ。つまり、「保守」という仮面を被っただけであり、実際、妊娠中絶についての過去の発言もかつては容認派(プロチョイス派)であったほか、プレーボーイとしてのライフスタイルは宗教とは無縁である。現メラニア夫人は移民でもある。

 

 

トランプ勝利の立役者としてのペンス氏

 

しかし、トランプ氏は昨年の選挙戦では、妊娠中絶禁止派(プロライフ派)にトランプ氏は宗主替えした。共和党の支持基盤である宗教保守の票が欲しかったためだ。選挙公約にも宗教団体が免税措置を受けるために科されている政治活動の禁止を緩和することを盛り込んだ。

 

ただ、それだけでは言葉だけに過ぎなかった。「宗教保守のトランプ政権」というイメージを固定させるためには政権に宗教保守を強力に代弁する人物が必要だった。それがペンス氏に他ならない。

 

ペンス氏を副大統領候補に指名したことで、実際に過去の共和党候補と同じように、宗教保守の票を手放すことはなかった。共和党の2大支持基盤は「小さな政府」を志向するリバタリアン層と宗教保守である。前者についてはトランプ氏がビジネスマン出身であったことから、トランプ氏への求心力は高かったが、これに宗教保守を加え、さらには潜在的な民主党支持層であったはずの白人ブルーカラー層を部分的に引き入れることによって、トランプ氏を勝利させた「トランプ連合」が形成されていった。

 

白人ブルーカラー層はトランプ氏を支持する中核にいるが、数的には多くはない。宗教保守層を逃さなかったのが、やはり決め手でもあった。そう考えてみると、トランプ勝利の最大の立役者がペンス氏だったかもしれない。

 

トランプ大統領は政権発足後の今年5月、宗教保守への「恩返し」として、上述の宗教団体の政治活動の禁止を緩和する大統領令を発した。選挙などでキリスト教会を基盤にして、妊娠中絶禁止や同性婚禁止を訴える候補を支持しやすい土壌づくりができていく。

 

トランプ氏の宗教保守としての顔は作り物かもしれない。しかし、その仮面をとると、「本当の顔」であるペンス氏が登場する、としたら、ペンス氏が大統領になるのは宗教保守層にとっては、願ってもない機会である。

 

 

弾劾の向こう側

 

「トランプ大統領なんてとんでもない」と思って弾劾のプロセスが進んでも、その向こう側にガチガチの宗教保守であるペンス氏が大統領になってしまう、という構造はリベラル派にとっては極めて悩ましい。もし、弾劾や辞任がなくとも、次の2020年の大統領選挙に現職のトランプ大統領が不出馬の場合、共和党予備選でペンス氏が勝ち上がっていく可能性もかなりある。今のところ、ペンス氏本人は否定しているものの、すでに選挙に向けての組織づくりを始めているという報道もある。

 

昨年12月、まだ就任前のペンス氏はニューヨークの劇場で人気ミュージカル「ハミルトン」を観劇した。その際、終了後のカーテンコールの際に準主役の黒人俳優が舞台から客席のペンス氏に、全くのアドリブで、「新政権が人種などの多様性を認める「米国の価値」を守ってほしい」と訴えた。これを聞いたトランプ氏がすぐに「ペンス氏がハラスメントを受けた」とツイッターで吠えたのは想像に難くない、この舞台のシーンが繰り返し報じられる中、就任前からペンス氏とトランプ政権に対する危惧がアメリカ国民に広がっていった。

 

ペンス大統領誕生、となったら、リベラル派の反発は必至だ。そうすると、現在の保守とリベラルの対立で生まれている「2つのアメリカ化」がさらに進展し、国内の分裂は極まってしまうのかもしれない。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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