職業教育とインテグレーション――スイスとスウェーデンにおける移民の就労環境の比較

シノドス国際社会動向研究所(シノドス・ラボ)ではシリーズ「来たるべき市民社会のための研究紹介」にて、社会調査分析、市民社会の歴史と理論、政治動向分析、市民運動分析、地方自治の動向、高校生向け主権者教育、などの各領域において、「新しい市民社会」を築くためのヒントを提供してくれる研究を紹介していきます。

 

今回は、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住の穂鷹知美氏に、スイスにおける職業教育とインテグレーションについてレポートしていただきました。

 

 

はじめに

 

近年、シリアやアフガニスタン、アフリカなどから、戦争や内戦を逃れてヨーロッパ諸国で難民申請する人が急増しています。これに伴い、これらの人々をどう受け入れていくかが大きなテーマとなっています。そこで目指す社会のあり方として、国を問わず共通に掲げられているのが、移住者の移住先の社会での平和的な共存や統合、つまり「インテグレーション Integration」です(インテグレーションにはほかの意味もありますが、今回はこのような意味でのみ使用します)。

 

インテグレーションは、理論的には移住者側と受け入れ側の双方に課せられている問題ですが、今日のヨーロッパで目下、強調・重視されているのは、移住者側のヨーロッパ社会への適応です。これには移住先の社会で話されている言語の習得や、文化の理解、社会規範の尊重だけでなく、自立した生活を営むための就労も重要な項目となります。

 

課題が山積みのインテグレーションを促進し、恒常的に支えていくためのシステムとして、ドイツやスイスにおいて、近年、改めて注目されているのが、職業教育のシステムとそれに基づいた就労のあり方です。ドイツ語圏の職業教育は、ここ10年ほど、ヨーロッパで高止まりして深刻な問題となっている若年層の失業問題の対策として、国外でも強い関心がもたれるようになってきました。このことに加えて、移住者の就労機会促進にもつながるという理解が広がってきたのです。

 

今回は、スイスを例とにして、職業教育システムについての概要と、そのようなシステムをもつ国の移民のインテグレーションの状況を具体的にみていきたいと思います。ただし、スイスをみていくだけではほかのヨーロッパ諸国との違いや共通点がわかりづらく、全体像もつかみにくいため、スイスと対照的な教育システムをもち、人口規模が類似するスウェーデンの状況と比較していきます(スウェーデンの人口は約990万人、スイスは約830万人)。ふたつの国の移民の就労事情を比較しながら、インテグレーションにおける職業教育の可能性について探ってみたいと思います。

 

※本稿では、違う国から移住してきた人全般(英語のemigrantやimmigrantに当たるもの)を指す言葉として、文脈によって「移住者」あるいは「移民」という異なる表記を用いていますが、ふたつ言葉は同義のものとして使っています。

 

 

スイスのインテグレーションの状況

 

最初に、スイスのインテグレーション全般の状況を概観してみます。スイスでは、外国出身者の割合は全人口の25%と、ヨーロッパでもかなり割合が高い国ですが(ここに含まれていない、スイス国籍を取得している外国出身者を合わせれば、外国からの移住者の割合はさらに高いものになります)、結論から言うと、現在のインテグレーションの状況はほかのヨーロッパ諸国と比べてかなり良好だと評価されています。

 

2015年の OECD の調査では、 差別されていると感じている移住者は、ヨーロッパで平均17%であるのに対し、スイスでは9%にとどまります。移住者の子どもたちにおいては、その差がさらに顕著です。ヨーロッパの多くの国では、移民の第一世代よりも子どもたちの世代のほうが、移民として不利に扱われていると感じている人の割合が高いのに対し、スイスでは、移民のこどもたち(スイス生まれの第二世代)でそのように感じているのは20人に1人でした。スイス人の間でも、移住者に対し肯定的か中立的な意見の人が多く、移住者が経済の負担となっていると回答したのは11%にとどまりました(ヨーロッパでは平均25%が経済に悪影響を及ぼしていると感じています)。

 

また、ヨーロッパのいくつかの大都市郊外にみられるような、ノー・ゴー・エリア化した移民の集中居住地区はスイスには存在せず、移民・難民絡みの暴動や不穏な動きを、近年のスイスのメディアで目にすることもごくわずかです。

 

もちろん、スイスがほかの国に比べて、感情的に外国人に嫌悪感を覚える人がいないわけでも、排外的な政治勢力が弱いというわけでも決してありません。しかし、スイス社会で移民や難民が孤立したり、住民との間に深刻な対立関係があるといった印象は、大多数の住民にもメディアにも共有されていないようです。2016年1月に、スイスの主要日刊新聞『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンク』に掲載されたある記事の副題は、「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか。今のところは」(Begliner, 2016)というものでしたが、このような理解がスイスでは一般的であるように思われます。

 

しかしこれは、スイスが国是として積極的にインテグレーション政策を進め、それが功を奏したからというわけではありません。むしろ逆で、1990年代まで、スイスはインテグレーションに関してはレッセフェール(自由放任主義)を決め込み、その後徐々に政策的な措置が図られるようになってきたものの、スイスは地方分権が強いため、いまも複雑で全国的に協調したものはありません(Herwig, 2017, S.202)。それでも、インテグレーションがうまくいっている説明として引き合いに出されるもののひとつが、伝統的な職業教育のシステムとそれに導かれた就労のあり方です。

 

 

スイスの職業教育システム

 

スイスには、世界的にもめずらしい職業教育のシステムがあります。日本の小・中学校に当たる9年間の義務教育を終えた後、日本の高校に相当する普通学校に進学する生徒はむしろ少数派で、3人に2人は高校に進学せず、職業教育の道に進みます。職業教育でもっとも多いのは、週の3〜4日を企業で給料をもらいながら働き、1〜2日は州立の職業学校に通うという職業訓練課程で、実技と理論を並行して学ぶという二本立ての教育であることから「デュアルシステム」とも呼ばれています。

 

職業訓練課程で学べる職種はサービス産業から技術専門職まで全部で250種類以上あり、3〜4年の訓練期間の最後の修了試験に合格すると、スイス全国で共通する職業資格が与えられます。課程を通じて実践的で専門性の高い仕事と知識を得られるため、その後の就職は比較的容易になります。実際に2016年の15〜24歳の失業率をみると、EU諸国が18.7%であるのに比べ、スイスでは8.6%と、2分の1以下です。スイスにおいて若者や全体の失業率が低く抑えられているは、自国のすぐれた職業教育システムによるところが大きいと(学問的にはそれが直接的な唯一の理由だと証明されているわけではありませんが )、スイス人の間では強い自負があります。

 

このような職業訓練課程は、ドイツ語圏で長い伝統をもつ見習い制度にルーツをもつもので、ドイツやオーストリアでもみられます。ただしドイツやオーストリアでは、一方で高学歴化志向が強まっており、他方でスイスに比べ職業訓練課程も高等教育機関との連携や柔軟性が乏しく魅了が少ないため、 職業訓練課程に進む生徒の割合は全般にスイスよりも少なくなっています(オーストリアの最西端フォアアールベルク州などの例外は一部あります)。それでも、ドイツやオーストリアで若年層の失業率がほかのEU諸国に比べてはるかに低いのは、この制度によるところが大きいという考え方がスイス同様に一般的にみられます。

 

 

シノドス画像1

Youth unemployment rate. Total, % of youth labour force, 2016. Source: Labour: Labour market statistics In: OECD Data

https://data.oecd.org/unemp/youth-unemployment-rate.htm

 

 

近年スイスでも、ドイツやオーストリア同様に、高学歴化志向は強まっているのは確かであり、それに伴い、職業訓練課程に進む生徒の割合は以前に比べ減少しています(1980年代は4人に3人であったのが近年は3人に2人)。とはいえ現在、職業教育と学業の二本立ての教育体制のバランスがなし崩し的に崩壊する兆しはまだみられません。

 

今もこのような職業教育のあり方が成り立っている背景には、教育界だけでなく、職業訓練生を積極的に受け入れ養成し、課程修了後は雇用先となる産業界が、全面的にこの制度を支援していることが大きいと考えられます。とくにここ10年は、職業訓練生を募集する企業が増えており、職種によりむらはありますが、募集した企業が十分に訓練生を獲得できないことが問題になるほど、生徒にとっては空前の売り手市場が続いています。

 

また、大学卒の人ほど、スイスの職業訓練課程を評価する人が多いという興味深い調査結果があります(ただし、実際に自分自身の子どもの進路として職業訓練を望んでいるのかは別問題ですが)。ここからもわかるように、現在のスイスの職業教育のあり方を評価する姿勢は、職業訓練を自分が受けたかいなかを問わず、広く人々に共有されているようです。そして、そのような幅広い社会の支持があるからこそ、現在も職業教育システムが存続しているのだといえるでしょう。

 

 

移民と職業訓練課程

 

このような独特の職業訓練課程が、難民や移民のインテグレーションにも寄与しています。修了後に社会に通用する資格を得ることが、外国からの移住者にとって就労のチャンスを広げることにつながっています。

 

2015年のOECDの調査をもとに、スイスの具体的な状況をほかの国と比較してみましょう。調査では、ヨーロッパで就労している移住者の割合は平均6割ですが、スイスに在住する移住者では4分の3が就労しています。また、その就業内容も、自分の能力や資格に見合う人が多いという結果になっています。OECD諸国では、自分のもつ資格が仕事よりも高いとする移民が35%いたのに対し、スイスでそのような人はほぼ半分の17%にとどまりました。15歳から34歳の若者の間ではこの傾向はさらに強く、自分のもつ資格が実際の仕事の内容よりも高いとする人の割合は 8%になっています。この割合は、OECD諸国の間でルクセンブルクにつぎ低い割合です。

 

スイスがほかの国に比べて移民の就労率が高いというだけでなく、とくに若者の間で、自分の資格に見合う就労先を得ている移民の割合が高いというこの調査結果は、職業教育課程で実業を身につけた若者たちが、その後それを活かして仕事の世界に進んでいく人が多くいることをあらわしていると考えられます。

 

ただし、移民が職業訓練をはじめようとする時、スイス人と比べ、職業訓練先である事業体をみつけるのに困難が多いのも事実です。職業訓練先がみつかるまでに書く応募書類の数は、スイス人の2倍以上で、実際に訓練先をみつけられる人の割合も、スイス人では8割程度であるのに対し、移民では5割程度にとどまるとされます。

 

その一方、職業訓練先がみつからず高校への進学もしなければ、移民のこどもたちは社会との接点を失い、社会から疎外化されいくことになる。職業訓練生として働けば、スイス社会や経済に主体的に関わることができ、課程修了後は正規の就労のチャンスが広がり、インテグレーションが安定的に進展するだろう。このような見方もまた、難民の若者の就労で問題を抱えるヨーロッパのほかの諸国の事情と比べながら、着実にスイス社会に広まってきており、移住者の職業訓練先をみつける支援の輪も広がってきています。

 

近年では、学校や職業情報センターなど既存の組織が全生徒を対象に行っているサポートのほかに、救済組織や地域のボランティア組織が中心となり、応募書類の書き方などの個人的な指導やカウンセリング、語学力など就労に必要な能力を補充する研修など、移民が職業訓練先をみつけるための幅広い細かな支援が行われるようになりました。国もまた、助成金を通じてこれらの個々のプロジェクトを支援しています。

 

ドイツでは、職業訓練生を受け入れる事業体が比較的少なく、スイスよりもさらに移民が職業訓練先をみつけるのが難しい状況だと言われますが、職業訓練への関心は高く、職業訓練を望む移民に適切な訓練先をみつけることが、国としても大きな課題となっています。とくに最近は、若い移民が就労機会を得るために効果的であるというからだけでなく、少子化や専門職の人材不足などの問題を抱えるドイツ経済において新たな労働力確保するという観点からも、移民の職業教育を重視するようになってきました(Bundesministerium, S.46-49, Parusel, Integration, 2016, S.9)。【次ページにつづく】

 

 

シノドス画像2

毎年秋に開催される職業訓練課程に興味をもつ生徒たちを対象にした職業紹介メッセ 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」