2017.11.01

職業教育とインテグレーション――スイスとスウェーデンにおける移民の就労環境の比較

穂鷹知美 異文化間コミュニケーション

国際 #移民#スイス

はじめに

近年、シリアやアフガニスタン、アフリカなどから、戦争や内戦を逃れてヨーロッパ諸国で難民申請する人が急増しています。これに伴い、これらの人々をどう受け入れていくかが大きなテーマとなっています。そこで目指す社会のあり方として、国を問わず共通に掲げられているのが、移住者の移住先の社会での平和的な共存や統合、つまり「インテグレーション Integration」です(インテグレーションにはほかの意味もありますが、今回はこのような意味でのみ使用します)。

インテグレーションは、理論的には移住者側と受け入れ側の双方に課せられている問題ですが、今日のヨーロッパで目下、強調・重視されているのは、移住者側のヨーロッパ社会への適応です。これには移住先の社会で話されている言語の習得や、文化の理解、社会規範の尊重だけでなく、自立した生活を営むための就労も重要な項目となります。

課題が山積みのインテグレーションを促進し、恒常的に支えていくためのシステムとして、ドイツやスイスにおいて、近年、改めて注目されているのが、職業教育のシステムとそれに基づいた就労のあり方です。ドイツ語圏の職業教育は、ここ10年ほど、ヨーロッパで高止まりして深刻な問題となっている若年層の失業問題の対策として、国外でも強い関心がもたれるようになってきました。このことに加えて、移住者の就労機会促進にもつながるという理解が広がってきたのです。

今回は、スイスを例とにして、職業教育システムについての概要と、そのようなシステムをもつ国の移民のインテグレーションの状況を具体的にみていきたいと思います。ただし、スイスをみていくだけではほかのヨーロッパ諸国との違いや共通点がわかりづらく、全体像もつかみにくいため、スイスと対照的な教育システムをもち、人口規模が類似するスウェーデンの状況と比較していきます(スウェーデンの人口は約990万人、スイスは約830万人)。ふたつの国の移民の就労事情を比較しながら、インテグレーションにおける職業教育の可能性について探ってみたいと思います。

※本稿では、違う国から移住してきた人全般(英語のemigrantやimmigrantに当たるもの)を指す言葉として、文脈によって「移住者」あるいは「移民」という異なる表記を用いていますが、ふたつ言葉は同義のものとして使っています。

スイスのインテグレーションの状況

最初に、スイスのインテグレーション全般の状況を概観してみます。スイスでは、外国出身者の割合は全人口の25%と、ヨーロッパでもかなり割合が高い国ですが(ここに含まれていない、スイス国籍を取得している外国出身者を合わせれば、外国からの移住者の割合はさらに高いものになります)、結論から言うと、現在のインテグレーションの状況はほかのヨーロッパ諸国と比べてかなり良好だと評価されています。

2015年の OECD の調査では、 差別されていると感じている移住者は、ヨーロッパで平均17%であるのに対し、スイスでは9%にとどまります。移住者の子どもたちにおいては、その差がさらに顕著です。ヨーロッパの多くの国では、移民の第一世代よりも子どもたちの世代のほうが、移民として不利に扱われていると感じている人の割合が高いのに対し、スイスでは、移民のこどもたち(スイス生まれの第二世代)でそのように感じているのは20人に1人でした。スイス人の間でも、移住者に対し肯定的か中立的な意見の人が多く、移住者が経済の負担となっていると回答したのは11%にとどまりました(ヨーロッパでは平均25%が経済に悪影響を及ぼしていると感じています)。

また、ヨーロッパのいくつかの大都市郊外にみられるような、ノー・ゴー・エリア化した移民の集中居住地区はスイスには存在せず、移民・難民絡みの暴動や不穏な動きを、近年のスイスのメディアで目にすることもごくわずかです。

もちろん、スイスがほかの国に比べて、感情的に外国人に嫌悪感を覚える人がいないわけでも、排外的な政治勢力が弱いというわけでも決してありません。しかし、スイス社会で移民や難民が孤立したり、住民との間に深刻な対立関係があるといった印象は、大多数の住民にもメディアにも共有されていないようです。2016年1月に、スイスの主要日刊新聞『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンク』に掲載されたある記事の副題は、「なぜほかのヨーロッパの隣国よりもスイスのほうが、インテグレーションがうまくいっているのか。今のところは」(Begliner, 2016)というものでしたが、このような理解がスイスでは一般的であるように思われます。

しかしこれは、スイスが国是として積極的にインテグレーション政策を進め、それが功を奏したからというわけではありません。むしろ逆で、1990年代まで、スイスはインテグレーションに関してはレッセフェール(自由放任主義)を決め込み、その後徐々に政策的な措置が図られるようになってきたものの、スイスは地方分権が強いため、いまも複雑で全国的に協調したものはありません(Herwig, 2017, S.202)。それでも、インテグレーションがうまくいっている説明として引き合いに出されるもののひとつが、伝統的な職業教育のシステムとそれに導かれた就労のあり方です。

スイスの職業教育システム

スイスには、世界的にもめずらしい職業教育のシステムがあります。日本の小・中学校に当たる9年間の義務教育を終えた後、日本の高校に相当する普通学校に進学する生徒はむしろ少数派で、3人に2人は高校に進学せず、職業教育の道に進みます。職業教育でもっとも多いのは、週の3〜4日を企業で給料をもらいながら働き、1〜2日は州立の職業学校に通うという職業訓練課程で、実技と理論を並行して学ぶという二本立ての教育であることから「デュアルシステム」とも呼ばれています。

職業訓練課程で学べる職種はサービス産業から技術専門職まで全部で250種類以上あり、3〜4年の訓練期間の最後の修了試験に合格すると、スイス全国で共通する職業資格が与えられます。課程を通じて実践的で専門性の高い仕事と知識を得られるため、その後の就職は比較的容易になります。実際に2016年の15〜24歳の失業率をみると、EU諸国が18.7%であるのに比べ、スイスでは8.6%と、2分の1以下です。スイスにおいて若者や全体の失業率が低く抑えられているは、自国のすぐれた職業教育システムによるところが大きいと(学問的にはそれが直接的な唯一の理由だと証明されているわけではありませんが )、スイス人の間では強い自負があります。

このような職業訓練課程は、ドイツ語圏で長い伝統をもつ見習い制度にルーツをもつもので、ドイツやオーストリアでもみられます。ただしドイツやオーストリアでは、一方で高学歴化志向が強まっており、他方でスイスに比べ職業訓練課程も高等教育機関との連携や柔軟性が乏しく魅了が少ないため、 職業訓練課程に進む生徒の割合は全般にスイスよりも少なくなっています(オーストリアの最西端フォアアールベルク州などの例外は一部あります)。それでも、ドイツやオーストリアで若年層の失業率がほかのEU諸国に比べてはるかに低いのは、この制度によるところが大きいという考え方がスイス同様に一般的にみられます。

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Youth unemployment rate. Total, % of youth labour force, 2016. Source: Labour: Labour market statistics In: OECD Data

https://data.oecd.org/unemp/youth-unemployment-rate.htm

近年スイスでも、ドイツやオーストリア同様に、高学歴化志向は強まっているのは確かであり、それに伴い、職業訓練課程に進む生徒の割合は以前に比べ減少しています(1980年代は4人に3人であったのが近年は3人に2人)。とはいえ現在、職業教育と学業の二本立ての教育体制のバランスがなし崩し的に崩壊する兆しはまだみられません。

今もこのような職業教育のあり方が成り立っている背景には、教育界だけでなく、職業訓練生を積極的に受け入れ養成し、課程修了後は雇用先となる産業界が、全面的にこの制度を支援していることが大きいと考えられます。とくにここ10年は、職業訓練生を募集する企業が増えており、職種によりむらはありますが、募集した企業が十分に訓練生を獲得できないことが問題になるほど、生徒にとっては空前の売り手市場が続いています。

また、大学卒の人ほど、スイスの職業訓練課程を評価する人が多いという興味深い調査結果があります(ただし、実際に自分自身の子どもの進路として職業訓練を望んでいるのかは別問題ですが)。ここからもわかるように、現在のスイスの職業教育のあり方を評価する姿勢は、職業訓練を自分が受けたかいなかを問わず、広く人々に共有されているようです。そして、そのような幅広い社会の支持があるからこそ、現在も職業教育システムが存続しているのだといえるでしょう。

移民と職業訓練課程

このような独特の職業訓練課程が、難民や移民のインテグレーションにも寄与しています。修了後に社会に通用する資格を得ることが、外国からの移住者にとって就労のチャンスを広げることにつながっています。

2015年のOECDの調査をもとに、スイスの具体的な状況をほかの国と比較してみましょう。調査では、ヨーロッパで就労している移住者の割合は平均6割ですが、スイスに在住する移住者では4分の3が就労しています。また、その就業内容も、自分の能力や資格に見合う人が多いという結果になっています。OECD諸国では、自分のもつ資格が仕事よりも高いとする移民が35%いたのに対し、スイスでそのような人はほぼ半分の17%にとどまりました。15歳から34歳の若者の間ではこの傾向はさらに強く、自分のもつ資格が実際の仕事の内容よりも高いとする人の割合は 8%になっています。この割合は、OECD諸国の間でルクセンブルクにつぎ低い割合です。

スイスがほかの国に比べて移民の就労率が高いというだけでなく、とくに若者の間で、自分の資格に見合う就労先を得ている移民の割合が高いというこの調査結果は、職業教育課程で実業を身につけた若者たちが、その後それを活かして仕事の世界に進んでいく人が多くいることをあらわしていると考えられます。

ただし、移民が職業訓練をはじめようとする時、スイス人と比べ、職業訓練先である事業体をみつけるのに困難が多いのも事実です。職業訓練先がみつかるまでに書く応募書類の数は、スイス人の2倍以上で、実際に訓練先をみつけられる人の割合も、スイス人では8割程度であるのに対し、移民では5割程度にとどまるとされます。

その一方、職業訓練先がみつからず高校への進学もしなければ、移民のこどもたちは社会との接点を失い、社会から疎外化されいくことになる。職業訓練生として働けば、スイス社会や経済に主体的に関わることができ、課程修了後は正規の就労のチャンスが広がり、インテグレーションが安定的に進展するだろう。このような見方もまた、難民の若者の就労で問題を抱えるヨーロッパのほかの諸国の事情と比べながら、着実にスイス社会に広まってきており、移住者の職業訓練先をみつける支援の輪も広がってきています。

近年では、学校や職業情報センターなど既存の組織が全生徒を対象に行っているサポートのほかに、救済組織や地域のボランティア組織が中心となり、応募書類の書き方などの個人的な指導やカウンセリング、語学力など就労に必要な能力を補充する研修など、移民が職業訓練先をみつけるための幅広い細かな支援が行われるようになりました。国もまた、助成金を通じてこれらの個々のプロジェクトを支援しています。

ドイツでは、職業訓練生を受け入れる事業体が比較的少なく、スイスよりもさらに移民が職業訓練先をみつけるのが難しい状況だと言われますが、職業訓練への関心は高く、職業訓練を望む移民に適切な訓練先をみつけることが、国としても大きな課題となっています。とくに最近は、若い移民が就労機会を得るために効果的であるというからだけでなく、少子化や専門職の人材不足などの問題を抱えるドイツ経済において新たな労働力確保するという観点からも、移民の職業教育を重視するようになってきました(Bundesministerium, S.46-49, Parusel, Integration, 2016, S.9)。

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毎年秋に開催される職業訓練課程に興味をもつ生徒たちを対象にした職業紹介メッセ 

スウェーデンのインテグレーション政策

次にスウェーデンのインテグレーションの現状についてみてみましょう。

スウェーデンでは、現在、外国出身者が全住民の16%を占めています。移民や難民の受け入れが増えていくのに伴い、1970年代からインテグレーション(社会への統合)政策が進められるようになりました。1995年からは、ほかのヨーロッパ諸国に比べ、非常に手厚い移民や難民のための支援プログラムが導入されています。近年、住民一人当たりに換算すると、ほかのEU 諸国よりも多くの割合で難民を受け入れていますが、これらの難民はすべて、職業訓練と実習を組み込んだ2年間の支援プログラムを受けることができ、就労も早くから認められています。

早期の段階に語学や就労の支援を行うことが、移住者の社会へのインテグレーションを成功させるという通説からすれば、スウェーデンのインテグレーションがほかのヨーロッパ諸国よりも格段に進んでるはずですが、移民による暴動や就労状況をみると、現状は少し違ってみえます。

居住空間の分化

インテグレーションの問題を端的に示すものとしてよく指摘されるのが、移民の起こす暴動と、暴動が起きる居住環境の問題です。2016年の1月から8月の8ヶ月だけでも、スウェーデンでは全国で2000台以上の車が放火されましたが、それらの暴動のほとんどが、大都市近郊の移民たちが密集する居住地区で起きています。

これらの郊外居住区はもともと、1960年代以降にスウェーデンの中間層向けに開発されてきた地区ですが、時代が下るにつれスウェーデン人が去り、代わって外国出身者が集住するようになっていきました。スウェーデンの南部の国内3番目の大都市マルメ近郊に、集合住宅の並ぶ地区ローセンゴードがあり、暴動のためたびたびニュースで報道されますが、ここも典型的な郊外居住区で、地区の外国人の割合は現在90%以上にのぼっています。

スウェーデンに限らず、フランスやベルギーでも、大都市近郊に外国からの移住者が密集する場所ができ、同様に暴動が恒常化するいわゆる「ノー・ゴー・エアNo Go Area」が形成されています。このような地域では外部との交流が少なく、仕事の機会も減ります。交流や就労機会が少ないことで、語学習得の遅れや長期の失業などの悪循環をさらに招いていきます。この結果、 様々な不満が、暴動などの暴力的な形で現れているといえます。

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スウェーデンの移民の就労

移住者たちの労働市場におけるインテグレーションも大きな問題です。政府の移民調査委員会(Delmi)によると、1997年から99年にスウェーデンに移住してきた人々のうち、2年後に就労したのは30%で、10年後にも65%にとどまります。支援プログラムを受講した後1年後に就業した人の割合も低く、男性で28%、女性では19%です。

就労が難しい理由はいくつか指摘されています。まず労働市場に参入しようにも、スウェーデンでは移民や難民がすぐに就業できるような雇用先がきわめて少ないことです。高度な技術産業大国であるスウェーデンの労働市場では、単純労働者の参入できる市場は労働市場全体の5%にすぎず、大方の就労には高度な専門的スキルとスウェーデン語の語学力が不可欠とされます。

また、移民に対し語学研修に並行して職業支援プログラムが用意されているとはいえ、ドイツ語圏にあるような労働市場に直結した職業訓練課程はありません。スウェーデンで教育といえば、イギリスやフランス、南欧などヨーロッパの多くの国と同様に、生徒全員を対象にした学力全般の向上を重視したプログラムが特徴です。

進学校のエリートを対象にした職業訓練制度を導入している例はいくつかありますが、逆にいえば、進学校にいける成績がなくては、職業訓練の恩恵にもあずかれないということになります。結論として、高度な専門的なスキルと語学力の欠如というないないづくしのダブルパンチで、外国人たちにとっては労働市場への参入が難しい状況になっています。

外国人の就労の難しさは、今にはじまったことではなく、長く蓄積されてきた問題です。スウェーデンの南に位置する都市マルメでは、1980年代の産業界の不況で失業率がいっきに高くなりましたが、当時から移民とスウェーデン人の間で就労の機会には大きな差がありました。スウェーデン人は5%にとどまっていたのに対し、外国出身者の失業率は20%以上でした。

その後も労働市場に統合されず、外国人の間では生活保護などの公的扶助を受ける生活が、親から子どもに継承されるケースが増加しています 。移民の就労問題は、居住地のゲットー化や暴動のように、センセーショナルな形で社会で表面化することこそ少ないですが、先延ばしにすればするほど調整や解決が難しく、場合によっては何世代にもわたる長期的な影響を及ぼす問題であるといえます。

一方、国全体のスケールでみると、スウェーデンは経済成長率4%と、ヨーロッパ諸国のなかでは高い経済成長率を維持しており、国民の大半はその恩恵を多かれ少なかれ受けています。それゆえ、余計、多くの国民にとって、労働市場に統合されず社会からも疎外された人々や郊外の出来事は、自分に関係ない人や遠くの出来事のように感じられ、無視される傾向が強く、事態の収束にはなかなかつながりませんでした。それどころか、近年は、移民の暴動が国内の極右勢力を刺激しており、外国人への反発が今後も強まることも予想され、予断を許さない状況です。

教育システムと就労システムの間のつながり

スイスとスウェーデンの現状の比較では、特有の職業教育システムを持つスイスのほうが、移民の就労が容易であることがわかりました。とはいえ、インテグレーションは数世代をかけて、社会の様々な要素が絡み合って続いていく長期プロジェクトです。短期的な即効性や一元的なものさしでは計りにくい、長期的なメリットや効果にも目を配ることが必要です。こうした観点から、最後にスイスとスウェーデンの比較をしてみましょう。

スイスでは、スウェーデンに比べ仕事をみつけやすくても、移住者たちの職業は収入が低い職業に集中しています。低賃金(平均給料の3分の2以下)の職に就く人の割合は、スイスの全就労者の約13%ですが、移民たちだけに限ると、低賃金の仕事についている人の割合はその約1.5 倍で、4人に1人です。外国出身の生徒が進む職業訓練課程にもその傾向が強く、建設業界や車整備士、販売部門、配管工などが多くなっています。

ただしスイスでも2000年代以降、職業訓練課程を終えたあとのステップアップや進路変更がしやすいように教育制度が大きく改革されてきており、就業しながらのキャリアアップが「職業訓練は最初の職業教育段階であって、最後ではない」をキーワードに、国をあげて奨励されています。このため、移住者の就業職種や賃金の停滞傾向が、今後変化する可能性も考えられます。

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一方、スウェーデンでは、仕事がみつかりにくく、移民のなかで低収入の仕事につく人の割合がスイスと同様に高いものの、一度資格をとると、外国出身でも当事国のほかの住人とほとんど変わらない地位や収入を得ています。また、移民の第二世代(スウェーデンで生まれた移民の子どもたち)の大学進学率は現在4割近くと、スウェーデン人の進学率(45%)に近い割合に達しており、一世代を経たあとのインテグレーションは、ほかのヨーロッパ諸国よりも大きな進展をとげていると考えられます。

これは、スウェーデンの社会はほかのヨーロッパ諸国と比べても外国出身の人を同等と認めるリベラスでマルチカルチャーの社会であり、仕事の世界でも外国出身や同等とみなす姿勢が強いためだと言われています (Herwig,2017,S.200, 201)。

国によって教育システムや就労環境が大きく異なるため 、受け入れ国の教育システムが移民の就労状況にどのくらい影響するかを一般化して語ることは難しいですが、西欧の18カ国を対象にしたヘルヴィックの研究では、示唆に富む二つのパターンが提示されています(Herwig,2017,S.11-12.)。

・国の教育システムと就労システムの間のつながりが強い場合

教育システムのなかで、特定の職業に必要な能力を重点的に身につけることができるため、就労は比較的容易となる。しかし、それは特殊な能力の取得であるため、職業を変えることは難しくなる。

・国の教育システムと就労システムの間のつながりが弱い場合

全生徒が共通の学習をし、職業に直接必要な実業の習得は限定される。この結果、教育課程修了後の就労は難しい。

最初のパターンがスイス、後者がスウェーデンのパターンにあてはまると思いますが、スイスの職業教育はその特有性ゆえの問題や限界もあり、少し視点をずらすと、スウェーデンの教育システムが有利となる点もある、ということになると思います。

おわりに

現在、スイスでもっとも多く読者の多い日刊誌であるフリーペーパー『20分(20 Minute)』で、以下のような記事が昨年でました。(以下、内容の抜粋です。)

アルバニア対スイスのサッカーの国際試合が開催され、スイス側が勝利に終わったあとの夜、チューリッヒの街頭では一切不穏な動きはみられず、あったのはファンたちの平和なお祭りさわぎだけだった。大勢のアルバニア人が難民としてスイスに渡ってきた2000年ごろは、社会や学校になじめず、暴力沙汰になるケースがたびたびあったり、主要な移民たちの出身国とスイスとのサッカーの試合で緊張が走ることもあった。しかしスイスには資格のない外国人にも十分な就労先があったため、スイスのアルバニア人の境遇や心境は大きく改善された。平和なお祭りさわぎの夜は、なにより、「アルバニア人のインテグレーションは成功した」(記事の見出し)ことを物語っている(Pomper, 2016)。

この記事では、暴動や事件がなにも起こらなかった夜、という一見新聞の記事に値しないようなことのなかに、スイスのインテグレーションの進展を見いだしています。現在、ヨーロッパの移住者を取り巻く状況は様々な言説に振り回され、不安定で先が見えにくい状況です。しかし、そのような時こそこの記事のように、現在うまくいっていない部分に執着したり、疑心暗鬼になるのではなく、 プラスの実績や成果の方に目を向けて、楽観的なビジョンを失わないようにすべきなのかもしれません。

主要参考文献およびサイト

・Beglinger, Martin, Lob der Mehrheitsgesellschaft. In: NZZ, Kommentar, 26.1.2016.

https://www.nzz.ch/meinung/kommentare/lob-der-mehrheitsgesellschaft-ld.4515

・Bundesministerium für Bildung und Forschung, Berunfsbildungsbericht, 2016.

https://www.bmbf.de/pub/Berufsbildungsbericht_2016.pdf

・Euler, Dieter, Das duale System in Deutschland – Vorbild für einen Transfer ins Ausland? Eine Studie im Auftrag der Bertelsmann Stiftung, Güterslohn 2013.

http://www.ub.unibas.ch/digi/a125/sachdok/2014/BAU_1_6258769.pdf

・Gonon, P., Ist das duale Berufsbildungssystem ein Zukunftsmodell?, 2011 (Originally published at: Gonon, P (2011). Ist das duale Berufsbildungssystem ein Zukunftsmodell? In: Künzli, R; Maag Merki, K. Zukunft Bildung Schweiz : Akten der Fachtagung vom 21. April 2010. Bern: Akademien der Wissenschaften Schweiz, S.109-118)

http://www.zora.uzh.ch/id/eprint/50108/1/Gonon-Ist_das_duale_Berufsbildungssystem_ein_Zukunftsmodell.pdf

・Herwig, Andreas, Arbeitsmarktchancen von Migranten in Europa: Analysen zur Bedeutung von Bildungsherkunft und Bildungssystemen, Wiesbaden 2017.

・穂鷹知美「ヨーロッパにおける難民のインテグレーション 〜ドイツ語圏を例に」一般社団法人日本ネット輸出入協会、2016年4月14日

http://jneia.org/locale/switzerland/160414.html

・OECD/EU-Studie: Zuwanderer in der Schweiz gut integriert, Paris/Berlin, 2.7.2015.

http://www.oecd.org/berlin/presse/zuwanderer-in-der-schweiz-gut-integriert.htm

・OECD EU, Indicators of Immigrant Integration 2015

http://www.oecd.org/berlin/publikationen/indicators-of-immigrant-integration-2015-settling-in.htm

・OECD Working Together: Skills and Labour Market Integration of Immigrants and their Children in Sweden, OECD Publishing Paris 2016.

http://dx.doi.org/10.1787/9789264257382-en

・Parusel, Bernd, Das Asylsystem Schwedens, Gütersloh 2016.

https://www.bertelsmann-stiftung.de/fileadmin/files/Projekte/28_Einwanderung_und_Vielfalt/IB_Studie_Asylverfahren_Schweden_Parusel_2016.pdf

・Parusel, Bernd, Integrationspolitik in Schweden. In: Analysen & Argumente. Perspektiven der Integrationspolitik, Ausgabe 217, Sept. 2016.

http://www.kas.de/wf/doc/kas_46293-544-1-30.pdf?160907131114

・Schweizerische Konferenz der kantonalen Erziehungsdirektoren (EDK)(hg.), Ausbildung und Integration von fremdsprachigen Jugendlichen auf der Sekundarstufe II, Expertenbericht, Bern 2000.

https://edudoc.ch/record/17372/files/D59A.pdf

・Zihler, Angela,  Integration von Migrantinnen und Migranten in die Berufsbildung. In:Pressedienst Travail.Suisse – Nr. 11 – 24. August 2009 – Bildung.

・渡辺博明『スウェーデンの移民暴動に関する報道をどう見るべきか』「シノドス」2013年7月4日

https://synodos.jp/international/4585

プロフィール

穂鷹知美異文化間コミュニケーション

ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)、「ヨーロッパにおけるシェアリングエコノミーのこれまでの展開と今後の展望」『季刊 個人金融』2020年夏号、「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」(ソトノバ sotonoba.place、2020年8月)
メールアドレス: hotaka (at) alpstein.at

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